#18_学食の主(1)
サラーシュ国王の寝室では、ガーヴに身を捧げられた女性数人が全裸で気を失って倒れていた。
それをベッドに腰掛けて眺めるガーヴの顔には僅かな疲労しか見えない。
終わった頃合いを見たようにノックがした。
「おう、開いてるぜ」
「失礼する」
姿を見せたのは覆面の男。床の女性たちを一瞥したが、何事もなかったかのように用件だけを話す。
「今後の予定を聞きに来た」
「急かすなって。快勝とはいえ、こっちにも怪我人は出てんだ。やるなら万全の状態じゃねえとな」
「それは別に構わない。いつ動くかは任せるが、次の相手くらいは決めておいた方が良いだろうと思ったまでのこと」
「なるほど?次は……ま、順当にいきゃあ、地続きのビステクトかラインハルト帝国か。だが、今の戦力で帝国に喧嘩売るのは自殺行為。と、くりゃあビステクト王国だな」
「だが、ビステクト王国も今回の件で守りを固めているはずだ。下手をすると、ラインハルト帝国を相手にする程に厄介だぞ?」
「じゃあ、お前ぇには何かいい案でもあんのかよ?」
「ああ。少し遠出することになるが、ビステクトと帝国よりは容易く崩せよう」
「どこだ、それ」
「それは……」
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学食は大きなガラス張りの建物で、校舎に囲まれた中庭へ扉一枚で出れる。
中庭には腕のいい庭師により手入れされた植木や花壇が芸術的に配置され、雅な東屋がいくつか建っている。初めて目にする者は、まるでお城の中庭のように映るだろう。
中庭と学食は二つで一つ。食後のティータイムを中庭で過ごすのが貴族たちの日常だった。
そんな学食では一人の学園生が絶対的権力を持ち、彼女は今まさにティータイムを数人の学友と共に優雅に過ごしていた。
「エスカティリーナ様、おかわりはいかがですか?」
空になりそうなカップに気付いた学友の一人が慣れた様子で伺うと、エスカティリーナと呼ばれた長い縦ロールの金髪を両肩から下ろした彼女は華麗に答える。
「ええ、いただこうかしら」
「では、すぐにご用意いたします」
「ありがとう」
このやりとりだけで上下関係ははっきりと見える。
女子学生はそばに置かれた台車の上のポットに手を伸ばして中の水を魔法で温める。
「ウォーム」
彼女が紅茶を用意している間に、別の女子学生三人(こちらを女子学生A、B、Cと仮称)がエスカティリーナへ話題を振る。
「それにしても聞きまして?オリエンテーリングの噂を」
「ええ、わたくしも耳にはしましてよ。まさか、弟に勝つ者がいるなんてね」
「きっと何か不正を働いたに違いありませんわっ」
女子学生Cが鼻息荒く不満を見せる。
エスカティリーナはそれに同調することなく、むしろクレアたちを擁護した。
「証拠もないのにおよしなさい。それにわたくし、その方たちに興味が湧きましたわ」
「エスカティリーナ様っ!?」
弟をコケにされて怒りを見せるかと思いきや、気にした風もなくむしろクレアたちを認めるような言動。
女子学生たちはその寛大な心を持つエスカティリーナに一層心酔する。
「なんて広いお心なのでしょうっ」
「さすがエスカティリーナ様は器が違ってらっしゃいますわっ」
「大袈裟ね」
エスカティリーナはそんなのは何でもないと微笑んだ。
女子学生Bが思い出したかのように話を広げる。
「あ、そういえば確か例年通りならオリエンテーリングで上位になったチームにはここの無料券が贈られるのでは?」
「そうね。ベルナルドも確か貰っているはずよ」
「エスカティリーナ様、お茶のおかわりが出来ました」
話に加わっていなかった女子学生Dが新たなカップに紅茶を入れて、古いカップと交換する。
その最中に女子学生Aは訊いた。
「ベルナルド様をお呼びいたしましょうか?」
「そうね。いろいろとその子の話も聞きたいし、頼めるかしら」
「畏まりました」
恭しくお辞儀をしてから中庭から学食へ移動し、ベルナルドを連れて戻って来た。
「ごきげんよう、姉上。僕に話とは?」
クレアに食ってかかったり授業では自分をわざと大きく見せたりしていたベルナルドが、エスティリーナの前では一人称を「僕」に変えて大人しい。
どうやら姉には敵わないようだ。
「わざわざ呼びつけてごめんなさい。あなたに少し訊きたい事があるの」
「どのような事でしょう?」
「先日のオリエンテーリングで一位になったチームの事よ」
途端にベルナルドの顔が険しいものになったが、努めて感情を抑えてぎこちない微笑みを浮かべる。
「Fクラスですね。彼女らがどうかしましたか?」
「いえね、あなたを凌ぐなんてすごい子たちもいたものね、と思って。噂によれば、その中の一人がとても活躍したようだけど、どのような方なの?」
思い出す事すら忌々しかったが、目を閉じて息を大きく吸って少し感情を落ち着ける。
「……クレア・シールズの事ですね」
「クレアっていうのね。それで?」
「……接点が無いのでどのような人物かは分かりません。オリエンテーリングで彼女は一人でボール、魔法の効かない魔道具を九個捕獲して戻ってきました」
接点が無いなんて嘘を吐いたのは、クレアの事を口に出すのが不愉快極まりなかったからだった。そうとは知らないままにその話を聞いたエスカティリーナたちは驚きを隠せなかった。
彼女らも昨年に同じ内容のオリエンテーリングを経験しているので、ボールの捕獲の困難さはよく理解している。
……あくまで、理解しているというだけで、ベルナルドと同じく他の学生からボールが回って来たので、本当の意味でのクレアの異常さを理解できていないのだが。
「それは、すごいわ。どこか名のある家の方なのかしら?」
当然の如く、クレアがボールを手にした経緯を自分たちと同じ方法を使ったのだと決めつけていた。
四大英雄の直系であるガーランド家に匹敵する家は、そう多くはないはず。
他の御三家と王族に教皇とその関係者、あとは現在の勇者の家族だが、理事長に娘はいなかったはず。残るは英雄の祖と呼ばれる存在の子孫だが、そんなのが実在すると聞いたこともない。
残る可能性としては、他の大陸の英雄たちの子孫や王族か。
この大陸の情報は陸伝いで簡単に集められるが、海の向こうの大陸の歴史については中々入ってきづらい。
船で入ってくる大半のものは食品や工芸品などの文化的な品物で、歴史的な書物や伝道師など入ってくることはほとんどない。
そこでエスカティリーナはクレアを他の大陸の者である可能性も含めて予想していたのだが、ベルナルドは全てを否定した。
「いいえ。貴族ではなく、魔力値1のただの平民と聞いています」
「平民…………平民?そうでしたのね」
エスカティリーナは静かに思案に耽るように相槌を打ったが、彼女を囲む女子学生ABCはクレアの貴族への無礼を罵る。
「これは私たち貴族への冒涜ではありませんかっ。魔力がない平民風情が悪知恵を働かせて私たちを見下そうという、小さくてつまらないやっかみに違いありませんっ」
「エスカティリーナ様、そのクレア・シールズとかいう者を一度指導して差し上げなくてはっ」
ベルナルドもそれに加わる。
「姉上。彼女と幾度か接した事があるので僕には分かるのです。あれは自らの身分を弁えてはいません。彼女の口から出てくる言葉からは、我々貴族を敬おうという意志を感じた事は一度たりともありません」
心強い味方を引き入れたと思ったベルナルドは、先ほどのクレアを知らないという言動を忘れて畳みかけるように言った。
四人の言葉を聞いてもなお、エスカティリーナは静かだった。何を迷う事があるのかとベルナルドが呼びかける。
「姉上」
そしてようやく口を開く。
「貴族でなくても、優秀な生徒はいるのですね。ベルナルド、彼女たちに学食のチケットは渡っているのですよね?」
「はい、オリエンテーリングの最後に教師から」
「では、近いうちにここへ来るでしょう。その時を楽しみに待っていましょう」
「……姉上がそう言うのであれば」
「エスカティリーナ様……」
女子学生D以外の四人は納得できてはいなかったが、渋々という感じを表に出さぬよう引き下がった。
三日後。食堂。クレアたち。
「もぐもぐ。ごちそうさまでしたっ」
学食中庭。エスカティリーナたち。
「……まあ、なかなか庶民には足を踏み入れづらい場所ですから」
一週間後。食堂。クレアたち。
「今日もごはんがおいしいねっ」
学食中庭。エスカティリーナたち。
「……そろそろ心が決まる頃合いでしょう」
二週間後。食堂。クレアたち。
「あれ?もしかして出汁変えました?」
学食中庭。エスカティリーナたち。
「……もうそろそろ、もうそろそろのはず……」
一か月後。食堂。クレアたち。
「ケイトー、おかず交換しない?」
学食中庭。エスカティリーナたち。
「…………………………そいっ!」
「SOY?」
「と、突然どうされたのですか?」
女子学生ABCが不思議そうに尋ねるが、エスカティリーナの耳には入っていない。
「遅いですわっ!いつになったクレアという子はここに来るというの?!」
「え、エスカティリーナ様っ?!どうか落ち着かれてくださいっ」
騒がしい彼女らとは対照的に、落ち着いた女子学生Dが申し出る。
「お連れいたしますか?」
「そうね。いえ、やめておきましょう。面識のない貴女が行っても警戒されてしまいます。ここはベルナルドに行ってもらいましょう」
「では、そのようにベルナルド様にお伝えしてまいります」
女子学生Dは恭しくお辞儀をしてから、使いに出たのだった。




