#16_オリエンテーリング(4)
奪われそうになったボールを持ちながら、クレアは天然の障害物をひらりひらりと巧みに飛び越え、避けながら全速力に近いスピードで森の中を逃げ回る。遥か後方からクレアを呼び止めるベルナルドたちの声がするが、止まってやる義理など一ミリもない。
ベルナルドたちが容易くジャックたちの元に戻れぬよう、見失われないギリギリの距離を保ちながら森の奥へと誘導していく。
森の中を走り慣れているクレアはほとんど息を乱していなかったが、彼女を追う彼らはものの五分足らずでぜいぜいと呼吸を荒くしていた。
「くそっ、いい加減、止まれっ!はあ、はあ、あいつ、どんな体力して……」
「草や木が邪魔すぎるっ、はあ、はあ、いっそ、燃やすか?」
取り巻きのその浅はかな考えをベルナルドが叱咤した。
「馬鹿がっ、そんなことしたら、俺たちも丸焦げだぞ」
「さっき火の上級魔法使おうとしてたのに……」
「何か言ったか?」
「いや、何も」
普段はベルナルドに失礼を働かないようにしている取り巻きたちだが、これだけ走っても一向に縮まらない相手と疲労のせいでかなり気が立っているようだ。
追いかけ続けても捕まえられないと悟り始めた彼らは、ベルナルドに苦言を呈す。
「仮に、追い付いても、はあ、はあ、ボールを取れるとは、思えない。もう、諦めないか?」
「このままだと、はあ、はあ、俺たち、結果を出せずに、終わるような気がする」
「はあ、はあ、はあ、はあ、くそがっ」
取り巻きたちの言う事は理解できる。確かにその通りとベルナルドも思い始めていたからだ。
しかしベルナルドは、クレアから受けた屈辱をそのままにしておくのも我慢ならない。
どちらにするか悩んだ挙句、歯噛みして足を止めた。
「はあ、はあ、この借りは必ず返すぞ、女」
そうしてベルナルドたちはクレアを追いかけるのをやめた。
では、これから彼らは素直にオリエンテーリングに勤しむかと言えば、そんなわけはない。
他の生徒が回収したボールを徴収するため、人の気配を探りながら森の中を歩き始めたのだった。
クレアは木々の隙間から遠くに小さく見えるベルナルドたちを見ると、肩透かしを食らったような顔をした。
「……あれ、もう終わり?案外あっけなかったけど、まあここまで引き離せれば大丈夫かな。さて、二人には捕獲するコツも教えたし、私は私で捕まえに行きますかっ」
クレアは髪留めのゴムを咥えて長い金髪を後ろで結うと、オリエンテーリング始まって以来初のソロプレイヤーとなるのだった。
一方、ジャックとケイトはというと。
「……行っちゃったね」
「どうしましょう、待っていましょうか?」
「そうだね……」
ジャックはクレアの状況を考えて頭を振った。
「いや、ベルナルドたちから追われているから戻ってこないと思う」
「では、私たちも追いかけた方が良いのでは?」
「それは駄目だ。というか、もう遅いよ。姿も見えないし音も聞こえない」
「確かに……」
「それに、多分この状況は考え得る限りでベストなものだとは思わない?」
「……まさかジャックさん、私たち二人で続行すると?」
ジャックは手を放り出して、軽く笑顔を見せる。
「だって、それしかないだろう?邪魔をしてくるベルナルドたちはクレアが引き付けてくれた。僕たちは……たった一回だけだけど、クレアからボールを捕まえるコツを教えてもらった。なら、やる事は一つしかないじゃないか」
「まだ私には自信がありませんけれど……そうですね、やってみましょう」
「ああ!それじゃあ、まずは耳を澄ませながら静かに移動していこう」
二人はクレアという頼りになる存在を欠きはしたが、彼女が思い描いた通りに挫けることなくオリエンテーリングを続行したのだった。
森の中に点在する道しるべ(魔道具)を通じて教師の声が広く木霊し、学園生たちに向けたアナウンスが流れる。
「オリエンテーリング終了まで残り三十分。終了時に森にいた場合、そのチームの回収したボールは無効とする。よって、制限時間内に戻ってくるように」
それを聞いた学園生たちのその時の反応は様々だった。
ボールを目の前にしているチームはぎりぎりまで粘るか悩み、せっかく回収したボールを貴族たちに奪われて持ち点がゼロのチームは項垂れ、一つでも回収できたチームは潔く出口へ向かう。
ぞろぞろと森から出てくる学園生たちを出迎えた教師たちは、ボールの回収数を報告させてからチームごとに整列させていく。
そして、軽く息を切らせたジャックとケイトが森から出てきた。
「森がこんなに歩き辛かったなんて知らなかったよ」
「でも、いい経験になりました」
「よし、戻ったな。ではボールを……いやちょっと待て、もう一人はどうした?」
出迎えた男性教師が訝る。
二人はどう答えたものかと考えあぐねていると、ベルナルドたちが戻って来た。
教師はひとまず二人に待っているように言い、先に彼らの報告を聞くことにした。
「では、ボールはいくつ回収できたか報告を」
ベルナルドたちは得意げな顔で言い放つ。
「はい。四つです」
それを聞いた外野は沸いた。
「確かあれってガーランドの一族だろ?これくらいはお遊戯みたいなものってヤツか」
「入学式の魔力値にも驚いたけど、やっぱ違うモンなんだな」
「伊達に貴族じゃないって感じだよね」
色めき立つ学生たち。だが、それはその場の全員がそうだったわけではない。
「……ちくしょう……」
「なんで俺たちがこんなみじめな目に……」
「静かに。聞こえてしまうわよ」
ベルナルドのチームにボールを奪われた学生たちは、ベルナルドたちに気付かれないよう悔しそうな眼差しで地面を見つめていた。
教師たちはそういった学生たちが存在している事は把握していたが、ルールを犯しているわけではないので表立って咎める事はできない。
「……では、そちらに整列していなさい」
「はい」
列に加わるベルナルドたちから目を離し、ボール回収数のリストを見ながら再びジャックたちと話す。
だが、言葉の途中で何かに気付いて何やら考え始めた。
「それで、もう一人はどこ――いや待て、どういうことだ?君たちで最後のはずだが……。森に放った魔道具の反応は全て消えているはずなのに、ボールまだ半分しか回収できていない……。どこかのチームが森の中に落としてきたか?」
その時、森の中から元気の良い女子の声がし、姿を現した。
「到着っ!っていうか、セーフ?間に合った?大丈夫?」
「クレアっ!」
「クレアさんっ!」
二人は笑顔で駆け寄って無事を喜んだ。
「もう、いきなり走り出した時はどうなる事かと心配したよっ」
「どこもお怪我はありませんか?乱暴されたりは……」
ケイトの心配そうな顔にクレアは顔いっぱいの笑顔で応えた。
「ないないっ。思いのほか早く諦めたから、逆に拍子抜けだったけどね。でもそのおかげで、ほらっ!」
クレアは制服の上着の裾を持ち上げてお腹を見せようとするので、二人はこんなところで何をっ、と慌てた。
「ちょっとクレアさんっ?!」
「ちょ、何をっ」
だが、二人の制止は間に合わず、クレアは裾をまくり上げる。
すると、制服の中からボールがぼとぼとといくつも出てきた。
「……クレア、これって」
「なんか寂しそうにポンポン跳ねてたから取ってきちゃった」
「まさか、これを全部一人で?」
「え?だってそういうゲームでしょ?まあ別行動しちゃったけど」
そこに速足で教師が詰め寄って来た。
「君、これは一体どういうことだ?一人で戻るとは……いや、それよりもこの数の魔道具をどうやって?」
クレアは小首を傾げて教えた。
「どうって……。上からに決まってるじゃないですか」
「上、だと?」
「はい。上です。木に登って、ボールが背を向けるのを待って魔法をボールの正面に撃ったら、あとは真下に来るのを待って飛び下りるだけじゃないですか」
教師はわずかの間絶句した。
「……なん……と……そんな攻略法があったとは……」
これまでずっと誰もが正攻法で挑んできたオリエンテーリング。
いや、これも確かにズルはしていないし咎める筋合いはどこにもない。
ただ、お行儀よく魔法を使ったり罠を仕掛けたりと、今までの全ての学生たちは真正面から取り組んできた。
クレアのとった方法が正攻法ではないかといえばそうではないが、貴族や町に住む平民階級の学生にはついぞ思い付けなかった方法だったのは間違いない。
それを聞いていたベルナルドたちは、ここでも食って掛かった。
「こ、こんなの認められるわけがないっ!この取り組みは学生が実力を発揮してこそ意味があるものだろうっ!そのような……ボールの特性を真っ向から攻略するのが目的のはずっ。これは不正とみなすべきですっ」
そう喚いて教師へ訴える。
教師は思案気に目を地面へ落とす。クレアは不安になった。
「せ、先生、これダメ、でしたか?」
「いや……」
教師は顔を上げてクレアに問う。
「君は、この二人とチームか?」
「はい、そうですけど……」
「それで、ボールはこれで全部か?」
教師が僅かに眉を顰めながら問いかけたので、ジャックは慌ててボールを一つ教師に見せた。
「い、いえっ!あともう一つ、ありますっ」
「二人ともっ」
クレアは嬉しそうに笑い、教師は眉を元の位置に戻して頷いた。
「全部で六つか。間違いないな?」
「はい、これで全部です」
「ふむ。これで数は揃った。よろしい、君たちも整列しなさい」
「はいっ!」
クレアたちは共に笑顔を見せあいながら後方へ回る。
その場を動かずにクレアたちを睨みつけていたベルナルドに、教師の声が掛かる。
「ほら、何をしている。戻りなさい」
「くっ……わかり、ました」
そうしてオリエンテーリングは結果発表を待つのみとなった。




