#15_オリエンテーリング(3)
ボールを見つけたクレアたちは、茂みに隠れるように様子を窺う。
魔法を撃てば逃げ、ボールの視界に入っても逃げられるということを思い出したジャックは思わずクレアに訊いた。
「でも、どうやって捕獲するのさ」
「もちろん、魔法を当てずに捕まえなきゃダメだからね。そのために、ちょっと確認しておきたいことがあって」
「確認しておきたいことって?」
クレアは地面から手ごろな石を拾う。
「あれに目はあるけど、耳はあるのかなってね」
言い終えると石をボールの近くに落ちるように放り投げた。
見事、石はボールから三十センチと離れていない場所に落ちた。
ボールは特に動きを変えない。
「音には無反応だね。だったら姿を見られないようにすれば何とかなりそうかな」
「よくそこまで頭が回るな……。素直に感心するよ」
「クレアさんがいれば、アーシェスさんがいなくてもボールを捕まえられそうですね」
「そう上手くいけばいいけどね」
「それで、この後はどう動いたらいいんだ?」
クレアはボールの動きと森の様子を少し観察すると、それぞれバラけて包囲するしかないと思った。それでも確実に捕まえられるものではない。
とはいえそこはクレアだ、策は用意してある。
手順を二人に伝えると、ガサガサと音を立てて別れた。
そして、二人が指定した場所についたのを確認すると、クレアは大声で開始の合図を出した。
「二人とも、始めてーっ!」
「はいっ」
「わかったっ」
二人は草の陰から、ボールから少し離れた場所に土魔法で腰の高さほどの細長い土の柱を二つ作り上げた。
ボールはそれに反応し、二つの柱とは正反対の方向へ逃げる。
「クレアさんの狙い通りですねっ」
その場所に向かうと予想していたように、ケイトが逃げ始めたボールの正面に立ちはだかった。
するとボールはビックリしたように急に方向を変え、土の柱の間を抜けようとする。
「ここまでは作戦通りっ」
その正面に今度はジャックが立ち塞がり、ボールは慌てて三度方向転換して一番退路が広く開かれた方向へ飛び跳ねながら逃げる。そこには即座に回り込んだケイトが待ち構えていた。
「こちらも行き止まりですよ」
急反転したボールがこの包囲網の隙を探そうと地面から跳ねた瞬間、ボールのほど近くで声がした。
「はい、つーかまえたっ!」
ボールの描く放物線が頂点に達した時、身を潜めていたクレアの手が伸びた。
「!」
ボールは敢え無く捕まり、じたばたと手の中でもがく。
決して放そうとしないクレアはスイッチの窪みを見つけた。
「これだね。ポチっとな」
窪みを押してスイッチを切ると、ボールは眠ったかのように動かなくなった。
「よし、一個目っ」
クレアの元にケイトとジャックは駆け寄り、喜んだ。
「やったっ!すごいよクレアっ。本当に捕まえられるなんてっ」
「この調子でいけばもっと捕まえられるのではないですかっ」
普段あまり振り切った感情を見せないケイトでも興奮は隠しきれない。
みんなで協力して成し遂げられたことにクレアも嬉しく思い、笑顔を浮かべる。
「二人の動きもすごく良かったし、息もピッタリだったからね。上手くいって良かっ――」
「では、それをこちらに渡してもらおうか」
クレアたちの辿って来た道からベルナルドたちが姿を見せる。
ジャックとケイトは喜色満面の笑みを潜めた。
「やっぱり来た……」
水を差すその言葉に、クレアはむすっとする。
「ヤダ」
「ほう?今のうちに大人しく渡した方が賢明だと思うけどな」
「……二人とも、行こう」
こんなのを相手になんかしてたら時間の無駄だ。クレアは次のボールを探しに行こうと二人を促し、背を向けた時に取り巻きの一人の声がした。
それはクレアに向けてではなく、ジャックに向けてだった。
「おいジャック。お前ん家の店、少しばかり評判が良いんだってな」
ジャックは足を止めた。
「ジャック?」
顔は強張り、クレアの呼びかけに答える余裕がない。
この後、ベルナルドたちが何を言うのかその枕詞から簡単に予想が出来たからだ。
「これからも何事も無ければ良いな」
「っ!」
強張った顔から血の気が引いて、手が震える。
言葉の意味に気付いたケイトは、そのあまりに卑怯なやり口にベルナルドたちを見据える。
「あなたたち、そこまでして……」
「ジャック、わかるな?」
ジャックは震えている手を悔しそうに握りしめ、口を歪める。
ケイトがここで彼らを非難すれば流れは余計に悪化しそうで、何も言えなかった。
だが、クレアは物怖じしない。
「ジャックの家がどうだっていうの?」
ジャックのただ事ではない様子を見ては、クレアも黙っていられない。
その棘のある声にもベルナルドたちは動じない。
「別に?俺たちはただそいつの実家の経営を案じただけだ。世の中不思議な事が起こるものだからな」
「そんなの信じられるわけないじゃん。ジャックの様子がおかしくなったのは、あんたたちに何かを言われてからだし。……あ、まさかこれがシェリー先生が言ってた……」
平民が貴族にボールを譲渡する風潮。これがそうなのか。
色々なケースがあるだろうが、ジャックの場合は実家のパン屋を脅迫材料にされたというわけだ。
「卑怯ものっ。あんたたちにはプライドっていうものはないのっ?!」
「平民風情が知った風に吠えるなっ。貴族のプライドはそんな低次元のものではないっ。その家が学園、そして社交界で上に立ち続けられるかが何を措いても優先される。
たかが平民一人がどうしたっ。そんなのは俺たち貴族が国に与える影響を考えれば無いに等しい」
「っ!」
クレアは息を呑んで口を噤んだ。
ベルナルドの剣幕に圧され、反論できなかった。
と、皆はそう見ただろう。
「………………えーっと、ごめん、ちょっと何言ってるかわかんないんだけど」
「なっ!」
そう、クレアは田舎育ちで階級社会について全くの無知。ベルナルドの言葉は何一つ理解されなかった。
おちょくられたと思ったベルナルドは憤った。
「きさまっ、ふざけるのも大概にしろっ!」
「なんでよ?!ほんとに何言ってるか分からなかっただけなのにっ!」
本気で驚いているクレアを見てケイトは笑いを堪えきれなかった。
「……ふふふっ」
貴族相手でこんな愉快な光景になるとは夢にも思わなかったジャックも、顔の緊張が少し解れた。
場が混乱しつつあり、取り巻きの二人は困惑の目をベルナルドに向けてどうするかと訴える。
「な、なあ。コイツまじで常識を知らないみたいだぞ?」
「ちっ!ここまで話が通じないとは、やはり田舎者はこの学園にいるべきではないっ。そのボールを寄越せっ」
苛立ちを抑えきれず、クレアに詰め寄って来た。
その様子を上から監視していたアーシェスは、無表情で呟く。
「問題なし」
そう判断して別のチームの様子を見に行くのだった。
ベルナルドの手がクレアの持つボールを掴もうと伸びてきた。
クレアは体を捻ってボールを庇う。
「何するのよっ!横取りは禁止って言ってたじゃないっ」
「そんなのは後でどうとでも出来るっ!大人しく渡せっ。でなければ……」
ベルナルドはクレアに掌を向けると魔力を集中し始めた。
ケイトとジャックは焦り、声で止めに入る。
「そこまですることはっ」
「駄目ですっ!戦闘行為はさすがに貴族でも見過ごされないはずっ!やめてくださいっ」
止まる素振りはない。いつの間にか取り巻きもクレアに向けて魔法を放つ準備を始めていた。
「女神エリクシアの御名の元、煉獄の炎に……」
「そんなっ!クレアさんっ」
「もういいっ、ボールなんか渡し――」
このままではクレアの身が危険だ。
二人はボールを素直に渡すようにと言おうとした瞬間、クレアは一瞬だけベルナルドを睨みつけてから背を向けて走り出した。
ベルナルドたちはすぐに詠唱を中断する。
「ちっ。詠唱の隙に逃げるとは」
「なんて足の速さだっ、もうあんなに遠くに」
「追うぞっ!」
ベルナルドたちはクレアの後を追いかけた。




