#14_オリエンテーリング(2)
そして、あっという間にオリエンテーリングの日がやってきた。
森の手前に集合した一年生は、ずらりと並ぶ教師たちの前でチームごとに整列していた。
「この前説明した通り、各チームで回収したボールの数を競ってもらう。制限時間は二時間。最も多く回収したチームには、一か月分の学食無料券を進呈する」
まさか褒美があるなど思っていなかった生徒たちは俄かに活気づいた。
クレアも例外ではなかった。
「おおっ!俄然やる気が出て来たよっ」
だが、ジャックの反応は悪かった。その理由をクレアに言う。
「僕はいらないよ。だって学食って言ったら、ほとんどがお金持ちの家の子か貴族しか使ってないし、そんな場所に僕らが行ったらどんな目で見られるか……わかるだろ?」
「うーん、そんなもんなのかなぁ。ケイトはどう?」
話を振られたケイトは眉をハの字にして控えめに答える。
「そうですね……あまり良くない目を向けられながらの食事にはなるでしょうね」
「そっかぁ」
クレアは少し残念そうに項垂れると、二列開けた斜め前にいたベルナルドたちが振り返って嘲笑う。
「あり得ない妄想は時間の無駄だぞ。平民のお前たちが魔力・剣術共に優れている俺たち貴族に敵うわけがないんだから」
「お前たちが参加したって意味がない。良かったじゃないか、今から昼休みまで堂々とサボれて」
「無理に参加しろとは言わないが、やるつもりなら貴族に対する平民のマナーというものを教えてやろう」
ベルナルドたちの態度で、以前のホームルームのシェリーの言葉を思い出した。
こうやって庶民の子らを威圧し、ボールを献上させる行為が横行しているのだろう。
いい意味でも悪い意味でも階級社会に染まっていないクレアには、彼らの物言いはただケンカを売ってきている風にしか感じない。
言い争い始めたクレアたちは目立ち始めた。ここで売られたケンカを買わなければ、他の庶民の生徒たちも舐められたままだ。
「むっ。また貴族貴族って偉そうに。そっちこそ、見下してる相手に吠え面かかされた時の練習でもしておくといいさっ」
クレアの反撃にベルナルドたちは一瞬言葉を失ったが、吐き捨てるようにもう一度宣戦布告する。
「平民が貴族に媚びへつらうのは社会の道理だと、その身で思い知るがいい」
ベルナルドたちは正面の教師たちへ向き直り、話を打ち切った。
クレアはジャックとケイトの方を向いて、両手で拳を握った。
「二人とも、あいつらだけには絶ッッッッ対にっ、勝とうね!」
「う、うん」
「頑張りましょう」
三人の意気込みが弱中強とまばらだった。
そしてアーシェスはクレアたち学生の列にいなかった。教師たちと同じ監視役だが、教師の列にも並んでいない。
では、どこにいるかと言えば、マントを羽織って森の上。空中にいた。
そのマントは装着者に飛空能力を与える魔道具。基本的に教師専用で学生が使用することはないが、今回は例外。
学生という立場にありながら監視役の者が皆の前にいては、ただの平民が何様のつもりだ、と不要な敵意を貴族の子供たちから向けられてしまう。
それを回避するためという理由もあったが、初見のアーシェスにあらかじめフィールドを確認させておく意味もあった。
ちなみに、オリエンテーリングが始まれば教師たちも空中に上がって監視する。
「……まだ始まらないのか」
アーシェスの不満を聞き届けたようなタイミングで、教師の手により開始の合図の照明魔法が昇った。
「ようやくか」
アーシェスは初めて飛行魔道具を使用するとは思えない程に自在に操り、担当区域を哨戒し始めた。
学生たちは我先にと森の中へ駆け出し、ボール探しを始めた。
クレアたちが森の中へ入ったのは、ほぼ最後。クレアたちの後ろにはベルナルドたちがいた。
クレアは足を止めて振り返って訝る。
「一体どういうつもり?あれだけ啖呵切っておいて、私たちの後ろに付くなんて」
「他意はない。気にせず先に行け」
そんなセリフ、信用できるわけがない。クレアは数秒射抜くような目でベルナルドを見据えたが、彼の表情は変わらない。
分かり切った事だが、このまま凄んでても白状しないだろう。
早々に諦めて、クレアは二人に一言詫びた。
「ごめん。行こう」
ジャックは警戒するようにベルナルドたちを横目で一瞥してから、クレアの後ろについて行く。
三人が進み始めると、ベルナルドたちもその後ろを付かず離れずの距離でついて行く。
クレアたちを追い越す素振りのない彼らを、殊更ジャックは気にする。
「どう見たって怪しすぎる。やっぱり何か狙ってるよ」
「だろうねぇ。じゃないと説明が付かないよねぇ」
「戦いを仕掛けて来るとは思えないけど……。僕たちが取ったボールを横取りする気かも」
「私もそう思います。ボールを無力化した瞬間を狙ってくるのか、それとも手にしたときに掠め取るのかは分かりませんが」
三人の見解が一致した。
ベルナルドたちの妨害を防ぐには、その瞬間に付け入られないよう注意をするしかない。
「とにかく、最後の最後まで気を抜かずにいこう」
クレアの声に二人は頷き、草の根をかき分けながらボールを探し始める。
「でも、本当に見つかるの?こんなに広い森の中で、手のひらサイズのボールを見つけるなんて到底……」
「シェリー先生の話では毎年問題なく回収されているみたいですから、出来ないことは無いのでしょう。ですが、運要素が強いのは明らかかと」
早くも諦めムードになる二人だが、クレアは反論した。
「そんな事ないよ。先生は探しだすためのヒントを教えてくれたじゃん」
「ヒント?そんなのあったかな?」
クレアは人差し指をピンと立てて二人の方を向く。
「ボールは動き回る、って」
ケイトとジャックは見合ってから反論した。
「でしたら、なおの事難しいのでは?」
「そうだよ、どこかに隠されてるならまだ分かるけど、動いてる物をどうやって見つけていくっていうのさ」
クレアは二人が何でそんな事を言うのか不思議そうに小首を傾げた。
「え?だって動いてるんだよ?動いてないよりすごく簡単じゃない?」
「分からないな。逆にクレアはどうしてそう思うんだ?」
「だってさ、動いてるって事は――」
不自然にピタリと動きを止めたクレア。
怪訝に思ったジャックがどうしたのかと聞こうとした時、クレアの手が制止した。
「静かに」
「え?」
クレアは指を唇に持っていき、声を出すなと示す。
そこで二人はやっとクレアの考えが分かった。
三人は数秒身動ぎせずに周囲の音に集中するが、ケイトとジャックには何も聞こえない。
クレアに視線が集中した瞬間、彼女は走り出した。
「こっち!」
決して足場が良いとは言えない森の中を、クレアは平地のように走っていく。
「ちょっと待ってよおっ!」
その後ろを二人は四苦八苦しながら追いかけ、その後ろをベルナルドたちも四苦八苦しながら追いかける。
「な、なんだ急に走り出したぞっ」
「俺たちを引き離す作戦か、それともボールを見つけたかだろう」
顔を不愉快に歪ませながら枝をかき分けていく。
「あの女、なんて速さだっ。まるで猿だ」
そんなことを言われているとは知らないクレアは、先の一点を見て止まった。
それから程なくして、ジャックとケイトは息を切らせながらも追い付いた。
「もしかして、見つけたのかい?」
「うん。ほら、あそこ」
クレアが目線で示す先で、ボールがポンポンと弾みながら移動していた。
「すごい……本当に見つけてしまうなんて」
「もしかして、これもカッシェル村じゃあ普通の事だったり?」
「うん。獲物がどこにいるか、そして獲物に気付かれないように近づけなきゃ、お肉を食べられないからね」
「……君の村、生活のハードルが高すぎない?」
まるで次元の違う世界の話のようで唖然とする二人だった。




