#13_オリエンテーリング(1)
午後は剣術の授業。
クラスの振り分けが保留だったクレアは、Cレベル判定を受けた。
あまりにも型破りな戦い方であっても、ポテンシャルが高いことが影響して一旦は真ん中のレベルで様子を見ようという判断だった。
「もっと脇を締めて!膝が曲がっているぞっ、何度も言わせるなっ」
「は、はいいぃぃ」
剣術の「け」の字も知らないクレアは、ひと際目立ってしごかれていた。
一方でケイトとジャックがいるD判定組は、まずは体力づくりということでグラウンドを周回させられていた。
「いったい、何周、させられ、るんだ、っ」
「これで、七周目、ですね」
二人の後方、最後尾の学生にイカツイ風貌の教師の檄が飛ぶ。
「ほらチンタラ走ってんじゃねぇぞゴルァ!いてこますぞワレェ!」
「ひ、ひいぃぃっ!」
「……あ、あんなのが教師でいいのか?」
ジャックは明日は我が身と恐れるようにケイトに抗議する。ケイトもそんな事言われてもどうしようもないのだが。
「この学園は、一般的な教育機関と違いますし……」
「そりゃそうなんだけどさ……。拳が飛んでこないように頑張ろう」
「それが賢明ですね」
ケイトの苦笑いの後、ジャックは声を落して話題を変えた。
「それよりも、クレアの昼食の事だけど」
「中身が豪勢でしたね」
「いや、そこじゃなくて」
「すみません、冗談です。昼食が無かったことですね?」
「そう。クレアの前では敢えて言わなかったけど、どう考えてもあれはベルナルドたちの嫌がらせだ」
「私もその確率は極めて高いと思いますが、証拠がないので追及はできません」
「うん。クレアもこの件に関してはもう気にしてないようだから犯人捜しはしなくても良いと思う。だけど……」
ジャックの声が僅かに低くなり、ケイトはまだ何かあるのかと訝った。
「けど?」
「プライドの高いベルナルドのことだから、たった三日で解決されて苛立ってると思うんだ。今度は別の方法で嫌がらせをしてくるよ、きっと」
「……クレアさんではないですけれど、気に入らないなら構わなければ良いはずなのですけど」
「あの貴族様方に正論は通じないさ。権力と見栄で生きてるようなものだからね。自分の感情が何よりも大事なのさ」
「全ての貴族階級の人たちがそうとは限りませんけれど、確かにあの方たちは少しばかり気位に重きを置き過ぎている印象ですね」
「だろう?僕の予想だと、次の嫌がらせはオリエンテーリングじゃないかと思うんだ」
ケイトは暫し考えてから、ジャックの予想に納得がいった。
「その可能性は高いですね。普段は一緒の授業はないですし、となれば一年生全員が集まるオリエンテーリングが恰好の場、ということですか」
「うん。もしかしたら僕の考え過ぎかもしれないけれど、身構えておいて損はないと思うんだ」
「ルールでは妨害は許可されるとありましたから、警戒しておきましょう。寮に戻ったら早速クレアさんにも伝えておきます」
「頼むね」
結局、ケイトたちは全員が倒れるまで走らされたのだった。
夕食前、クレアの部屋を訪れたケイトの話を聞くと、
「まあなんとかなるんじゃない?」
と、軽く笑顔で言いのけたのだった。
そうして夜が更け日が昇り、翌日のホームルーム。シェリーはオリエンテーリングの説明をしていた。
「三人一組っていう話だったけど、このクラスは考えるまでもなく、クレア、ケイト、ジャックの三人で
で決定ね」
「あれ?アーシェスは?」
「アーシェスが参加したら速攻でオリエンテーリング終わるじゃない。アーシェス、あなたはオブザーバーとして他の先生方と一緒にフィールドの監視役に回って頂戴」
「わかっ――」
いつもの調子で返事をしそうになったアーシェスを、シェリーが圧を込めて睨む。
言葉を言い終える前に口を閉じて、降参するかのように言い改めた。
「――た、です」
「わかったです、ってなんだよ」
ジャックの呟きにクレアとケイトが笑う。
アーシェスはやはり特に反応しない。
「はいはい。それじゃあ説明を続けるわね。オリエンテーリングの舞台である敷地内の森は、多分みんなが思っているよりも広大よ。
毎年恒例の行事で、遭難者が出ないように森の中には随所に学園に戻る道しるべを表示しているわ。もし迷ったらそれを頼りにしなさい」
「迷うほどに広いんですね。参考までにお聞きしておきたいのですけど、端から端までは歩くとどれくらいの距離になるのでしょう?」
「そうね。実際に計った事はないから正確には言えないけれど、三十分はかかると思うわ」
それを聞いたジャックとケイトはびっくりしていたが、ケイトはふーんっていう感じだった。
「三十分……。遭難するほどでもないかな」
「あっ、そういえばクレアはカッシェル村にいたんだっけ。こういうのは得意なの?」
「得意っていうか、普通?方向感覚さえあれば迷う事なんてないじゃん」
「理屈で言えばそりゃあそうだろうけど、言うは易く行うは難し、だよ。同じ景色ばっかりだったら、今自分が真っ直ぐに歩けているのか分からなくなると思うんだ。僕は森に入ったことなんてないから不安だよ……」
ケイトはジャックに同意する。
「私もありません。あとで迷わないためのコツとか教えていただけますか?」
「いいよ~。って言っても、そんなに大したことはないんだけどね」
シェリーはクレアたちが話を終わらせる気配を察すると、続きを話す。
「続けるわね。その森の中であなたたちが探す魔道具というのは、これよ」
シェリーは教壇の中から一つの銀色のボールを取り出した。
球体には目印のように赤い点がある。
「これは魔法を察知すると回避行動を取る魔道具でね。この赤い点が目の役割をしているから、その死角から狙えば魔法を当てる事は可能よ。
ただ、これは勝手に動き回るから、闇雲に狙っても当てるのは至難の業ね。だから、現実的ではないと言っておくわ……。アーシェスなら出来そうだけれど」
今度はシェリーが降参するかのように眦を下げてアーシェスを見て言った。
「そのボールの動き次第だ……です」
取って付けたような語尾に皆が笑いを堪えられなかった。
アーシェスに言葉遣いを教えているシェリーは、仕方ないというふうに軽く笑って息を漏らした。
「まあ、この話は蛇足だったわね。とにかく、森に散らばったボールを確保するのが目的よ。この赤い点の反対側にある窪みがスイッチになっているから、これを押せばボールは動かなくなる。
腕に自信があるなら、小石を投げてスイッチを切ってみるのもアリよ。あと、これは最初の説明でもされていたけど、怪我さえさせなければ他チームの妨害は許可されているわ。
……こう言うのは私自身も担任としてどうかと思うけど」
シェリーは意味ありげに一度言葉を切って、一層真面目な雰囲気を作った。
「このFクラスチームは余所のチームから狙われるでしょうね。この学園は貴族の子供が非常に多いけれど、もちろん庶民の子もいる。
そういう子たちは貴族に対して過大なほどに遠慮をするけれど、同じ庶民ならその必要はない」
ここでも貴族というものが幅を利かせる事になるのか。
同じ人間なのに、どうして上とか下とかあるんだろう。どうして遠慮なんかしなくちゃいけないんだろう。
階級制度とは無縁の生活をしてきたクレアにはよく分からなかった。
「そして庶民の子たちが獲得したボールは、貴族の子たちに献上される。だから、毎年庶民の子だけで編成されたチームは結果を出せずに終わっているわ」
「なにそれっ!ズルじゃんか」
「でもルール違反はしていない」
「それはっ……。でも全然納得できませんっ!」
「そうね。私も本当に嘆かわしいと思っているわ。でも、どうにもできない風潮なの」
クレアはむくれて、誰もいない廊下を睨むことで感情を発散させる。
ケイトも、実力を育てるこの学園に入っておきながら、実力ではなく権力で強引に結果を出そうとする貴族の子供たちに納得できず、シェリーに疑問を投げる。
「それでは学園生の実力が測れません。この行事を続ける意味はもうないと思いますけど……」
「……本音を言えば、私もそう思う。でもね、面倒な事にやめられない大人の事情ってものがあるのよ。とてもくだらない大人の事情がね……」
愚かしい、目を閉じて頭を振って言葉を紡ぐ。
「だから……」
「だから……?」
目を開いたシェリーはこれまで見せた事のない悔しそうな大声を出した。
「なんとしてもボールを手に入れるのよっ!親の立場を笠に着た子たちにっ、金に物言わせて依怙贔屓させようとする親たちにっ、目にもの見せてあげなさいっ」
ここまでの激情を露わにしてこなかったシェリーに気圧されて、ア-シェス以外の三人は無理やり大きな声を出して返事をしたのだった。




