#12_昼食がないッ!(3)
そして夕方になり、クレアはジャックとケイトを連れて食堂を訪れた。
厨房をちらりと覗くと、夕食の準備の為に数人の料理人が手際よく調理していた。
この中の誰かが私の昼食を三日分忘れているのだろうか、と思ったところでホールの奥から昼間の職員が歩み寄って来た。
「やあ」
「どうも。それで、明日の担当の人はどこですか?」
「こっちだ」
そう言って食堂から出て、事務室に向かう。キッチンの中ではなかったようだ。
事務室に入ると、すでに困り顔の男性が一人立っていた。
「この人が明日の昼食を作る事になっている」
「連日、昼食を食べ損ねてしまっているって聞いたけど……本当なのかい?」
「ええ。証人は職員のこの人だけじゃなくて、こちらの二人も目撃しています。今日、私がここに来たのは明日の昼食……いえ、明日以降の昼食をしっかりと用意してもらうためです」
「はあ……」
困り顔の料理人は職員を横目で見て助けを求めたが、明らかな非が食堂側にもあるのでクレアに文句は言えない。
ふてぶてしい子供のクレームに料理人の顔に僅かな不満が滲むが、それよりも三日も昼食を用意してもらえなかったクレアの不満の方が遥かに大きく、正しい。
しかし、クレアはただ感情のままに不満をぶつけるようなことはしなかった。
「私は別に、今更忘れた三日分の昼食をどうにかしろとか言うつもりはありません。ただ、明日からの昼食をきちんと作ってもらえればそれで良いんです。
コックさんをわざわざお呼び立てしたのは、そこの方がみんなに注意したと言っても二度、三度と続いたので、さすがにこれは私が直接言わなくてはと思ったからです」
「それは……気持ちは分かるよ」
クレアの上手いところというか、言われる相手にとって質の悪いところは、不快な目に遭っても激昂したりも悪意をぶつけもしないところだ。
しかも過去の過ちは水に流すと言われては、言われた側も素直に話を聞き入れるしかなくなる。
このやり方は、まるで余裕のある社会人のようだった。
「わかった。気を付けるよ。明日は俺が作るけど、昼食の担当はローテーションを組んでるから明後日は別の人間が作る事になる。そいつにもよく言っておくよ」
「よろしくお願いします。もし、また忘れる事があったら……」
料理人はそうなった場合の解決策を僅かな時間で考え、提示した。
「……そこの人に言って。その日の担当をすぐに呼んで作らせる。時間がかかるようだったら、学食代を渡そう」
提案された対処方法はほぼクレアと同じものだった。
満足そうに頷いて、微笑んだ。
「そうしていただけると助かります。私の用はこれで終わりです。わざわざお時間取らせてすみませんでした。それでは失礼します」
事務室の出口に向かうクレアをケイトとジャックは小走りで追って、退室した。
一年生男子寮。
ベルナルドの部屋には食堂の職員と料理人が訪れていた。取り巻きの二人もいて、椅子に座って足を組んで様子を見ている。
二人は泣きそうな顔で何やらを嘆願していた。
「もうこんな事を続けるのは無理ですよ。本人からも強く言われましたし……」
「今でこそ穏便ですが、明日も昼食が無いとなったらどのような手に出るか想像もつきませんっ」
「大の大人が情けない」
失望を露わにして吐き捨てる。
これはマズイと二人は必死に弁明を始めた。
「普通の子であれば、貴族様からの教えと察して大人しく引き下がるものですが、あれは普通じゃありませんっ。一端の大人のような物言いで正論を並べ立てられては、私どもとしても大きく出れません」
「それに隙の埋め方が子供の考えるようなものじゃないんです。目上だろうと大人だろうと、ごまかしを許さずに相応の責任を取らせようとしてくるんです」
貴族の子息相手が不満を露わにしているというのにここまで食い下がるというのであれば、彼女の詰め方は相当なものだったのだろう。
これは明日以降、クレアの昼食を取り上げても痛手を被るのは彼女ではなく、目の前の二人になりそうだ。
ベルナルドは忌々しそうに舌打ちをする。
「ちっ、これだから田舎者は……」
「ベルナルド、ここはもう手を引くしかないんじゃないか?別にランチにこだわり続ける必要はないだろう」
「来週にはオリエンテーリングがある。そこで分からせてやればいいんじゃないか?」
取り巻き二人の提案に留飲を下げ、クレアの昼食の件はこれで終わった。
そして、もう一人の方の様子を大人たちに聞く。
「クレアの事はもういい。それで、アーシェスとかいうヤツからはクレアのような文句はないのか?」
職員と料理人はお互いに顔を見合わせると、不思議そうに逆に問いかける。
「ベルナルド様に言われてから半券をチェックしていましたが、アーシェスという学生の半券は見た事はありません。てっきり私共は学食で昼食を摂っているのかと思っていたのですが……」
「……なんだと?」
咄嗟に取り巻き二人を見ると、大人と同じ様な顔を浮かべていた。
「お前たち、見かけたか?」
「いや、見てないと思う」
「あれだけ妙な雰囲気のヤツが入ってくれば、流石に学食の雰囲気は変わろうものだけど……」
「どういう事だ?」
考え込むベルナルド。
申請すれば無料で提供される昼食を無視し、学食にも来ていない。ダイエットを気にするような人間には見えなかったので、わざわざ昼食を抜く意味が分からない。
昼食の予約の仕方が分からなかったか?
あり得ない。入学時に教師から説明されたはずで、さらには朝食時の食堂には申請書の記入を待つ人間が絶えないのだ。それに気付かず、興味も惹かれない者がいるわけがない。
となれば、やはり意図的に昼を抜いているという結論にしかたどり着けない。
「一体、何のために……?」
いくら考えても、その謎は解けそうになかった。
昼食時の食堂。
クレアは挑むように昼食の受け取り口に顔を出し、職員に半券を渡す。
「今日は、ありますか?」
職員は慎重に半券を受け取ると、神妙な顔をして言った。
「少し待っててくれ」
待っててくれ、とは言っていたが、あらかじめ取りやすい場所に置いていたのか二秒でランチボックスが出てきた。
それを見てクレアは顔を綻ばせ、それを見た職員は本当に済まなそうな顔をした。
「本当に、申し訳なかった。これからは二度と忘れないよ。もし忘れる事があったら、その日は学食で豪遊できるくらいの贅沢をさせてあげると約束しよう」
「そ、そこまでは求めてないですよっ。私は普通に食事ができればそれでいいんです。……それと、昨日は子供の癖に生意気な事言ってすみませんでした」
クレアは表情を引き締めて頭を下げて、顔を上げる時にはもう笑顔になっていた。
職員はバツが悪そうに答える。
「よしてくれ。全面的にこっちが悪かったんだ。それに、生意気だなんて思わないでくれ、何も間違ってないんだから。そこには、大人だとか子供だとか関係ないんだ」
「……ありがとう、おじさん」
「おじさん……俺まだ二十六なんだけどなぁ」
「あははっ、ごめんなさい」
二人の間には昨日の気まずい雰囲気はもう微塵もなかった。
そこにケイトとジャックが入って来た。
「クレアさん、今日はお昼は……」
クレアの手元を見て、二人もぱあっと笑顔になる。
「あったーっ!良かった~、またお昼の量が減るところだったよ」
「うぐ、その節は凄く助かりました。ありがとうございました」
「うそうそっ。僕そこまで胃袋大きい方じゃないから、少し減っても全然変わらないんだ。ちょっと意地悪がすぎたかな」
「もうっ!本気で罪悪感が芽生えるとこだったよっ」
そのやり取りを聞いた職員は、二人にも謝罪した。
「二人にも迷惑をかけてしまっていたようで、本当に申し訳なかった。さっきこの子にも言ったけど、またこんな事があった時はお昼を奢らせてもらうよ」
直後に料理人もそこに顔を出し、職員のように謝罪した。二度目があったらポケットマネーを出すという所も一緒で、クレアは苦笑いで謝罪を聞いた。
いつまでも引き止めていては悪いと気付いた職員は、切りの良い所でクレアを解放したのだった。
テーブルに付いてランチボックスを開ける三人。
ジャックがクレアの昼食の内容に違和感を覚えた。
「あれ?クレアのものだけ、やたらと豪華じゃない?」
「あら、本当ですね。このお魚なんて結構な値がすると思いますけど」
「……もしかして」
受け取り口にいる職員へ目を向けると、彼は他の学生たちにランチボックスを手渡す作業をひたすらにこなし、クレアの方を見る素振りはない。
お詫びをおしつけているように思われないよう、わざと見ないようにしているのかもしれない。
そうクレアは都合よく解釈して、食材と生産者の方々と、そして大人二人の気遣いに感謝を込めて昼食をいただいた。
「ではっ、いただきますっ!」




