第5話
嬢こと改めて、百木の孫の鶴太郎は、食事を済ませてないということで、3人で食卓を囲んでいた。
「それで鶴太郎、おまえはどっちなんだ?」
「???…なにが?あっマサおじさん、醤油とって」
しらばっくれんじゃねぇよと、百木はがなり立てる。目の前の鯖をほぐす箸は止めずに、話を続けた。
「そんな成りしやがって、もう男か女か、分かりゃしねえじゃねえか。まぁ今時の流行りってんなら、仕方ねえけどよ…」
ぶつぶつと呟く百木に、なにを言いたいか察した鶴太郎は、悪びれずに答えた。
「性癖のこと?だったらバイだけど、性別のことならまだ男だよ」
百木が箸を止める。真坂はそのやりとりを、忍笑いで見ていた。
「性癖が倍…?倍だと、どうなンだ?なんか余計なもんでも増えんのか?」
「両刀って意味だよ、そんぐらい自分で調べなよ、タロじい。てかいい加減に、飛ばしの携帯を使ってよ。こないだ渡したじゃん」
「へん、お断りでぇ。第一電話なんざ煩わしくていけねぇ、面合わせて話すのが一番伝わるってもんだろ」
箸を振り回しながら、得意げに講釈する百木を無視して、真坂が話す。
「鶴ちゃん、こないだの鬼島の配信な、あれ結構な投げ銭があったぞ。企業舎弟にも、裏モノで捌かせてる」
「そうなんだ。マサおじさんのとこなら大丈夫だろうけど、上手に捌いてね?」
にしても、あの最中のネットリした口調は演技かい。そっちのが売れ筋だからね、と話し込むふたりに、百木はヘソを曲げた。
「おい、無視すんじゃねえよ……あれ、この酒けっこうイケるな」
「高かったからね、馬鹿スカ飲まないでよ?」
重畳、重畳と百木は、お猪口をあおる。すでに一升瓶は、半分を切っていた。
____________________
「それでタロじい、そろそろ決めたの?」
晩酌している百木に、鶴太郎が尋ねる。真坂はすでに休んでいた。
「決めるってえアレか、海外に高跳びするって話かい」
「それ以外でなにがあるの。いつまでもマサおじさんに、迷惑かけられないでしょ」
「迷惑ぅ?俺と一緒に、何度も修羅場を潜り抜けてきた兄弟に限って、そんなことねえよ。寧ろ心強いってなもんだぜ、きっと」
百木が嘯くと、急に襖が開いた。そこには休んでいたはずの真坂が立っている。
「いや、迷惑だぞ」
頼みの梯子を外されて、百木がうろたえる。真坂はため息をついて、諭し始めた。
「いいか兄弟、そもそもだ。暴行で指名手配食らってよ、そっからひとふたりも膾にしちまってよ、挙げ句に逃走までかましてんだ。これじゃどんな凄腕の弁護士つけたって、どうしようもねえよな?」
「へ?ありゃ正当防衛じゃねえのか?」
「馬鹿野郎、長ドスさげて自分からカチコミかけてんじゃねえか。極刑に決まってんだろ」
チンピラ殺しが無罪なんて、若い頃じゃねえんだと真坂が嘯く。流石に昔でも無罪はないと思いつつも、鶴太郎はいちいち話の腰を折らなかった。
「でもよぉ、海外なんておっかねえよぅ。仁義もヘチマもねえ奴等で一杯じゃねえか…」
「それこそ若い時分の兄弟じゃねえか。それに、今はまだ睨みが利くがよ、サツも本腰だ。いつまでも庇っちゃいられねえよ。
さっきも言ったが、犯人隠匿で懲役食らうのは、俺だけじゃねえからな。高跳びする機会は今しかねぇんだ、腹括れ」
「でもよぉ兄弟、あいつの墓を置いてまで行きたくねえよぉ…」
「白々しいこと言ってんじゃねえ、いまだって墓参りにも行けねえじゃねえか。いいか、なにも一生海外で過ごせってんじゃねえンだ。ほとぼりが冷めりゃ、顔と国籍でも変えて、しれっと帰ってくりゃいいだろ」
むこうの生活費も持つし、帰国の段取りだって組んでやると、真坂は一気にまくし立てる。嫌なことはやりたがらない、百木の性格を知り尽くした誘導だった。
もう少しで流されそうな百木を、真坂がさらに丸め込もうとしたところで、真坂の若い衆が駆け込んできた。
「取り込み中に失礼します!オヤジ大変です、熊野の叔父貴が、重体で病院に運ばれました!」
唐突な知らせに虚を突かれた真坂より先に、百木が立ち上がった。
「一大事じゃねえか兄弟!おい若い衆、車回せ!病院に急ぐぞ!」
そう言って若い衆より先に、部屋を飛び出そうする百木を、鶴太郎は呆れながら部屋に押し留めた。




