親子?
木こり→樵 に変更しました
浮舟亭に二人と一頭の新たな入居者が加わった数日後、ひょんな事からとある事実が(色々と)判明した。
その日の午後、早朝から樹海に潜っていたとある駆け出し狩人の班が負傷者を抱えて戻って来た。
やる気“だけ”が一人前でメンバー全員まだ十代という、卵の殻を尻にくっつけたままのような若者達だ。
口煩い年長者に師事するのを厭って経験の浅いヒヨッコばかりで無茶をやらかした結果、敵わぬ敵と遭遇し手痛い洗礼を受けて逃げ戻って来たらしい。
どうにか命だけは守りきったようだが、五人のメンバー全員がぼろぼろで内二人は見るからに重傷。
一人は狩人の商売道具である利き腕を折り、もう一人は肩を脱臼してあちこちに切り傷をこしらえている。
やっとの事で境界線までたどり着いた彼等は番小屋に詰めていた樵に助けを求め、そこから町中に向けて多少なりとも医者の真似事が出来そうな人間に声が掛けられた訳だが。
「いッ‥‥!痛い痛い痛いーーー!!なにしやが‥‥ガッ!あッ」
「あーハイハイ、騒ぐと余計に痛むぞ。ディアドラ、その若いの暴れないように押さえててくれ、一息に捩じ込む」
「合点承知じゃ。ほれほれお主大人しゅうしておらぬか!そやつの手元が狂うて肩の骨を砕かれても知らぬえ」
「せーの」
「‥‥‥!なにっ、、、‥‥っぎゃああああああーーーー!!」
ゴキリ、と鈍い音が響いた直後、悲鳴が途切れる。
「‥‥さあ、お次はお前さんだ」
「ひっ‥‥!」
「早いとこ添え木で矯正しとかないと、骨が歪んでくっついちまうだろ。なーに、ズレてる骨を元の位置に治すだけだ。簡単簡単。死ぬほど痛むが狩人生命が終わるよりマシだろ?」
「‥‥た、頼む、‥‥手加減してくれ」
「優しくやれと?寝言は寝て言え。‥‥ディアドラ!」
「よしよし、動くでない。腕が明後日の方向に曲がってもよいのか?」
「‥‥◎※◇☆!?ぐぁ‥あああああーーーっ!!」
「ヨシ、面倒なのはこれで終わりだ。あとの切り傷や打撲なんかは従来の薬品で対応出来るはずだ」
「良い仕事をしたのぅ!」
普段樵達が休憩や仮眠を取る為に使われている番小屋の一室を、急遽救護室にあて例の重傷者の治療は行われた。
元々こうした緊急事態に備えて造られた建物なだけに、応急処置に必要な道具や薬品が揃えられていた事も幸いして、いわゆる『手遅れ』になった者は一人もいなかった。
命が助かったところで身体が大きく損なわれては、その後の狩人としての活動は難しくなると言わざるを得ない。
そうした意味合いでも『間に合った』のだ。
ひっきりなしに聞こえていた患者の叫び声が途切れ、静まり返った救護室から派手な二人組が現れるなり、隣の部屋で待機していた若手班のメンバー達と森番の男衆は青い顔で一斉に立ち上がった。
「‥‥‥殺しちゃあいねえよな?」
思わず問いかけた樵の言葉に、全員が大真面目な表情だ。
音声だけ聞いていたら何故か拷問を加えているのと大差ない扱いに思えたからだが。
「死んではいないな。骨は接いだし肩の脱臼は元通りだがあれだけの怪我だ、この後も痛むのは間違いない。流れた血の分だけ休養は必要だろうさ」
武骨な初老の樵の問いに答えたのは、目にも鮮やかな火炎木の花色をした髪の人物だ。
柳のようなしなやかな細身の長身に無造作に編んだだけの長い髪を垂らした若い女、のような。
見覚えの無い顔を不思議に思って訊ねれば、数日前にジグラッドに着いたばかりの人間だという。
ばかでかい狼に跨がって現れた時は魔獣の襲撃と間違えて樵衆が応戦しそうになったものの、幸い見覚えのある深紅の髪の主が同乗していたためその場はすぐに収まったが。
(((━━━玉座の主の知人か‥‥))))
本人は上手く隠しているつもりのようだが、ジグラッドの住人である程度年齢のいった者にはディアドラの素性などとうの昔に知れ渡っているのだった。
「いや本当に助かった。今この町には医者らしい医者がおらんのでな。下手をすりゃあ些細な怪我や病気が命取りに繋がりかねんのだ」
樵が改めて礼を口にすると、それに呼応して若者達が一斉に頭を下げる。
「ありがとうございましたっ‥‥!俺達、仲間を死なせるところでした。どんなに言葉を尽くしても足りないぐらい‥‥感謝してます」
それにディアドラとフューシャは顔を見合わせて肩を竦める。
「子供というものは無茶をやらかすものだと相場が決まっておるがの。一つしか無い宝珠を失っては終いじゃ。年寄りが鬱陶しいのも分かるが、きちんと年長者に教えを乞うても損は無いと思うぞ?」
「‥‥はい」
礼を述べ一番始めに頭を下げたリーダーらしき若者が口許を引き締める。
今回の一件は随分と手痛い教訓になった事だろう。
軽傷で済んだ三人の方も身体中いたるところに擦り傷や切り傷を負っている。
そのうちの一人がまだ年若い少女であるにも拘わらず、額や頬に無残な傷痕を刻んでいるのを見て、フューシャの手が自然とそちらに伸びた。
「若い娘が顔に、傷」
「は‥‥はい。え‥‥っ、あのあの‥‥その」
この世のものとも思えぬ美しい面が間近に迫り、混乱した娘がうわ言のような言葉を繰り返す間に、その白い指先は娘の顔の傷を一撫でして離れてゆく。
「はうぅ‥‥!」
熟れた野苺のように真っ赤になった娘が条件反射で頬に手をあて、そこにあったはずのものが消えている事に気付く。
「‥‥えっ!!うそ‥‥」
「相変わらず女子には甘い奴よのー」
「魔術での回復の後押しは人体の機能を衰えさせるからあまり使いたくないんだが‥‥、自然治癒に任せていたら痕が残りそうだったからな。今回は特別サービスだ」
そう言いながらそれは綺麗な笑みを浮かべたフューシャは、治癒を施された娘からはさながら慈悲の女神のように見えたに違いない。娘が思わず嬉し泣き始めたほどだ。
一方の隣の部屋で失神している若者二人にとっては、地獄の使者に見えたであろうが。
「‥‥こいつぁたまげた!細っこい身体で男の関節を捻りあげて治療をしただけでも驚きものだってえのに、魔法治癒まで行使するたぁ。あんた、医者なのか?それとも魔術師なのか?」
驚嘆しきりの樵の言葉に、その場に居合わせた全員が当人の返事を興味深く待った。
「そのどちらも自分で名乗った事は無いな。ま、言うなれば『何でも屋』ってとこか。どれもこれも中途半端な知識で極めた訳じゃないから、図々しくて自称する気にもなれん」
謙遜しているというよりも、本気でそう思っている口振りだった。
「この町には‥‥その、しばらく居てくれるのかね」
「ああ。仕込み甲斐のありそうな雛を見つけたんでな」
その“雛”というのが何を指しているのか、その場に居る者達には不明だったが、そんな些細な疑問がアッサリ吹き飛ぶような笑みを向けられた一同が秀麗な面に陶然と見惚れている間に、派手な二人組はこれで用事は済んだと言わんばかりにさっさと番小屋から退場して行った。
「あ‥‥名前も訊いてなかった‥!」
班リーダーの若者が我に返って呟くと、顔の傷に治療を施して貰った娘が「泣いてばかりできちんと礼も言わなかった」と途端にオロオロし始めるが━━━。
「なに心配するこたぁねえ。アレなら何処に居たって居場所はすぐに知れる。玉座の主との組み合わせなら尚更よ、目立つなんてもんじゃねえ」
樵の台詞に『確かにそれはそうだ』と誰もが納得した。
*
「おかえりー。早かったじゃん」
「怪我人は?」
玄関を通らず中庭のテラスから直接宿に帰還した派手な二人組を、負けず劣らず目に鮮やかな色彩の子供らが出迎える。
有言実行のフューシャがタマとミケを相手に『料理教室』を開いている最中に、表の通りで怪我人が出たと騒いでいる人間の声をその性能の良過ぎる耳が拾い上げてしまい、無視も出来ずにディアドラと二人でポチに乗って飛び出して行ったのが、一刻ほど前の話だ。
「あれで問題無かろうて。人間は案外丈夫なものよ、後は療養次第といったところかの」
ディアドラが笑みを含んだ軽い口調で告げるのに対し、フューシャはやや真面目な面持ちで二人の子供に向き直った。
「いいか、お前らは怪我をするなよ?元来のハヤミミは怪我や病気に滅法弱い。そこそこ長い寿命を持っていながら、僅かな瑕疵が原因であっさり死ぬ種族だ」
「「え、マジ‥?」」
「ハヤミミの五感が異様なまでに発達してるのは、あらゆる危険を徹底的に避けて身を守る為なんだ。交配種のお前らがどれだけその特性を受け継いでいるか分からんが、用心に越した事は無い。絶滅危惧種のひ弱さをなめんなよ」
「「うへぇ‥‥」」
純血の先祖に心底本気の忠告を受けたタマとミケは、げんなりと肩を落とした。
「でもさー、そのわりにフューシャは‥‥図太そうだよな?」
本人に全く悪気は無いのだが、思った事をすぐに口にしてしまうのがタマだ。
そしてタマのその感想には珍しくミケも同意見だった。
なにしろフューシャは華奢な見た目とは裏腹にかなりの豪腕で、ここ数日ディアドラと二人で樹海に潜っては無傷で獲物を捕らえてくる事から、狩人としてもかなりの腕前である事がすでに判明している。
そもそも人型を取っているとはいえ、竜と肩を並べて戦える種族を“ひ弱”とは呼ばないんじゃあないだろうか、というのが正直な感想だ。
「自分が変異体だってのは前に説明しただろ?たまにあるんだ、子孫を遺せない身体で生まれてくる代わりに、ハヤミミとしては飛び抜けて頑丈な個体てのが。そしてそういうのは大概長命で、群れで親を亡くした子供らの仮親の役目も担う」
「へー」
「ふぅん‥」
「ハヤミミが育つ環境はひどく特殊で、親から充分な知識を受け継げずに死に別れたりすると、その後の生存率が極端に下がる。つまり━━━」
「今のお主らじゃな」
ディアドラが後を引き継いだ言葉に、タマとミケの目が丸くなる。
「同胞は皆とうの昔に死に絶えてんのに、自分ひとり生き残ってる意味が全く解らなかったんだけどな。‥‥お前らが居たんだ。自分にもまだ役目が残されてたって事だろ」
教える事が色々と多そうだ、とフューシャは緑の眼を細め、それは綺麗な笑みを浮かべた。
「「‥‥フューシャが仮親‥‥」」
「なんだ、不服か?」
ポロリと落っこちそうなほど見開かれた二対の目玉に凝視されながら、愉快そうに首を傾げて笑う麗人。
「‥‥ハイネのおっちゃんも一応オレらの保護者なんだけどさー。おっちゃんわりと心配性で世話焼きだから、『男母ちゃん』てカンジなんだよなー。なぁミケ?」
「そーそー。‥‥て、ことは?フューシャが父ちゃんか?」
「「ナニ?」」
予想外の反応だった。
「悪さした子供に拳骨くれたりとか?」
「一晩中庭木にぶら下げたりとか?」
「ポチに括りつけて市中引き回しの刑とか!」
「あー、やりそー!!」
どうやら二人の子供イメージでは、『子供に厳しい父親』といえばハイネではなくフューシャの方であるらしかった。
「ぷっ‥‥、なかなかの慧眼よ‥」
ディアドラが横を向いて小さく噴き出した。
どうやら当たらずとも遠からず、といったところか。
「まぁ何にせよ、お前らがそう簡単にくたばらないようにするのが自分の役割って事だ。━━━覚悟しとけよ」
「げ‥‥」
「やぶ蛇だった‥‥」
そしてこの日を境に、タマとミケは宿の業務の合間に派手な御先祖に振り回される事が決定したのであった。




