珍客は呼ばれなくてもやってくる
フューシャから魔獣としか思えない巨大な灰色の狼を「自分の使役獣だ」と紹介された《灰の夜鷹》面々は、最初のうちこそ腰を抜かさんばかりに驚愕していたものの、荒事に慣れた狩人らしく最終的には理解を示してすんなり(?)それを受け入れた。
というか、それ以上に手に負えない存在が身近にデンと居座っていたため最早気分的にどうでも良かったのかも知れない。
一同は酔いが抜けきらずふらつく頭を抱え、この日は二度寝をするべく早々に自室に引きこもった。
「よし、決めたぞ。妾もここに住む」
宴会で浴びるほど呑んだ翌朝も常と変わらぬ食欲を発揮したディアドラが、従業員に作らせた朝食をモリモリ頬張りながら浮舟亭のささやかな団欒の一時に超弩級の爆薬を投下した。
「ぐほッ!!」
ハイネが飲みかけのスープを鼻と口から噴いた。
「うわっ、汚ねーぞおっちゃん!」
「食い物粗末にすんなよなー」
「‥‥、、っ!!!」
ちなみに朝食の場にはフューシャも同席していたが、昨夜ディアドラ同様かなりの量を呑んでいたにも拘わらず、二日酔いの気配など微塵も匂わせぬ涼しい顔でテーブルに着いている。
「遠方の友を招いておいてなんだが、妾の住処は客をもてなすのにいささか不便な構造でな」
そうだろうとも、と誰もが思った。
竜体のディアドラは屋根の下で暮らす必要がないので、基本露天生活だ。
普段はジグラッドの中央にそびえる“玉座”と呼ばれる高台で寝起きをしているらしいが、まず人間がたどり着ける場所でもない。
樹海の真ん中に不自然に突き出た円柱群は足場も何も無いほぼ垂直な岩壁で、外敵はおろか真っ当な訪問者も寄せ付けない仕様となっている。
「‥‥待て待てディアドラ。あんたにゃ悪いが、これでも一応宿は商売でやってんだよ。いきなりここに住むとか言われてもな、ただの一度も宿賃払った事がねえ相手に『ハイどうぞ』とは、俺は言わん」
「ナニ?」
青い顔をしたハイネに真面目に切り返されて、ディアドラはキョトンとした表情になる。
だが経営者側としては切実な問題だ。━━━━色々な意味で。
金銭的な問題以前に、紅竜が居るだけで余計な厄介事をグイグイ引き寄せそうな気がしてならないのだ。
「‥‥おお、そうか。そういえばそうであったの!人間の町で暮らすには金子が要るのじゃったな。不便よのぅー」
納得したようにポンと手を打ち合わせる紅い竜。
だが実を言えば、ジグラッドでの日常生活において貨幣はそれほど重要視されてはいない。
閉じた狭い町の中では金属の破片に過ぎない貨幣より、衣食住に必要な物資の方にこそ価値があり、住民の間では物々交換での取り引きが浸透しているからだ。
ただし貯蔵に向かない品でのやり取りの場合蓄財が困難になるため、大口の取り引きには“外”で通貨としても使える小粒銀や金が用いられる。
「むぅー。どうしたものかや」
旧知の人間に損害を与えてまで居座ろうとは考えないあたりディアドラも人が好いが、今ここでウッカリ情に流されてしまえば宿が傾き(物理的に)かねないので亭主も必死だ。
「以前はどうしてたんだ?」
フューシャの言う『以前』とは、一年前にハイネが宿を再開させるよりも昔の事だ。
「先代の女将とは懇意にしておってな。たまに手土産を持って来たぐらいのものかの」
「手土産?」
「肉とか、肉とか肉とかじゃな。運が良ければ毛皮やら角やらにも使い途があったしのぅ」
「なるほど。仕留めた獲物を手土産にしてたわけか」
「キラキラして綺麗な物ならあやつも喜ぶかと思うていっぺん水晶の柱を持ち込んだら、食えんしデカくて邪魔だから持って帰れと言われてなぁ‥‥」
「えっ、マジ!?」
「余所で売ればイイ金になったじゃん。もったいねー」
『お宝』の話題に敏感な子供が直ぐさま食い付いて反応を示した。
「一昔前は王冠を越えて活動する狩人は稀であったしのぅ。そもそも“外”で追われる立場の者ばかりが集まって生まれた町の人間に、命の危険を冒してまで外へ戻るという発想は無かったようじゃぞ?」
「「ああー‥ナルホド‥」」
野垂れ死に覚悟で逃げ込んできた土地で思いがけず生き延びて、ようやく安住出来そうな場所を得たというのに、わざわざ死にに戻るような真似をしたがる人間はいないだろう。
まあ、昨今の若い連中はそういった柵から縁遠くなったようだがの、とディアドラは回想を締め括る。
「━━━というわけで、宿賃は現物支給でどうじゃ、ハイネ。一日一頭、猪でも鹿でも野牛でも、何でも好きな獲物を仕留めて来てやるぞ?」
「‥‥う。そ、それは」
それは大層魅力的な提案だった。
衣食住の項目で間違いなく最上位にくる案件で、宿屋ともなれば宿泊客の胃袋を満たす食料の確保は最重要課題となる。━━━一般的には。
「お主は料理人が居らぬのを苦にしておるようだが、そこなチビ共をフューシャに仕込んで貰うのも手じゃぞ?何しろ其奴は伊達に長生きしとらんからの、家事全般お手の物じゃ」
「「「‥‥‥‥!」」」
宿の職員三人分の視線が一気にハヤミミに集中する。
「いやしかし‥‥。客にそこまで‥というか、待てオイ、ディアドラ!本人無視して勝手に話を進めてんじゃねえ」
「自分なら別に構わないが?元々ここに来た理由の半分はそいつらだし。ちょいと観察させて貰うついでに色々仕込んでやろう。こちとら育児経験者だ」
「「育児!?」」
生活臭の欠片も無い浮世離れした人物から実に意外な台詞が飛び出した事で、子供二人から驚きの声を上がる。
「で、フューシャが産んだの産ませたの、どっち!?」
「ばっ‥‥バカタマ!」
「拾ったんだよ。━━━つか、お前らが自分をどう見てたか、よおっくわかったぞ」
「やべ‥‥」
「タマの失言大王ーーー‥!」
わりと細かい性格のミケに比べて、大雑把なタマは失言が多かった。
「男・女どちらに見えるか」という微妙な質問に、「どっちにも見えねー」と速攻で打ち返し、またもやミケに頭を抱えさせたがこんな事はむしろ日常茶飯事だ。
「オマエなぁ‥‥もーちょっと考えて喋れよ、タマ」
「考えてもわかんねーもんはわかんねーよ」
「『正解』だ。」
「「へ?」」
「自分はハヤミミの変異体でな、『どちらでもない』というのが正しい。説明は面倒なんで省くが、“種”としてそういうものだと思っててくれりゃいい」
「‥‥ふぅん?べつにオレらはどっちだっていーけどな。なぁミケ?」
「まーな。男でも女でも、そうじゃなくても。中身が一緒ならどうってこたねーよ」
そう言うと、目の前の非常識な美女(仮)は何故か驚いた顔で瞬きを繰り返し、次いで喉の奥をくつくつと鳴らしながら愉しそうに笑った。
「交渉成立だな、亭主」
現時点での浮舟亭の入居者五名。プラス一名追加。




