花は咲く
タマとミケから見たフューシャの第一印象は、『キレイでおっかなそう』だった。
単純に大きな狼を従えていたせいでそう感じたのかもしれないが、何となく怒らせてはいけない相手なような気がしたのは真実だ。
ただ奇妙な事に、その『キレイでおっかない』フューシャの近くにいると、二人とも何だかホッとするのも事実で、少しばかり気分が混乱してしまう。
ろくな会話も交わさないうちに地獄巡りを味わわされたタマに関して言えば、もっと露骨に警戒してもおかしくはないはずなのに、何故だかそんな気にもならない様子で。
━━━━ずっと以前から、頭の隅に僅かにでも危険信号が点滅する度、ぶっちぎりで逃走劇を繰り返して生き延びてきた野良猫達にとって、有り得ない異常事態だった。
「なあ亭主」
給仕しがてら自分もエール片手に切り分けられたミートパイの皿をつついていたハイネは、本日の主賓(?)に唐突に声を掛けられ「あ?」と気の抜けた返事を返した。
「あの二人はあんたの子供か?」
「ぶふぉっ!!ゲヘゴホッ」
勢いよくエールを噴いた。
「ぐふっ‥‥、あいつらと、俺が、血が繋がってるように見えるか?」
「いや全く」
ハイネは、良くも悪くも普通の見た目の男だ。
元狩人らしくややガッシリとした身体つきも、これといって特徴のない平均値よりの容貌にも、どれ一つ取ってもタマやミケと似通った要素は見当たらない。
「拾ったんだよ、外で。宿無しだってえから、俺んとこに来るか?って訊いたら、人を金蔓扱いしやがって、こんな所までくっついて来たのさ」
そう語る亭主の顔は、どこか楽しそうだ。
「‥‥なるほど」
整い過ぎていて人間味の薄い美貌にも、微かな笑みが浮かぶ。
見た目の年齢とはかけ離れた、どこか老成したその雰囲気にハイネは、おや?と目をしばたかせた。
「随分と良い巡り合わせだったみたいだな‥」
「あぁ?」
「いや、こっちの話だ」
「よし!これで人数分配り終わったよな?オレらも食おうぜミケー」
「よっしゃー。いっただっきまーーす!」
お裾分けのパイを配り終えたタマとミケが、フューシャの両隣に腰を下ろして食事を始める。
普段は一番厨房に近いテーブルにハイネと三人で座る事が多いが、今日は何となくこちらの気分だった。
「そうやって三人揃うとそっちのが兄弟に見えるぜ。何となく雰囲気まで似てるしなぁ‥‥」
「そんなものか?」
「「‥‥‥‥‥」」
その場合、果たしてフューシャは『兄』になるのか『姉』になるのか。
性別については未だに不明のままだ。
「━━━へぇ。ジグラッドには知り合いを訪ねて来たのか」
「ああ。大抵いつも向こうが自分のいる里に足を運んでくれてるんだが、たまにはこちらが出向いてみようかと思ってな」
「ふぅん。となると‥‥出稼ぎ組の誰かだね。一般人が護衛を雇ってまで何度も樹海を行き来するのは無理があるし。狩人が仕事ついでに足を伸ばすだけなら不可能でもないしねぇ」
「‥‥‥‥だれ?」
「‥‥‥‥‥」
アルコールが入って緊張が緩めば会話が弾むのはお約束。
始めの気まずさはどこへやら。常連四人の目下の興味は、フューシャがわざわざ樹海を越えてまでジグラッドを訪れた、その理由に向いていた。
外部の人間が王冠を越えてまでジグラッドを目指すの場合、必ずそれなりに理由がある。
物見遊山程度の気分で気軽に辿り着ける場所ではないからだ。
そしてそれは、出て行く側にも同じ事が言える。
「連れが報せに走ってくれているから、連絡が付き次第こちらに来るんじゃないかな?相手が捕まらなければしばらく待つ事になると思うが」
「あー‥。運悪く外回りの仕事でも入ってれば、行き違いって事もあるだろうさ」
「その知人が狩人なら、運営に届けを出しておけばいくらか連絡が付き易くなると思うが」
珍しくファルコムまで会話に加わった。
『運営』は文字通り町の運営そのものに関わる組織で、主に現役を退いた狩人やある程度の知識を持った年長者から成る。
完全な無給奉仕で一種の名誉職扱いのため、年寄りの寄り合いと大差無い代物だが、それでも一応はその他の国々でいうところの組合のような役割を果たしている。
「知人の名を教えて貰えればすぐにでも言伝てを‥‥」
「あぁ、いや、相手は狩人とかじゃなく━━━‥‥‥、、」
ファルコムの言葉を途中で遮り、説明しようとしたフューシャの台詞が何故か途中で途切れ、数拍の間が空いたところで。
ゴオオオッ!!!
庭先でいきなり突風が吹き荒れたかと思うと、中庭のテラス席に続く両開きの扉が勢いよく開け放たれ、
「フューーーシャーーーーー!!!」
ずどどどど、と赤毛の女が突進をかまして来た。
自分よりはるかに大柄な女に体当たりをされたフューシャは、当然ながら受け止め切れず諸共に床にひっくり返った訳だが、特に動揺した風もなく「‥‥相手はコレだ」と、ギャラリー達に向かって冷静に付け加えた。
「「フューシャの知り合いって‥‥ディアドラーーー!?」」
子供二人が寸分違わず同音に叫んだが、後の面子は呆気にとられて二の句も継げない様子。
ヒューリーが青い顔で「うわぁ‥」と後退りしたのは、以前タマの怪我の件で散々脅されていたからだろう。
「なんじゃお主~~!来るなら来るでもっと早う報せてくれればよかろうに!妾の翼ならひとっ飛びで迎えに行けたものを~~~」
ちなみにこの台詞はフューシャを床に押し倒したまま、ぐりぐりと頬擦りをしながら放たれている。
「‥‥力を加減してくれ、と、何べん言えば解るんだディア‥」
「スマンのー。つい嬉しゅうてなぁ!ダメ元で誘ってはみたが、こうも早う訪ねて来てくれるとはのー」
「こっちが冬ごもりの支度で忙しい時期にやって来て、『“珍種”を見つけたからすぐに来い』とせっついてくれたのは誰だったかな」
「細かい事は気にするな!」
憮然とした表情のフューシャが慣れた仕草でディアドラをグイと押し戻し、何事も無かったかのように起き上がる。
一連の動作に『慣れた感』が滲み出ている辺り、こうしたやり取りが日常茶飯事なのだろうと思われた。
そしてゆるりとめぐらせた視線を一組の子供の上に留め、じっくり数十秒は眺めてから、この世のものとも思えない美しい面が笑みの形にほころんだ。
━━━それはまるで、人の形をした花が目の前で咲いたようだった。
「ハヤミミと人間の交配種か‥‥確かに珍種中の珍種だな。四百年生きて初めて見たぞ」
緑の眼にまじまじと観察されるような眼差しを向けられ、最初のうちはキョトンとしていたタマとミケだが、フューシャの発した言葉が頭に浸透するにつれ、徐々に顔がひきつり始める。
「「‥‥‥よんひゃくねん‥‥‥?」」
「おう、崇め奉れよチビ共。こちとらお前らの御先祖様だ」
「「はああああぁ!?」」
しかもサラリと付け加えられた台詞は、顎が外れそうな内容だった。




