新顔
置いてけぼり宣言の後で、『チマチマ歩いてっとあっとゆー間に日が暮れちまうから、町にはコレで行く』と言ってフューシャが指を指したのは、その隣を連れ立って歩く巨大な灰色狼だった。
「「‥え゛っ」」
「ただしポチの背中に三人はキツイから、一人は特別席だ」
「‥‥と‥特別席?」
するとそのタマの反応に絶世の美女(顔)が、それはそれは愉しそうな笑顔で一言。
「ポチ、やれ」
直後、襟首をムンズと掴まれ有無を言わさず狼の背に引きずり上げられたミケが、子猿のようにフューシャの背中にへばりつかされ、タマは━━━━━━━。
「ぎぃやゃああああ━━━━━!!食われる!食われてる━━━━っ!!」
牙の隙間から頭と手足をぶらつかせた格好で、腹這いにポチの口にパクリと咥えられていた。
「安心しろ、甘噛みだ」
そして地獄の道行きが開始。
ぐん、と急激に加速したところに更に上下運動も加わり、障害物を片っ端から跳躍で飛び越えながら、灰色狼は矢のような速さで樹海の出口を目指した。
「ほら、着いたぜお前ら。浮舟亭ってのはここでいいんだろ?」
日暮れ前にどうにか境界線までたどり着いた一行は、町中に入る直前でフューシャとタマが場所を入れ替わり、タマをポチの背中に預けると、フューシャは徒歩に切り替えて浮舟亭を目指した。
タマの体力がそろそろに限界だったのと、人目に触れるにはあんまりな絵面だったためだ。
「‥‥タマ‥‥生きてっかー‥‥」
「う゛う゛ぅええぇ‥‥っ、しぬ‥‥。しかも‥服‥ヨダレでベトベト‥‥気持ち悪ぃ」
「‥‥どういう帰還の仕方だ、お前ら」
玄関先で巨大な狼の背からズルズルと滑り落ちるように着地した従業員の姿を見て、いつもより帰りが遅い二人に気を揉みながら待ち構えていたハイネは、この状況に盛大に目をひん剥いた。
「確かに送り届けたからな」
「お前さんは?」
「ただの通りすがりだ。こいつら樹海で狼の餌になりかけてたんで回収して来たんだが、余計な世話だったか?」
「‥‥いや、うちの従業員が世話を掛けたようで申し訳ない。助かった」
ハイネはあんぐりと口を開けて巨大な狼を上から下まで眺め、その隣の非常識な美貌の人物に目を移して、再度、目を見開いた。
━━━初めて会うにも拘わらず、何とも言えぬ既視感を覚える相手だった。
「ついでに訊くが、ここは宿屋だろう?部屋は空いてるか?出来ればしばらく泊まりたいんだが」
「あ、ああ。問題無い。ただ‥‥そっちの狼は‥‥」
「獣舎は無理だな。他の大人しい騎獣が脅えるだろ。こいつは庭の隅にでも置かせてくれればいい。町中で人間や家畜を襲うのを心配してるなら、大丈夫だ。餌も要らん。近くに狩場があるんだ、自分で適当に済ませるだろうよ」
「‥了解」
ジグラッドでは樹海に棲む比較的大人しい獣を調教して使役する事はそう珍しくない。
馬の蹄で渡れない樹海での荷運びや騎獣として用いる等、仕込み方次第でその用途は多岐に渡るため、使役獣には多種多様の種族がいる。
ただ肉食の獣は総じて気性が荒く扱いが難しい上に、これだけ大きな個体ともなると、使役する側にも相応の力量が求められる事になる。
「‥‥んじゃー、オレがポチ連れてく。中庭で良いんだろ?ついでに井戸で水浴るから着替え持ってきてくれよ、ミケ」
「わかった。あ、フューシャはこっち。部屋の準備する間しばらく一階の食堂で休んでて。とりあえずなんか軽く摘まめる料理出すからさー」
「あぁ、そうさせて貰おう」
宿の亭主が口を挟む間もなくトントン拍子に話が進む。
相手が一見の客にしろ、連れている騎獣がアレにしろ、ハイネの経験則では野良猫コンビが全く警戒心を抱いていない時点で、危険は無いと保証されたようなものだ。
わずかでも危険と見なせば徹底的に距離を保つあの二人が、恩人とはいえ初対面の相手にああも気安い態度を取る事自体、とても珍しい事だった。
「じゃ、適当にその辺の席に座っててー。タマに着替え渡したらすぐ取りかかるからさ」
「はいよ」
この日、久々に町での討伐依頼を終え、宿の食堂スペースでエール片手に早々と寛いでいた《灰の夜鷹》のメンバー達は、浮舟亭の名物従業員の片割れに案内されて現れた客を見て目を丸くした。
開業以来閑古鳥が棲みついているこの宿に、新規の客。
しかもそれなりに顔の広い彼等が一度も目にした事が無い、全くの新顔。
何も町中の人間と顔見知りになったつもりも無いが、当人がかなり目立つ容貌をしているだけに、今まで噂に登らなかった事が不思議なほどの人物だ。
「一目見たら忘れられない類いの美人、てゆーやつ?」
「‥‥男?‥‥女?」
「男にしては綺麗過ぎるし、細過ぎる。かと言って女と見るには足りない部分がなぁ‥‥」
「‥‥どっちにも見えない」
「ちょいとアンタ達、いい加減におしよ。あちらさんに聞こえたらどうすんのさ」
「‥‥でも気になる」
「だよなぁ!」
「はあぁぁ‥‥。それにしたって、もう少し声を潜めたらどうなんだい」
「‥‥‥‥(ふぅ)」
実はもうとっくに聞こえていたりするのだが、本人は特に気にした事もなくガラ空きのテーブル一つに陣取ると、肩掛けの鞄を外し上着を脱いで悠々と寛ぎ始める。
当人にとってこうした周囲の反応は日常茶飯事で、今更気に留める必要性を全く感じていないと思われる態度だった。
上着を脱いだ事でほっそりとした身体つきがより際立ち、華やかな濃いピンク色の髪の印象と相まって遠目には九割九分女性にしか見えていないと思われるが、近くでその面を覗き込んだ者がいたら、おや?と首を捻ったに違いない。
“花のような”と形容するに相応しい容貌に不釣り合いな、硬質で鋭利な輝きを放つその眼には、むしろ男性と言われて納得しそうな力強さが備わっており、見る者を一方的に混乱に陥れる効果があった。
「「「「‥‥‥‥‥」」」」
離れた席から新顔をチラ見していた四人も、内心で一斉に首を捻った。
━━━興味はある。だが、肝心の会話の糸口が掴めない。
初対面の相手に面と向かって『アンタは男か女か』、などと訊くのは喧嘩を売っているのと同じである。
同じ宿の客同士、後に築かれるかもしれない友好的な関係をかなぐり捨てるつもりならともかく、《灰の夜鷹》のメンバーにそこまで面の皮の厚い人間はいなかった。
「おまちどー!エールと摘まみの盛り合わせ、ジャンジャン呑んで食ってくれよ。なんたってオレらの命の恩人だかんな!なんなら亭主秘蔵の古酒もだすぜー?」
「そうそう!今ならアレコレお得なサービスも付けるぜ、格安で!!」
食堂に漂っていた微妙な空気が一気に霧散した。
エールの大ジョッキ片手に料理の皿を持ったミケが厨房から現れると、着替えを済ませたタマが【火竜のカマド】特製のミートパイを盆に乗せて後に続く。恒例のお取り寄せだ。
「美味そうだな」
「だろ?オレとミケの好物なんだ。ご相伴に与らせてもらうけどいーよな?」
「どのみち一人で食いきれる量じゃないぞ。向こうのテーブルの客にも振る舞ったらいい」
そう言って意味ありげにニヤリと視線を向けられた四人は、先程から自分達がコソコソと噂話をする様子をしっかり本人に把握されていたのだと気付き、少しばかりばつの悪い気分になった。
「‥‥気を悪くさせていたならすまない」
普段無口なファルコムも、必要な場面ではきちんと喋るのだ。
率先して噂話に興じていた二人は目を泳がせ、ネイビーも困ったように額に手を置いて「ハァ」と小さく溜め息を落とした。
「自分にとっちゃ今更なんでな」
全く気にしていない様子で掌をヒラヒラと振る相手に、全員の表情がホッとゆるむ。
「えと、スンマセンでした。俺達ジグラッドでわりと顔が広い方だと思うんだけど、そちらさんの顔は全く見掛けた事が無かったんでつい‥‥調子に乗りました」
「‥‥ごめんなさい」
ヒューリーとミーアも素直に謝罪を口にする。
「それはまぁ、当然だな。自分はついさっき外から来たばかりなんだし」
「‥‥外から‥‥」
思わず何を言われたのか解らないというような呟きがネイビーの口から漏れる。
「あともう一息で町に着くという辺りで、そこのチビ共が狼に食われかけてるとこに遭遇してな。樹海から拾い上げて来たのさ」
「そーそー。その後でオレはヒデェ目に遭わされたけどな!」
「取り敢えずは命の恩人?」
どちらが誰の台詞かは、言わずもがな。
「━━━━まさか‥‥、単身で樹海越えを!?」
「「「えええっ!?」」」
驚愕するファルコムの後に三人分の叫びが重なる。
目の前の麗人はサラリと“外”と口にしたが、普通は不可能だ。
どんなに腕に覚えのある狩人でも、単独で樹海の踏破に挑むような無謀はしない。
樹海を越えるには最低でも三日の野営が必要で、夜は交代で不寝番を立てなければ即座に獣の餌食になってしまうからだ。
「いや、連れがいる。紹介は明日になると思うが」
それを聞いた四人組は明らかに安堵した様子だったが、タマミケはお互い顔を見合わせて『連れってアレだよな?』と、微妙な表情になった。
「そうだよな、流石に一人ってわけじゃないよな!」
「連れの人達は別行動で他の宿を取ったのかい?」
見事にメンバー全員、複数人で組んで来たものと思い込んでいるが、当人も敢えてそれを訂正せず曖昧に濁している。
((説明したら、ぜってー大騒ぎするもんなぁ‥‥))




