美女(顔)と野獣?
「‥‥はぁ、はっ‥!二手に別れて、いつものアレをやるか‥!?」
「ダメだ、タマ‥!これだけの数で囲まれてたら、どこへ逃げたって同じだっ‥‥、はぁ‥、逃げ切れねー‥」
「ちくしょ‥、しくったぜ!」
「とりあえず、どっか高い木の上に‥‥っ」
その日の午後も、二人はいつもと同じように食材の採集のために樹海の浅瀬に潜っていた。
例の人並み外れた知覚をフル活用しながら、脅威となる生き物の接近を悉く避けて、せっせと採集に勤しんでいたところまではいつも通りだったのだが。
この日はたまたま運悪く気性の荒い王冠蜂の擬態に気付かず巣を刺激して、散々追い回されて逃げ回るうちにうっかり狼の縄張りに足を踏み入れてしまい、バッチリ正面から鉢合わせ。
ニアミスならある程度の距離があれば逃げ切る自信もあったのだが━━━━━。
「‥‥うわぁ‥!‥あ‥危ねー‥‥」
「手ぇ伸ばせ、 タマ!登れ!」
狼は群れで狩りをする生き物。
四方八方から追い立てられ逃げ場を失った二人は、狼に噛りつかれる寸でのところでどうにか樹上に避難したところだった。
「タマ、無事かー?」
「‥‥ギ‥‥ギリギリセーフ‥!」
お互い息も絶え絶えで、無事を確認し合う。
取り敢えず今すぐ狼の胃袋に収まるのは避けられたが、状況は何一つ好転していない。
それどころか、周囲をぐるりと群れに囲まれていては最早袋の鼠も同然だ。
ぐるるる、と低い唸り声を上げながら足下をうろつく狼達の視線の照準は木の上の獲物にピタリと当てられ、万が一にも取り逃がす気などこれっぽっちも無さそうである。
「‥‥どんだけ腹ペコなんだよこいつら」
青い顔のミケが呆れたように呟いた時だった。
二十頭はいたかと思われる群れの、更に奥の辺りから、一際大きな狼が姿を現した。
「う‥っそだろ‥‥、」
「‥‥‥でっか‥!」
一目で特殊個体と判別出来るほどの存在感だった。
周りの狼達が仔犬に見えるほどの巨体に灰白の毛並み。
知性が宿ると言われれば素直に信じられそうな深い眼差し。
(間違いなく群れのボスじゃん‥‥!)
(詰んだーーー!!)
一瞬で人生の終わりを予感したタマとミケだったが、何やら狼達の様子の方もおかしかった。
その灰色の狼が現れた途端、群れは一斉に落ち着きを失い、尻尾を股の間で丸めて右往左往しているようにも見える。
((アレ‥‥?))
もし後から現れた狼が“はぐれ”なら先住の群れの縄張りを侵した事になり、この場で争いになってもおかしくはないのだが、何故か一向にその気配が見受けられない。
そればかりか灰色狼が一声低く唸っただけで、辺りに散らばっていた狼達が皆悲鳴のような鳴き声を上げて、走り去って行く始末だ。
一体、何がどうしたのか。
「‥‥‥なあ、ミケ」
「オレに訊くなって‥‥、ワケわかんねーや」
その他大勢の群れは消えても、単体で群れを追い払う力を持った狼が眼下に居れば、危険度の高さに変わりは無い。
二人は木の上で途方に暮れるしかなかった。
灰色狼の黒銀の眼の照準は、木の上の二人にピタリと合わせられたまま微動だにしない。
━━━━━と、そこに。
「よーしよし、上手く片付けたなポチ。上出来上出来」
緊迫した空気をアッサリと破る、のんびりとした声が響いた。
居なくなった狼の群れと入れ替わるようにして現れたその人物は、木の幹にへばり付いているタマとミケを見て目を見開き、面白そうな笑みを浮かべてから「降りて来い」という風に、ちょいちょいと片手で手招きを繰り返した。
(どーする、タマ)
(招かれてもなぁ‥‥)
「‥‥そいつ、噛まない?」
おそるおそるミケが話し掛けると、相手は「あぁ」と納得したような顔になり、自分の隣にデンと鎮座している狼に向かって「お座り」「お手」「おかわり」と、続けざまに芸を要求し、無害をアピールして見せた。
((なんだかなー‥))
一気にどっと肩の力が抜けた二人は、どのみちいつまでも木の上に居座っている訳にもゆかず、素直に下に降りてみる事にした。
「命拾いしたな、お前ら」
地上で灰色狼と一緒にタマとミケを出迎えた人物は、そう言ってニヤリと一癖ありそうな笑みを浮かべた。
「助けてもらった‥、んだよな?」
「なんで疑問形?」
「いや、その‥‥。オレらそこの狼のエサにされんのかなーと‥‥」
「あっははは!━━━で?降りてこいって言われて素直に降りて来たのはなんでだ?」
「あー‥そーいや、なんでだ‥‥?」
「‥‥バカタマ」
という会話の後、移動しがてら改めて手短にお互い名のり合った。
「あいつら追い払って貰えてホント助かったよ。オレはミケ、でこっちがタマ。ヨロシク」
「ミケにタマ、ね。自分はフューシャだ。こっちのデカイのは相棒のポチ」
「「ポチ‥‥」」
名付けの適当さ加減にそこはかとない同類臭が漂い、タマミケに思わず親近感が沸き上がる。
意外にフレンドリーな性格をしたポチが『お座り』でバッサバッサと尻尾を左右に振る様子も、最早ただのでっかいわんこにしか見えない。
「しかしなんだって子供がこんな樹海の奥をうろついてるんだ?危ないだろう」
かくいうフューシャ本人は樹海を探索する狩人とは到底思えない軽装で、しかも寸鉄帯びぬ丸腰。
非常識を通り越して色々と有り得なさ過ぎる出で立ちだ。
尤も多少装備を整えてあったところで、その細過ぎる身体では狩人どころか一般労働者にすら見えないかもそれないが。
タマミケのフューシャの第一印象としては、年の頃は二十歳前後。伝法な口調のせいでやや台無しになっている感は否めないが絶世の美女顔、だ。
そう、あくまで『美女顔』。『美女』とは言っていない。
何故なら清々しいまでに真っ平らだから。
ざっくりと編んで背中に流した濃い桃色の髪といい、一つ一つが絶妙な曲線を描く顔の部品といい、これを一目見て「男だ」と言い張る輩がいたら、間違いなく眼医者を勧められるレベルだ。
ただしこのての人間に“女顔の男性”か“絶壁の女性”かを問う場合、聞き方次第で相手の地雷を盛大に踏みかねないので、持ち前の危機回避能力に従って速やかに追及は避ける方針に決定された。(脳内会議で)
「━━━しかし蜂に追われて逃げ回ったとはいえ、よくまぁここまで奥に入り込んだもんだ。普通に歩いたら半日はかかる距離だぞ。‥‥これから町を目指すとなると日が暮れるな」
「うえぇぇ‥、もう走れねー‥」
「ヘトヘトだ‥‥」
二人から事の成り行きを説明されたフューシャは、呆れながらもどこか感心したように呟いた。
樹海は地表に張り出した木の根や岩で地面がデコボコと隆起しているだけでなく、縦横無尽に伸びた枝が障害となって視界を塞ぐため、真っ直ぐ進む事さえ難しい箇所が多い。
平地を往くのと比べて段違いの体力が必要で、身体の出来上がっていない子供にはかなりきつい行程だったはずだ。
「一つ提案があるんだが‥」
と、ここで何かを思い付いたようにフューシャが切り出した。
「樹海で夜明かしなんざバカのやる事だ。自分一人なら余裕で抜け出すんだが、お前らを置いて行くと後が面倒そうなんでなぁ。一緒に町まで連れてってやる」
「「え、どうやって?」」
「方法はこっちのやり方に任せて貰うが‥‥。それが嫌なら━━━置き去りだ」
「「お願いします!!」」
ニヤァと質の悪い笑みを浮かべたフューシャに、二人は一も二もなく縋りついた。




