風が生まれる場所
ジグラッドは他所の地域との交流は殆んど持たない。
というより、持てない、が正しい。
町と外界の間にどんと横たわる天然の迷宮が人間の往き来を遮り、そこを棲み処とする狂暴な獣達が脅威として立ち塞がるからだ。
ごく稀に“出稼ぎ組”の狩人が行商人を伴って帰る事もあるが、それも年に一度あるか無いか。
現在のところ住人の暮らしはなんとか自給自足で成り立っているものの、足りない物など挙げたら切りがない。
新しい技術や人材等は、その最たるものだ。
「‥‥今回もダメだった」
「「「‥‥‥はぁあああああ‥‥‥」」」
ある日の午後。
ほぼ談話室と化している浮舟亭の食堂に、四人分の疲れ果てたような溜め息が響き渡った。
今しがた“外回り”の仕事から帰って来たばかりの《灰の夜鷹》のメンバー達だ。
「お疲れさん。豆茶でも淹れるからさー、それ飲んで一息入れなよ」
「あたしのには糖蜜多目で頼むよ」
「俺も俺も」
「‥‥モウのミルクも入れて」
「‥‥‥‥」
「ほーい。ネイビーとヒューリーが糖蜜多目で、ミーアがモウのミルク入りね。‥‥コム兄はいつもの濃い目の糖蜜抜きでいーの?」
「ああ」
全員の注文を聞き分けてミケが豆茶の支度に取り掛かる。
宿を開業して一年近くが経った現在では、厨房の主な仕事はミケとタマが担当しており、近頃では軽食程度ならお客に提供出来るまでになっている。
「で?」
豆茶を配り終えたタマがファルコムに話の先を促した。
普通大人は子供に仕事の失敗談など話して聞かせたりはしないものだが、これについてはジグラッドの全ての“出稼ぎ組”に運営からの依頼が出されており、尚且つ長い間達成されないままになっている案件としてかなり知れ渡っていた。
なにしろ町の住人全員にとって切実な問題だ。
「医師も薬師もいるにはいたんだが‥‥。俺達が勧誘を始めた途端、みんな青い顔をして逃げ出してしまうんだ」
「‥‥樹海のど真ん中の町で働かないかって言うと?」
こくり、と無言で頷く四人。
((まぁ、そりゃそーだ‥‥))
タマとミケが目で天を仰ぐ。
外の人間の感覚で言えば『地獄の三丁目で働きませんか』と誘われたようなものだ。
人間を襲う生き物がわんさかいる樹海を越えて行かねば辿り着けず、一度連れ込まれてしまえば自力で逃げ出す事すら叶わないというその事実が、見知らぬ土地への恐怖を煽りまくっているのだと思われる。
元々ジグラッドは寄せ集めの集団から興された町で、知識や技術の方面は慢性的に不足気味。
数年前に医者の真似事をしていた人物が相次いで老齢で亡くなって以来、怪我や病気に対応出来る人間が一人もいなくなり、現在致命的なまでの人材不足に陥っていた。
狩人として働く魔導師の中には治癒を行える者もいるが、万能ではない上に著しく魔力(体力)を消耗するため、彼等を常にあてにすることも出来ない。
町の運営委員会は頭を大いに悩ませた。
そして考え抜いた末に出した解決策が、外回りの仕事に就いている班に『外に出たついでに人材をスカウトさせる』というものだった。
数年単位での契約で充分な報酬を示せば、一時的な移住になら首を縦に振る者もいるだろうと考えての案だったが、数年経った今でも現在進行形で計画は難航していた。
「‥‥とにかくこの町のイメージが悪過ぎる。樹海が危険なのは事実としても、だ」
「ああー‥、分かる分かる。外の連中の会話を聞いてるとさ、なんかまるで住んでる奴は悪党ばっかり、みたいな口振りだもんなぁ。ちょっと腹立つわー」
「うちらの先祖が罪人だったにしても大昔の話なのに、いつまでもグチグチグチグチと‥‥ホントやになっちまうよ」
「‥‥同感」
今回は“外”でよほど苦労したのか、メンバーのテンションがいつになく駄々下がりだ。
普段から感情の起伏がゆるやかで、いつも飄々とした佇まいのファルコムの眉間にも、現在クッキリとシワが刻まれている。
「でもさー、オレらにしてみりゃーここは天国だよな、ミケ?」
「まぁなー。顔出して歩いてても奴隷狩りに遭う心配はいらねーし、マトモな職があって盗人の真似しなくても食ってけるし、万々歳だぜ」
「だよな!」
「サイアク路上で暮らす羽目になっても寒さでヤられるこたねーだろーし、樹海に潜れば食いモンは採れる。サイコーじゃん」
そのあっけらかんとした物言いに、思わず四人の顔から縦ジワが消滅する。
「そういや、あんたらは去年移住してきたんだったよね。こんなとこ来るのに抵抗なかったのかい?」
ネイビーがふと思い出したように問えば、二人は青と緑の猫目を瞬かせ、あまりお上品ではない笑みをニヤリと浮かべた。
「元々オレとタマは宿無しだったからさー。ハイネのおっちゃんに誘われてなんとなくフラフラついてきちまったんだ」
「そーそー。イイ金蔓だったしな!」
「「「「は?」」」」
「いや、だってさー。ちょっとばかし縁があったからっつって、小汚ない浮浪児にポンと銀貨をくれてやるようなお人好しだから、せいぜいタカってやろうと思ったんだよ」
「そしたらなんかアレコレと世話まで焼かれて、いつの間にかこっちがほだされちまって参ったのなんの」
わりと酷い言い種でハハハと笑う野良猫が二匹。
それでも亭主によくなついているのは見れば分かる。
スレた口調や態度はともかくとして、彼等の感情表現はとてもストレートで、我慢や辛抱といった質のものから最も縁遠い。
嫌なら最初からこんな辺鄙な土地までついてきたりはしなかっただろう。
「あんまし何も考えねーで来ちまったけど、けっこー住みやすくてイイトコだしさ。このままずっと住み着いてもイイぐらいだぜ」
そう締め括られたミケの台詞にタマがウンウンと頷いて同意を示すのを見て、四人の表情が自然と柔らかなものに変わる。
樹海育ちの人間にしてみれば、出先で出自を問われて答えた際に周囲から向けられる忌避や侮蔑を含んだ眼差しは、けして気持ちの良いものではない。
だから何一つ先入観を持たぬまま転がり込んで来て、居心地が良いからとそのまま居着こうとしている少年達の存在には、ある種の爽快感さえ感じるのだ。
知らず知らずのうちに自分達の胸に育っていた、劣等感にも似た卑屈な感情をアッサリと笑いで消し飛ばしてくれる小さな旋風。
《灰の夜鷹》のメンバーがこの一年拠点を変えず、多少の不便があっても浮舟亭に居座り続けているのは、この気儘な野良猫二人を存外気に入っているからに他ならない。




