崩落する塔と千年勇者
マイコフの召喚した楽団の幻影が、クラッシックから黒人ラップまでを混成した音楽を演奏し続ける間、悪の召喚師マイコフはワイングラスを片手にこちらにやってきた。
ゆっくりと、泰然として。運命のように。
「そう構えるな、四天王のうち3人の攻撃をかいくぐって僕のところまでやってきたたった1人の勇者だ、そうむげには扱わないよ。僕の悪のポリシーでも聴くかい?」
「もう聞かされたよ……耳タコだ」
「ああそう。僕も有名になったもんだね」
この男は毎回召喚師連盟に『犯行声明ビデオ』なるものを送り付けていた。
その映像は、召喚師連盟本部のある第一異世界の空一面に四角いヴィジョンとなって浮かび上がるという。
己の主義思想を全世界に知らしめ、そして彼の思想の賛同者から資金を集めるために。
……そして理想世界を語るマイコフの背後には、かならず滅びゆく惑星の姿があった。
俺は座学で何度もこいつの『犯行声明ビデオ』を見せられてきた。
靴を履き替えるように惑星を壊滅させてゆくこいつの目的は、『召喚師連盟の解体』だった。
連盟のうちたてた制度によってがんじがらめになった召喚を自由にすること。
マイコフの主張によると、世界を滅ぼす災厄クラスの召喚でさえ召喚師の自由にすべきだという。
『召喚に不可能はない。召喚の可能性は無限大だ。召喚師連盟などという検閲機関は悪害でしかない』
こいつに多くの賛同者がいるという事実にもめまいがする。
実際、犯行声明ビデオが世界の空に映し出されるたびに大量の金が彼の犯罪基金へと送られる。
この男は、俺みたいな勇者がたとえ何人束になろうとも敵わない巨悪だ。
……だが、ひとつ引っかかることがあった。
「お前みたいな宇宙的なラスボスがどうして四天王になっている?」
「この僕に堂々と質問できるとはさすがだね」
マイコフは余裕のある笑みを崩さず、「いいだろう」といった。
「どうやら僕はこの惑星では四天王の1人ということになっているらしいが、本来は魔王の惑星征服を手伝ってやっている立場なんだ。というのも――魔王の後ろに僕の大きなスポンサーの1人がいるからね」
なるほど。
魔王が惑星アヴァロンを支配するために超巨大モブを召喚するには、召喚師連盟が邪魔だ。
正規のルートでは絶対に手に入らない召喚獣を、こいつなら召喚できる。
マイコフは、いわば闇の武器商人だ。
「頼まれた仕事はきっちりカタをつけるが、君みたいなイレギュラーまで相手する義理はないしね……それに、そろそろ僕もあがりの時間だから何もしたくないんだ」
「あがりの時間?」
やがて、マイコフはロレックスの腕時計を確認した。さりげなく300万はする腕時計だ。
「ああそうとも、僕はこれでも政務の間を縫って余暇を利用して魔王の世界征服を手伝ってやってるんだ。これ以外にも何件か攻略中の異世界があるからそっちも回らないと手一杯なんだよ」
「な……ッ! ふ、複数の世界を掛け持ちしてやがんのか……ッ!」
そんなまさか。きょうび異世界召喚モノのチート勇者だって複数の世界を同時に掛け持ちしたりなんてしないぞ。
しかも政務の間を縫ってって、まさかこいつ、本業は政治家かなんかなのか……!
マイコフはニヒルに笑った。
「自分の住む世界の政治経済くらい自分で動かしたいじゃないか? まあ、もし魔王の計画が上手くいって、惑星アヴァロンがちょうどいい『隠れ蓑』になったら、僕もここで国でも作ろうかなと思ってるんだ。今の国はもう惑星ごと滅ぼす準備をしてるところだよ」
こ、こいつ……ッ!
新しい住居ができたから今住んでいる惑星を滅ぼすだと……ッ!
俺が今まで出会ったどの世界の悪党ともレベルが違う……ッ!
規格外だ……ッ!
こいつが……四天王、悪の召喚師マイコフ……ッ!
「なるほど……召喚師連盟はとんでもないハズレを引いたもんだな……」
俺は冷静さを取り戻しつつ言った。
マイコフも、かつて召喚師連盟の主席に名を連ねる有能な召喚師だった。
13人の召喚総督の1人。
だが、召喚の無限の可能性が彼を悪に変えた。
「僕は誰にも引き当てられてなどいない」
マイコフは急に真顔になって、首を振った。
「僕がこの宇宙を引き当てたのだ。お前たちはその端っこに住まわせてやっているのだ。光栄に思いたまえ」
マイコフの表情がかすかに強張ったように見えた。
表情が変わった……なんだ?
マイコフは、ぱちっと指を鳴らした。
いったい何が召喚されたのかは、すぐには見えなかった。
だが、すぐに全身に凄まじい重圧がのしかかった。
「ぐっ……!!」
立っていられないほどの重圧。
やがて凄まじい勢いで塔が崩壊し始めた。
鉄骨がきしみ、ブロックが崩れ、魔術師の塔が崩壊してゆく。
これはなんだ……重力魔法?
「僕の力のほんの片鱗をみせてあげよう」
床がべこんっと異様な角度までへこんだ。
砂時計の砂みたいに崩れていく。とうとう床に穴が開き、俺は下の階へと落とされた。
「マジか、ここ34階だぜ……ッ!」
俺はツクヨミをかぎ爪状に変えて床に引っかけた。
だが止まらない、異常な重力によって引っ張られている俺の体を止めることができない。ガリガリと派手に火花を散らしながら床をひっかいて下の階へと落ち、床をぶち抜いた。
そのまま34階から一気に8階ぐらい下に落ち、ようやく俺の落下は止まった。
遥か下方をみると、凄まじい勢いで周囲の物質を飲み込んでいく黒い点があった
マイコフの声が上から降ってくる。
「対勇者戦でもっともてこずるのは召喚ラミネートの存在だ。こいつはたいがい他の異世界の環境に対して『抵抗』を発揮するバリアの役割をになっている。
僕みたいなのは召喚したらあとは召喚獣に任せて放っておくタイプだからね。なので僕がいくら計算して召喚しておいても、次の休み時間に様子を見たらぜんぜん結果が狂っていたりしてね」
どうやらこいつにとって、この戦いはソシャゲでしかないらしい。
マイコフは、ちらりと腕時計を確認した。
「だがこいつは君の第四異世界から召喚した《ブラックホール》の一部だ。どうだ、この災害は君には効くだろう?」
なるほど重力魔法じゃない、こいつは召喚魔法だ。
宇宙空間の小惑星を召喚する小惑星召喚……だが、そのレベルはすでに限界突破して、全くの別物になっている……ッ!
大惑星召喚《メテオ・レベル99》……これがマイコフの得意技か!
黒い点は、どんどん周囲の物質を飲み込んでいく。
その奥には凄まじい質量の塊がある。
超重力は空間ごと物質を飲み込んでしまうため、強度や形などの抵抗は、一切関係がない。そのままするすると麺をすするみたいに飲み込まれていく。
簡単に惑星を一つ滅ぼす力ってのは、どうやらこういう事のようだ。
マイコフは、またちらりと腕時計を確認した。
さっきから時間ばっかり気にしてるな。
「おいお前……他の異世界に行くんだったらとっとと行けよ!?」
「ふーむ、僕の勘だと、君はこのまま放っていくと後々厄介なことになりそうなんだよ」
分かるのか。俺のチートが。
そういうのが分かる悪党ってのはたいがい強い。
「……って、ブラックホール相手に何かできる訳ねぇだろ! そこまで宇宙的なチートじゃねぇよ!」
「まあいい、君は四天王の3人の攻撃を回避し、うち1人と相打ちになった。君に倒された彼の顔を立てるために、それ相応の時間を僕も割かされた事にしてあげよう」
「いらねー!」
なに、俺が四天王を倒した?
それに3人……? いまこいつ、3人って言ったか?
俺の出会った四天王は大魔導アリスフォン=ヴェートラーナと竜王ミュシャ……。
3人目なんていたのか……?
ふと、俺は横の方を見た。
そこには、ちょうど俺が塔に飛び込む際に盛大に割ったガラス窓があった。
そのガラス窓の向こう、26階の大広間の奥に、《《壁にめり込んでいる人間》》が1人いた。
「……ウソだ」
俺の声は震えた。
そいつはタンクトップの上から全身ベルトでぐるぐる巻きにし、顔にガスマスクをつけた男だった。どうやら壁にめり込んだまま、こーほー、と息をしているみたいだった。
「……ウソだあああぁぁぁぁぁ!」
衝撃的な事実に、俺は思わず叫んだ。
「……そんな……お前が……四天王だったのか……ッ! ダウザー……ッ!」
俺たち第50勇者連隊の伍長、ダウザー。
そして1000年後にシンギスベリエと俺を助けてくれた男。
まさか奴が四天王最後の1人……ッ!
ダウザーは、こーほー、といいながら「ダウザーではない、スキルテイカーだ」と訂正した。
マイコフは、遥か上空からよく通る声で言った。
「まあ、戦闘の型には相性というものがあるからね。ノースキルは苦手だけど、スキル持ち相手にはけっこう強いんだよ、彼は。ただ、僕の手を煩わせたぶんの借りはきっちり返してあげないとね」
ぱちんっ、と指を鳴らした。
マイコフの頭上に血で描いたような邪悪な召喚魔法陣が浮かび上がった。
ちょ……! 見た感じからして邪悪きわまりない召喚魔法陣だ……!
いかにも法律違反してますって感じのデザインやめろ……!
召喚魔法陣から灰色の風がもわもわと吹き出して来た。
毒ガス兵器か。凄まじい悪臭だった。まともに吸うと死ぬかもしれない。
これも第四異世界から召喚したものなのか。俺には効くが、マイコフにはまったく効いていないみたいだった。
「ただの風だよ。いい風が吹いているだろう? 『冥王星の風』を召喚した。主成分はメタンガス。火気厳禁だ」
火気厳禁どころか、火が付いた瞬間に大爆発だ。
かぎ爪状のツクヨミが地面を引っかいた。……うかつに飛び移ることもできないってことか。
メタンガスが徐々に充満していく屋内で、マイコフは涼しげな顔をしている。
「運命を信じるか? 勇者よ……この世に運命などないと嘆くのなら、この僕が召喚してみせよう」
マイコフは消えた。
マイコフ楽団と共に。
後に残されたのは34階の冥王星と10階付近のブラックホール。
俺はその間の26階に片手でぶら下がったままだった。
「ダウザ……スキルテイカーッ!」
俺は奥の方で壁にめり込んでいるスキルテイカーに呼びかけた。
「おい、このままだとお前も道連れだぞ! お前のコピースキルでなんとかなんないのかよ! すべてのスキルをコピーするのがお前の夢なんだろ!」
「ぐッ……! 貴様、なぜそれを……ッ!」
スキルテイカーは狼狽えた。
ああ、やっぱりこいつスキルテイカーだ。
どうして四天王になったんだとか、今はそんなことどうでもいい、スキルテイカーでいいんだ。
「お前このままだとろくなスキルがコピーできなくなるぞ! もうすでに10師団ぶんの勇者がヴェートラーナの分散時空転移で消えている!」
「ふん、スキルのコピーなどあとでいくらでもできる。戦争状態が落ち着いたころにでもすればいい……!」
「甘いんだよ、それができなかったから1000年後になってもお前はまだスキルをコピーしてまわってたんだよ!」
「な、なんだと!?」
本当だ。このあとヴェートラーナの娘が時空転移で現れた勇者を次々と殺していく。
惑星アヴァロンは異世界スキルの使用が禁止されてしまうし、勇者ギルドを除いて地上にスキル持ちがいなくなってしまうんだ。おまけにその勇者の子孫たちにはスキルが遺伝しない。
「信じられないかもしれないけど、俺は1000年後の未来から来たんだ! お前はそこで何やってたか教えてやろうか! 闘技場をうろちょろして、弱体化した勇者が隔世遺伝でたまに目覚めるスキルを持ち寄ってくるのを、ちまちまコピーしてまわってたんだ! 1000年間もだぞ!」
「そんな馬鹿な……!」
「ウソじゃない、おまけにシンギスベリエっていうアイドル育成して子供たちのために戦ってるんだ! これガチだから!」
「なんだその未来は!」
スキルテイカーはじっと俺を見ていた。
色付きガラス越しで目の色は分かりづらい、俺を猜疑のまなざしでみているのか、それとも信用しているのか。
けれど俺に残された道は、もうこれしかない。
俺は右手を突き出し、スキルテイカーに言った。
「今ならまだ間に合う……俺を助ければ、俺の最強スキル……『神機無双剣』をコピーさせてやる……! この世界で、俺しか知らない究極のスキルだ……!」




