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魔法王国の王女と千年勇者  作者: 桜山うす(J.I.A)
グラディエイターシティ編
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63/67

竜王と悪の召喚師と千年勇者

「うぉぉぉぉぉーッ!」


 飛行機雲を引きながら戦場に現れた俺は、着地と同時に魔剣『スサノオ』を振り上げ、ゾウみたいな鼻と7つの目を持つ超巨大モブを宙に浮かび上がらせた。


 水脈を刺激された地面から間欠泉が噴き出し、熱いジェットカッターと化してその超巨大モブに次々と突き刺さってゆく。

 周囲の雑魚たちも同様にジェットカッターの鋭い一撃で切り刻まれ、残ったものも洪水の波によって押し流されていく。遠くで俺の打ち漏らしを狙っていたらしいシレンシズは、弓と矢をそっと下げた。


「やるじゃない」


 前と違って、魔剣の扱いがちょっとばかり上手くなった気がする。

 やっぱり必死にスキルを考えたおかげだろうか。


 だが、どんなに頑張っても俺にスキルのような力は目覚めなかった。

 魔王の血に目覚める気配もない。

 この『やり直し』の世界で、いったいどうすればいいんだ……?


 戦いの中に身を置けば何かわかるのでは、と思った俺は、がむしゃらに敵を追いかけまわしていた。

 目の前の雑魚を追いかけていくと、白羽の矢が空から降ってきて突き刺さった。シレンシズが仕留めた。

 右の群れを一気に薙ぎ払おうとすると、そいつらは12本の矢で次々と射抜かれていった。シレンシズが仕留めた。

 きりっとガッツポーズをするシレンシズ。


「雑魚は私に任せて」

「シレンシズぅぅぅぅぅ!!!」


 なんだあいつ、なんか俺に恨みでもあんのか……って、前も思ったな、これ。


 周りを見てみると、戦乙女のシンギスベリエがいつもの神妙な面持ちで俺の方をじっと見ていた。

 以前は気付かなかったが、天使みたいな顔をいかにも不満げにしている。


「どうした、シンギスベリエ。鎧が臭うのは俺のせいじゃないぞ?」

「ふん」


 そう言って、そっぽを向かれた。


「さっきからディップばっかり援護してる……あの2人、やっぱりこの前なんかあったんだ……」


 ……えっ、この前って、何があったんだ?

 ……ああ、思い出した。あったんだ。

 14回連続死亡でもうだめだと酔いつぶれた俺をシレンシズが介抱してくれて、気が付いたら一緒のベッドで眠っていたっていう、あの事件が。

 俺は岩の上のシレンシズを見た。相変わらず子供が泣きそうな無表情だったが、いま彼女のお腹には、しっかりと子供ロアが宿っているんだった。

 そう思うと、まともに直視できなくなってしまう。

 やばい、もう戦闘どころじゃない。

 俺が追いかける敵をシレンシズが矢で仕留めていった。戦闘というか、もはや夫婦の共同作業みたいに思えてきた。


 そうだ、今のシレンシズは誰とも結婚していない。正真正銘、俺だけを見ているんだ――。


 ……なんて思っているうちに、俺はオリュンポス山のふもとまで来てしまった。

 しまった……やっちまった、魔王の血に目覚めるどころじゃなかった。

 伍長(ダウザー兄の方)が、タブレットを使って報告する。


「総員、状態異常なし、死亡ゼロ、今回はこのままの調子でいきたい」

「ひゅーう! やっぱ戦闘だよな! 打ち上げは焼肉ぐらい行けるんじゃねぇか!?」

「ぱーっと使って、14回連続死亡なんか忘れちまおうぜ、なあディップ!」

「えー、あれマジだったの!?」

「死にすぎー!」


 いつものにぎやかなメンバーたち。

 俺は最初の一撃でショッピモール級の超大型モブを仕留め、さらに今回は複数の中型ボスの初撃ファーストアタック一撃殺ヘッドショットのポイントを稼いでいた。まあまあの稼ぎだ。


 今回は、全員が高得点を稼いだ。

 さらに調子づいたメンバーから、ふたたびあの声が聞こえた。


「やっぱ狙うはアリスフォン=ヴェートラーナだろ!」


 俺はその言葉を聞いて、ぎくり、とした。

 仲間たちはみんなそれに同意を示していく。シンギスベリエも、アイスキャットも。

 ただ、シレンシズは俺が行くかどうか気にしているのか、ちらり、とこっちを見た。

 それを見て、肝が据わった。……お腹の子を守らなければならないと思った。


「ダメだ、深追いはするな!」

「おいディップ! なに言ってんだお前がいなきゃはじまんないだろ!」

「だいじょうぶだろ、今回はみんな死んでも余裕があるからなー!」

「遊びじゃないだ、これは……! いいか、敵は魔王軍のすべての魔術師を管理する大魔導、アリスフォン=ヴェートラーナだぞ……!

 俺たちの従来の超巨大モブ戦は、すべて召喚師の召喚魔法が正常に機能しているという前提の上で成り立っている、復活も、再挑戦も……!

 奴は必ずその盲点をついてくる……! むやみに突っ込んでいっちゃダメだ!」


 俺の真剣な口調に、仲間たちは口を閉ざした。

 俺は彼らの顔をひとつひとつ見渡して、言った。


「俺は……実は1000年後の未来からやってきた」


 爆。


 目の前の人間が軒並みくずおれるというのは俺にとって見慣れた光景だったが、腹を抱えて爆笑しながらくずおれられたのはこれが初めてだった。

 伍長やシレンシズまで相好を崩して笑っていた。

 ……ああそうだ、こんなことを言って、まともに信じてくれるわけがないよな?


「しょ、召喚師連盟が撤退するって!? なんだそれSF小説かよ、そんな事ある訳がないだろ……!」

「ぶ、分散時空転移ってなんだ、それ、時空転移すら第六異世界の限定超級魔法のレベルなのに……ちなみにそれっていったいどのくらい魔力消費するの……!」


 仲間から次々と浴びせられるツッコミの嵐。

 俺はどう言っていいかわからなかった。信じてくれない彼らの顔を、悲しい思いをしながら眺めていることしかできなかった。


 ――そのとき、地面を揺すぶる大爆発が起きた。

 立っていられないほどの激震に、俺たちは身構えた。

 ……来た。

 じりじり、と視界が真っ赤に焼け付き、空まで嘗め尽くすような炎が舞い上がった。

 俺たちは丘の向こうにじっと目をこらしていた。


「なんだ……」

「仲間の反応が消えていく!」

「おいおい、どうなってんだ!」


 突然の事態に、誰もが戸惑っていた。

 だが、彼らの決断は早かった。彼らは勇者なのだ。


「どうなっていても関係あるかッ……いくぞ!」

「おい……よせ! 止まれッ!」


 伍長が呼びかけたが、第50勇者連隊のメンバーはそれさえも聞かずに駆け出していた。


「くそっ……こちら第50勇者連隊、降下部隊ダウザー、至急応援を要請する……!」


 ダウザーが懸命に本体と連絡を取り合って、山にいる本隊からの応援を呼び集めていた。

 だが……ダメだ、いったい何人勇者を集めようと、ヴェートラーナの分散時空転移には敵わない。

 南面に集まっていた10師団の勇者は、このとき跡形もなく消滅していたのだ。

 召喚師の魔法の圏外、『未来』に飛ばされた彼らは、いつも通り復活もしなければ、前線に復帰もしてくれない。

 ……もう、助けられない。


 そう思って、ちらっと振り返ると、山頂の召喚師の塔が見えた。

 ……ん?

 俺の記憶では、たしか火の玉の直撃を受けて燃えていたはずなんだが。

 どうやら、第50勇者連隊が丘の向こうに行くのが若干遅れたのが関係しているのだろうか……?


 いま俺は、この世界を『やり直し』ているんだ。

 俺の行動が影響して、未来が少しずつ違っている。

 そうだ……こんどこそマリエルを守らないと。


 俺はダウザーをその場に置いて、オリュンポス山を駆け登っていった。

 ちょうど山の中腹辺りにさしかかったころ、背後から凄まじい閃光を浴びせられた。

 仲間たちの断末魔が俺の耳まで聞こえてくる気がしたが、俺は歯を食いしばって走った。


 振り返ると、番傘をさした50万の魔術師軍団。

 金の神輿に腰かけた大魔導アリスフォン=ヴェートラーナの妖艶な姿があった。


 ――気付かれていない。

 仲間たちが壁になったおかげで、俺はヴェートラーナに飛ばされずにすんだんだ。

 俺は無我夢中になって走った。


 市街地に至ると、霜の結晶のような民間の建物はいずれも針を丸め、シェルターのように地下に潜っていた。

 動きののろい行機こうきに乗る手間も省ける。ちょうどいい。俺は召喚師の塔を目指して、まっすぐに駆けていった。


 塔の手前の坂道を上り、もうすぐたどり着く、というところで、真っ黒な違和感の塊が俺の視界にとびこんできた。

 それは、漆黒の鎧だ。

 置物なのか、何者かが中に入っているのかすらわからない、隙間ひとつない漆黒の鎧が背筋を伸ばし、もろ刃の剣を杖のように地面に垂直に立て、行く手に立ちはだかっていた。


「なんだ、あれ……ぐっ!?」


 激しい頭痛に襲われ、俺はとっさに剣を抜いた。

 どっどっどっ、と心臓が脈打っている。

 恐怖とも違う、強い敵と出会った時との高揚感とも違う。

 いったいなんだ、この嫌な感じは。


「暗黒騎士……」


 そのとき、地獄の底から響いてくるような恐ろしい声を聴いた。

 嫌な感じの根源は、どうやらこいつだった。

 街路樹の木陰で足を延ばし、図書館から引っこ抜いてきたような洋書を読んでいる男がいたのだ。

 ぞっとするような長身だった。

 いや、シンギスベリエの方があたま2つ分背は高いのだが。

 こいつは、それ以上に嫌な何かを持っていた。

 すらりとした手足に、痩身、肌の色はユキウサギのように白い。

 ふさふさのまつ毛に、腰まで伸びた白髪。

 ひと目で魔術師タイプだと分かった。

 はっとするような美形の男だったが、その声は人間のものではない、どちらかというと、ドラゴンの声に似ていた。

 少なくとも、この体格の人間が出していいような声ではない。


「その虫は栞にもならん……追い払え」


 ぺらり、と本のページをめくりながら、男は言った。

 ページをめくる音がここまできこえてきた。

 山も風も木々も、彼の周囲にあるすべてのものが、その動作を邪魔しないように息をひそめているのだ。

 結界ではない。魔法でもない。精霊から魔物まで、森羅万象に宿っている本能が、このドラゴンの前で正常に働いているにすぎない。


 なるほど……あのとき、こんな大物がここまで来ていたのか。

 ヴェートラーナが山の外で暴れて俺たち勇者をおびき寄せ、その隙にここまで潜り込んでいた奴がいた……。


 こいつこそ、四天王の1人、竜王ドラゴン・キングミュシャ……。

 第七異世界、至上最強の召喚獣だ……ッ!


「読書の邪魔だ、3秒で片付けろ」


 暗黒騎士は意を得たようにうなずくと、諸刃の剣を振り回し、地面に引っかき傷を生んだ。やる気満々だ。

 おいおい、本気で3秒で俺を片付けるつもりなのか? 俺も黙ってやられちゃいないぜ!


 俺に向かってくる暗黒騎士は最短の距離を駆け抜け、頭上から剣をまっすぐ振り下ろしてきた。

 こいつ強いな――『俺がまだ攻撃を認識できる』ってことは、その辺の雑魚とは違うみたいだ!


 俺は素早くその鎧を鑑定しようと試みた。

 まずは、相手の正体を暴いてやる……ッ!

 俺があの鎧に興味を持てば、なぜだか無意識のうちに手に取っているはず……ッ!


 だが……何も変わらなかった。

 暗黒騎士は鎧をまとったまま、変わらず突っ込んでくる。


 あの鎧、鑑定できない……!?

 そんな馬鹿な、この俺が無意識に相手の防具を奪い取ることができないなんて……!


「……………………」


 暗黒騎士は、何も言わず、黙して剣をふりかぶってくる。

 たった3秒の間に、激しい剣のぶつかり合いが起こった。

 触った感じ、それほど強い相手ではなかった。もっと強い奴はいくらでもいる。

 けれ、ど俺の剣術がほとんど我流で適当なのに対し、暗黒騎士は型にはまった洗練された動きをしている。

 型とは、その流派における理想の形だ。もっとも力のバランスがよく、もっとも隙を生じにくい形。

 型にはまりさえすれば、最小の力で最大の効果を発揮する。

 この暗黒騎士は、まさにその理想の形を体現していた。力で言えば俺より弱いはずなのに、一発一発が重く、ひやりとするぐらい冷徹だった。


 だが、それだけだ。それで勝てるはずがない。

 やがて、3秒が経過した。

 すると、木陰で読書をしていた竜王は、ピアノをやってるみたいに長い指先を伸ばし、目の前を飛んでいたモンシロチョウの羽をそっとつまみ、なんと1枚のしおりに変えた。

 カード変化……。

 すげぇ。なんて鮮やかな魔術だ。

 竜王の世界はもっとも魔術文明が発達していると聞くが、ここまで神秘的だとは。

 竜王は、それを読んでいた本に挟むと、だれたように首をめぐらせ、肩をほぐし始めた。


 ……しまった、暗黒騎士が近接戦闘型なら、竜王は明らかに遠隔攻撃を得意とする魔術師タイプ。

 このまま遊んでいたら、魔法による援護攻撃が来る……ッ!


「俺が3秒で片付けろといったら、3秒で片付けろ……暗黒騎士ッ!」


 モンシロチョウを栞に変えたのと同じ手が、俺と暗黒騎士の方に差し出された。

 しかし……彼の怒りの矛先が向かったのは俺ではない。

 なんと、俺と戦っている暗黒騎士に飛んでいた。

 暗黒騎士はびくんっと体を震わせると、一瞬もろ刃の剣を取り落しそうになった。


「……ッ! ……ぁッ!」


 まるで見えない魔術かなにかにとらわれたみたいだった。

 ――あ、隙だらけ。

 いつもの癖で、俺はいつの間にか暗黒騎士の懐に飛び込んでいた。

 理不尽な主君を持って気の毒だが、男同士の戦いに、情けや油断なんてない。

 そのまま真下からスサノオを振り上げ、地面の間欠泉を噴出させながら切りかかる。

 暗黒騎士は足元がふらつきながらも、なんとか持ちこたえてその剣を受け止めた。

 間欠泉の水を弾いている。この鎧……けっこう防御力が高い。

 ギリギリとつばぜり合いをしている最中も、竜王は執拗に暗黒騎士への魔法攻撃をやめない。

 兜の向こうから暗黒騎士の苦悶の声が聞こえてきた。


「ふ……んッ! ……ふぅッ! ……んぬぅッ! ……はぁッ! ……んッ! ……あッ!」


 震えている。

 暗黒騎士の鎧が、ガタガタと鳴動している。

 いや……よく耳を澄ませていると、うぃぃぃん、と甲高い『モーター音』のような音がする。

 なんだ? この音は……!

 いや、俺もどこかで聞き覚えが……!


「……くッ!」


 俺は鎧から響いてくる不気味な音の正体がわからず、とっさに暗黒騎士から距離をとった。

 そして去り際に放った一閃が、相手の兜をかすめた。


 かつーん


 俺の剣先は暗黒騎士の顔面をかすめ、兜を空高く弾き飛ばした。

 全身鎧の中からふわっと現れたのは、ショートカットの黒髪だった。

 俺は思わず息をのんだ。

 暗黒騎士はすげぇ美少女だった。暗黒女騎士だ。

 勝気がちな黒目に、白い肌、なんでこんな美少女が鎧着て戦ってんのって感じだった。


 だが、その暗黒騎士の顔は、次の瞬間には苦悶に歪んだ。

 恥じらうように胸をかき抱き、耳まで真っ赤に火照り、息を荒くし、声を漏らしている。


「……くッ! ……んぅッ! ……きゅぅんんんんんッ!」


 内またになって、膝をがくがくと震わせていた。

 竜王が指をくいっと曲げるたびに乱れる美少女暗黒騎士の姿を見て、俺はようやく理解した。

 そうか……ああ、そうか、鎧が取れなかったのはそういうことか。

 おのれ、竜王……ッ!

 ちくしょう、仲間になんて装備をさせるんだッ!

 あの鎧……ッ!

『呪われている』……ッ!


「暗黒騎士、お前の主はいったい誰だ」

「は、はひ……竜王……ミュシャさまに、んふっ、ござりましゅる……」

「その吾輩が3秒で片付けろと言った。なぜまだ片付いていない? 掃除は貴様の特技ではなかったか」

「その……も、申し訳ありませぬ……あ、相手が強くて、その……そ、それがしメイド風情には、1人ではとうてい太刀打ちできませぬ……」


 メイド……ッ! しかもこの黒髪美少女、メイドだ……ッ!

 おのれ、竜王……ッ!

 こんな可愛いメイドさんに、あんな変な音を立てる装備をさせたまま、戦わせているなんて……ッ!

 とんだ鬼畜ドラゴンだ……ッ!


「ふん、貴様の身分など知ったところではない、この吾輩が異世界で唯一の従者として選んだものが、それ相応の働きすらできないなどとあってなるものか。この役立たずめ、元の世界に送り返させてやろうか?」

「いえ……! ち、ちがいます……! ミュシャさまに、ぜひ、ミュシャさまに、お叱りいただきたくて……! あううぅ、最近その……ご、ご、ご、ご褒美も、ごぶさたではありませぬか……! それがし、寂しいのでありまするぅ……!」

「この意地汚いメスブタめ、救いがたいド変態だな……!」

「ひぎっ……! くきゅぅぅぅぅぅぅん!」


 暗黒騎士の鎧がぶるぶると震え、苦悶に表情が蕩けていく。

 俺はごくり、とつばをのんだ。

 なんてことだ……ッ!

 これが……これが、四天王……ッ!

 竜王ドラゴン・キングミュシャ……ッ!

 美形鬼畜……!

 いや、それにも増して、いったいなんてドMなメイドさんだ……ッ!


 俺は唸り声をあげて、『スサノオ』を振りかざした。


「おい貴様……ッ! 仲間をいったいなんだと思ってやがる……ッ! これはそいつと俺の一騎打ちだ、邪魔するな、正々堂々と、戦わせろ……ッ!」


 声を張り上げ、激昂する俺を、ミュシャがあざ笑ったように見えた。

 ぞっとするような表情だった。俺もにやっと笑い返してやった。言語を超えたところで男同士、意思の疎通を見た気がした。


「ふん、貴様は栞にするには品性がなさすぎる……せめて一篇の詩にでもしてやろう」


 そう言って、ミュシャは葉巻の端をかじると、親指をマッチのように本の背表紙にこすりつけ、ぼうっと火をつけた。

 親指に火をつけやがった。ドラゴンのようにふーっと吹かれる葉巻の煙が、くるくると渦を巻きながら地面の方向に向かって落ちていく。あの煙……ひょっとして空気よりも重いんじゃないか。

 煙を吸い込んだ暗黒騎士は、ぜーはー荒げていた呼吸を、ぴたり、と止めた。


「目覚めよ……大黒斑ダークサイドの魔の者たちの血よ……」


 ミュシャの指先がくるくる、と文字を描くと、暗黒騎士の体を光の輪っかが包んでいった。

 彼女の鎧の表面に光の呪文がつらつらと描かれてゆき、強化魔法が連続で発動する。


「くっ……うひっ……うあぁぁっ……あいい……」


 四つん這いになって、声にならぬ声をあげるマゾ暗黒騎士。

 呪文が完成すると同時に、そのステータス変化が俺の視界に浮かび上がった。


 ……攻撃力倍加!(メスブタ!) 防御力倍加!(マゾ女!) 速度倍加!(淫乱!) 必中率倍加!(ど変態!)


 な、なんだあの呪文……ッ!


 タブレットによると、二代目竜王は『魔法の父』の異称を持つ男……ッ!

 世界の『魔法』を作った人物の息子、新しい呪文を作ることなんて朝飯前って事か……ッ!

 なんてニッチな需要の呪文を作りやがる……ッ!


「行け、暗黒騎士、これが最後のチャンスだ……わかっているだろうな?」

「う、ううぅ……」


 体中にエッチな落書きをされた暗黒騎士は、涙目で、ちらり、と主の方を見た。

 嫌だろうな、さすがに恥ずかしいんだろうな。

 けれど、見上げた主は相変わらず冷たい表情で俺を見ていた……凄まじい美形……美形で鬼畜。


「は、はい……」


 よろよろ、と立ち上がる暗黒騎士。鬼畜の命令には逆らえない。それがスタンダード。


「ま、まい……る」


 次の瞬間、そいつは消えた。

 消えたッ!

 俺の右側に一瞬だけいたような気がした。分かるのはそれだけだ。それ以外の情報は、俺の五感がいっさいキャッチしてくれなかった。

 普通ならそれに気づいてそっちを見た瞬間、俺は首をちょん切られていたところだろう。

 だが……俺は本能的に反対の『左側』に掌底を放ち、そいつの胴体をはじき返すことで事なきを得ていた。

 ぼんっという大砲のような音を立ててもろ刃の剣が頭上をスウィングした。足元の芝生がめりめりめりっと5メートルくらいはがれて、ばふんっ、と元に戻った。ベッドシーツをはたいたみたいだった。


「景観を損なわない破壊なんて初めて見たぞ。……やべぇ、メイドの鑑だなこいつ……!」


 呆れるような惚れ惚れするようなため息が出た。

 一刀両断された木が隣の切り株にくっついた。モンシロチョウも切られたのに気付かないまま飛び続けている。とてつもなく綺麗な剣だった。こいつの剣は綺麗すぎる。

 ほとんど無意識の行動だけで攻撃を回避しつづけた。

 一瞬でも気を抜いたら、たぶん俺はこの庭から排除される。シミも残さず綺麗にお掃除される。

 俺は暗黒騎士の攻撃をさばきながら、次々と言葉をはなった。


「やめろッ! 暗黒騎士、目を覚ますんだッ! お前はあの男にいいように操られているだけだッ! 内側がどうなっているか分からないが、その装備の呪いによってッ! うッ! ちょっと足がつった! これはやばーーーーーーい! 絶体絶命一触即発九死に一生の大ピンチだー!」

「もらったッ! ……くふんッ! ……ううぅぅぅッ! ミュシャさま、こんな、とき、にッ! あああああんッ!」

「おのれ、竜王――ッ!」


 俺と竜王はみごとな連係プレーを見せて暗黒騎士で遊んでいた。

 そのとき――。


 どこからともなく白羽の矢が飛んできて、暗黒騎士の脚、腕、肩へと突き刺さった。


「ぐっ……ふ、不覚ッ……!」


 暗黒騎士は小さく悲鳴を上げてよろめき、地面にしりもちをついた。


 樹上から俺たちを見下ろしていたのは、チート級エルフ、シレンシズだった。

 彼女は超然とした表情で、セクシーな耳をみょんみょん、と揺らしながらいった。


「ディップ、ちがうわ、それはそういうプレイよ」

「シレンシズさあああああん!」


 あーあ、だから言っちゃだめだって。そういうのずばっと言っちゃダメ。

 ネームタグにも書いてあるだろ、『沈黙は金なり』って。


「あッ……ああああああああッ!」


 ほら見ろ、暗黒騎士はずかしくなって顔隠しちゃったじゃないか!

 もうお嫁に行けないぞ! もったいない!


 シレンシズは弓に矢をつがえると、敢然と俺に言い放った。


「ディップ、召喚師さまを助けて!」


 俺ははっとした。

 ……そうか、遊んでいる場合じゃない。

 シレンシズも自分の召喚師を助けたかったんだ。


 俺は暗黒騎士の方に駆け寄ってゆき、その肩に『スサノオ』を振り下ろした。

 とっさに繰り出される反撃は、やはり綺麗な型だった。さすがに何回も繰り返していると読める。

 俺はその平らな面に足を引っかけ、踏み台にしてジャンプした。


「とうッ! ツクヨミ、お前の出番だッ!」


 魔剣『左目ツクヨミ』をかぎ爪の形に変化させ、上空を飛ぶ『行機こうき』の底に引っかけ、そのままぶらさがった。

 ツクヨミ、お前こういう時役に立つよな。あんまり使いこなせてなくて申し訳ないけど。母方の伯父が忍者やってるから山に行ったときにたまーに習う程度だったんだ。

 俺はすれ違いざまに別の『行機こうき』の屋根に飛び移り、さらにそこから50メートルほど大ジャンプして、召喚師の塔のエレベーターへとまっすぐ飛び移った。

 まんまと逃げおおせて振り返ると、シレンシズの姿も透明になってどこかに消えた。

 眼下では、蒼白になってがくがく震える暗黒騎士と、彼女に死刑宣告を言い渡す竜王の姿が見えた。


「……あ、あの……いまのは……その……ふ、不意打ちだったので……」

「…………」


 竜王は、何も言わずに黙って木の幹に腰かけた。

 あれ? あいつ俺を追いかけてこないのか?

 非破壊攻撃によってすっかりもとの平和な様相を浮かべている庭で、落ち着いて読書の続きを始めた。

 彼がしおりをつまむと、それはモンシロチョウになって、またふわふわとどこかに飛んでいった。


「その……ミュシャ、さま……お、怒って、ます……? 帰ったら、その、ミュシャさまの、大好きなシチューと、あったかいテリーヌを、ご用意しておりますので……その……」

「クズが」

「ひぐッ! ひぎゅぅぅぅぅぅぅんッ!」


 暗黒騎士は、身をよじって彼の足元にぱったりと倒れたのだった。

 その顔は陽だまりの中で、なぜか幸せそうに見えた。

 四天王、竜王ミュシャ……あれほどの実力を持つメイドを、ここまで心酔させるとは。

 まったく、なんて恐ろしい奴だ。


 ******


 竜王をなんとかしのいだ俺は、そのまま召喚師の塔へと潜入した。

 タブレットを使って召喚師マリエルと連絡を取ったが、いっこうに掴まらない。

 いや、マリエルどころか、場内に召喚師の姿はどこにも見当たらなかった。


「どこだ……ッ! マリエルッ!」


 おかしい。

 無人と化した召喚師の塔を走りながら、俺は違和感に眉をひそめた。


 四天王の1人がここにいたことから、召喚師たちの命が危険にさらされているのでは、と考えていた。

 ひょっとしたら、転移魔法を使ってどこかに退避したのかと思ったが、

それでも四天王を1人ここにつなぎ留めておく盾役ぐらい残していてもいいはずだ。

 もともと召喚師の塔は、異世界でも最強クラスの勇者の精鋭が警護に当たっていたはず。

 それが、戦闘の痕跡すらないまま塔を明け渡している。


 ……いったい何があったんだ。

 ……嫌な予感しかしない。


 俺は一縷の望みを託し、34階、召喚師マリエルの勇者たちが集まった、転移門ゲート前へと飛び込んでいった。


「マリ……ッ! ……ッ!」


 その部屋には、1人の召喚師がいた。

 ようやく見つけた召喚師だったが、そいつはまったく俺が望んでいた奴とは違っていた。

 俺はその人物を見て、言葉を失った。

 がくぜんとその場に膝をついた。

 若々しいボーイソプラノの声で、そいつは言った。


「残念だが、君の召喚師はここにいないよ……だがせっかくだ、ここまできた君の勇気に敬意を表し、わが師、大召喚師アレクサの言葉を君に贈ろう。

『これから召喚師になる諸君、召喚に夢を見てはなりません。召喚はしょせん割の悪いガチャでしかなく、そこには《運命》などという綺麗ごとはありません。確かに得られる対価など何も存在せず、ただ運営の思惑と冷たい確率の砂漠が広がるだけです』」


 どこからともなく大勢の人間の笑い声が聞こえてきた。

 ……いったいどこだ?

 振り返ってもなにもない。

 だが、まるでどこかに観客でもいるみたいな声だった。


 ロッキングチェアーに腰かけていたそいつは、ぱきっと手元のナッツをむいて、口に放り込んだ。

 ワイングラスを傾けて、馥郁たる香りを楽しみながらそれらを飲み干していた。


「『けれど、今も昔も変わらぬたったひとつの真実があります。それは我々召喚師が《最高の勇者》を引き当てるとき、勇者もまた《最高の召喚師》を引き当てているのだということです……。

 あなたが誉れ高き最高の召喚師になるとき、かならずや最高の勇者が現れるでしょう』とね。……君の召喚師はいい勇者を持ったと思うよ、これはお世辞ではない、本音だ」


 ひゅーひゅー、と拍手と喝采が起こった。

 先ほどと同じで、どこにもその姿は見えない。


「どう……して……」


 どうしてお前がここにいる。

 俺は震えてまともに声も出せなかった。

 漆黒のタキシードに身を包み、頭髪は金髪と銀髪のツーブロック。

 そいつこそ、全宇宙でもっとも有名な召喚師。

 全召喚師の敵。

 召喚師連盟の宿敵。

 手配書の通りの顔をうごかして口の中の味を楽しみ、そいつはおもむろに立ち上がった。


「自己紹介がまだだったね、僕はこういう者だ」


 給仕でも呼ぶみたいにぱちっと指を鳴らしただけで、召喚魔法が発動する。

 誰一人としていなかった部屋に、突如数十人からなる人影がずらっと現れ、皮膚がびりびり痺れるほどの凄まじい大音量で楽器をかき鳴らした。

 ベートーヴェン交響曲第五番、『運命』のテーマ。

 こいつの得意技、『可視光召喚』および『音響召喚』だ。

 可視光と音の振動エネルギーを召喚することで、異なる場所にいる人物の像を浮かび上がらせる、召喚師の基本技能だ。

 召喚師と同じタキシードに身を包んだその演奏者は、バイオリンやトランペット、オーボエ、チェロ、コントラバス、ドラム、様々な楽器で編成されたオーケストラだ。

 だが、よく見るとひとつひとつがまったく別の場所から召喚され、再構築されたものだった。

 まったく別の場所の人間がまったく別の音を奏でているのに、それらが召喚師の天才的な指揮に合わせて合成され、入れ代わり立ち代わり組み合わさって、ひとつの壮大な音楽を奏でている。

 まるで無限の召喚魔法によって編まれてゆく絨毯模様だった。


 召喚魔法に詳しくない俺でも、ひと目でわかる。

 こいつの召喚魔法の才能は……異常だ。

 けたたましいベートーヴェンの運命召喚を背景に、タキシードの男は両手を広げて言った。


「どうだ、運命を信じるか? 勇者よ……はじめまして、僕が悪の召喚師(イヴル・サモナー)マイコフだ」

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