失われた仲間たちと千年勇者
俺は寝癖をなおして眼下を見晴らした。目覚めたばかりの肌に心地よい風が吹いていた。
塔の周囲を四角い箱みたいな乗り物が無数に飛び交っている。
オリュンポス山……1000年前の惑星アヴァロンだ。
戻ってきた。150億人の勇者が改革しつくした惑星アヴァロンに。
「戻ってきたんだな……」
「もうちょっと横になっていてもいいですよ。時間が来たら起こしてあげますから」
「いや、そんな手間かけなくていいって」
「いいんですよ、手間くらいかけさせてください。その方が嬉しいです」
召喚師マリエルは、勇者のためにいちいち手間をかけるのが好きみたいだった。
ふつう時間が来たらタブレットで呼ぶか、召喚するだけでいいと思うのだが。
召喚するのは魔力がもったいない、などと言っているが、まるで手間をかけることそのものが楽しいといったふうだった。
寮から市街地へと降りたマリエルは俺と手をつないで、オリュンポス山にびっしりと生えた霜の結晶のような都市の中をぶらぶらと歩いていった。
市街地ではアヴァロンの現地人がごく普通の生活を営んでいた。彼らもかつて召喚師が異世界から召喚した移民らしく、種族はバラバラだったが、みな召喚師の恩恵にあずかって生きている。勇者と違うのは、すでにタブレットがなくても生きていける体に進化しているって点か。
街のどこにいっても中央にある塔は見失いようがないのだが、歩くとけっこうな距離だ。とくにこの街の移動手段に慣れてしまうと歩きたくなくなってくる。
塔の周囲を飛び交っている箱型の物体、上下左右どちらにでもいけるエレベーターみたいなもの。
行機と呼ばれる移動用の機械だ。
「ここ、乗り換えが複雑なんですよね」
「歩いてきたのか? 転移魔法つかえばよかったのに」
「いいんですよ。不便なのは貴方たちでしょう? 私の魔力は、あなたたちのためだけに使いたい」
「おうおう、嬉しい事いってくれるね。案内しがいがある」
「任せましたよ? ディップ」
「朝ラーが食える駅いこう」
「もう、仕方ない子ですね。朝ラーってなんです?」
俺は朝ラーを食うために寄り道をしていった。
一見オリュンポス山の空には青空ばかりが広がっていて、電線も高架線も何もないように見えるが、じつは交通管理局のコンピュータで縦横無尽に仮想レールがひかれている。
行機はその仮想レールに光を当てて具現化させつつ、その上をゆるゆると走ってゆく乗り物だ。
自分で勝手に高架線を作って片付けながら走っていくモノレールというか、地下鉄というか、市バスと言うか、なんだろう。場所や用途によって速度も運用方法も違うので、どれに似ているとも言えない。とにかく、勇者タブレットと同様の『未来魔法道具』に分類される。
非常に経済的かつオルタナティブなシステムが売りの行機だったのだが、召喚師の塔と俺の住んでいる寮には、直通レールがひかれていない。
基本的に、この世界は召喚師を中心に回っているため、安易に俺たちから彼女たちに近づけるレールは開設してはならない決まりになっているのだ。
何事も召喚師優先なので、自然と乗り換えも複雑になってくる。
召喚師が勇者を呼びたいときは、召喚すれば済むわけだしな。
「なに見てるんですか、ディップ」
「俺の召喚師が朝から体に悪そうなものを食ってるのを見ている」
「えっ、そんなに体に悪いんですか、これ」
アルミ箔とスクラップを寄せ集めてできた空中駅の片隅。朝早くから開店している屋台ラーメンを小さな口でずるずるすすりながら、召喚師マリエルは目を丸くしていた。
「朝から体に悪そうなものを食べるのも悪くないですね」
「だろ。トーストとマーガリンが体にいい訳でもないしな。どうせ体に悪いなら旨い方がいいに決まってる」
「ディップにはいろんな事を教えてもらっていますね。けどあと10分で時間ですよ?」
「よゆー、あと10分ならまだ間に合う」
ふっ、地球でも遅刻常習犯だったこの俺の乗り換えテクニックを舐めないでもらいたい。
秒刻みで移動するからな、乗り換え検索よりも早いルートを知っている。
「快速とすれ違う時に窓から窓へ飛び移るのがコツだ。これ兄貴とひそかに編み出した乗り換えテクニックな。兄貴は電車にひかれて死んだが……」
「そうでしたか……」
「兄貴が悪かったんだ。スピードに取りつかれた男は、人間が越えちゃならない峠を目指したがる。……あ、いや、これネタだから。マジになっちゃダメだって。というか、あんたにとって、これから一生かかわり合うこともない、文字通り異世界の出来事じゃないか? 召喚師が気に病むようなことじゃないだろ」
マリエルは、こってりとして、それでいてしつこくないラーメンスープに視線を落として、言った。
「ディップ、この世界では望めばすべてが手に入るんです。ただし、ぜんぶ『他人の力』で……考えることも、戦うことも、新しい事を知ることも、すべて勇者がやってくれています」
「悪いこともな」
「だから、毎朝勇者を起こすことぐらい、私がやってもいいと思うんですよ」
彼女のように考える召喚師は、果たして何人くらいいたのだろう。
この時代、惑星アヴァロンは異世界文明によって頂点を極めていた。
異世界で発達したテクノロジー、異世界の原理によって不可能と可能を切り替える魔法。
召喚魔法を極めた召喚師は、それらすべてを欲しいがままにしていた。
俺の召喚師マリエルは、すでに現地人の想像力などとうに及ばない未来社会で生まれ育った。
だから、自分の力で何かができる箱庭を持つ、ということが、彼女にとって特別な意味をもったのだろう。
こと寝坊癖のある俺は、何度も何度も彼女に起こされているのだった。
******
召喚師の塔にたどり着き、施設内を移動する専用の行機を予約する。
待っているあいだマリエルが歌を歌い始める以外、ハプニングらしいハプニングもなく34階まで飛んでいくと、召喚師マリエルの名の下に連なる勇者たちが待ちぼうけを食わされていた。
「悪い、快速に乗って乗り過ごしたー」
「ディップ、あんたまた寝てたの?」
「毎回召喚師様に起こしてもらえるなんてお前は幸せ者だぞ」
「へっへっへ、羨ましいだろ」
マリエルと朝ラーを食ってきたことは内緒にしていた。悪いことは内緒にしないと意味がないもんな。
こうして全員集まった俺たち勇者は、第50勇者連隊に合流すべく転移門をくぐっていった。その前に召喚師マリエルは俺を呼びとめて、なにやら銀色のプレートを俺にこっそり渡してくれた。
「はい、ディップ。忘れちゃだめですよ」
「ん……あれ、俺のネームタグ?」
「今日はあなたの1周年記念です。帰ったらお祝いしましょう」
銀色のプレートが首にかかっていないのに気付いて、俺はひやっとした。
勇者にとって、命と同じくらい大事なネームタグ。
召喚師が召喚魔法の標的にするものだ。
これがなければ、タブレットを手放した時点で召喚ラミネートの魔法効果が届かなくなり、死んでいたところだった。
「心配しなくても大丈夫ですよ。ちゃんと私が召喚ラミネートを張っていたから」
「いやけど……びっくりしたなぁ」
「昔はこれも召喚師の仕事だったんですからね?」
まあ、1週間記念を祝うのも召喚師の仕事だったかどうかはわからない。
いまでこそ、タブレットがその機能を担っているが、改めて俺たち勇者が召喚師に命を握られていることを思い知らされた。
そして同時に……渡された銀色のプレートの表面に新たに彫り込まれている文字を見た。
TIMEISMANEY
……言いたいことはわかるが、スペル間違ってんぜ。
勇者の世界の言葉を勉強する召喚師は稀だろう。
サモンマトリクスのおかげで、勇者にはそんな必要すらない。
気まずい思いをして顔を上げると、召喚師マリエルは、いたずらっぽい笑みを浮かべて俺を見ていた。
「『時は金なり』、ですよ、ディップ」
この召喚師一流の皮肉である。
けっきょく、「スペル間違ってんぜ」とも言えなかったのだった。
******
召喚師の塔と兵站を結ぶ直通の転移門をくぐると、すでに大勢の勇者たちがわらわらと集まっていた。
「じゃあね、寝ちゃだめよ」
「寝ないって」
同じ召喚師マリエルの勇者たちも、それぞれの隊へと散っていく。
……そういえば、あいつらが無事に生き残ったかどうか、俺は知らないのだった。
俺の所属する第50勇者連隊は、3000名からなる異世界勇者の集団だった。
このうちの120人が生き残る……と思って見渡すと、奇妙な感じがした。
見知った顔も何人かいる。
一番目立つのはシンギスベリエだった。
俺の記憶にあるカッコいい鎧を身にまとって、ふわふわと宙に浮かんでいる戦乙女。
背が2メートル半もあるくせに空に浮かぶので、異様に目立つ。
あの鎧を身にまとうと、なんだかいつもと違い、神妙な顔つきをしてクールに見える。
理由を聞くと『鎧が臭うから』と言った。
うん、鎧って臭う。剣道部とかに所属している人なら分かると思うけど、すごく臭う。
けど天使じゃん。そこはもっとこう、神秘的にフローラルな香りがする事にしようよ。
まあ、3週間に1本はボディーソープを使い切るぐらい綺麗好きだからな、気持ちは分からないでもない。
あと、一度しがみつかれたら二度と引きはがせないので、なるべく近寄らないように要注意だ。
真っ白い法衣を身に着けたアイスキャットもいる。
いったいどうやって持ってきたのか、というくらい、でっかい葛籠に腰かけて、猫又の尻尾をゆらゆらさせながら、ふんぞり返ってモンスターたちをかしずかせている。
あの葛籠はじつは魔物の檻だ。中にはアイスキャットがこの世界で仕留めたモンスターたちが入っている。
呪術で操っているモンスターたちにアイスクリームを食べさせてもらっているが、なんだかいつも機嫌が悪そうだった。
だって、周りの勇者たちは誰も彼女に見向きもしないからな。本当は周りの勇者たちを従えようとしてたけど、反撃を食らって俺がお尻ぺんぺんしたばっかりだった。代替案としてモンスターに落ち着いたんだ。俺が話しかけると逃げるかもしれない。やめておこう。
「全員集まったか」
ぎろり、と冷たい目をした男が俺たちを見渡した。
そういえば、この顔にも見覚えがあった。
伍長、グループリーダーの勇者ダウザーだった。
首には「急がば回れ」のタグが提げられているとおり、ちょっとせっかちだった。
「まだ1人来てないぞ」
「なに? ……まったく集合時間を守らないとは、勇者の風上にも置けん奴だな」
なるほど、この頃から優秀なマネージャーだったんだな。
ちなみにさっきツッコミを入れたのはダウザー弟だった。兄弟で召喚された例はけっこうめずらしい。
そういえば、シレンシズがいないな、と思っていたら、彼女は時間ぎりぎりになってようやく俺たちのところに現れた。
相変わらずのマイペースぶりである。女王様気取りだ、というのも原因のひとつだろうが、もうひとつは彼女の召喚師がシレンシズしか勇者ユニットを持っていないこともあった。
俺みたいにみんなで集合して、きっちり時間を合わせてくる、みたいな事をしていないんだ。だいたい他のことにギリギリまで時間を費やしている。
けれど、もし他に勇者がいたとしても彼女の場合みんなと一緒にくる気がしない。だいたい1人で来てそうだ。
「勇者の諸君」
壇上に立った1人の勇者の声が、全体に響き渡った。
3000名の勇者をまとめあげる指揮官、アスカロンⅢ世。
どんなに騒がしい会場でも、この声はひとりひとりの脳裏に響く。
「今回の指令を言い渡すまえに、まずは現状を報告する。……魔王軍は11日前、オリュンポス山を包囲するように軍を展開、各要所で他の連隊といくつかの小競り合いがあった模様だ。……我々、第50勇者連隊は第49勇者連隊のあとを引き継ぎ、数日前に交戦のあったダムロー市街地の見回りと治安維持に努める……」
俺たち勇者はどよめいた。
ダムロー市街地はこの包囲戦がはじまったあたりに超巨大モブで侵攻された街だった。
ふたたび同じ地点に襲撃があるかもしれない、ということで、もう何回も見回りを命じられている。
「またかよ……」
「戦いが小康状態ってことだ。敵が動くまで待つしかない……」
敵に目立った動きがない限りは、こちらから動く必要はない。
だが、こんな単純作業は、現地人の傭兵でもできることだ。
異世界召喚された勇者に求められているのは、そんな決められたレールの上を歩くことではない。
そのとき、シレンシズがよく通る声で言った。
こんな場面で迷いなく発言できるのは勇者ならではだ。
「恐れながら発言の許可を願います。……昨晩、夜警中に敵の中に四天王の1人、アリスフォン=ヴェートラーナの姿を目視しました。具体的な座標と映像を司令官殿のタブレットに送信してあります。この情報をもとに、指令の再検討を願います」
おおお、さすがチート級エルフ。
彼女はいつも1人で居残りして、こんなことをやってるんだ。
勇者たちからもため息がこぼれる。
美しい、立っても歩いても喋っても何しても美しい。
まさにチート級。完璧だ。
マイペースで自称女王でさえなければ、きっと言い寄る男は後をたたないだろう。あと友達もな。
さっそく壁に映し出されたデータが差し替えられた。
南面には、オリュンポス山を守る10師団の勇者軍団。
それに相対するおびただしい数の魔王軍の中に、魔術師軍団があった。
50万の魔術師たちの中に、なぜか四天王の1人がいる。
必勝の策でもあるのか。それとも降伏するつもりなのか。このときの俺たちには分からなかった。
その配置を見たアスカロンⅢ世の決断も早かった。
そう、彼もまた異世界召喚された勇者だったのだ。
「よし、ならば挟撃戦だ……」
勇者たちは歓声をあげた。……こうして、俺たちの苦難に満ちた戦いは始まったのだ。
最高の勇者に、最高の指揮官、そして最高の召喚師。
この中の誰一人として、この後起こる悲劇なんて予測できなかったんだ。




