南岸の孤児院と千年勇者
シンギスベリエが武術大会で3連覇を果たした年……彼女はスキルテイカーと名乗る男に負けた。
タンクトップの上からベルトをぐるぐる巻きにし、ガスマスクを身に着けたその男は、「孤児院の子供たちにとあるプレゼントを贈った。箱を開けた瞬間に天国に行けるクッキーだ」とのたまった。
彼女の一切の反撃を封じたうえで圧勝したスキルテイカーは、「将来性もないガキがそんなに大事か?」と彼女をあざ笑った。「学もない、身寄りもない、成長した所でどのみち搾取される運命だ。そんなガキを助けていったいなんになる」
シンギスベリエは、これまでその子供たちのために戦っていた。子供たちはシンギスベリエの戦いを心から喜んでくれる。だから彼女には戦い甲斐があるのだ。
だが、現実はかくも非情だった。子供たちの声援で勝てるわけではない。
彼女はたやすくスキルテイカーの策にはまり、とある提携を結ばされることとなったのだ。
******
「よし、いまのが次の大会に出場すると思われる候補者のスキルだ、こーほー……こいつを頭に叩き込んで対策を練っておけ、こーほー」
スキルテイカーはその後、シンギスベリエとしばしば落ち合っていた。
廃工場や河原など、場所はその都度変わっていたが、あれ以来、この男は彼女が試合に勝てるようサポートをするようになったのだ。
こんなことをして一体、この男になんの益があるのだろう。シンギスベリエは首を傾げた。
「スキルテイカー、あなたはいったい何者なの?」
「それは言わない約束だ。こーほー。いいか、貴様はいとも簡単に俺に負けた。ちょっとした脅しをかけただけで、こうもあっさりとだ。……このままではいずれ、お前は他の勇者にも負けるだろう」
「うぅ……それはそうかもだけど……」
女王である彼女は常に追われる立場にある。
他の選手たちは、彼女に対する対策を練って、万全を期して攻めてくるだろう。
これから彼女が勝ち続ける限り、その戦いは決して終わらない。
当然、スキルテイカーと似たような手管を使ってくる奴も現れるはずだ。そのとき、彼女は必ず敗れ去る。
「そう……それと貴様には『スポンサー』をつけておいたはずだが……今日は打ち合わせの予定だったはずだ、どうしてサボった?」
「だって、あの人苦手だもん……私の戦い方にいちいち注文をつけてくるし、アイドルみたいなことさせるんだもの……」
「ちっちっち、わかっていないな、シンギスベリエ。それこそが、貴様の取れる最大の盤外戦術だ」
「ばんがいせんじゅつ?」
「そう、盤外戦術だ。強いものは得てして孤高となりがちだ。お前の弱点はそこにある。まずは人を味方につけろ。敵が盤外戦術を使ってくるのなら、こちらもそれによって対抗するしかない。いいか、奴の言うことをよく聞くんだぞ」
「……むー」
反論しないのを肯定と受け取って、スキルテイカーはこーほー、と満足げに息を吐くと、茂みに姿を消した。
そして、しばらくしてから、同じ茂みから入れ替わりのように高貴な鎧に身を包んだ現代勇者エリック・ダウザーが現れた。
「あっるぇぇ~! エリーちゃん、こんなところで会うなんてきっぐうぅ~!」
「うげ……な、なんであんたがこんなところにいるの!?」
「僕、こういう誰も来なさそうな人気のない場所の写真とかけっこう好きでさぁ。なになに? 何してんの?」
「な……なんでもない……わよ」
ぷいっとそっぽを向くシンギスベリエ。
彼女はスキルテイカーにつけられたこのスポンサーなる男を毛嫌いしていた。
脆弱で、軽薄。お調子者。まるでスキルテイカーとは正反対の男だ。
ダウザーは、ぱちんっと指を鳴らした。
「あー、わかった! ひょっとして、秘密の特訓とかでしょでしょ?」
「ぎくっ」
「もー、エリーちゃんったら頑張り屋さんなんだからなぁー! はいこれ、差し入れのジュース!」
「うるさい、そ、そんなことしてない……!」
顔を真っ赤にして反論するシンギスベリエ。
ダウザーは指をぱちん、と鳴らして言った。
「そうそう、明日、町中でモンスターが暴れるように仕向けておいた」
「また?」
シンギスベリエは「次に指を鳴らしたら、その指へし折ってやる」とでもいうようにダウザーをにらみつけていた。
「ははは、君の魅力を大会に興味のない人々にも身近に感じてもらうための工夫だよ。ダンジョン低層に住むやられ役歴300年の凄腕モンスターたちを集めてきた。思う存分暴れて来ていいよ……と、その前に」
ダウザーは、真剣な目つきで言い募った。
「いいか、決め台詞は『あなたの戦魂、回収します』だ。忘れずに」
「……それマジでいうの? バカっぽいんですけど?」
「わかってないなぁ、そこが視聴者に受けるんだよ!」
ダウザーの実況中継は、勇者タブレットの通信網を通じて勇者たちの間に拡散されていた。
ほんとうはこういう目立つことも恥ずかしいのだが、スポンサーの命令ならば文句があっても飲み込むしかない。
シンギスベリエは、羽をしゅん、としぼませてため息をついた。
「あ、そうだ。明日は見せてもいい下着をつけておいた方がいいぞ。鎧がはじけるように加工してあるから」
「ひえっ!? うそ……そんな……!」
慌てふためくシンギスベリエ。ダウザーはにやりと笑った。
「この僕に任せておけ。君の地位を10年間安泰にしてみせる」
彼のこの一言は、果たして真実となった。
ダウザーはやり手だった。
大会3連覇の女王は、瞬く間にグラディエイターシティのアイドルへと変貌したのだ。
時に町中で戦い、時に身寄りのない子供たちと触れ合う姿は、人々の心を惹きつけた。まさに天使。いや本当に天使なのだが。そうしてシンギスベリエの周囲には、常に人だかりができるようになった。
誰もが彼女の動向に注目し、誰と出会ったか、どこで何を買ったか、使っている健康器具やボディソープの種類などなど、シンギスベリエにあやかろうとする人々はあとを絶たなかった。
こうしたファンの中には、彼女に害をなそうとする者より、彼女を守ろうとする人々の方が圧倒的に多い。他の大会参加者が彼女に近づこうとしても、常に誰かに監視され、その情報は共有されてしまう。これではうかつに手が出せなかった。
そう、これこそスキルテイカーが狙っていた盤外戦術、『人の壁』だ。
いまならば、スキルテイカーがかつてやったように孤児院を盾に取るような作戦をとる勇者が現れても、彼女が戦っている間にファンたちがあっというまに事件を解決してくれるだろう。
いい事はそれだけではなかった、大会参加者の中にはシンギスベリエと一対一で戦闘できるようにはからう協定を組む勇者たちまで現れた。
これで9人に同時に襲い掛かられるということもなくなった。一対一の戦闘で、シンギスベリエは余裕をもって決勝戦に挑むことができた。
こうして彼女は10年間、女王の座を守り続けることができたのだ。
しかし……10周年を控えた今年は違った。
「奴が現れた」
壁にめり込んだスキルテイカーは、こーほー、と息をした。
そこまで話を聞いた俺は、スキルテイカーのガスマスクを外したくてうずうずしていた。
「アーマイル(メガネ男)だ」
「アーマイル……確かシンギスベリエのファンだったメガネ男か?」
「ああ……奴はシンギスベリエのファンの中から現れた、最悪の対戦相手だった。……ありとあらゆる角度から彼女の行動パターンを分析し、そして弱点と必勝法を洗い出していた。
……それだけではない、奴は他のファンを意のままに操り、『人の壁』を利用した罠でシンギスベリエをはめようとしていたのだ。
……奴は観戦ツアーと称したファン主催の企画を立て、数週間前からこの街のホテルを借りていた……そのファンの中には、シンギスベリエとゆかりのある孤児院出身の者たちも大勢ふくまれていた……」
「まさか……」
「案の定、そのファンたちは子供たちとともに行方をくらましていた。すでに子供という年齢ではないものもいたが、同様だった。彼らが大会に入場したという痕跡はどこにも見つからなかった」
信じがたいことを聞いた気分になった。
おおよそ、シンギスベリエに聞かせてやれるような話ではない。
彼女が動揺しないように、試合が終わるまでは伏せられていた内容だったようだ。
「事前調査のため、奴の部屋に潜入した俺は思った『この男と戦ったらシンギスベリエは負ける』。
そう……だから俺は7年ぶりに自ら大会に出場することを志願したのだ……。
アーマイルに子供たちの居場所を吐かせるために……彼女の10連覇を達成させるために……。
くくく、いま思うと、まったく不思議な話だ。かつて子供たちを人質に取ったこの俺が、今は逆に子供を守るために戦っているんだからな……」
「じゃあ、メガネ男を殺したのは……お前だったのか、ダウザー」
「俺はダウザーではない……スキルテイカーだ」
だうざ……スキルテイカーは、こーほー、と荒々しく息を吐いた。
「奴を殺したのは俺ではない……それに、勘違いしてくれるな、俺にとってガキの生死など二の次だからな。あらゆるスキルを取得することこそがこの俺の至上の目的だ。大会で取りこぼしたスキルなどあってはならん」
「お前は戦闘民族かよ……それじゃあ、シンギスベリエはどうなるんだ。もし子供たちに万が一のことがあったら、彼女は次も戦えるのか」
「いいや、彼女はもう潮時だ。……アーマイルのような異常なファンが今後も現れ続ければ、これ以上女王の座を守り続けることも難しくなる。
どのみち、この試合が終わり次第、彼女に引退表明をさせるつもりだった。安心しろ、あいつは勝っても負けても、引退すれば勇者ギルドの官職につくことが約束されている……今後はVIP席から決勝戦を観戦する立場になるだろう」
どこまでも相容れない奴だった。
人を助けることよりも、たった10分で作られるようなスキルのいったいどこが大事だというのか。俺には分からない。
スキルテイカーはそこまで言うと、ふかく息をついた。
「いいスキルを見せてもらったお礼だ。お前の無実を証明するカギを教えてやろう。……あのスキルは、俺が7年前に一度この目で見ている……犯人は……勇者ドレイクだ……」
「勇者ドレイク……」
どこかで聞いたような気がする名前だった……。
ふいに、記憶がよみがえってくる。
確か、闘技場で出会った10人の中に……。
えっ、ということは、まさか……犯人は……。
「そんな馬鹿な……」
おおよそ理解できない状況に、俺は困惑していた。
俺の聞いた話によると、勇者ドレイクは確か……。
その時だった。
ごうん、という大きな音を立てて、廃工場の入り口が開いた。
月明りの逆光になって顔は見えないが、大勢のモンスターたちが目を光らせて、ぞろぞろと群れている。
その真ん中に、ひときわまばゆく光る赤と緑の双眸の持ち主がいた。
あのオッドアイは……。
大魔導ドリスタンだ。
「まずい、大魔導が来たな……」
「スキルテイカー、出られるか」
「俺の事は放っておけ、今はとにかくお前が逃げるんだ」
彼は、最後にこーほー、と言った。
「エリーを頼む」
******
「うえええん、私、もうディップのお嫁さんになるぅー!」
おうおう、嬉しい事を言ってくれるね。
俺はすっかりへたりこんでしまったシンギスベリエを背中に負ぶり、用水路を通って廃工場から脱出した。
俺を圧迫死させんとばかりにむぎゅうと攻め立ててくる左右の肉塊に何度も理性を失いそうになりながらも、どうにか大魔導の追跡から逃れることに成功した。
「シンギスベリエ、子供たちがどこにいるかは分かるか」
「うん」
観戦ツアーに参加したファンたちは、いずれもすぐ近くのゴーストタウンに潜伏しているらしい。
鉱山の生産がまだ順調だったころ、箱ものとして企画されたベッドタウンで、今は廃墟ばかりが並んでいるという。
どうやら魔導少女の偵察用アイテムはアーマイルにも持たされていて、スキルテイカーはその発信機の信号を受信し、彼の動向からこの潜伏場所を割り出していたらしい。
……そこまで調べた上で、あえて俺のスキルを取得することを優先したというのか。
いったい何を考えているんだろう。どこまでも勇者っぽくない奴だ。
「スキルテイカーは、大勢の敵を相手にするのが苦手なの……最初は相手に一方的にやられて、そのあとで盛り返す戦法が得意だから……」
あいつの肩を持とうとするシンギスベリエに、俺は胸をちくりと刺されたような気持になった。
そんなのが理由になるかよ。助けたいときに助けなきゃ、勇者が異世界召喚された意味がないだろ。
「お前がサポートしてやればよかったんじゃないのか」
「けど、私を連れていくと、子供たちが盾に取られたときに動けなくなるからって……たぶん、スキルテイカーも同じだったんだと思うの……口には出さないけれど、あの人も子供の事が好きになってたんだと思う」
なるほど。ようやくすっきりした。
だからあいつは俺が来るのを待っていたのか。
10年もこの世界に住んでいたら、異世界人と呼ぶのも難しくなるのかもしれない。
「待ってな。今から俺がそこに行って、子供たちを超特急に乗せて帰ってくるから」
「ディップ」
「なんだ?」
「私ね、武術大会を引退しようと思うの」
「そうか」
「うん、そうよ」
シンギスベリエは、俺の体に腕を巻き付け、しっかりと抱きしめた。
背中が熱い。なんだか急に重くなった気がする。
「引退したら、勇者ギルドの偉い人になるんだろ?」
「ううん、そういうの興味ないんだ、私」
「そうか」
「引退したらね、私、お嫁さんになりたいんだ」
「そうか、がんばれよ」
「ディップ、責任とってほしいんだ」
「…………」
シンギスベリエのおおらかな胸の鼓動が背中にじかに伝わってまじやばかった。
落ち着け俺、いま俺の背中にいるのは大飯ぐらいの堕天使だ。料理はへたっぴで大雑把で、ボディーソープはなんでこんなに使うのってくらい消費するし、いちいち技名を叫ぶ中二病で子供が大好きで、だけど、堕天使でも天使なんだよなぁ。
俺が首をぐいっと上に向けると、俺の背中に乗っていたシンギスベリエと目があった。ふつう、負ぶっている相手と目が合うなんてありえないと思うんだが。身長差がありすぎて不思議な構図になっていた。
「お前、俺と結婚する気あるの?」
「うん、しよう。ディップはいや?」
「うーん、もうちょっと料理が上手くなったら考えてもいい」
「約束よ? ディップ」
「ああ」
まあ、こいつのこういう発言はいつも気まぐれだから、すぐに忘れるだろ。
背中のシンギスベリエが俺の頭の上に回り込んできて、顔にキスの嵐を降らせるという理不尽な目にあいながら、そういう風に考えていた。
そのとき、暗がりから奇妙なささやき声が聞こえてきた。
「――停止」
機械話だ。
その発話に反応した俺の鎧は急停止した。
ぎゅおん、という音を立てて立ち止まったまま、足がぴくりとも動かない。
「ちょっ……まて、お前、機械じゃないだろ!? わざと止まんな!」
鎧はうんともすんとも言わない。
その時、俺は殺人的な気配を察知して、はっと丘の方を振り向いた。
ごごごご、という凄まじい殺気を放ちながら、丘の向こうから猛禽のようにぎらぎら目を光らせる3人の勇者たちの影が現れた。
俺のタブレットからぴょこん、と飛び出したクマのぬいぐるみが、『やほー』と言いながらぶんぶん手を振っていた。相手側のクマのぬいぐるみも、『やほー』と言って手を振っている。……しまった、もしもの時のために偵察用クマを持っていたのがあだになったか……。
3人の勇者たちは、いずれもシンギスベリエのファンだった。一歩も動けなく狩った俺を、恐ろしい目つきでにらみつけていた。
「義弟……あんたなに図に乗ってるの……」
「ひどいです、先輩と私はシンギスベリエ成分を分かち合う契約を結んだんじゃなかったんですか……」
「……(やれやれ、君にはがっかりだ)」
その殺気だった姿を見て、俺はごくり、と唾をのんだ。
これは……やられる……。
******
その後、子供たちを救う役割は3人の現代勇者たちが担ってくれた(というか、無理やり奪われた)。
「新婚さんはこんなところにいないで、さっさと向こうに行って休んでいるっす! 私たちに任せて、孤児院まで先に行ってるっす!」
などと言って、俺とシンギスベリエを先に行かせてくれた。
気を利かせて2人にしてくれたのだろうが、新婚旅行というほど親密な感じはしなかった。会話もあんまりない、ふつーの旅だ。
たぶん、シンギスベリエも子供たちのことが心配でそれどころではなかったのだろう。
シンギスベリエはいつかみた翼と同じ純白のワンピースと麦わら帽を身に着けていた。トリプルXサイズであることをのぞけば、どこからどう見ても天使そのものといった格好で、窓の外をぼんやりと眺めていた。
かと思えば、車食を3人前ぺろりと平らげて、偶然乗り合わせた赤ん坊を可愛い、可愛い、と言って写真を撮り、いつまでも飽きずに眺めていたりしたが。
列車に揺られて数時間、さらにそこから徒歩で山道を5時間。
ぱたぱた空を飛んで楽そうなシンギスベリエに連れられて、俺は内海の南岸にあるさびれた集落の孤児院へとたどり着いた。
ちょうど、俺たちと同じくらいに4WBが孤児院に到着していた。中にはもう子供と呼べない年齢の者もいたが、大勢の子供たちが飛び出してきて、シンギスベリエに抱き着いた。
「エリー!」
「みんなー! 無事だったかー!」
さすが俺を監獄島から脱出させたメンバーだ。
ファンたちが立てこもっている廃墟への潜入などお手の物である。1人残らず無事に連れ帰ってくれた。
ぺペロンは得意げに言った。
「ちょーとっきゅうに乗せて帰ってきたっす!」
「あのお姉ちゃんお前たちのこと舐めなかったか、大丈夫か」
「……(全力で阻止した)」
「なんでそこ信用ないっすかー! ぷんぷん!」
子供たちは次から次へとシンギスベリエに抱きついていった。
2メートル半の彼女が動いただけで壊してしまいそうな子供たちは、涙ながら彼女との再会を喜んでいた。
「ごめんなさい、大会みられなかった」
「お姉ちゃん、また大会に出るの?」
「ごめんね、お姉ちゃん、もう武術大会には出られないの」
シンギスベリエは、子供たちを胸にかきいだきながら言った。
これが事実上、彼女の最初の引退宣言となった。
「えー、大会に出なかったらただのプーじゃん?」
「失礼ねー、これから大変なんだから。まずは勇者になってクエストをたくさんこなすでしょ? そうやって生活費を稼ぎながら、料理をいっぱい勉強するの」
「お料理屋さんになるの?」
「あー、それもいいなー、自分で好きな料理たべられるでしょー」
「卵系大好きだよね、お姉ちゃん」
「うんうん、あー、だったらニワトリも飼わなきゃなー。調教師の資格もとんなきゃー。けどお肌にいい野菜もほしいよねー。農術使いかなー。商人系になった方が早いのかなー」
よだれを垂らしながら将来の道を模索するシンギスベリエ。
さっそく夢が横道にそれ始めているみたいで、俺はほっとしたような物寂しいような気持ちになった。
傍らで聖母像のようにそのやり取りを見守っているシスターに、俺は礼を言った。
「ありがとうな、シスター、あんたがシンギスベリエを助けてくれたんだって?」
「いいえ、助けられたのは私の方です」
シスターは多くを語らなかった。ただそう言って笑った。なんかわかる。
そういえば、この孤児院出身だとかいう自称姉、バレッタがいないな、と思ってきょろきょろ見回していると、木陰に隠れてじーっとこっちを見ていた。いったい何をそんなに警戒しているのか。
「あいつもこの孤児院出身なんだよな?」
「ええ、3年前にこの孤児院にやってきて……エリーの賞金のおかげで、いまは遠くの勇者学校に通っています」
「ふむ、3年前か」
おいおい、15年前とはいったいなんだったのか……。
いったいどこからどこまでが彼女の妄想だったのか……。
謎の多い女である。
「勇者学校……? って、何をするの?」
「『勇者』を育成するための専門学校です」
そういえば、ダウザーは俺が勇者になるには2通りのパターンがあると言った。
『明日にでもできる方法』と、『3年かかる方法』だ。
どうやら、こっちが『3年かかる方法』らしい。
「そうか……べつに大会で優勝する必要はないんだな……けど、けっこうお金かかるんだ?」
「1人につき、3年間で3ゴールド(約300万円)かかります」
ふうむ、日本の私学とかなら安い部類かもしれないが、物価の低いこの世界ではかなり高い。
せめて奨学金制度でもあればいいんだけどな。
けれど、そんな俺の異世界改革アイデアよりももっといいアイデアを、シスターさんは持っていた。
シスターさんは、ひまわり畑の向こうに広がる土地を指さして言った。
「子供たちはみんな、ここに学校を建てようとしてくれているんです」
「いいことだ」
「未来の子供たちが剣を持って戦わずにすむように」
「ああ……」
そうだな。戦わなくてすむ世界、それがまず一番だろう。
俺はシスターさんに軽く礼を言うと、そのまま孤児院を後にした。
俺にはまだ、最後の一仕事が残っている。
俺の無罪を晴らし、真犯人を突き止める仕事が。
「パテシエもいいなぁー、ケーキ屋さんもいいなぁー、けど料亭の女将さんって響きもけっこう好きなんだよなぁー」
「けっきょく姉ちゃん、何になりたいの?」
「そうそう! あ……」
シンギスベリエは立ち上がると、俺の姿をきょろきょろと捜した。
あ、見つかった。俺を見つけるや、ひまわり畑のど真ん中まで駆けてきて、大声で俺に呼ばわった。
「ディップー! 私、ディップのお嫁さんになるー! 忘れちゃだめよー!」
俺は片手をあげて、軽く返事をした。
……これ、忘れてくれないよな。どうしよう。




