スキル開眼と千年勇者
俺の前に立ちはだかるシンギスベリエは、銀の槍に炎を宿し、すっかりメイシェイストスの側についていた。
彼女の強さは身に染みている。いまのところ彼女の『空歩』レベル99をかわすことは、俺には不可能だ……。
「ふひゃひゃひゃ……ごほっ、こーほー。いいぞ、シンギスベリエ! 奴のスキルを暴き出せ!」
「ディップ、お願い彼の言うとおりにして……私にあなたを殺させないで」
「俺のスキルだって……? そんなもの、どこにあるっていうんだ?」
おい、シンギスベリエ……お前は知ってただろ。
俺がノースキルの勇者だってことを。
神機無双剣の名前を一緒に考えたお前なら、ぜんぶわかってたはずじゃないか。
あんなスキル、ただの子供だましだ。存在すらしないってことを。
「あるわよ、ディップ……あんたはちゃんとスキルを完成させていたもの」
「本当かよ」
「本当よ、技名を叫ぶことによって技の魂を顕現させる……あんたはあの瞬間、あんただけのスキルを完成させていたのよ」
シンギスベリエは、言った。
「私はちゃんとスキルの魂を感じた……このスキルは、きっとこの世界を変える力になるって、信じていたの……。
あんた、どうして技名を叫ばなくなったの。最初は信じてくれたじゃない。どうして……いつの間に変わっちゃったの?」
そうだ……俺はシンギスベリエが変わってしまったとばかり責めていた。
けれど、彼女からしてみれば、先に変わったのは俺の方だったんだ。
彼女は天使で、いつまでも天真爛漫な子供の心を持っていた。
けれど人は誰も、いつかは大人にならなければならない。
そんな昔の思い出にいつまでもしがみついては、いられないんだ。
「……どうして技名を叫ばなくなったって? 決まってるだろ」
俺は両手を肩の高さに持ち上げ、左右に広げた。
「……勇者が技名を叫ぶと、真の力を発揮するからだ」
「……まさか!」
シンギスベリエの瞳に動揺が走った。
技名を叫ぶことによって技の魂を顕現させる……。
だったら、魂が現れるまで叫んでやろうじゃないか。
「『神機無双剣』……『白竜加速』ッ!!!」
あらかじめ定められたその技名を叫んだとき、俺の体は光の奔流に包まれた。
金色の怪炎が地面から湧き上がり、俺の体を包み込む。
炎は巨大なヘビの形をとり、俺の体を守るようにとぐろを巻いた。
「ひゃっ、なに!? なになに!?」
金色のヘビを前に狼狽えるシンギスベリエとは対照的に、スキルテイカーは壁にめり込みながらも、タブレットで状況を分析した。
「あれは……あの竜は……! 『地霊』だと……まさか……ッ!」
無数の噴き上げ式花火が火を散らす、どどど、という滝のような騒音の中。
金ドリの声が、ふわりと俺の耳に響いてきた。
『もう呼んでくれないのかと思ったわよ、チメイズマン』
「悪い、出し惜しみしてた」
『ネコミミたちが徹夜でデザインを考えてくれたわ。着なさい』
なるほど、そいつはぜひともの着ないわけにはいかないな。
左右に広げた俺の両腕に、白焔がぶすぶすと燃え移った。
鎧を溶かしながらも不思議と熱さを感じない炎は、宙に浮き上がってゆくような軽い感触のまま、俺の体を包み込む装甲となった。
右手、左手、そして左右の脚。飴色のプロテクターが俺の体を包み込んだ。
逆円錐のロボットのような鎧が胴体を包み込み、異様に盛り上がった胸部と肩の装甲に顎をうずめるような形で水滴型のヘルメットが装着された。
ヘルメットの左目部分にぴかっと浮かび上がったスカウターが、俺の意識の動きに合わせて眼前の風景を拡大、欲しい情報を数値化して表示し、適切にサポートしている。
だが、その風景は斜めに傾き、やがて何もない地面ばかりを映すようになった。
俺は地面に片膝をつき、地面にうずくまったのだ。
……あのネコミミども……ッ!
誰がここまでやれと言ったーッ!
「なるほど……精霊武装か……こいつは誰にも見られたくないはずだぜ……」
こーほー、と、スキルテイカーはめり込んだ壁から身を乗り出すようにして俺を見ていた。
「白竜加速……この土地の魔力・風土・植生をすべて管理する地霊を味方につけるなんて、もう実質的に領土を支配したも同然じゃないか……これは、魔王に対する反逆だ……!」
シンギスベリエは、かしゃん、と銀の槍を落とした。
その目は十字の光をらんらんと放っている。
「か……かっこいい……ッ! すごい……ッ!」
どうやら恥ずかしいと思っていたのは俺だけで、周囲への受けはおおむね好評のようだった。
俺は半身を引いて構えをとった。
ほんのわずかな動きも、フルアーマーの関節部から炎が噴き出し、ブーストによって動きを補正。
普段の3倍以上の速さで構えに移行すると、くいっ、くいっ、と指を折り曲げ、シンギスベリエの攻撃を誘った。
「こいよ、エリー」
対するシンギスベリエは、むすーっと俺を見ていた。
「なにそのいやらしい指つき、ディップのエッチ」
「えっ!? 別にいやらしくねえだろ!?」
「あんたの行動ひとつひとつが問題行動なの!」
めちゃくちゃなことを言ってやがる。
シンギスベリエは槍を腰だめに構えたまま、消えた。
俺もそれにあわせて横移動する。普段着ていた鎧の速度補正を数倍強化したような速度が出た。
シンギスベリエの体は1ミリ単位で空気と皮膚の摩擦力を微調整することで、すべるような滑らかさの高速移動を実現していた。
その姿は光の天使だった。光の粉や日輪を空気中にまき散らしながら、まるで羽の生えたイルカが遊ぶように、自在に動き回っていた。
だが、今の俺はそれに合わせて同じ速度で移動している。さすがバニラ=アクセル。『空歩』レベル99の高速移動が止まって見える。
「ディップ……行くわよッ!」
真上から突き下ろされる銀の槍を紙一重でかわす。数メートル単位で場所をジグザグに移動しながら背面の奪い合いをし、その間にも数十発におよぶ火花を散らすようなシンギスベリエの打突をすべてかわす。隙を見て突進すると、シンギスベリエの方も慣性と重力を無視した動きで空に逃げる。
神がかり的な反応速度。だが俺はその反応を無意識レベルで予知していたのか、ほぼノータイムで追いすがるように飛び上がり、彼女の翼を掴んで、地面に引きずり落していた。
「ひぐぅっ!? い、痛い……!」
戦闘に使えない翼なんて邪魔以外のなにものでもない。地面の上に彼女を投げ飛ばすと、俺はゴキブリのようにその上から覆いかぶさり、彼女の両腕をがっちりと捕まえる。市場とは上下がまるで逆の関係になっていた。
やはり火魔法は運動エネルギーを消耗するらしい、シンギスベリエはぜーはー息を荒くし、玉のような汗をかいていた。
かくいう俺も息があがっていた。
「ぜーはー、ぜーはー、どうだ、あいつより俺の方がタフだろ?」
「……やッ! ディップ! 問題行動よ!」
そのとき、スカウターに映るシンギスベリエの筋力が、核反応並みの強烈な数値を示すのを見て、あ、これはやばい、と思った。俺はすかさず飛びのくと、大きく距離を取った。
腕力だけのぶつかり合いでは、いくらバニラ・アクセルの補正があっても敵わない。彼女の専門は恐らくスピードだろう。スピードを活かしてとにかく逃げ回る。シンギスベリエは翼をはためかせて空たかく飛び上がると、両手を前にかざした。
「止まりなさい、《虚ろなる烙印》ッ!」
シンギスベリエの両手から、特大の火球が飛び出した。
あれは、一度見たことがある。100弾ホーミングに分裂するやつだ……!
しかし、シンギスベリエは火球にさらに力を込め、ぶくっと倍近く膨れ上がらせた。
さらに力を込め、膨らませ、また膨らませ、最終的に4倍はあるデカさに仕上げる。
破裂すれば、蜂の巣をつついたように分散する火の玉の群れ400発に化ける、一対多数用のスキル。
避けようがない。ならば、俺は迷うことなくその火球に向かって突進していった。
このスキル、食らえば相当なダメージを削られるが、じつは弾の一発一発の速度は遅い。黒トカゲが隙をついて反撃できたほどだ。
「つまるところ、火の玉は相手の視界を狭め、動きを制限するおとりの役割が大きいってことだ! 本当の目的は肉弾戦で有利な状況を生み出すことだろ! そうはいくか!」
破裂した火の玉の群れが視界一杯に飛び交う。
俺は両手を体の前いっぱいに広げ、300発ぐらい真正面から抱きしめて消滅させながら強引に突っ込んでいった。
炎の向こうで槍を構えていたシンギスベリエが、青ざめて絶叫をあげた。
「えええーっ!」
「ははは! お前の安い戦術などお見通しだ!」
残り100発となった火の玉では、俺の動きを止められまい。視界も良好だ。壁を天井を蹴りながら徐々にシンギスベリエを追い詰めていった。
シンギスベリエは俺の空中追撃から逃れるのをあきらめ、とうとう地面に両足をついた。どうやら地面の反動を利用して攻撃に転じる構えだ。
対する俺は激しく燃え盛りながらシンギスベリエに肉薄。炎をまとった魔剣『鼻』を振りかざし、すれ違いざまに振り下ろした。
シンギスベリエは、ゆるやかに銀の槍を振り上げた。さっきの光の天使のような機敏な動きとは打って変わって、まるで地を歩く巨人のようにのっそりとした緩慢な動きだった。
棒高跳びの選手のように水平に構えようとするが、俺の振り下ろした剣を防ぐにはとうてい間に合わない。足を一歩前に踏み出しながら剣を肩で受け止め、ぷるんっと刃を弾き返した。
肌の弾力で剣をはじいたのだ。そういえばこいつはウィンクで弾丸を弾き飛ばす超人だった。エネルギー変換率にかかわる火魔法をその一点に凝縮させれば、相手の攻撃をさばくことなど造作もない。
俺の剣が宙を舞う。そこへ、ワンテンポずらして銀の槍を空高く突きあげた。
「てえええいッ! 《冠直し》ッ!」
空気が大砲のようなうなりをあげ、槍を突き出した方向にどんっという衝撃波を放った。
真正面からぶつかり合わなかったのはこれを恐れていたからだ。まともに刃を当てるとはじき返され、身動きが取れなくなったところを槍の一撃で葬られる。
こいつが巨人族の戦い方だ。
槍の放った衝撃波はトタンの天井にぽっかりと大きな穴をあけ、鉄骨を豆腐みたいにぼろぼろと切り崩した。
俺は鉄骨の崩落してくるギリギリ外の範囲を高速でめぐり、火の玉を1個手ではじきながらシンギスベリエの背後を取った。
――取れない。
ぞくっとした俺はすばやく飛び退り、距離を取った。
翼の生えた背中を向けているのに、俺の方をにらみつけられているような気がした。
隙だらけの姿勢なのに、一片の隙もない。これはやべぇ。
スピードはようやく同等。だがこいつを仕留めるにはパワーが圧倒的に足りない。
だったら、こちらも攻撃に一点集中だ。ないものは振り絞ってやるしかない。
俺はスサノオを鞘に納め、体の左側に構える。
スカウターが情報を伝えてくる。
――標的との距離4メートル。『居合切り』の射程外です。
ああ、そんなこと分かってる、いちいち報告すんな。
じきに距離なんて関係なくなる。
どどど、という地鳴りと共に、なにやら空気が湿度を帯び始めた。
シンギスベリエは音の方に気を取られ、首を周囲に巡らせる。
「なに?」
すると、壁が一気に決壊し、山から凄まじい量の水が押し寄せてきた。
大洪水だ。じゅわっと100個の火の玉を飲み込みながら迫ってくる。
俺の魔剣は水脈を刺激するからな。このくらいは朝飯前だ。
シンギスベリエは、やっぱり戦略とか戦術には弱いらしい。
あっけなく洪水に飲み込まれてしまった。
ただ、彼女を中心として水が割れてモーセの十戒みたいになってる。水が触れられないとか、どんだけ撥水力が高いのか。
「なに!? なになに!? もー、なにこれぇ!」
あ、隙だらけ。いまだ。
次の刹那、俺はその海の割れ目にいた。
相手の隙を見ると、移動とかそんなことは無意識のうちにやってしまう。
というか《《移動したかどうかさえ疑わしい》》。
本当は《《移動した時間なんて存在しなかったんじゃないか》》とさえ思えてくる。
無意識の動きなのでよく分からない。
とにかく、俺はシンギスベリエの背中を真正面にとらえ、魔剣『鼻』による渾身の一撃を見舞った。
ガギィィンッ!
という凄まじい反響音。音で周囲の水の壁がぶわっと丸く膨らんだ。
反射エネルギーが右腕にのしかかり、鎧越しに俺の腕の骨までビリビリと電流が走る。
攻撃した俺の方がダメージを受けてどうすんだ。
右腕の装甲がびしっと音を立ててはじけ飛んだ。俺は剣を抜き放った格好のまま足を滑らせ、地べたに腰をついた。
「か……てぇ……ッ!」
鎧越しに切る、なんて余裕をぶっこいた俺がバカだった。
普通は(?)鎧越しでも切れるもんだが、巨人の魔法で守られた装甲を相手にそれは無茶な相談だ。
突っ込んでくる4tトラックを殴るようなもんだった。静止していても常に高速移動している、ぐらいに考えなくてはならない。
「もー、ディップ、来るなら来るっていってよ! びっくりするじゃない!」
シンギスベリエは激しい音の反響で驚いたのか、目をくるくる回しながら言った。
槍も構えていない、隙だらけだ。巨人族の余裕というやつだろうか。まだチャンスは続いていた。
――装甲被ダメージ19%、修復完了まで30秒かかります。
バニラ=アクセルがいちいち報告してくる。
俺はそれを無視して、ふたたびシンギスベリエに迫った。
右腕だけ装甲が破れ、素手になったが構わない、シンギスベリエが槍を構える前に一撃をいれる。
俺はタブレットから残り2本の剣を取り出し、3本まとめて左側に構えた。
相手が防御力を倍加させるなら――こっちも3倍にするまでだ。
「シンギスベリエ、見せてやるよ――これが本当の俺のスキルだッ!」
バニラ・アクセルの最大の力は加速だ。
すべての速さを集結させて、この技を放つ。
そう、たとえどんなに不格好だろうと……!
見えないぐらい早く動けば、何も問題はない……!
「『神機無双剣』……『三連装抜刀砲』……『抜刀』ッ!」
俺は技名を叫んだ。魂が顕現したのかはわからない。
ただの三連続居合切りだ。
俺は地面に滑り込みながら、左わきに抱えた魔剣を上から左目、つぎに鼻、最後に右目の順で、納刀するまもなく次々と空に放り投げながら、光速の居合切りを連続で放った。
3本の剣線がシンギスベリエの鎧の一点に重なり、その斬激はまるでたった一振りによる一撃のように収束。物理の振動を超える超次元抜刀術へと化けた。
超次元の居合切りをまともに受けて、シンギスベリエのボディを守っていた純白の鎧は、ついに弾けた。
「きゃああああっ! いやああああっ!」
バスト190の人類を超える胸が、中からエイリアンが皮膚を突き破ろうとしているかのように乱暴に暴れまくる。
思わずごくりと唾をのんだ。ちくしょう、なんて凶暴な胸だ!
なまめかしい腰のくびれ、小ぶりなヒップ、そしてビリリリッっと音を立てて引き裂かれる鎧下のシャツ。
人類がいまだに到達できぬ巨大な胸には、これまで吸ってきた数々の挑戦者たちの血のように真っ赤に充血した先……げふんげふん。
詳しい事は言うまい。
まさに……まさにSFホラーの世界だったぜ。ひゃっほう!
俺が10分で考えた必殺スキルの衝撃によって弾き飛ばされたシンギスベリエは、もはや戦闘不能になっていた。胸を隠したまま座り込んで泣いていた。
「うぅ、ひぐぅ……ひどい……」
「悪いな……また『問題行動』しちまったぜ、シンギスベリエ」
俺は最後に俺の右手に残った右目を鞘に納め、居合切りを完遂させた。
そのあとで、鞘に納める間もなく空に投げ放っていた残り2本の剣が落ちてくるのを、鞘でカシャン、カシャン、と受け止める。
スキルテイカーは呆気にとられていたみたいだったが、思い出したようにメモ帳を取り出して今のをメモっていた。
こうして、世界に新たなスキル『神機無双剣』が生まれたのだった。……誕生してしまったのだ。




