スキルテイカーと千年勇者
スキルテイカーの残した偵察用アイテムの反応を頼りに、俺はグラディエイターシティ北部の廃工場へと足を踏み入れた。
鉱山のふもとにある精錬工場で、数年前に鉄を掘りつくしてしまい、今ではすっかり使われなくなった工場だ。
俺は単身、サビ臭い工場の空気の中に身を投じていった。
いざという時にタブレットで助けを呼べないのは痛いが、ここからは俺1人の問題だ。
スキルテイカーは、そこで俺を待っていた。
廃工場の破れたトタン屋根から月明りが漏れていて、その明かりの中にガスマスクを被ったまま、どこから持ってきたのか椅子に腰かけていた。
「こーほー、よくきたな……貴様なら来るだろうと思ったぞ」
「スキルテイカー……お前はいったい何者だ」
「ふふふ、俺が何者か、だと? そんな事はどうでもいいだろう、貴様はなにか俺に頼みごとがあって来たのではないか?」
「………………」
なにやらよからぬ企てに巻き込まれてしまったような気がする。彼のもとに歩み寄っていた俺は、途中で止まった。
なんと、スキルテイカーの隣には、純白の騎士の鎧を身に着けた駄天使がいたからだ。
「シンギスベリエ……いったい、どうしてお前が」
「………………」
「答えてくれ、シンギスベリエ!」
シンギスベリエは、沈痛な面持ちを浮かべ、俺から視線をそらした。
スキルテイカーは俺と彼女のやりとりをあざ笑った。
「ふははは、こーほー、本当の彼女はもはや、世界が知っているような常勝無敗の女王シンギスベリエではない。この俺に逆らうことは不可能なんだ」
「……ぐっ」
唇を噛みきりそうなほどかみしめるシンギスベリエ。わけがわからない俺に対し、スキルテイカーは声を潜めて言った。
「なぜなら彼女は7年前の大会で、すでに俺に負けているからだ」
「なっ……に……」
「くくく、闘技場の外で行った私闘だったからな、記録には残っていないが……そう、彼女は一対一の公式戦なら向かうところ敵なしだ。だが、弱点もある。それは『戦略』や『戦術』に弱いということだ……」
そんな馬鹿な。
いくら罠や策略を巡らせたからって、千年勇者のシンギスベリエを倒しただと。
普通の敵なら罠ごとブッ飛ばしてしまう豪快な女なのに。だからこその能天気なのに。
こいつ、いくらなんでも強すぎじゃないか。
「ひょっとして貴様も……千年勇者なのか」
「メイシェイストスだ、よろしく。こーほー」
そう言って、スキルテイカーは銀色のネームタグを掲げてみせた。
MEICHEISTSLOWLY
メイシェイストス・ロウリー
Make haste slowly(急がば回れ)
俺の記憶にはないタグだ。いったい誰だ?
残念ながら、全員のネームタグのことわざを覚えているわけではない。
第50勇者連隊の仲間なら、きっと顔さえ見れば思い出せるのだが……。
「こーほー、10年前、ヴェートラーナの魔術によって1000年後のこの世界に飛ばされた俺は、アスカロンのつてで勇者ギルドに所属することができた。
勇者ギルドのつまらないクエストをこなして生活をしていたあるとき、武術大会で優勝すれば超巨大モブ戦に登用されるという噂を聞きつけ、大会に出場してみたのだ。するとそこには、大会を3連覇中という女王がいた」
こーほー、スキルテイカーは言った。
7年前の大会に1度出場している……なら、その動画さえ見れば、こいつの正体もわかるかもしれない……。
後で手に入れるしかないが……。
「トップにいる者はつねに追われる立場にある。女王といえど、その座を支配し続けるのは並大抵のことではない。背後からやってくる下位ランクの者たちは常に彼女の戦いを研究し、対策を練って挑んでくるのだ……。
彼女は悩んでいた。彼女のスキルは解体してみれば単純で美しいものばかり。『空歩』レベル99の高速移動に100弾ホーミング、そして火力攻撃。巨人らしい単純かつ豪放な攻撃だ。半面、戦略、戦術にはめられるといとも簡単にくずされてしまう。
盤外戦術によって彼女をはめようとしていた輩はたくさんいた。そこで俺は女王と提携を持ち掛けたのだ。彼女に自分の脆さを直接伝えることが最も効果的だと考えた俺は、彼女の素性を探った。10年前、とつじょふらりとやってきた彼女は倒れていたところを南岸の孤児院のシスターに助けられ、世話を受けていたという。
聞くところによると、大会で得られた賞金のほとんどがそちらに流れているらしい。となると実に簡単だった、孤児院を守るために彼女は俺に負けた」
「貴様……エロ同人のようにか!」
「エロ同人? くくく、よくわからんが、試合で負けなかっただけ感謝してもらいたいものだ。おかげで彼女は今も女王として君臨し続け、そして孤児院に寄付を続けられるのだからな……そして俺の優秀な飼い犬だ」
傍らに立っているシンギスベリエの瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。
「お願いディップ……彼に逆らわないで」
やっぱり……エロ同人のように!
ちくしょう……シンギスベリエは子供が好きなんだ。
つまるところ、孤児院の子供を盾に取って彼女を打ち負かし、それをネタに女王の彼女をゆすっていやがったのか。
こいつ……悪の風が吹いてんぜ。
スキルテイカーは、勢いよく椅子から立ち上がった。
「さあ、チメイズマン、お膳立てはしてやったぞ……ッ! ここならば誰の目も気にすることはない、思う存分、貴様のスキルを放つがいい……ッ! さもなくば、お前はここで……死ぬッ!」
ぎりっと俺の奥で噛みしめた奥歯が、火花を散らした。
最初は俺の無実を証明するためだったが、真実を知った今は、もうそんな事はどうでもいい。
俺はタブレットのロックを解除、魔剣『鼻』を取り出すと、幅広の刃を振りかぶった。
「メイシェイストス! 貴様が誰かは分からないが、俺の仲間を泣かしてんじゃねぇ……ッ! ぶった切るぞ!」
戦略も何も考えない。スキルでも技でもない。真正面からの一撃だ。
がきゅうううおおおおるるるんッ!
宇宙空間までぐにゃりと歪むような異様な金属音が鳴り響いた。
俺が振りかぶった魔剣『鼻』は、メイシェイストスが片手で持ち上げたもろ刃の剣によっていとも簡単に防がれていたのだ。
あれはなんだ、青白いもろ刃の剣……まるで俺の武器と同じ、『鼻』じゃないか……!
名称:魔剣『鼻』
攻撃力:重量級のもろ刃の剣+水属性ジェットカッターによる攻撃
耐久値:割れてもすぐに復元する謎の金属でできている
特殊能力:水を支配する。周囲の水脈を刺激し、間欠泉を噴き上げさせる
備考:伝説の妖刀『村雨』の進化版。荒ぶる海を司る英雄神スサノオの剣。火竜系の対策はこれ一本あればほぼ万全。
「ふはは、これが噂の自動鑑定か! おれのスキル鑑定によれば、このときお前は胴体ががら空きになるッ!」
俺がスキルテイカーから無意識にむしりとった剣を見ている隙に、胴体を白銀の熱い刃がかすめた。
それは日本刀だった。
とても剣の物とは思えない、熱線のような鋭い一撃。
鎧の装甲が溶けていた。
こんな熱い日本刀は、俺の知る限り1本しかない……!
名称:魔剣『右目』
攻撃力:直刃の打ち刀+火属性ヒートカッターによる攻撃
耐久値:たまにへそを曲げるがすぐ元に戻る
特殊能力:居合切りに使うと閃光のごとき速さになる
備考:火竜の尾から生まれた魔剣『草薙』の進化版。太陽を司る女神アマテラスの剣。闇属性の女神をぎったんぎったんにする
「……はっ!」
しまった、またしても!
つい無意識のうちに鑑定をしてしまっていた!
「ははは、よそ見は命取りだぞ、チメイズマン!」
スキルテイカーは、俺の自動鑑定の一連の動きを完全に見切っていた。
面白いように次々と刃を振り回し、俺の鎧に切れ込みを入れていった。
こんどは刃を墨で黒く塗りたくった小太刀……だった。
名称:魔剣『左目』
攻撃力:黒塗りの忍者刀+闇属性攻撃
耐久値:文字通り闇に包まれている
特殊能力:大きさや形状を自在に変えることができるほか、一撃で相手を即死させることもある
備考:暗殺剣『村正』の進化版。月を司る女神ツクヨミの剣。手裏剣などにもなる。使いこなせばかっこいい
俺は手元にいつの間にか握っていた小太刀を見下ろし、確信した。
……間違いない、3本とも俺の剣だった。
いったいどうなってるんだ、こいつは。
「くくく……俺は鍛冶師スキルもマスターしている。相手の武器のコピーを作ることぐらい、お手の物だ……!
貴様の故郷、第4異世界のような魔法が一般的でない世界の魔力道具を作ることぐらい、子供の玩具を作るほどの造作もない……ッ!」
なるほど、そういう事か。腑に落ちたぜ。
スキルテイカーは、タブレットから再び3本の剣を取り出した。
右手に水属性の『鼻』を、左手に火属性の『右目』を握りしめた。
この構え……。
まさか……こいつ、コピーしたというのか!
この俺の、神機無双剣を! あの試合の一瞬で! いや俺も10分で編み出したんだけど!
ガスマスクの向こうで、あいつがにやっと笑った気がした。その強烈な気配に、俺はぞっとするような戦慄をおぼえた。
両手に火の剣と水の剣を携えたスキルテイカーは、そして最後に口に闇の剣を……口に……口に。
俺とシンギスベリエは、じーっとその様子を観察していた。ひょっとするとマスクの下の素顔が見えるかもしれないと期待していた。
ガスマスク越しにツクヨミをじっと見ていたスキルテイカーは、ようやくマスクを取らなければ口にくわえられない事に気付いたようだった。
「こーほー、はッ!? し、しま……ッ」
その瞬間、俺の右ストレートがスキルテイカーにさく裂した。これも俺の癖で、相手の隙を見ると無意識に攻撃できる距離まで移動してしまうんだ。
「ぐぼはぁっ!」
スキルテイカーは矢のように吹っ飛んで行き、ピンボールみたいにあちこちのクレーンにぶつかり、ぐるぐる回転しながら床を滑ってゆき、最後にコンクリートの壁にずぼんっとはまり、数十メートルほど奥までめり込んでいって止まった。
「くっ……おのれ、またしても……ッ!」
壁にはまってしまい、身動きが取れないスキルテイカー。
俺は直感的に相手を壁に閉じ込めていた。どうやら、タフな敵にはこの攻撃が一番効果的だと体で理解しているようだった。
「メイシェイストス、あんたの顔も名前も思い出せないが、その頑丈さだけは一応ほめてやるぜ」
俺は壁の奥に潜り込んでしまったスキルテイカーに声をかけた。
そういえば、俺は彼に自分の無実を証明するカギを教えてもらいたくて、ここにきたはずだったのだ。
「ひとつ、聞かせてくれ……お前はいったいあの時何を……うぶほあっ!」
穴の奥のスキルテイカーをのぞいていると、なにか巨大なものが高速で横から突っ込んできて、俺を銀の槍で薙ぎ払った。
自動反撃も起こらない強さ。翼を持った2メートル半の女、シンギスベリエだ。
「ディップ……余計なことはしないで……ッ!」
銀の槍の柄が俺の脇腹に食い込んでいた。俺が地面に両足をふんばってこらえると、彼女はびゅうん、と宙がえりするように空へと逃げた。わき腹がじんじんする。
「シンギスベリエ……お、お前! どうして……! こんな奴を!」
「ごめんなさい、私が孤児院を助けるには、どうしても彼の力が必要なのよ……わかって」
そう言って、悲壮な表情を浮かべた彼女は、銀の槍をじゃきっと縦に構えた。
ちくしょう、いったい何があったんだシンギスベリエ……俺は一体、どうすればお前を助けられるんだ!
「あなたには何の罪もないけれど……あなたの戦魂、回収します!」




