開戦へのプレリュードと千年勇者
「スキルテイカーっすか……謎の多い奴だったっす。事前情報もほとんどなかったし」
ぺペロンは、シンギスベリエのイラストが入ったスプーンを舐めながら言った。
同じスプーンを渡されてもじーっとイラストに目を落としているバレッタとは対照的に、いつまでも口に入れてぺろぺろ舐めていた。
「私は初戦敗退したから、どんな試合してたかもチェックしなかったっすからね。チッカは?」
「……(トーナメント当たらないからチェックしなかった)」
ふるふる、と首を振るチッカ。
こいつはただ俺に直接会って、シンギスベリエのスクープ写真の真相を聞くと、満足してそのまま帰ったからな。きっと他の勝負には興味がなかったんだ。
「ちなみにバレッタ姉さんは……まあ、チェックしてないっすよね、当然か」
「当然よ」
どんっ! という効果音が聞こえてきそうなほど堂々と言い放つバレッタ。
「情報収集? はっ、なにをせせこましい事を言ってるの。戦場ではいったいどんな敵が現れるのかわからないのよ。どんな敵が現れるのかあらゆる可能性を想定しておくのは当然の心構えではないのかしら」
「このひとの自信はいったいどこから出てくるんっすかね?」
「……(機械妖精なんてみんなこんなもん)」
ちなみに彼女の種族は機械妖精だ。
半分機械だから緻密な情報戦が得意そうに見えるんだが、じつは思いっきりアナクロだったりする。
たとえば将棋コンピュータだって戦略を立てるのが得意なわけではない、CPUの容量に物を言わせて「ありとあらゆる可能性」を演算していって最善手を考えているのだ。意外と計画性とか思想とかに乏しかったりする。
「勇者ギルドの活動記録を見ても、特に目立った活躍はしてないっす。せめて活動拠点とかがわかればよかったんっすけどね。けど、会ったらどうするつもりっすか」
ぺペロンは心配そうに俺を見た。
「あいつは俺の無実を証明するカギを持っている……俺が決勝戦でスキルを公開するのと引き換えに、俺の無実を証言すると言っていたんだ。むろん、そんな約束はブラフかもしれないが」
だが、事件現場の一番ちかくにいた人物であることは確かだ。
ぺペロンは、腕を組んでうーん、と唸っていた。
「なるほど、そいつにスキルを渡して、改めて先輩の無実を証言してもらうっすか」
「ああ、それしかないな」
「真の『神機無双剣』と引き換えにっすね……」
「……ッ!」
その単語を耳にしたとたん、俺の背筋にぞくぞくっと電流のようなものが走った。
そうだ……そうだった。
前に俺が10分で考えた『神機無双剣』第一弾は、シンギスベリエのせいで没にされたんだ。
また真の『神機無双剣』を考えなければならない。
今回は時間に余裕があるものの、まだ考えてさえいなかった。あいつに会う前に、どうにかして俺のスキルに開眼しないと……。
******
「ふー、お茶がおいしいですわ……」
煌びやかな金ぴかの茶室でお茶を飲んでいた金髪ドリル精霊は、その日はきらびやかな赤い着物に身を包んでいた。
和服だ。狩人ギルドのおかげでここら一帯はファッションモンスターだらけになったからな。しばらくのぞいていないうちになんとまあファッショナブルな街になったもんだ。
真夏のセミの声がみゅーん、みゅんみゅん、と風情あふれる茶室。
その茶室の畳に紫電が走り、俺が現れた。
「じゃまするぜ、金ドリ」
「うぎゃああああ!」
金髪ドリル精霊は、ブロンドの座布団からひっくり返って茶をこぼした。
「なんだ大げさな奴だな。空間転移してきただけだろうが」
「お、驚かないほうがどうかしていますわ!」
金髪ドリル精霊は、もう勘弁してくれ、という表情で俺を見ていた。
「悪魔の粉で私から友達を奪い、私の住まいであるダンジョンを水没させた極悪人が……これ以上、今回はいったい何を奪うおつもりですの!」
けっきょく、隣村の連中も将来性の見えない遺伝子組み換え砂糖を押し付けられたことに不満を覚え、「おめーの祭壇ねーから!」と彼女を追いだし、オリュンポス山のエルフと仲直りしたらしい。やれやれだ。
俺は彼女の前の座布団を引き寄せ、その上に正座をした。
「金ドリ、いや、地霊バニラ=アクセル」
「なにかしら、チメイズマン」
「俺と合体してくれ」
「ぶふーっ!」
金髪ドリル精霊は思いっきり茶を吹いた。
「いやか」
「い、い、いやとかそういう次元の問題ではありませんわ……!」
じたばたと手足をばたつかせて、煩悶していた。目に涙をじわりと浮かべ、普段から表情豊かなその顔で渾身の屈辱を表現している。
「けど……くっ……もう私、落ちるところまで落ちたのですわね……このゲス勇者さえ現れなければ、現れなければ、こんな惨めな思いはしなくてすんだのに……!」
「たった1回だけでいい、精霊武装をしてほしいんだ」
「1回も2回も嫌なものは嫌ですわよ! ……精霊武装を?」
「やはり難しいか、精霊武装は」
これはエルフのごく一部で見られる技だ。
強く心を通わせた精霊が、装備となってその身に宿る。
三刀流を上回るインパクトを与え、スキルっぽさを演出するには、普通の方法では無理だ。おまけに今すぐできる方法と言えば、もうこれしか思いつかなかった。
そう、金髪ドリル精霊と合体して、そのうえで……見えないくらい、素早く動く!
金髪ドリル精霊は、俺の体を上から下までじっくりと値踏みした。
そのうえで、眉をひそめて心から嫌そうなしかめっ面をした。
「どうしても……とおっしゃるの?」
「ああ、これさえ果たすことができれば、あとはもうなにもいらない……ネコミミたちもお前にやる」
「いいでしょう、あなたと合体いたしましょう。1回きりですわよ」
決断は早かった。よっぽど友達が欲しかったんだな、こいつ。
******
交渉から戻ってくると、現代勇者たちは食事の後片付けを終えたところだった。
バレッタがウサギ耳型アンテナからみょんみょん、という音波を出しながら尋ねていた。
「『神機無双剣』ってなに?」
「はー、そんなのも知らないんっすか? 先輩のスキルっすよ。選手名簿にも書いてあるっす。詳しくは、勇者タブレットで先輩の輝かしい決勝戦を観るっす」
「ん」
バレッタは勇者タブレットを取り出すと、高速再生させて数十分の映像を3秒で見終えた。この辺の処理能力の速さは普通の人間には真似できない。
「なにこれ、チメイズマン負けてるじゃない。ダサ」
「かっこいいんっすよ!」
食って掛かるぺペロン。やめてくれ、非常に恥ずかしい。
そんな俺のむず痒い表情を察したのか、ぺペロンは声の調子を落とした。
「先輩、やっぱり抵抗があるんっすね、自分の秘奥義をむやみに人に知られるのは」
「ああ……凄まじい抵抗を感じるな」
秘奥義(笑)。
まあ、本当はまっとうなスキルですらないんだけどな。
それっぽいポーズをして素早く動くだけだ。
「大丈夫っす! スキルテイカーの奴に会っても、私たちがなんとか先輩の無実を証言させてやるっす! スキルを渡す必要なんてありません!」
チッカが、うん、と頷いた。
バレッタも「そうね、義弟のためだもの」と相槌をうつ。
えっ……と俺は残念に思ってしまった。
なんだこの、残念な気持ちは。
……いや、べつに金ドリと合体してみたかったとかそういうわけじゃないぞ? けど、なんか惜しい事をした気になる。
ぺペロンは、キングサイズのクマのぬいぐるみを取り出した。
「ちょうどここに例のクマのぬいぐるみもあるっす!」
「舐めてるうちに盗聴器と発信機がついてるのを見つけたってやつか?」
「ええ、クマのぬいぐるみの股間部を舐めているところをタブレットで撮影してたんですけど」
「べつにその詳細は知らなくてもよかった……」
「え、エロ絵の構図を研究してたんっすよ! シンギス同人描いてるんっすよ! そんなことよりも、ぐうぜんアイテム鑑定しちゃって! 実はこれ、密偵アイテムだったらしいんっす! 同じ型のクマのぬいぐるみが近くにいると反応して『やほー』って手を挙げるし、そいつの聞いている声をぼそぼそ呟くらしいんっす! こいつをスキルテイカーに持たせてやるっす!」
ぺペロンの作戦を聞いている間も、どうしてもクマのぬいぐるみの股間部に視線が行かざるを得ない俺だった。
「まて……なにか聞こえないか」
そのとき、俺の耳は妙な違和感を覚えた。
ふいにバレッタの方を見ると、タブレットから『やほー』と言いながら出てこようとしている何かを手で押さえているようにみえる。ぺペロンのぬいぐるみも手を挙げてゆるゆる振りながら『やほー』と言っていた。
彼女が持っているまったく同じ型の偵察用ぬいぐるみに全員の視線が集まっていたが、さすがバレッタ姉さん、きりっと俺たちをにらみ返し、堂々と開き直った。
「姉として妹の身を案じるのは当然のことじゃないか? 15年ぶりに妹と一緒に生活したいという願望をかなえることの一体どこに罪があるというんだ」
「もうほんと怖いっす、妄想狂ここに至れりっす」
ぺペロンにまで怖がられてしまったぞ。
「まて、このクマのぬいぐるみ見覚えがあるぞ……どこかで買ったのか?」
「ええ、グラディエイターシティのぬいぐるみ専門店で」
グラディエイターシティのぬいぐるみ専門店。
つまり、人形使いの武器用だ。
「お前も人形使いスキル持ってるのか?」
「《機械話》で多少は操れる程度だ。脆くて戦闘の役には立たないが、話し相手に部屋に1体は欲しかったのでな」
「へー、案外かわいいものがすきなんだな、なんというか意外だ」
「義弟のくせに生意気」
ぶしゅーっと水蒸気を吹く義足で足をぎりぎり踏まれた。痛い痛い。
「けど、ひょっとするとスキルテイカーにわざわざ持たせてやる必要もないかもしれないぞ」
俺がそういうと、バレッタも他の2人も首をかしげたのだった。
******
勇者たちに頼んでぬいぐるみの製作者を探してもらうと、彼女は闘技場に隣接した病院で安静にしているとのことだった。
体が大きいので、病院のベッドが小さく見える。
魔導少女は蒼白な顔をして、タブレットに細い指を這わせていた。
「……ええ、たしかに、私が作ったものではない魔力の反応があるわ」
「やっぱり」
魔導少女は、クマのぬいぐるみ以外の数種類の密偵アイテムを闘技場内で作り、それをひそかに選手に持たせていた。
彼女のような非力なタイプは、相手を事前に研究していないと、試合開始直後にあっという間にやられてしまう。その為の盤外戦術を駆使していたのだ。
スキルテイカーは、武術大会の出場者すべてのスキルを模倣したという。
手に入れたら、とうぜん試してみたくなるだろう。
彼女の密偵アイテムの作り方もしかりだ。
しかし、それに関する知識は魔導少女の方が何倍も多い。
彼女は大会中に作った密偵アイテムの発信機から在りかをすべてたどっていた。
その中に、明らかに自分が作ったものではないものが1つあったのだ。
「処分しなかったのはあいつが間抜けだったからか、それともこれは罠なのか」
「たぶん罠。気を付けて、スキルテイカーは恐ろしく強い……おそらく、あなたが想像している以上に」
「お前はあいつの戦い方を見ているのか?」
「私は非力だから」
魔導少女は、そう言った。
「スキルテイカーの勝ち方はパターン化しているの。最初の数分は防戦一方で、手も足も出ないように見える。けれど、徐々に相手のスキルをコピーしていって、最後には圧勝してしまうのよ」
試合の最初の方でつかうスキルと言えば、だいたいみんな基礎的なものになる。相手が弱ければなおさらだ。
ボクシングだったらジャブの打ち合いになる。
だが基礎は一番隙が小さく、なおかつダメージ効率がいいように洗練された攻撃だ。
そいつの戦法の理念が一番如実にあらわれる個所でもある。
相手はストレートやボディ、あるいはフックを狙いながらジャブをうつ。
けれど、スキルテイカーは違う。ジャブのみに全力を込めてただひたすら打ち続ける。
もし試合中にストレートやボディを放たれても、こちらの攻撃の隙が小さいのでしのぎやすい。
そうして相手が決定打を与えられずに疲弊し、万策尽きた所へ、こちらもストレートやボディをコピーして放つ。相手が万全の時とまったく同じ精度で。ならば、圧勝するのも当然だ。
勇者タブレットで試合を見させてもらって、俺は理解した。スキルテイカーの強さの秘訣は、コピー能力だけではない。
壁に数十メートルめり込むほどの反撃を受けてもなお生きていた、あのタフさだったんだ。
戦力評価はCだったが、強い。こいつは本当の強さをまだぜんぜん隠している。
「密偵アイテムを模倣された時点で、私の負けはもう決まっていたのかもしれないわ」
魔導少女は、あきらめたように言った。
「あなたなら、勝てる?」
俺は、にやりと笑った。
「コピーされるスキルもねぇよ」
記憶にないぐらいあっけなかったけどな。一応は俺も勝ったんだ。




