復活への旅路と千年勇者
イヌイット男、ことチッカの運転するスノーバイクの背に乗って、俺と舐め女のぺペロンは雪原をあてどもなく旅していた。
ぺペロンは俺の皮膚についたシンギスベリエ成分をあらかた吸い尽くしたのか、急にあらたまった風になって言った。
「チメイズマン先輩はどうしてそんなに強いっすか?」
「そうか?」
「そうっすよ。勇者タブレットで決勝戦を観てたっす。シンギスベリエの試合はあまさず見なきゃ気が済まないっすからね。戦闘評価:AAAなんて勇者、はじめてみました」
ふむ、AAAか……。安いな。
俺の戦闘なんて力任せのゴリ押しだし、シンギスベリエのSクラスには及ばないんだよな。
しかし、ぺペロンは嬉し気に言った。
「シンギスベリエの試合をはじめて生で観戦したとき以来っすよ、あんなに感動したのは」
「なに言ってるんだ、俺はシンギスベリエに勝てなかったじゃないか。それに確か、あいつの戦闘評価はSクラスだったぞ」
「ノンノン、結果だけで感動できるのなら翌日のニュースで結果だけ見てればいいんです。私が感動したのは結果じゃないんっす、過程なんですよ。それがファンってやつなら、私はあんたのファンになりましたよ、チメイズマン先輩」
ぺペロンは胸をぎゅっと押さえて言った。
「なんかすげー、格が違うって思いました。こんなうれしい敗北感を覚えたの、あの時以来です。シンギスベリエの自宅に侵入して、ベッドにクマのぬいぐるみを発見したとき以来でした。ファンのプレゼントだったんでしょう、家に持って帰って舐めていると、なんと中から発信機と盗聴器が出てきましたよ。上には上がいるんだなぁってしみじみ思いました……」
「やっぱお前スキル悪用してんだな……お前が悪用しないわけがないと思った」
「えっへっへ、知ってます? 訴える人がいなければ、犯罪にはならないんですよ、先輩」
「じゃあお前はいまから犯罪者だ。仲間の俺が訴えてやる」
「あうちー! ごめんなさい勇者ギルドには黙っててくださいほんとお願いします」
こんなファンに付きまとわれてあいつも大変だな、と思っているところへ、また輪をかけて面倒くさいファンが現れた。
がしゃん、ぷしゅー。
数十メートル先の雪原を、スチームパンク系の機械でできた義足が踏みしめた音だ。
頭からウサギの耳のようなアンテナが伸び、くりくり動いて超音波で周囲の様子を探っている。
毛皮のコートを身にまとい、スリットの長いスカートをはいたそいつは右手を前にかざすと、有無を言わさず砲撃を開始した。
「――砲火」
肩に担いだ6つのロケットランチャーからミサイルがはじき出され、ランダムな軌道を描きながら飛びかかってくる。
「あ、あれは……」
対戦車ロケットランチャー、別名バズーカ砲か。
飛空艇が戦争の手段だったころ、船底に穴をあける対空火器として発達した魔法道具の一つだ。
俺は素早く鑑定した。
名称:6連装魔導バズーカ
攻撃力:89mm口径、装甲戦車にはとりあえずこれ! どんな大型車も吹き飛ばします
耐久値:かれこれ100年は使ってますが、もう100年は使えそうです
特殊能力:エンタック神に祈りをささげると命中率上昇
備考:エンタック神殿製。とりあえず他の装備もエンタック神シリーズで固めておけばよし、他の神に祈りをささげると命中半減するので注意
「……!(まだ間に合う!)」
スノーバイクを運転していたチッカが、すかさずハンドルを切って回避。
さすが真の勇者を目指すだけのことはあって、戦闘には場慣れしているみたいだった。
しかし、女の口から何か聞こえたとたん、スノーバイクに異変が起こった。
「……しーっ。停止」
どるんどるん、という音を最後にエンジンが切れた。
電気系統もすべてOFFになり、スノーバイクは横向きで格好の的になったまま止まった。
あらら、これはまずい。
あのお姉さん、思ったよりもやるじゃないか。これは機械と心を通わせ、自在に操る異世界スキル。『機械話』だ。
「……!(みんな、逃げろ)」
チッカが無言で合図を送ったため、俺たちはそれぞれバラバラな方法で回避した。
魔法バズーカの砲弾はスノーバイクの直前で爆発した。
ぺペロンはとっさに飛び降りてワームホールの中に隠れ、事なきを得ていた。
チッカは全身氷漬けになって爆撃に耐えたが、スノーバイクは半壊し、ハンドルが変な方向にねじ曲がっている。もう使い物にならなくなっているのを、悲し気な目で見ていた。
俺? もちろん全弾直撃したさ。全身からぷすぷすと煙を上げ、さすがに怒った俺は、まなじりをつり上げて、その女をにらんだ。
「くそっ、いきなりなんて事をしやがる! お前は何者だ!」
女はちょっと怯んだ。どうやら、もう少しぐらいは効くものと思っていたらしい。効かねぇよ。
だが、すぐに口の端をつり上げて言った。
「真正面から受け止めるとは。いいねぇ、このぐらいでくたばってちゃ、張り合いがないよ」
ワームホールからひょっこり頭だけ出したぺペロンは、そのめちゃくちゃ綺麗なお姉さんを見て、顔をしかめた。
「うげ、バレッタ、『自称姉』」
「確かあいつ、トーナメントにも出てたよな。俺の2回戦の相手だった」
「ええ、けどそれ以前に私たちファンの間では『自称姉』として有名っす」
ぺペロンは言った。
「シンギスベリエは南岸の孤児院出身なんっす。赤ん坊の時に親に捨てられてて、身元が分からなかったから、金目当てで『自分が親だ』って主張する人がデビューしてからたくさんあらわれたっす。
もし本物だったとしても、子供の時は見捨てておいて、有名になってからすり寄ってくるなんて、ほんっと恥じ知らずっすよね」
「………………」
シンギスベリエがその行為を恥知らずだと思ったかどうかは、わからないな、と思った。
というのも、彼女のその経歴は嘘だったからだ。
彼女は1000年前からやってきた勇者で、孤児院に捨てられていた赤ん坊の偽物だ。。
子を探すそれら親の声が、すべて等しく『間違い』だというのが分かっている。なかには金目当ての作られた嘘ではないものもあるだろう。
けれど、シンギスベリエには言えないのだ。
『あなたたちの子供は他にいます』と言えない。『私の事は放っておいて、探してあげて』と言えない。
あいつ子供好きだから、それはけっこう苦しかったんじゃなかろうか。
自称姉バレッタは、小さく肩を震わせながらいった。
「私はシンギスベリエの姉さ、血はつながっていないが……。15年前の12の夜まで、私と彼女はずっと一緒だった。
……姉妹も同然だったんだよ。同じ孤児院で生まれ育ち、そしてお互いに愛し合った……あの頃の彼女に、まだ羽は生えていなかったけどね」
愛し合った。……なんだか百合百合しい展開になってきたな。
15年前って時点ですでにダウトなのだが、彼女が本気なのはよくわかった。
その目にはうっすらと涙まで浮かんでいた。
「そう、私はあの子の姉だ。そして彼女の事を深く愛してしまった、恋人でもある。
今さら出てきて、許されないことだとはわかっている。もう彼女とは、住む世界が遠く離れているということも。
……けれど、せめて彼女の選んだ男がふさわしい男かどうかを見極めることは、姉として彼女に示せる最大の愛だと考えている。
こい、チメイズマン……もしもあんたがシンギスベリエの旦那としてふさわしい男なら……この私を、倒していけ!」
自称姉かつ自称元恋人。とんでもなく濃ゆいキャラの持ち主が現れた。
右手を高く振りかざし、小声で機械話をささやくバレッタ。
「……砲撃準備」
彼女の肩にあった砲塔が、がしょん、と傾き、バズーカ砲を構える……はずだったのだが、そのときすでに、彼女の手にバズーカ砲はなかった。
だって当然、バズーカ砲は俺の手にあった。花束みたいに束ねてあった。さっき鑑定したからな。
「……砲火!」
ぼぼぼぼぼんっと、俺の手の中のバズーカ砲が空に向かって火を噴いた。
チッカは耳をふさいで怯えていたが、ぺペロンはすっかり安心しきって、へらへらと笑っていた。
「あれーっ、なんっすかそれ、エアバズーカっすか?」
ウサギ耳っぽいアンテナがくるくる回転して、状況を把握しようとつとめていた。
ベレッタはようやく武器がなくなっていることに気付いて、顔を真っ赤にしたのだった。
******
俺たちは壊れてしまったチッカのスノーバイクを乗り捨て、代わりにバレッタがタブレットから取り出した4WDに乗り込み、雪原を踏破した。
岸辺の乾いた岩の上に乗り上げると、がこんがこん、と河原の石を踏むみたいに大きく車体は揺れた。
「さっきの負けは認めないんっすか? 大人げないっすよバレッタさん」
「ふ、ふん……やるわね……まあ、認めてやらなくもないわ、義弟よ」
えー、それでも姉の立場は譲らないんだ。
上から目線なんだ。
「俺に飛び道具を使うなら鑑定されないように工夫しなきゃだめだぞ? ていうか、決勝戦の俺の戦い方みてなかったのかよ」
「私は見てたっすよ、当然っすチメイズマン隊長!」
ぺペロンが、びっと敬礼をしながら言ってくる。お前に聞いてない。てかさっき聞いた。
ベレッタはふん、と鼻をならした。
「録画でいいと思って」
「ファン失格っすねー、えっえっえっ」
「あーら私はあの子の姉ですものファンごときと一緒にしないでほしいわ」
チッカは車酔いしたらしく、神妙な顔でずっと窓の外を見ていた。
やがて氷の道から離れ、グラディエイターシティの暑い気候へと近づいてくると、俺たち一行は河原でご飯を食べることにした。飯盒炊爨なんて久しぶりだ。
ぺペロンはアスカロンの手はずで事前に準備していたらしい固形燃料を燃やし、なにか鍋状のものを火にかけていた。こういうところは出来る奴だからな。
「なんだそのでかい飯盒、鎧の部品じゃないか?」
「よくわかったっすね、さすが先輩っす。これは今年のシンギスベリエが優勝していた時に着ていたあのオーダーメイド鎧の胸のカップを使った飯盒っす」
「手が早いなおい!」
「はふぅ、湯気がすでに、シンギスベリエ成分に満ち満ちて……最高っす」
ストーカー能力、絶好調だった。
こいつぜったい勇者にしちゃだめだろと思ったけど、敵に回すと怖いってことは、味方にすると心強いということでもあるよな。悩みどころである。
チッカは目をむいて、飯盒を見下ろしていた。
「……(そんな貴重なものを?)」
「ふふん、みなさんに幸せはおすそ分けっす。チッカはなにか?」
「……(じゃあ、これなんてどうだ)」
「おっ、これはシンギスベリエをモチーフにした10周年キャラ食器シリーズっすね、しかも全色コンプリートしている!……チッカの愛を感じるっす……!」
「……(にこにこ)」
「自称姉はー?」
「ふっ、姉の私がここにいるということそのものが、お前たちにとっての幸福であろう?」
「チメイズマン先輩それとってー」
「ほい」
「さんきゅー」
「聞いておいて流すな!」
「ていうかお前、もうちょっと料理の腕みがけよ、こげてるぞ」
「おっ、わかりますか。今朝のシンギスベリエの朝ご飯とまったく同じに作りましたからね。料理へたっぴなところもまたシンギスベリエのたまらない魅力っすよねー」
「……(幸せそうにかみしめている)」
和気あいあいとした4人組の対話の中で、ぺペロンは俺に尋ねた。
「ところで、チメイズマン先輩。これから先輩の無実の証拠を探しにいくんですけど、どこかに行く当てはあるっすか?」
「ああ……ひとつだけある」
これは、脱獄する前からずっと決めていたことだった。
「スキルテイカーを探したい。あいつが俺の無実を証明するカギをにぎっている」




