王女の推理と千年勇者
スキルテイカーの証言を得た俺は、後日、アリスフォン=ヴェートラーナの元へ殴り込みをしかけた。
ちっこいヴェートラーナが貸し切りにしていると、どこか違和感すらある瀟洒な喫茶店の個室。
そこでひとりお茶を飲んでいるところへ襲撃をしかけた。
油断している彼女の背後からこっそり忍び寄って、真っ黒いフードのてっぺんをそっとつまんだ。
あ、こいつ全然気付かない。するするっとフードを脱がしてやって、きれいな銀髪と丸い耳をあらわにしてやった。こいつ、こうやって見ると案外可愛い要素もってるよな。正面から見ると憎たらしいけどな。
あんまり気付かないので、デザートの籠に入っていたサクランボをフードの中に1個1個入れていくと、20個目くらいでようやく気付いて振り返った。
「ふえっ……な、なに!? 急に肩が重く! はっ、悪霊!?」
「よう、ヴェートラーナ」
「チメイズマン!」
ヴェートラーナが慌ててフードを被ると、サクランボがばららっと顔の前に落ちてきた。いったい何が起こったか分からず、ぽかーんと目を丸くしていた。
「あっはっは。どうだその後の捜査は。俺が犯人じゃないってわかったか? ん?」
「うぃぃぃぃ!」
むきーっ、と両手を振り上げて殴り掛かってきた。小一時間ほど俺と不毛な殴り合いを続けて、ようやく冷静になった彼女は、ローブの中に入り込んでいたサクランボをぶちゅっと握りつぶした。
「……まあ、あんたが犯人である可能性についてはまだゼロじゃないけどね」
彼女は、不服そうにそっぽを向いて言った。
支配人にもみ消され、事件現場も容疑者も解放し、一度はあやふやになりかけた事件だったが、その後もヴェートラーナは根性で捜査を続けていたようだった。
すべての物事は、理によって解されなければならない。彼女の祖母の精神を彼女はよく体現していた。
「被害者のアーマイル(メガネ男)について調べていると、この事件の他にも何件かの殺人事件の物的証拠が出てきたの」
「へぇ」
「つまり……動機のあるなしで言えば、あんた以外にもアーマイルを殺害する動機のある人間はたくさんいたってこと」
「なるほどな」
「あと、事件関係者から新しい証言がいくつか得られたの。容疑者はみんなあのデブ支配人のおかげで散り散りになっちゃったけど……。
魔王軍に一般人からの通報があったらしいわ、廃工場で誰かが戦闘しているんじゃないかって。捕まえてみたら容疑者の1人スキルテイカーがいた」
「へー、そんなことがあったんだ」
「ねぇ、ひょっとしてあなたが関係していない?」
「ああ、あいつ壁にめり込んでただろ?」
「やっぱり……」
ヴェートラーナは頭を抱えた。
どうやらスキルテイカーは大魔導ドリスタンに捕まったあと、闘技場での事件について詳細な証言をしてくれたらしい。
アーマイルが孤児院の子供たちを人質に取っていたこと、そして彼が見たという事件の真犯人。
ヴェートラーナは、お茶にサクランボをいれて、ふーふー冷ましながら飲んでいた。
「彼の言った犯人が『勇者ドレイク』……昔の大会チャンピオンだった魔法使いなの」
「俺が聞いた話だと、そいつ7年前の大会でぼこぼこにされてまだ入院してるって」
「ええ、けれどスキルテイカーは壁越しに現場を見ていたそうよ。おそらく特殊なスキルで魔力や気配なんかを読み取っていたはず。
だとしたら、勇者ドレイクの特殊武器であるキング・キャリオンが使われたのを読み違えたという可能性もあるわ」
「スキルの痕跡が残ってなかったってのは?」
「あれは魔法道具よ、スキルじゃない。そもそもスキルを使ったときに必ず痕跡が残るのは、魔導クラウドと魔力通信を行う際に、『魔力の伝送』にかかわる天魔法を展開させる必要があるからなの。
ところが、キング・キャリオンは内部にすでに魔法陣が組み込まれていて、魔力の流れはその中でほぼ完結している。おまけに周囲の魔力を吸収して力に変えるものだから、ほとんど魔力が拡散しないようになっている。はっきりとした痕跡を残してくれないの。
いちおう、キング・キャリオンが使われた痕跡は確認したわ。けれど、数時間前にあなたが同じ場所で襲われたっていうし、キング・キャリオンの持ち主は事件当時、縛られてロッカーに閉じ込められていたでしょ。だから最初は可能性から除外してたの」
「じゃあ……犯人は幼女ってこと?」
「かもしれないし、そうじゃないかもしれない」
ヴェートラーナはあいまいな言い方をしてサクランボを舐めた。
「一緒にロッカーに閉じ込められていた女忍者がいるでしょ。彼女と共犯だった可能性はあるわ」
ヴェートラーナが窓の外を見て、俺はつられて窓の外を見た。
喫茶店の外では、ヴェートラーナの神輿を持ったオークが、夏日に照らされてふごふごと大汗をかいていた。
まあ、おかげで場所はすぐに分かったけどな。めっちゃ臭うからなんとかした方がいいと思う。
俺はうーん、と考えを巡らせて言った。
「スキルテイカーが犯人ってことはないのか? 適当なことを言って、他人に罪を擦り付けようとしている可能性は?
共犯っていうなら、あいつだって魔剣使いと共犯になったら、犯行は出来るんじゃないか? 女の子を脅して言うことを聞かせるのは得意な奴だぞ」
「あ、それもう調べた。それはない」
そう言って、ヴェートラーナはタブレットを取り出した。
おいおい、なんで魔王軍が勇者のタブレットを持ってるんだ、と思ったが、この惑星に150億個もあるからな。それなりに高貴な身分だったら、そりゃ持ってるか。便利だもんな。
「第一発見者のパーティに、妙な証言があったでしょ」
「妙な証言……ってなんだ」
「覚えてない? 魔法使いエルフが、変な音が聞こえたと言ったから、みんなで第10控え室にいってみたってやつ」
「あったな。なんだったっけ、『ぐおーん』か『がしゃーん』か」
そういえば、妙な証言だった記憶がある。どんな音だったか、あんまりはっきりしていなかったみたいだった。
「あんまり怪しいから、あとで搾り上げて詳しい証言を聞いてみた」
ヴェートラーナはタブレットの動画を再生させた。
オークたちに囲まれて、おどおどする魔法使いエルフが映っていた。戦闘もずっと後ろの方にいて隠れていそうなエルフだ、樫の杖がお菓子の杖に見える。
「ぐ、ぐすっ……ごめんなさい、その、わ、私たちのリーダーが、第9ブロックを勝ち残ったんです。けれど大事なアイテムを渡しそびれちゃって……」
「俺は今、大変な動画を見せられている気がするんだが……」
「重要な証言だから。ちゃんと聞きなさい」
「アイテムってなに?」
「ど、ドリンクです……その、ちょっと法律違反すれすれの、強くなるドリンクです……いえ! そうじゃなくて!……あの人いつも試合前にそれ飲むから。けれど人前では渡せないし、ロッカーに入れておこうとおもって、第9控え室にいったら、あ、赤い髪の女の人が、裸で……」
魔法使いエルフは顔を真っ赤にしてうつむいた。かーわーいーいー!
「も、もうすぐリーダーがやってくるのに、こんなの見せられないじゃないですか! とにかく、南ロビーの化粧室にでも連れ出そうと思ったんですけど、南ロビーには私たちのパーティがいて、ずっと見張ってるじゃないですか。
だから、みんなの気をどうにかそらして、その隙にこっそり連れ出そうと思って、みんなに適当なウソを……そ、そうしたら、ひ、人が死んでるって大騒ぎになっていて、もうそれどころじゃなくなって……」
「どうして本当の事を黙っていたの?」
「やっ、やめてッ! だって、ちょっと法律違反すれすれのドリンクだし、下手なことをしたら、私が疑われそうな気がして、仲間にも怒られそうで、それにリーダーの大事な試合前だし、もう今さらウソだったなんて言えなかったんです。……ごめんなさい。ごめんなさいぃ!」
「それっていつぐらい?」
「ええと……いつって……あっ! 試合開始の、だいたい10分前ぐらいでした……ッ! ちょうど、その、アナウンスがあったので……ッ!」
最後はまくしたてるように言う魔法使いエルフ。動画の前後になにがあったかは推し量るしかないが、そこまで必死にならなくてもいいのに。
俺はタブレットから顔をあげて、むーん、と考え込んだ。
「ちょうど犯行があったころか」
「つまり、魔剣使いのアリバイは成立する」
ヴェートラーナはタブレットをポシェットにしまうと、言った。
「魔剣使いは誰も来なかったって言ってるけど、あとで証言を変えたわ。『魔法使いエルフと口裏をあわせてた』って。なにか試合の工作をしにきたみたいだから、言っちゃまずいんじゃないか、ぐらいに考えてたみたい。あのとき隣で殺人事件が起こってたって知らなかったみたいなのよ」
「……うーん」
「どうしたの? 何か不満?」
「だってさー、みんな証言をころころ変えるなーって」
「実際そんなもんよ。最初から最後までずっと証言が変わらない人間の方が怪しいと思うけどね?」
むう、そういう風に言われれば、確かにそうかもしれない。
「もし、魔剣使いがスキルテイカーと共犯だったら、こういうふうに証言をあとで二転三転するのはおかしいの。ちゃんとディテールまでつめておかないと。あとで証言に齟齬が出始めたら、せっかく共犯者にしたてた意味がなくなるからね。私の勘だけど、彼女は十中八九、事件とは無関係」
「じゃあ……残ったのは」
「第一発見者のパーティの犯行……という線もあったけど、スキルテイカーがシロで彼の証言が信用できるのなら、残る一組、女忍者と幼女の共犯ということになる」
女忍者と幼女……。俺は2人の事を頭に思い描いた。
縄で縛られたまま俺のロッカーに閉じ込められていて、百合百合していたところしか思い出せなかった。
あの2人、いったい数時間もなにやっていたのか。
「あいつら、2人とも縄で縛られてなかったか?」
「本当に縄で縛られていたのか、あなた確かめた?」
「いや……」
確かめられるわけがない。というか逆に縄で縛られているのを確かめてどうするんだ。
ヴェートラーナは、指をぴん、と1本立てていった。
「あなたの証言でひとつ腑に落ちないことがあったんだけど、あの女忍者は、いったいいつあなたのロッカーに入ったの?」
「そりゃ、第4回戦がはじまる前ぐらいじゃないか?」
「どうしてそう分かるの?」
「だって俺は第4回戦も不戦勝だったからな。たぶん女忍者も他の連中と同じで俺を暗殺しに来て、そのときに俺が無意識に反撃してロッカーに閉じ込めてしまったんだろ、まったく記憶にないけどよくあることだし」
「よくあったら困るんじゃないかしらそれ……第4回戦の対戦相手ねぇ……私の記憶にはあんな選手いなかったんだけど」
「マジで……?」
俺はぎょっと目をむいた。
大魔導の孫を自称するだけあって、ヴェートラーナの記憶力は確かだ。
「じゃ、じゃあ、俺の対戦相手はいったいどこに消えたっていうんだ? 俺の試合の直前まではいたはずだぞ?」
「さあ、関係ないと思うけど一体どうしたのかしらね……。一応、どんな奴だったかだけでも、たしかめておきましょうか?」
そう言って、ヴェートラーナは再びタブレットを操作した。
第10ブロックのトーナメント表を呼び出し、第4回戦の対戦者の画像を拡大する。
子供みたいな短い指で一生懸命ずーむ、ずーむしていくヴェートラーナ。俺がちょっかいだしたくてうずうずしていると、選手登録に使った俺の顔写真が映し出され、その隣に、緑色をしたいかにも狡猾そうなブタ面の巨漢が映し出された。
それを見たヴェートラーナは、タブレットを掴む手をわなわな震わせて、叫んだ。
「……エリート・オーク! エリート・オ――――ク!」
「あれ……どうみても女忍者じゃないな……」
なるほど、状況はよくわかったぜ……。
ふたたびヴェートラーナと喧嘩しかけた俺は、事件の全貌をようやくつかみかけていた。
「つまり、目的はわからないが、あの女忍者はあらかじめ縄で縛られたふりをして、俺のロッカーに潜伏していたんだ。
選手じゃないけどシンギスベリエのファンかなにかで、俺をねたんで暗殺するつもりだったってのが妥当なところだろう。
俺が第5試合で彼女の潜んでいるロッカーを開けた時に、あいつ開口一番、俺に「ほどいて」って言ってきたはずだ。本来なら俺が縄をほどこうとした隙に暗殺する算段だったんだが、未遂に終わったんだ」
紅茶セットを蹴飛ばして床に寝転がったヴェートラーナは、ようやく気を静めて、気が抜けたように天井をぼんやり見上げながら言った。
「そうね……ロッカールームには消臭魔法から強化魔法まで、様々な魔法の痕跡が混沌としていたわ。神経を高揚させたり落ち着けたりっていう幻惑魔法の類もあった。
たぶん、幼女を味方につけたのもこの幻惑魔法によるものでしょうね。
ここからは推察になっちゃうけれど、幼女か女忍者か、どちらかがキング・キャリオンを手に握りしめて、あなたが第10選手控え室に来るのをあそこでずっと待っていたのよ。
けれどなかなか来なくて、ほぼ決勝間際になってようやく現れたけれど、あなたロッカーを開けずに前を素通りしていったでしょ。だから慌てた彼女はそのまま廊下まであなたを追いかけていって、そこでアーマイルと鉢合わせしたってところ?」
「なるほど。そのあとロッカーにずっと残っていたのはどうしてだ?」
「脱出しようとしたけれど、出来なかったんだわ。ちょうど第一発見者のパーティが南ロビーからやってくるところだったはず。
そこで一旦ロッカーにもどって、やり過ごそうとしたのよ。こんどはちゃんと幼女に自分を縛らせて、女忍者は口を使って幼女を縛った……口でできるのかしら」
ヴェートラーナは空をぼんやりと見上げて、口の中でもごもご何かを動かしていた。
どうやらサクランボの枝を口の中で結んでいたらしい。舌に乗せたそれを手に取ると、確認するように、うん、とうなずいた。
「たぶんできるわ。以上」
怒り狂ったヴェートラーナにさんざんぶたれてボロボロになっていた俺は、銀色の髪に頭をくっつけるように仰向けに寝て、同じ風景を見ていた。
紅茶のカップをさかさまにしたみたいな綺麗な建物だった。
「けっきょく、女忍者は何者だったんだろう……?」
「わからないわ……そもそも忍者ってなんなの?」
俺は「えっ」と身を起こした。
「この世界にも異文化を栄えさせた、東の国的なものがあるんじゃないのか?」
「東の国……? 東の国だと、なにか特別な文化が花開いているものなのかしら?」
ヴェートラーナは、首をかしげて不思議そうにしている。
俺は普通に女忍者が現れたから、そういうのもあるんじゃないかと思ったんだが……。
そうだ、そんなものが、どの世界にも都合よくあるわけない。
惑星アヴァロンに、忍者はいなかった。
「じゃあ、あの女忍者は……。あいつは今、いったいどこにいるんだ?」
「さあ。だから言ったでしょ、デブ支配人のせいで分からなくなったのよ」
ヴェートラーナは、よいしょ、と言って立ち上がった。
「どこへいくんだ」
「これからシンギスベリエを調査しに行く……彼女が最初の千年勇者かどうか、確かめなきゃ」
「そうか」
「私もそうでないことを願っているわ」
ヴェートラーナはオークたちの神輿に乗って、喫茶店から去っていった。
俺は彼女を追う気にもなれなかった。
シンギスベリエではないだろう、という確証があったわけじゃない。
けれど、一方で彼女の悲願をかなえてやりたい、という気持ちもあった。ヴェートラーナなら……きっと誰が犯人だろうと、正しく法の下に裁いてくれるんじゃないか、と思っていた。
そのとき――部屋の隅にすうっと何者かの気配があらわれた。
まるで煙のように拡散していた気配が次々と集まって、じょじょに形作られていくような。
そんな不気味な現れかたをして、そいつは言った。
「主様、妾はここにおります」
そいつは、いつの間にか部屋の隅にうずくまっていた。
まるで忍者のように片膝をついて。格好も忍者そのものである。
「あんた、いったい何者だ」
女忍者は黒髪ポニーテールを揺らして、アーモンド形の目で俺の顔をじいっと見ていた。
「主様の剣、左目にございます」
その女忍者は、俺の魔剣『左目』を名乗った。
そうだ、この剣じっちゃんに持たされたから、俺もあんまり詳しい事はわからないんだ。
……とんだチート級魔剣をもらっちまったぜ。




