ファミリーレストランと千年勇者
「ん? なんかギャラリーが増えてるね」
さきほどウィンクで銃弾をはじいた長いまつ毛を持つ目が、こっちを向いた。
昔と同じ、らんらんと輝く好奇心の塊のような表情。
大きすぎる体を抜きにすれば、瞳だけなら10代の少女のようだ。
「あ……」
やばい、目が合った。
俺はヴェートラーナをその場に残し、背中をむけて猛然と跳躍した。
先ほど3キロの距離を瞬間移動した跳躍をさらに加速させ、限界ギリギリの速度で同じ距離を逆向きに疾駆する。
だが、サクランボをくれた果物屋台の前で、俺は無様にも前のめりに地面に押し倒された。背後から翼を持った2メートル半の女のタックルを食らったからだ。そりゃ倒れる。空中で腰に両腕を回し、がっちりとホールドされた俺は、そのまま地面にうつぶせに叩きつけられた。
「ぐふっ!」
「あれあれ? あれー? ひょっとして……!」
俺の背中に馬乗りになったチート級堕天使は、右から左から俺の顔を見ようとしていた。
俺は必死に顔を隠そうとしたが、どうやら無駄だったらしい。シンギスベリエは「ぱちっ」と指を鳴らした。
「ディップ! ディップじゃないか! 10年ぶりだな! 超元気だったか!?」
ついさっきまで元気でした……。俺の後から飛んだくせに、簡単に追いつきやがった……。
これがチート級堕天使の異能、『空歩』。体表面のあらゆる場所と空気の摩擦力を調整することで、光速に近い移動速度を実現する。
空中を変幻自在に移動する彼女の動きは、最新の飛空艇でも真似できないという。まさにチート級の魔法である。
ちくしょう、往来のど真ん中に巨大な女が寝そべっているだけでも邪魔だというのに。さらにそいつが俺の上から覆いかぶさってくるなんて迷惑極まりない。
チート級堕天使は、190センチのバストを俺の背中にこんもり押し付けながら、すんすんにおいをかぎ始めた。
「はー、なつかしいなー、お前の匂い、すーはー、お前の作ってくれた焼きそばの匂いがするー、なんか実家に帰った気分だ」
「俺の部屋はお前の実家じゃない……というか、離れろ。俺の背中から。往来のど真ん中だぞ」
「なにいってんのさー、ここがどこだろうと私とお前が出会ったという事実が重要なのだ。旧友同士が抱擁し合うのにそれ以上の理由が必要なのかね。あー、ディップ、あれ買って、あれ美味しそうー」
口の端からよだれをたらして、屋台を指さすチート級堕天使。
でた、チート級堕天使の異能、『メシをたかる』。こいつはいつも金がない。買ってやらなければ嫌だ嫌だと泣き叫んで手足をバタバタさせ、俺を圧迫死させようとする駄天使だ。
俺は観念して財布を開く。背中に巨大な羽の生えたクマを抱えたような状態になって、地べたから果物屋台の主人に声をかける。
「い、いくら……」
「な、7カパー……」
「た、高いな、負けろよ……どうせこいつ、この後めちゃくちゃ食いまくるからさ……」
「さ、サクランボでいいか……」
俺は妥協した。ないよりかはましだ。
******
背中に羽が生えているが、シンギスベリエは巨人族に類する女だ。
漫画にあるような50メートル級の巨人は、本来ならば陸に上がったクジラのように、臓器や体の組織が自重でつぶれてしまう恐れがある。
そのために、どの惑星の巨人も組織の強度を通常よりも高め、さらに血流を全身の末端にまでめぐらせるエネルギーを生み出す、なんらかのギミックが備わっていると考えられている。
シンギスベリエのような堕天使の場合は、それがエネルギー変換率にかかわる魔法、火魔法であった。
4大魔法の中でもっとも攻撃に特化した魔法、火魔法は巨人族にとって、非常に重要な魔法である。
巨人伝説がよく見受けられる山の上は、異界とつながっているという伝承が世界各地にある通り、凶悪な魔物が出没しやすいスポットである。巨人族はそれら魔物たちとエサを巡る争いが絶えず、必然的に彼らはより強力な火魔法を編み出していった。
彼らの住むような山の上はたいがい森林限界を超えるために、食料は手に入るが希少な環境なので、わずかなカロリーを何倍にも膨らませてエネルギーにかえなくてはならない。
だが、魔法があるから小柄でも大丈夫、というわけではない。巨大な体の方がエネルギーの変換効率がいい。たとえば火魔法で攻撃の破壊力が3倍になる場合、元のエネルギーが1なら3に、元のエネルギーが3なら9になる。おなじ消費魔力でも、倒せる魔物のレベルが格段に違ってくるのである。
彼らはその場所の魔物の強さに応じて最適な体の大きさに進化していった。火魔法を効率よく活用するために巨大な体に進化してゆき、そして巨大な体を維持するために火魔法を発達させてきたのだ。
それが火の魔法民族、巨人族だ。
チート級堕天使ともなると、近づくだけであつい。よく見ると、目の中に炎がらんらんと燃えているのが見える。
メシをがつがつ食っているというせいもあるだろう、いままさにシンギスベリエの体温が上昇して、体内のグリコーゲンの燃焼が核エネルギー並みのエネルギー放出へと変換され、ストーブみたいな熱気を放っているのだ。熱い。
俺はスマホにくっついた巨大ストラップのようにネームタグを引っ張られ、言うまでもなく俺のおごりで近くのファミレスっぽい店へと拉致された。
意外に思われるかもしれないが、俺の知っている巨人族はほとんどメシを食わない。目の前の幸せそうなシンギスベリエを見れば、さらに俺の証言の信ぴょう性など豪も残さず吹き飛んでしまうかもしれないが、本当に食わないのだ。
前述したとおり、本来彼らは火魔法によって、わずかなカロリーを何倍にも膨らませて体を維持しているため、小食ですむ体になっているのだ。
のみならず、服や生活用品がバカでかく、それに生活費が圧迫されているという経済的な理由もあった。おおらかな、悪くいえば大雑把な性格のため家計簿もどんぶり勘定なのがそれに拍車をかけていた。
シンギスベリエの鎧はたぶんこのグラディエイターシティの女ものの最大サイズなのだろうが、それでも彼女には小さすぎた。色々とはみ出していて目の毒だったが、肌がつややかでいつも手入れされているのがうかがえた。
そういえば昔こいつの部屋に行ったら、ボディーソープが何本も置いてあったのを思い出した。1週間で空になるために買いだめしておくのだという。さすが巨人族だ。
そんな理由で普段はエルフよりも小食な彼らだが、いざ他人の金で食うメシとなると話は別だ。奴らはここぞとばかりに食いだめをする。胃袋に入るだけ入れる。それが巨人族とエルフの決定的な違いだ。
「というかお前、武術大会で10連覇してるんだろ? 賞金とかでないの?」
「出るよー、魔王様の不気味な似顔絵さえ描かれてなけりゃ色もツヤも最高のコインを30枚もくれるんだよ」
「30ゴールド(=3万シルバー、約3000万円)? いったい何にそんなにお金つかってるの。てか、そんなに賞金もらうんだったらさ、もっといい装備身に着けとけよ?」
シンギスベリエは、どんぶりを持ち上げてラーメンスープに入っていた。ずぞぞぞ、という食欲をそそる音が響く。両手を持ち上げた際、サイズの極端に小さな胴鎧の下で、くびれたウェストが丸出しになっているのが目についた。バスト190なのでウェスト80が痩せて見える。あのお腹の中にラーメンが入っているはずなのだが、ぜんぜん溜まっている様子が見えなくてげんなりする。
「ぷはー、おいおい、ディップ君、戦乙女の鎧は消耗品だって知らないのかい?」
「初めて聞いた」
「全10試合の間に10回も着替えなければならないし、一度身に着けた装備は次の試合にはもう使えないんだよ。ファンサービスで鎧は必ず1ヵ所は破損しなきゃ、無傷じゃ敵に勝てないからね」
「なにその縛り。いつからそんな戦い方するようになったの。昔は技名叫ぶだけの痛い子だったのに、いつからそんな大人な技を覚えるような子になったんだよ」
「ディップも昔は技名さけんでたじゃん? 『神機無双剣』とか」
「まて」
「なつかしいなー、あれ、夜遅くまで2人でタブレットみてさー、必死に考えたじゃん? あれ私、超好きだったー」
「まて、それ以上はやめろ」
シンギスベリエは、ぐっと拳を固めた。
「よしディップ、久しぶりに合体しようぜ! 『ばーにんぐー』……!」
「『神機無双剣』ー! やめろ合体技とか思い出させるな非常に恥ずかしい! てか、周りの人たちが明らかにいま『えっ?』て顔してこっち見たじゃないか、合体とかいうな!」
なんだかどっと疲れた。
こんなシンギスベリエだったが、第50勇者連隊にいた時はもっとちゃんとした装備だったし、かっこよかったんだ。……中身はともかく、外身は本物のクールな戦乙女って感じだった。
戦闘力も群を抜いていたし、俺も彼女の戦い方をいろいろとお手本にしていたんだ。
……そうしたら、シレンシズに出会ったんだ。すごい美人だと思ったけどかなり冷めた目で俺を見ていて、「あっ、これひょっとして恥ずかしいんじゃ?」と気付いて以降、技名を叫ばないようになったんだんだ。
「第50勇者連隊にいた時の装備はどうしたの、あの超かっこいい鎧」
「あ、あれ実家から持ってきたやつ。それがさー、召喚されるときにねー、親がうるさくてねー、せめてちゃんとした装備着てけっていうんだよー。なんか天使と悪魔の戦争に13回登場した由緒正しきなんたらかんたらってつらつらと神話聞かされてさー、もー、オリハルコンにヒヒイロガネとミスリル銀でメッキしてるってくだりでお前はいったい何と戦ってるんだってツッコまざるを得なかったわ」
「あー、俺の鼻もそんな感じでじっちゃんに持たされたわ。剣は消耗品だからたくさんあって困ることはないってな。けど、オーダーメイドの武具って安いので80シルバー(80万円)するし、わりかし重宝するよな」
「だよねー! 私も1000年後に飛ばされた直後は助かったわー、ほんと」
「で、自家から持ってきた鎧はどこ行ったの」
「ボディーソープと入浴剤に溶けた」
俺は机の上に突っ伏した。
伝説球の鎧は、かくして彼女の肌を守る泡となって消えた。
「いやさ、それが聞いてよー! 耐久値がバカみたいにデカい鎧だったから、鎧破壊で露出なんて1ミリもできなくってさー! 最初は私もこの世界で生き残るには実力よりもそういうのが重要だってぜんぜんわかんなかったんだよ、そんなの分かるかー! でしょー!?」
俺は机の上に並べられた料理を見ながら、「あー、うん……そうだね」と適当に相槌を打っていた。
……売ったのかー。あの鎧、好きだったのになー。
一方的に食い終わらないシンギスベリエ。
俺がシンギスベリエに貢がされ続けていると、不意に助けがどこからともなく現れた。
高級鎧に身を包んだ男だ。財布も丈夫そうだ。
「すまない、ひょっとして君は、チメイズマンではないか?」
「へ?」
いきなり呼びかけられて、俺は当惑した。
親し気な笑みを向けてくる男の声と顔で、さっきシンギスベリエの戦闘をタブレットで実況していた勇者だと気付いたのだが……。
どうして彼女より俺の方に興味があるんだ?
男は苦笑していった。
「失礼、私はダウザー家のエリックという者だ。彼女のスポンサーをやっている」
「ダウザー家って?」
「ダウザー家では伝わらないか。君には『アスカロンの親戚』だと言った方が通じやすいかな?」
俺は、「ああ!」と快哉を上げた。
聞くところによると、ダウザー家はアスカロンの名を正当に継いだ本家と800年も前に血を分けた分家だそうだ。勇者ダウザーにアスカロンの娘が嫁いだ形らしい。
やってくれるぜ、アスカロンⅢ世。1000年の間にしっかりこの世界で繁栄してくれてたんだな。
どうやらこの子孫もまた、スポンサーという形で千年勇者のシンギスベリエを保護してくれていたのだろう。
守られている当の本人は、そんな風には思ってないみたいだったが。
ぶー、と頬を膨らませて不満げに彼を見るシンギスベリエ。
「私の戦い方にいちいち注文つけてくる人ー。『貴方の戦魂、回収します』なんてわけわかんない、なによ戦魂って、献血ボランティアか」
おいっ! 指揮官の子孫にたいして、なんて口の利き方だ! 懲罰房行きだぞ!
けれども、エリックが軍人だったのははるか昔の話だ。
1000年の時を経て、今はただの実業家になっている。
彼はシンギスベリエに対しては困ったような苦笑いを浮かべただけで、俺に言った。
「本家のアスカロンから、君の手助けをしてくれと言われていてね。なんなりと言ってくれ、できる範囲で協力しよう」




