チート級堕天使と千年勇者
グラディエイターシティは戦士の街だ。
内海に面した熱い都で、気候は地球でいうところのスペインなんかを彷彿とさせる。
戦士の街だけあって、至る所に武器屋や防具屋が軒をつらねていた。
1センチ刻みで長さの違うショートソードが壁にずらりと並んでいて、鎧もリューブライト処理をされた黒光りするものから、シルバーメッキ、金縁の入ったシルバーメッキ、ゴールドメッキなど、メッキ処理の違いでも客の要望に応えられる豊富な品揃えである。
ここならどんな武器でも見つかりそうな気さえした。反対に、それ以外の生活用品はひょっとして何も買えないんじゃないかと思うぐらい品揃えが悪く、値段はびっくりするぐらい安価だった。
とくに肉が安い。1キロ1カパー(約100円)という逆に不安になる肉の塊がブロックで売られていた。いったい誰が買うんだと思うが、売られているからには需要があるんだろう。さすが戦士の街である。
魔法道具類はローグシティより若干古い感じがして、市場を歩くと手作りの錬金釜に、魔法のコンロ、鏡を張った省エネ魔力灯、魔法のポット、水たばこの吸引機、コーヒーを淹れるサイフォンなんかがちらほらと目に入る。
車やバイクみたいな近代魔法道具になると、おんぼろの市バスが1台かろうじて走っているだけで、個人の所有者はいまのところ見たことがない。
ここでは服もリサイクル販売する。町民は古着を身に着けて路傍の石塀やカフェの庭先に腰かけ、水たばこを吸ったり何をするでもなく昼の暑さをぼんやりしてやり過ごしたりする。
屋台でナシをひとつ買うと、おまけにサクランボをつけてくれた。
「そっちのお嬢ちゃんにどうぞ」
「お嬢ちゃん?」
気が付くと、俺の足元にはヴェートラーナがひっついていて、人ごみではぐれないように俺のズボンの太ももをぎゅっと握っていた。
いかにも眠たそうな緑色の目を、猛禽のようにぎらりと光らせていた。
俺はサクランボを一粒あげた。
「ほらよ、お嬢ちゃん」
「いらない」
ふいっと顔を背けるヴェートラーナ。
絹のように滑らかな肌に、うっすらと汗をかいていた。漆黒のローブが暑そうだ。
「我慢するな、食えって」
「勘違いしないで、私の目的は他の千年勇者を探し出すこと。貴方と仲良くイチャラブな旅をしているわけじゃない」
「熱中症になって倒れられても困るんだよ、ほっとけないだろ? 水分くらいとっとけ」
「そうね、倒れたところをあなたに介抱されるなんて、考えただけでぞっとするわ。じゃあ、ありがたく」
そう言って、ナシの方をむしりとっていった。
あ、俺のナシ……。
俺はすっぱいサクランボを齧りながら、熱気でむせ返るような市場をとぼとぼと歩いていた。
すでに手が汗ばんでいるのに、ヴェートラーナはぴったりと俺の隣をマークしている。この前はどんなに離れても魔力の痕跡を追跡して追いかけてきたのだが、人ごみの中だと痕跡が判別しにくいらしい。
こいつの目的は、母親を殺した『最初の』千年勇者を探し出すこと。
俺と一緒にいれば、いずれ他の千年勇者と巡り合えると考えている。
そしてその予感は外れではない。すでに2人と出会っている。
「ねぇ、チメイズマン。ところで、あなたは一体なにをやっているの?」
「調査だ」
「調査? なんの?」
俺の目的は、地球に帰還すること。そして当面の目標は、この世界のどこかにまだ生きているという『召喚師』を探し出すことだった。
前回分かったのは、『魔王城にはいなかった』ということ。
それ以外の手がかりなど何もなかったため、最初にその証言の得られた監獄島ダーク・ヘイズの近辺から調査をはじめたのだった。
ヴェートラーナは、じれたように言った。
「ただ街をぶらぶら歩いているだけにしか見えないけど?」
「知らないのか? 勇者ってのはな、初めての街に訪れると、たいがいハプニングに遭遇するんだよ」
「へー、主人公気取りなんだ。あきれた、これで何もなかったらあなた主人公失格よ、わかってる?」
「厳しいなぁ」
俺たちは物語の主人公になった気分でメタな会話を楽しんでいた。
そのとき……。
いかにも「悪党です」と言った感じの下卑た笑い声が、雑踏のずーーーーーーっと奥の方から、ほんのかすかに聞こえた。
「うぉうぉうぉ~う! ここで会ったが百年目だぜぇ~!」
俺は首をそちらに向けた。周りの誰も気づいていないようなそんな音を、俺の地獄耳は確かに察知していた。
声の聞こえてきた方向に瞬間移動するように跳んでみると、3キロほど先の道端で、そこだけぽっかりと人のいない空間ができている。
中にいるのは武装したリザードマンが9体。いずれも二足歩行のトカゲたちだ。
こちらも武装した1人の女性を相手に、どうやら喧嘩沙汰がはじまろうとしているらしい。
俺にひっついていたヴェートラーナは、一緒に高速移動したせいでぜーはー窒息しかかっていた。
「ほらな? 何もしなくても、事件の方から俺に近づいてくるんだよ」
「ち、ちがう、今のは間違いなく、あんたの方から事件に近づいた……」
まあ、ともかく。
9体ものリザードマンと相対しているのは女性だった……。
女性、のはずだ。
でかい。
身長2メートル半は超えている。
騎士がまとうような、豪華な装飾の銀の鎧を身につけていた。
相当な重装備のはずなのだが、着こなしが雑で、ベルトもちゃんとしめていない。下に身にまとったTシャツの袖や裾がはみ出ていた。
おまけに微妙にサイズが合っていないためヘソチラ、ブラチラ、ワキチラ、絶対領域チラしていた。
けれども、美しい。ずれた兜の中からこぼれた金髪は、ハチミツの味がしそうなほどてらてらと輝いている。
快活そうな目は大きく見開かれていて、9体のリザードマン(平均身長170センチほど)を見下ろして小馬鹿にしているのが見て取れた。
「んー……? 百年前にあんたたちみたいなの、いたっけ? ごめん、超うろ覚えなんですけど」
彼女の鎧がずれているのには、だらしないからではなく、それなりに理由があった。
なんと、背中に2メートルちかい白鳥のような翼が生えているのだ。
邪魔苦しいそれも単なる飾りなどではなく、直接背中から生えているらしく、ばっさばっさとはためいて足元に風を送っている。
手にしている武器は、銀の槍。まさに戦乙女のようであった。
周りには、武器や防具を買っていた戦士たちの姿があったが、彼らは喧嘩沙汰を止めようともせず、逆にもろ手を挙げて喝采を送った。
「シンギスベリエさま!」
「うわ、生でみた! シンギスベリエさまだ!」
「シンギス、俺と結婚してくれー!」
どうやら、女性の方は大人気であるらしい。
周囲はすでに「シンギス! シンギス! シンギス!」というシュプレヒコールで湧き上がっていた。
一方のリザードマンに人気があるとは思えない。
観客たちの声援だけで、逆にたじろいでしまっているのが見て取れた。
そのとき、ユーチューブで趣味の実況でもやっているのか、その辺にいた一般人が光る板を取り出し、いきなり実況を始めた。
光る板……タブレットだ。どうやら現代勇者なのか。
「さあ、グラディエイターシティは街のすべてが戦場の名のとおり、道端で辻風のように突然はじまりました、戦士同士がいままさに戦いの火ぶたを切って落とそうとしております!
戦いの舞台は月光通り、1000年前から武器、防具の名産地として知られているこの場所に、いままさに、本物の天使が舞い降りました! 身長250センチ、バスト190、ウェスト80、ヒップ90、武術大会に初登場して以来、男たちの心を掴んでやまない、超大型天使、シンギスベリエさま!
彼女に挑むのは、なんとたった9人の哀れなトカゲたち! いやー、それにしてもシンギスベリエさま、お美しい!」
実況勇者がほめそやすシンギスベリエの研ぎ澄まされた美貌の中を、すうっと光がよぎった。
分厚い手のひらの面積の10倍はあろうかという巨大な火の玉が敵めがけて放たれた。
「さあ、戯れておいで、虚ろなる烙印!」
「出たー! 虚ろなる烙印! 挑戦者はもはや彼女の炎から逃れられない!」
ただの火の玉ではない、トカゲたちの頭上で破裂すると、ハチの群れのように複数に分かれて、トカゲたちを追撃しはじめた。
まるでホーミング弾。しかも、むちゃくちゃ高性能だ。
火の玉に少しでも触れた者は、たちまち全身が蒼い炎に包まれ、呼吸困難になって次々と倒れていく。
一体多数専用、まさにチート級の魔法だった。
しかし、たった1匹、黒い肌のトカゲは3つの火の玉に追われながらもギリギリで回避を続け、シンギスベリエに反撃を試みていた。
「へっ、飛び道具を持ってるのは、そっちだけじゃねぇぜ!」
トカゲの1匹が懐から拳銃めいたもの取り出し、迷うことなくシンギスベリエの美貌に向け、そして発砲した。
シンギスベリエの表情が、一瞬凍りついた。
バキュンッ! という音が鳴り響いた。
ほとんどの者は、その瞬間にいったい何が起こったかわからなかっただろう。
だが、俺は全動体視力をフル稼働させてその瞬間を見ていた。
シンギスベリエの大きな瞳にまっすぐ向かっていった漆黒の銃弾は、彼女が長いまつげをふせ、そして再び開いたときに、下からボリュームのあるまつ毛に弾かれて、あたかも雨粒か発泡スチロールだったみたいにふわっと軌道をかえ、くるくると回転しながら、彼女の背後にあった酒場の看板を打ち抜いたのだ。
「う、ウィンクで銃弾を捌きやがった……!」
「うそぉ!?」
観客たちの中にも見えた者がいたらしく、驚嘆するギャラリー。
銀の槍をがちっと縦に構えた彼女は、全身に焔をたぎらせ、トカゲたちに死の宣告を放った。
「さようなら、あなたに罪はないけど……貴方の戦魂、回収します!」
ばささっと、白い翼がはためいた。
彼女が飛翔する姿は、黒肌のトカゲが思わず呆然と見とれるほど美しかった。
最低限の羽ばたきによって空中で姿勢を整えると、そのまま挑戦者の頭を鷲掴みにする。
純白の翼が炎に包まれ、そして挑戦者の体をも瞬く間に包んだ。
瞬間、翼の内側の温度は5000度に達し、トカゲの鎧が高温で溶けだし、真っ白な光さえ放った。
「はぁぁぁーッ! 死神の慈悲!」
シンギスベリエの翼が左右に広がると、そこにはもうトカゲの消し炭しか残っていなかった。
観客たちの興奮は最高潮に達し、看板を打ち抜かれた酒場の主人が
「シンギスベリエがウィンクではじいた流れ弾がうちの看板を貫いたんだ!」と言ってめちゃくちゃ喜んでいた。今晩はあの店が大繁盛すること間違いなしである。
実況勇者の声も、混乱の度合いを表すように、ますます最高潮であった。
「強い、強い、強い!!!!! 強すぎる、まさに最強天使! グラディエイターシティが世界に誇る武術大会の女王、シンギスベリエの10年連覇を止める者は、果たして現れるのかー!?」
「……」
「……」
「チメイズマン」
ヴェートラーナが、硬直していた俺のズボンの太ももを引っ張った。
「あれも千年勇者でしょ?」
「…………」
俺はなにも答えられなかった。
いや、彼女が千年勇者かどうか、判別がつかなかったわけではない。
10年連覇ということは、10年前から大会に現れたということだろうし、それに、胸のところに、きらりと銀色のネームタグも光っていた。
CINGISBELIEVING シンギスベリエ・ヴィング
百聞は一見に如かず(Seeing is believing)の単純なスペルミスだ。……どうやらあの召喚師のスペルミスは、恒例行事らしい。
だが、それよりも、複雑極まりない問題が俺の胸中をかき回していた。
思いっきり第50勇者連隊の仲間だったし、俺もあいつと一緒に戦っていた記憶がある。
その時の記憶が、ふつふつと蘇ってくる。
あいつ……ひょっとして、まだ治っていなかったのか、あの癖。
「……いま、あの人……『技名』を叫ばなかった……?」
ヴェートラーナが困惑したまなざしを俺に向けてくる。
俺は恥ずかしさのあまり、顔を手で覆ったのだった。
……そう、こいつはチート級堕天使。
俺の『黒歴史』を知る勇者だった。




