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獣乙女の天職と千年勇者

 さて、ここからの事は俺の記憶になかった話。

 つまりは、俺がゾンビ化していた間の話だ。

 ゾンビ化した俺が残したメッセージと、獣耳の少女たちの証言をもとにしているので、いくぶん正確さを欠いているのは許してもらいたい。


 十数時間前、洋館では俺たちが狩人ギルドとして正式に登録された記念のパーティが開かれていた。

 しかし、ギルドマスターの俺がいつまでも戻ってこないことを不安がったメンバーたちは、手分けをして俺の捜索に当たっていたという。


 そんなことをしても見つかる訳がない。そのころ、俺はダーク・ヘイズの視察のために内海にまででかけていたからだ。


 その間も、プレシヴェルルはひとり洋館でお留守番をしていた。

 幽霊ではないかと気味悪がられ、メンバーの誰一人として彼女を恐れて近づかなかったそうだ。


 プレシヴェルルは生理現象で火照ってくる体を、冷たい壁に押し当てながら、胸の苦しさをじっと我慢していた。


「寂しくなんかないのじゃ。これはあれじゃ、吊り橋効果という奴じゃ。ほれ、相手はあのディップじゃぞ。発情期のせいじゃ。ぜんぶ発情期が悪いのじゃ」


 メンバーによると、そんなことを四六時中ぶつぶつ呟いていたらしい。われ関せずの顔しながら聞き耳だけはしっかり立てているからな。


 そこへ、ばーん、と扉を開けて俺がやってきた。

 男らしい仁王立ちのポーズで、きりりと引き締まった表情の俺。

 額には斜めにキスマークがついており、絶対命令レベル2がかかっていることを表していた。

 すなわち、ゾンビ状態の俺だ。

 とたんにプレシヴェルルは、んふーふふ18歳の老婆から、みずみずしい童女のあどけない表情に切り替わった。


「ますたー、どうしたの?」

「呪いを解いてくれ、プレシヴェルル」

「いいの? わたしになまえ、しられるの、いやでしょ?」


 ゾンビ俺は、首を振って「構わない」と言った。


「アイスキャットを助ける。それが今の俺のすべてだ」


(……きゅんっ!)


 プレシヴェルルは途端に胸の疼きを覚え、クマさんで顔を隠した(らしい)。


「な、なにこの、胸にきゅんとくる、セリフは……ダメです……! は、はつじょうきのわたしに、そんなことを言っちゃ、めーです……!」


「構わない、それでも俺はアイスキャットを助けたい」


「きゅぅぅ~ん!」


 身をよじるプレシヴェルル。床の上に這いつくばり、尻尾がぷるぷる痙攣しはじめ、彼女の小さな体に秘められた獣性がいまにも目覚めようとしているかのようであった。


「も、もう、しかたないわ、た、立てるようにするだけだからね?」


「ああ、よかった、これでアイスキャットを助けられる」


「きゃぅぅ~ん!」


 プレシヴェルルは喜びのあまり、ピンボールのように飛んだり跳ねたりしていた。さも見ていたかのように言っているが、これはギルドメンバーの証言によるものなので、信ぴょう性は定かではない。

 呪いを解く方法は極めて簡単だった。


「『ディップ』、お前は立てる!」


 その一言で俺は車いすから立ち上がることができた。

 たしか部屋に入ってきたとき、俺はばーんと扉を開けて男らしい仁王立ちのポーズだった気がするのだが、その辺の仔細は推し量るしかない。


 ようやく立てるようになった俺は、プレシヴェルルと共に屋敷を飛び出し、ダーク・ヘイズのエル区、23番館ダンジョン、地下5000階の5106号独居室にいた。

 この間に起こったことを証言してくれる奴はいなかったので、何が起こったかはわからない。俺も謎のままでいいと思う。

 俺は独居室のドアを蹴破って侵入した。


「アイスキャットはどこだ……!」


 しかし、中にいたのは九尾の狐であった。

 俺の記憶にあるアイスキャットとも、まったくの別人である。しかも出合い頭、狐耳は俺にこう言った。


「うう、私、アイスキャットじゃないってばぁ! いい加減信じてよぉ!」


「アイスキャット、どこだ! 助けに来たぞ!」


 飢えたオオカミのような血走った眼できょろきょろと独居室を見渡す俺の袖を、ピンクの紐みたいなボンテージを身に着けたプレシヴェルルがひっぱった。


「チメイズマン、アイスキャットは……ここにはいないわ。彼女はすでに脱獄している。そこにいるのは、アイスキャットの身代わりにすぎない」

「なんだと……俺が助けに来るまでもなく、アイスキャットは脱獄していたということか」


 プレシヴェルルは、自らの正体こそ明かさなかったが、事実を俺に告げたのだった。

 そのとき、俺のゾンビ脳がカシャカシャ、チーン、と音を立てて状況を把握。

 即座に次のような結論を出した。


「エアリバドルとチェストヒューをここに呼ぼう」

「えっ、なんで」

「お仕置きが必要だ」


 いったいどうしてそういう発想に至ったのかはさておき、さらに驚くべきはその行動力だった。

 俺はプレシヴェルルから白光石を借りて空間転移ワープを発動し、少しした後、再び空間転移ワープで元の独居室に戻ってきたのだ。

 どこでどういう手段を使ったのか。暗闇最強状態のエアリバドルの尻尾をむんずと掴み、白髪状態のチェストヒューの腰を抱えて現れたという。

 ゾンビ状態の俺、ほぼ無敵じゃねぇか。


「お前たち、呪いをかけるならもう少し考えてやれ! もうすでに脱獄したあとじゃないか!!」


 俺が怒鳴りつけると、エアリバドルとチェストヒューはびくびく震えていた。

 俺の剣幕よりも、冷たい四白眼のまなざしを浮かべたプレシヴェルルの冷たい気配の方が恐ろしかったらしいが。

 まさか、俺と一緒にプレシヴェルルも来ているとは思いもよらなかったらしい。


「あ、アイスキャットは、身代わりを置いて、脱獄していることに誰にも気づかれないようにしているの。……とうぶん、盗賊家業には手を出さないって言ってて……けれど、もしそのことが公になれば……また元の『盗賊ギルド』を復活してくれるかもしれないって……」

「あきれた子じゃな」


 プレシヴェルルはため息をついた。

 いつも冷静なチェストヒューも、子供のように涙声になっていた。


「だって……だって、わたしたち、チメイズマンと本気の喧嘩をしちゃったじゃない。あんなことをしたら、もう、ギルドにいられないわ。けれど、前みたいな生活に戻るのは、もうたくさんなの……だから、頼れるのはアイスキャットしかいなくて……」

「俺と喧嘩したからもうギルドにいられないってか? そんな訳あるか! 俺はもうギルドから脱退するんだよ」


 俺はここで初めて、俺の考えを彼女たちに打ち明けた。

 予想外の宣言だったのか、全員が目を丸くして俺を見ていた。


「ふぇっ?」

「へっ?」

「やめるの? あんたのギルドでしょ?」

「いいや、もう俺のギルドじゃない、お前たちの……いや、ローグシティのギルドだ。

 ……最初からこの街にいったい何が必要かと、考えてつくったギルドなんだ」


 そう、異世界勇者に求められているのは、ただの傭兵にでもできるような仕事をこなすことじゃない。

 もっと俺の事をたよってもいいと思うぜ?


「町の経済を発展させて、同時に貧しい獣耳の女性たちを助ける。そんなギルドがあったら素敵じゃないかと思って作ったんだ。

 だからこのギルドは、お前たちが主役だ、お前たちがいないと何も始まらない」

「マスター……」

「チメイズマン……」

「……みんな心配しているぞ、戻ってやれ」


(……きゅんっ!)


 3人まとめて胸に妙な疼きを覚えさせた。

 狐耳だけは、話の内容についていけないみたいで首をかしげていたが、雰囲気で「落ちたな」と察したという。

 獣キラーの名は伊達ではない。


 そして、ゾンビ俺は狐耳を指さして、こう言った。


「よし……話はまとまったな。プレシヴェルル、身代わりは交代だ。俺をこいつに『変身』させろ」

「ええっ!?」


 ようやく、全員をここに集めた理由が明らかになった。

 そう、俺は『アイスキャットを助ける』ためならば、自分の犠牲をもいとわなかったのだ。


「獣人の神官の『奥義』だ。お前なら使えるんだろう? この狐耳は、身代わりになる気ゼロだからな、いつなんどきバレるかわからない……だったら、俺がかわりにここでアイスキャットのふりをし続けるしかない」

「えっ、なになに、私お役御免なの!?」


 狐耳が、尻尾をぴーん、と立てて、嬉しそうに言った。風呂も遠いし、よっぽど退屈だったらしい。

 プレシヴェルルは首を振って、俺の意見を否定した。


「チメイズマン、だめよ、『変身』は、二度ともとの体に戻らなくなる危険性があるわ」

「構わない、それでも俺はアイスキャットを助ける。今の俺は、それがすべてだ……」

「…………」


 獣耳の少女たちは、顔を突き合わせてこそこそ相談しはじめた。


「……ややこしいことになったのじゃ」

「どうするの? こいつムリヤリ言うこと聞かせるのほぼ不可能よ?」

「呪いを解いて、正気に戻したらいいんじゃない? 『お前のいましめは朽ちる』ってやつで」

「こいつが正気に戻ったら、それこそ何が起こるかわからんのじゃ……ふうむ、魔王城の調査も、まだ一部やり残しておる。こんなタイミングで余計な騒ぎが起きても困るのぅ……」

「じゃあ、『お前はアイスキャットの身代わりにはならない』って命令すれば?」

「絶対命令レベル2はそういう風に使えないのよ。一つ一つの行動をつぶしていったら、あっという間に呪いのキャパを超えちゃう」

「もう次の呪いをかけられなくなっちゃうってこと?」

「そういうことね。エアリバドルは呪術の事は考えなくてもいいから、とりあえず、幻術をくらわせて、ごまかしときましょう」

「三重の呪いか。あまり気のりはせんがな……3つの呪いを長いこと放置しておくと死《4》に至るという。できれば早めに解きたいものじゃ。チェストヒュー、『清めの水』は持っとるか?」

「持ってない。エアリバドルは?」

「ないない。……あ、魔王城にならあるんじゃない? 異世界アイテムなら、魔王城でしょ」


 ******


 朝焼けのころ、エアリバドルとチェストヒューは狩人ギルドの本部へと帰還した。

 かつて幽霊屋敷と呼ばれた洋館は、ギルド成立記念パーティの飾りつけがなされたままで、幽霊が出そうな気配はみじんもなくなっていた。

 帰還した彼女たちに、60名のギルドメンバーは歓声をあげてにゃーにゃーと子猫のように飛びついていった。


「もどってきたー!」

「うわーん、おかえりー!」

「信じてたよ、もどってくるって!」

「パーティの準備してずっと待ってたよ!」

「ごめんね、料理ぜんぶ食べたけど!」


 エアリバドルはみんなに懐かれながら、どこかほっと安心したような表情を浮かべていた。涙腺が緩くなったのか、少し涙が出ていた。


「なに泣いてるの」

「なんでもない、アイスキャットって大変だったんだなぁって……」


 それ以上は言葉が続かなかった。

 チェストヒューはエアリバドルの頭を胸に抱え込むと、優しく背中を撫でてあげた。


「料理がないならみんなで狩りましょう。いいお店予約してあるから」


 うぇーい! と歓声があがった。

 彼女たちは天性のハンター、狩りの本能を持っている獣乙女けものおとめだ。

 さっそく狩る気満々だ。


「あー、けど私たちっていつも素材取ってー、換金してー、それから買い物して料理でしょー、よく考えたらめんどい事してるよねー」

「モンスターが美味しければもっと早いのにね」

「それいい、手っ取り早くていい!」 


 こうして、フィールドに新たなモンスター、インスタント食品・モンスターが生まれるのであった。

 こいつらの発想にはつくづく勝てねぇ。



 彼女たちの新型モンスターの発注書は、その後も探索家ギルドの受付エルフ嬢が仲介役となって、地霊(金髪ドリル精霊)に送ってもらえることとなった。

 金髪ドリル精霊はノリノリで新型モンスターを作ってくれるし、もともと奴隷の身分だったエルフ嬢は、同じく奴隷出身者の多い狩人ギルドのメンバーに好意的に接してくれた。

 発注の内容によっては探索家ギルドと利害が衝突することもあっただろうのに、仲介料などは一切受け取らなかったらしい。

 エルフは長命で、獣人は短命だ。彼女たちの孫の孫の孫の孫の代まで面倒を見ることになるだろう。よろしく頼む。




 獣耳の少女たちが無事にローグシティに戻っていったのを見届けて、シレンシズは再び山に戻っていった。


「もう行くのか?」

「ええ、ロアにお留守番してもらっているから。早く帰らないと」

「そうか。お土産はもうちょっと待っててくれって言っといてくれ」

「ディップ、お土産はいいから、もうちょっとあの子と会ってあげて欲しいの。また夫が留守の時にでもいいから、村に遊びに来てあげて」

「ああ。仕方ないな、あいつ寂しんぼだからな」


 シレンシズは、俺の顔になにか面白いものでもうつっているのか。

 じーっと俺の顔を見つめながら、手に指を絡めてきた。


「私と遊んでくれてもいいのよ? ディップ」


 そのまま燃え上がってしまいそうなので勘弁してください。




 シレンシズは歩きながら山へ向かっていったが、木立までさしかかると、妖精のようにふっと消えた。

 それを見送ってから、ヴェートラーナの姿が見えなくなっていたのに気が付いた。

 見失ったところで、どうせあいつが行くところは決まっている。そう思って、魔王城まで歩いていくと、途中、1人でてくてくと歩いているところに追いついた。


「おい、まてよ」


 俺の呼びかけに応じて、ふりかえるヴェートラーナ。

 ざわり、と周囲の風が渦巻いて、緑色の瞳の中をあざやかな黄色の竜巻が舞い上ってみえた。

 まだ曖昧にしたままのことがある。

 この謎を解明しないまま、終わりにすることはできない。

 けっきょく、彼女の事はなにひとつ分からないままだった。


「そういや、まだ何も聞いてなかったな……お前は結局なにものなんだ?」


 自称、大魔導の孫娘。だが、現大魔導はドリスタンだ。

 ちびっこいくせに、魔王軍の精鋭部隊を率いていたり、姫様と呼ばれていたり。

 彼女はいったい、何者なのだろう。


「私は……アリスフォン・ヴェートラーナの孫娘……いや」


 ヴェートラーナは、そこで言葉を止めた。

 ふっ、と意味ありげにほほ笑み、エア眼鏡をくいっと押し上げた。


「アリスフォン・ヴェートラーナ……大魔導さ……」


 世の中には言っていい冗談と悪い冗談がある。

 少なくとも彼女が言ったのは後者だった。

 俺はヴェートラーナの口の端を限界まで引っ張って、ヴェートラーナも俺の口を捻りあげた。

 ほぼ互角の戦いとなった。ヴェートラーナは顔を涙でぐしょぐしょにしながら言った。


「く、黒ずくめの男たちに……! 凌辱された挙句……! 組織が新開発した、謎の薬を飲まされて……!」


「凌辱された挙句とか処女のくせにふかすな……! 明らかにそれ設定パクってるだろ、正直に言え、全部吐け、お前はいったい、何者なんだ、ヴェートラーナ……!」


「は、離せーっ! この私に、そんなことをして許されると思うのか……! 私は、魔王殿下直属、四天王の1人、《大魔導メイジ》アリスフォン=ヴェートラーナの孫娘なるぞーっ!」


 ヴェートラーナは決して自分の正体を明かさなかった。

 どうやら、こいつとは長い付き合いになりそうだ。

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