獣たちの秘密と千年勇者
事件後、大魔導ドリスタンと近衛兵たちはアイスキャットの捜索に向かい、宝物庫には後片付けをする約数名が残るのみとなった。
ヴェートラーナは悄然としていて、アイスキャットの消えてしまった宝物庫の床にいつまでも座り込んでいた。
せわしなく自分の職務に埋没する魔物たちとは対照的に、ヴェートラーナは立ち上がることさえできないまま、ひとり頭を抱えて悩みこんでいた。
「なんだよ、まだ悩んでんのか?」
「ほっといてよ……」
ヴェートラーナは、一瞬のうちに宝物庫の150個の宝箱を空っぽにして逃げ去ったアイスキャットの所業を目の当たりにしたとき、頭を抱えてこうこぼしていた。
「どー考えても不可解。速すぎる。人間の速さを超えている……」。
暗闇最強の名は伊達ではない。
暗ければ暗いほど速くなる、この世界の常識では計り知れない異世界スキルだ。
けれども、ヴェートラーナはそれでは納得いかないらしかった。
「盗賊スキルの最高熟練度でも、1つのカギを開けるのに0.01秒かかると言われている……ここにある宝箱の蓋をぜんぶ開けるのに1.5秒、扉の錠前を10個あけるのに0.1秒……残る0.4秒で、2つの防火扉の電子ロックを解錠して、宝箱の中身をどこかに持ち出す……できるはずがない。そんな速い奴、魔王軍にもかつて在籍していたことはなかった……」
「そういう異能を持っていた奴がいたってだけだろ? 世の中には強い奴がいくらでもいる。気にしたらキリがないぜ?」
「それじゃ、ダメなのよ」
ヴェートラーナは涙目になって、かぶりを振った。
「おばあさまは……かつて1000年前に魔王殿下に降伏した勇者たちを魔王領に受け入れるさいに、そのすべての異世界スキルを解明した……。
魔法都市で行われる犯罪を監視するために、それは大魔導として当然の義務だったの。私はその偉業をおばあさまから受け継いだ。今さら私が『特例』を認めるなんてこと、できるわけがないじゃない……」
ぎゅっと膝の上で拳を固めるヴェートラーナ。
祖母の威光を笠に着る彼女は、それゆえに不可解なことを不可解なものとして認めることができなかったのだ。
すべての現象は理に解されるもの。そういう信念をもって、彼女は魔法犯罪を調べている。
けれど、こればかりはしょうがない。
1000年の眠りから目覚めた、本物の異世界勇者の力は。
なぜなら彼らはこの星の人間ではない、原理の異なる世界からやってきた、『宇宙人』なのだ。
「……というか、どうしてアイスキャットを捕まえようと思ったんだ? あいつがお前の探している千年勇者じゃないってことは、10年前の証言でわかったんじゃないのか」
「アイスキャットの証言は証言でしかない、もっと詳細なデータが必要だわ……」
「処女を奪われかけたことを根に持ってるんじゃなかったのか?」
「未遂だったから腹がたってるんじゃない……いまのなしで」
「いまの発言は好意的に解釈しておこう」
「……だ、だいたい、この私が魔王殿下のおひざ元での犯罪を許せるわけがないじゃない? すべての魔法犯罪を取り締まる大魔導の名が泣くわ」
「そういうの抜きにしろよ。大魔導っていってもお前はただの孫だろ。もっと気楽に肩の力をぬいていったらどうだ? 本当はお前、アイスキャットとも友達になれたんじゃないか」
「なんで私が、あんなやつと……」
ぐっと口をつぐむヴェートラーナ。
果たして、宇宙人同士が分かり合える日は来るのか。
魔族と勇者の共存は、けっこう難しい問題なのかもしれない。
はぁー、とため息をつくヴェートラーナ。
「はやく私が大魔導にならなきゃいけないのに……」
「どうしてそんなに急いでいるんだ? もう大魔導がべつにいるだろ」
「大魔導ドリスタンが頼りにならないからよ」
「……そうなのか?」
「ええ……あの人、私と同じ魔力視の異能を持っているのに、いつもどこか抜けてるのよ……」
そうこぼしたヴェートラーナの目が、ふいに不可解なものをとらえた。
彼女が見ているのは、近衛兵オークの1匹だった。
魔王城を守護するからには、ヴェートラーナが言うところの最高戦力であるハイオークが使われている。
あちこちに散らばった財宝を拾い集めていたそのオークは、ふーふー息を荒くしながら、ふらふらと危なっかしい足取りで作業を続けていた。
目もどこかうつろで、ひょっとすると足元もよく見えていないのではないかと思われた。何かにけつまずいた拍子に、ばったりと地面に倒れてしまった。
そのとき、拍子に口から大量の金貨を吐いた。
からりん、と音を立てて転がっていく金貨。オークの食事にしては高価すぎる金貨である。
その口の中には、宝石をあしらった黄金の装飾ものぞいていた。
「ねぇ、チメイズマン」
「なんだ、ヴェートラーナ」
「ブタって宝石を食べる生き物だったりする?」
「ブタは落ちている物ならなんでも食べる。残飯に死骸に……宝石だって食べるだろ」
「そう、財宝とかも食べたりしないのかしら」
「調べてみる価値はありそうだ」
オークのそばに駆け寄ったヴェートラーナは、至近距離からじっとそのオークを観察していた。
ハイオークは身長3メートルほどの巨体。胃袋はバスタブぐらいあるだろう。人食い鬼オーガとほぼ同じ体型であることから、大きな口には人間が身に着ける大抵のものが入りそうだ。ヴェートラーナは俺のタブレットを借りて、現場の様子を写真に収めていく。
写真を撮り終えると、真っ白な手袋をはめる。慎重に慎重を重ね、そいつが被っている知力の兜を持ち上げ、じっと目を凝らして観察しはじめた。
よく見ると、ちょうど額のあたりに赤い塗料で「・(ドット)」が記されていた。
「……額のあたりに、針の先端ほどの大きさの『波紋痕』が……」
「……『波紋痕』……てことは……」
ヴェートラーナは真っ赤になって怒鳴った。
「もぉー、ドリスターンッ! 部下の装備くらい、ちゃんと確認させときなさいよぉーッ!」
******
まあ、一概に誰のせいとは言えないだろう。
兵士たちの装備を管理する連中も、被ってみて特に異常が見られなければ、赤い点がついているぐらいでいちいち気にしない。
ゆいいつこの異常に気付かなければならないドリスタンも、遠目ではさすがにわからない。知力の兜が本来持っていた魔力のせいで、この小さな点の放つ魔力が隠れてしまい、見落としてしまっていたのだ。
アイスキャットはこの宝物庫にやってくる前に、近衛兵オークたちの装備にあらかじめ『命名』の呪術を仕込んでいたのだ。
もしあのとき、近衛兵オークたちが全員アイスキャットの意のままに操られていたのなら……あの脱出も不可能ではなかったはずだ。
「まず、宝物庫の明かりをつけたオークが明かりを落とし、暗闇に陥れた。入り口の扉もオークたちが閉めたものだから、今度はそのオークたちに開けさせればいい。そして暗闇の間に、アイスキャットは盗賊スキルで宝箱の蓋をこじ開け、近くにいたオークたちに財宝を食べさせたの」
「おいおい、たった2秒しかなかったぞ?」
「けれど、全員が空っぽになった宝箱の方に気を取られていて、出口の方は向いていなかった。それに宝物庫は魔物だらけで、扉の近くにオークがいても誰も不審に思わないから、もし扉が開いている途中だったとしても、アイスキャットが逃げ出した後のように見えたのは変わらなかったはずよ。
ついでに財宝を食べるオークの周りにいる近衛兵が全員操られているんだから、もう少し余裕はあったはずよ。明かりの中で不審な行為をしている仲間がいても誰も咎めないし、むしろ私たちの視界から隠していたはず。
アイスキャットが実質やったことは、暗闇になった隙に宝箱の蓋をこじ開けて、どこかその辺りに隠れておくこと。これなら2秒でもぜんぜん不可能じゃない」
「どこかその辺りに隠れておく?」
「そう、私たちが騒いでいる隙に、外に逃げるためにね……大魔導ドリスタンは、宝物庫にいた近衛兵たちを率いてアイスキャットの捜索にあたっちゃった。アイスキャットぐらい小柄な盗賊なら、大柄な魔物たちに紛れてやすやすと外に出られるはず。ついでに、そいつらは今、歩く金貨袋よ」
「まんまと彼女の術中にはまっていたのか。やれやれ」
外は宵闇に包まれていた。暗闇最強にとって、この暗がりは最大の味方だ。
魔王城は小高い山の上に立っていた。草原を渡ってくる風が肌に冷たい。空気に若干甘みがある。
ばらばらばら、とヘリコプターのような音が闇夜に響いていた。
それは現代魔法道具より少し古い、中世魔法道具よりかは新しい、近代魔法道具のひとつ。
飛空艇だ。
本来は魔法の力で空に浮かび上がる船だったが、より重たいものを持ち上げる揚力を得るために、2枚のプロペラの力を借りていた。
大量の財宝を積んだ青色の船体が重たげに空に浮かび上がり、船べりから垂れ下がった縄梯子に、二股の尻尾を揺らすアイスキャットの姿があった。
「アイスキャット!」
アイスキャットの真っ白な法衣は、真っ赤に血塗られていた。どうやら近衛兵オークたちの腹を掻っ捌いて、財宝を取り出したらしい。
その瞳は夜行生物のようにらんらんと輝いていて、思わず見とれるほど美しかった。こいつ、やってくれるぜ。
「んふふ、ディップ。見送りに来てくれたのは嬉しいのぅ。ほめてつかわすぞ」
俺の姿を認めたアイスキャットは、何か光るものを2つ、投げ放った。
受け取ってみると、TIMEISMANEYと書かれている。俺のネームタグだった。
そして、「あいすきゃっと」とへたくそな字で書かれたタブレット。ちなみに彼女のネームタグはまだ俺が持っている。俺は蒼白になって、アイスキャットを見上げた。
「なにやってんだ、お前……タブレットもネームタグも手放したら、どうなると……!」
「ふははは、私は死なんよ、不死身じゃ!」
タブレットの生み出す召喚ラミネートと、たとえタブレットを手放してもその魔力を受け取るネームタグによって、勇者たちのこの星での生存は保証されている。
しかし、その2つを手放したアイスキャットは、夜風を受けて涼しげな顔をしていた。
そう、彼女は現地人の獣人に『変身』しているのだ。苛烈な環境に適応するために、動物たちの姿を借りて生き延びた、かつての獣人の祖先のように。
それはすなわち、彼女の惑星、『六央州』の環境では生きられない、ということでもあった。
「アイスキャット、お前、本当は召喚師をさがしていたんじゃなかったのか……! 元の世界に戻るために! 最初の体を失ったら、お前はもう……!」
「ディップ、ひとつお前に伝えなければならないことがある……! 魔王城にはいなかった……!」
「なんだって!?」
「魔王城にはいなかった……! 私にわかるのは、それだけじゃ……!」
アイスキャットは、俺に謎かけをするように言った。
彼女はこのとき、すでに魔王城を調べつくしていたのだ。
近衛兵たちの装備がどこにあるかも事前に把握して、そのうえで先ほどの大脱走を試みたのだ。
はたして、召喚師は本当に生きているのか。
生きているのなら、この世界のいったいどこにいるのか。
いったいどうして召喚師は生きている、などという噂が流れているのか。
「私は大九竜神国の皇女、最高神官の『阿イズ』じゃ! この世の欲しいものはすべて手に入れてきた! 魔王に支配されたこの世界から、召喚師を盗み出す! ……『ディップ』……私と共に来い!」
突然、脳髄を冷たいものが駆け巡った。
いきなり呪いをかけやがった。
呪いによって、脳波が書き換えられる感覚。
俺はなんとか呪いの波長を読み取り、その場に踏みとどまった。
「ふふふ……私の命令に屈さぬ者など、はじめてじゃ。はらわたからお前が欲しいぞ、ディップ! それはしばらくお主が預かっておれ、これから必要になるじゃろう……!」
勇者であることを証明する唯一の証拠を捨て去り、アイスキャットはどことも知れぬ遠くを見つめていた。
飛空艇が斜めに首を傾げ、体をゆするように空を走ってゆく。
アイスキャットを乗せて、飛空艇は悠然と闇のかなたに消えていったのだった。
皇女……。
……第50勇者連隊の仲間に、また自称皇女さまが増えてしまった。
******
アイスキャットは、すでに魔王城を調べつくしていた。
その彼女が今回、魔王城にやってきてまで『清めの水』を探そうとしていた理由。
目を覚ましたエアリバドルとチェストヒューに話を聞いて、ようやく真相が明らかになった。
「お前たち、エアリバドルとチェストヒューってのは、アイスキャットにつけられた名前なんだよな? 本当の名前はなんなんだ?」
本当の名前を尋ねると、ぐすぐす、と泣きながら、エアリバドルは答えた。
「名前はないの」
「名前がない?」
「アイスキャットが私たちに名前をつけてくれたから……」
「ああ……」
ぺこん、と耳を中ほどでおりながら、エアリバドルはうなだれた。
2人は生まれた時からダルク帝国の奴隷で、名前すら与えられていなかったのだ。帝国から奴隷を盗み出したアイスキャットが唯一の名付け親だったのである。
こうした奴隷たちによって結成された盗賊ギルドは、「勇者ギルド」が頭領のアイスキャットを逮捕したことによって解体されてしまったが、そのあともアイスキャットはしばしば脱獄しては、彼女たちのところに身を寄せていたという。
かつてスラムにあったプレシヴェルルの家には地下室があり、そこには盗品がうずたかく積まれていた。
盗品の安楽椅子に腰かけたプレシヴェルルは、いつもクマのぬいぐるみを抱っこしていて、まるでおじいちゃんの椅子に座ってみた子供のように見えてしまう。
チェストヒューは、そんな彼女に毎日のように盗品を貢いでいた。彼女の異能を使えば、人から金品をだまし取ることは造作もない。
「プレシヴェルル、今回の奉納品です」
「うむ、よきにはからえ」
もふもふのクマに顎をうずめながら、鷹揚にうなずくプレシヴェルル。
「ご褒美あげるのじゃ」などと言って、小さな手を差し出したが、なぜか手のひらを上ではなく下に向けている。
「頭」
「?」
「頭なでなでしてあげるのじゃ」
チェストヒューは屈辱に顔をしかめ、子犬のような短い尻尾をぷんぷん振りながら、差し出された手の下に、自分から頭を持って行った。
「よーしよし」
「くっ、屈辱……!」
などと言いながら、子犬の尻尾ははちきれんばかりに振られていた。嬉しいのか嫌なのかよくわからない反応である。
「もうたくさんだわ、こんな小さな盗品をいくら積み重ねたって、らちが明かない……!」
チェストヒューは、積み上げられた盗品の山を崩しながら立ち上がった。
俺がローグシティに訪れたころ、ローグシティは慢性的な不況に陥っていた。この辺で彼女たちが得られる盗品の質も量も目に見えて劣っていたのだ。
「アイスキャット、昔みたいに大きなヤマをはりましょう。いつまでもこんな生活を続けていられないわ」
「いかんのぅ、チェストヒュー。アイスキャットは今、地下に閉じ込められておる」
プレシヴェルルは、血気盛んなチェストヒューを戒めた。
このとき、プレシヴェルルは魔王城について、独自に調べていたことがあった。
「今はなるべく大人しくしておかなければな。つまらないことで勇者ギルドを敵に回したら、もうこうやって日の当たる世界にはいられんかもしれん」
「敵に回せばいいではないですか、勇者ギルドなど! 私たちとアイスキャットが組めば、勇者たちの何倍も強い!」
「本当に恐ろしいのは勇者ギルドではない。わかるか?」
「……アイスキャットを捕まえた、例の勇者のことですか?」
むふ、とアイスキャットはあいまいな笑みを浮かべた。
彼女の求めていた答えではなかったものの、あながち外れでもない、といったところか。
「しかし……敵はたったひとりではないですか! 私たちが力を合わせれば……!」
「千年勇者を舐めてはいかんよ。本当の異世界勇者の前には、数の戦いもまるであてにならん。噂によると、勇者ギルドにいるそいつが『最初の』千年勇者。アリスフォン・ヴェートラーナの娘が率いる大軍を、たった1人で返り討ちに……」
そのとき、隠れ家のドアをごんごん、ごんごんごん、ごごごごん、ごん、とノックする音が聞こえてきた。
チェストヒューはドアに鋭い視線を向けると、そのへんにあったクマのぬいぐるみを掴み、開こうとするドアに向かって思い切り投げ放った。
ちょうどドアの向こうからは、エアリバドルが顔をのぞかせ、クマのぬいぐるみが顔面に直撃した。
「変な男がさ、ぷぎゃっ」
「エアリバドル、また合図間違えてるわよ!」
「ごめんなひゃい……変な男がさ、もうけ話があるって言ってるんだけど」
ぴくっと、聞き耳を立てるアイスキャット。
チェストヒューも短すぎる耳をぷるぷる、と振っていた。
もしアイスキャットの脱走がバレたのだとしても、ここまで手が回るのは早すぎる。アイスキャットを捕まえるための罠だとは思いにくい。
「……はぁ? 精霊と交渉して、新しい魔物を作ってもらった? なにそのバカな話。エアリバドル、それって勇者ギルドの差し金とかじゃないの?」
「ううん、そんなんじゃ全然ない感じだった。あいつ勇者ギルドが何かも知らないみたい」
「じとー……なんかエアリバドルの勘は全然しんじられないんだけど……いい男だったらコロッと騙されるからね」
「ほ、本当だって! 言うほど大していい男じゃなかったし!」
「胡散臭いわね。いちおうそいつに裏がないか、私とエアリバドルの2人で調べておきましょう。アイスキャットは……」
「チェストヒュー、何度も言わせないで」
プレシヴェルルは、朗らかな笑みを湛えて、俺もよく知っている愛らしい子供の声で言った。
「アイスキャットは、ここにはいないの」
彼女たちが俺と出会う、少し前の話だ。




