一瞬の暗闇と千年勇者
「アイスキャット」
俺は、ちょいちょいっと手招きをした。
「仲間に呪いを使うなと言ったろ? ちょっとこっち来い。お尻ぺんぺんだ」
ばっと自分のお尻を押さえるアイスキャット。
顔を真っ赤にして、むー、と警戒するように俺をにらみつけていた。
懐かしい反応だ。
「お、お主のは痛いのじゃ、それになんかこう、手つきがいやらしいのじゃ!」
「おいおい、誤解を招くような言い方をするな、どこがどういやらしいっていうんだ?」
「なんかわかるのじゃ、私は子供ではないのじゃ……!」
「嘘つけ、子供のくせに」
「ほ、本当じゃ……私はこう見えて、うぇあーおう18年間も生きておるのじゃ……!」
ロリババアの感覚がわからない。どうして彼女たちは3桁目をぼかしたがるのか。100歳ぐらいじゃ年増に入らないのか?
「うぇあーおう18歳。なるほど、大人だな。少なくとも、うぇあーおう16歳のヴェートラーナより大人だ」
「そ、そうじゃ、大人なのじゃ!」
えへん、と胸を張るアイスキャット。
しかし、これじゃどっちが本当に年上かわからないな。
どうやら、そういう狙いもあるのか。
本当の年齢は明かしたくないけどとりあえず年功序列をつくっとけ、みたいなノリなのかもしれない。俺も2週目の17歳が来たら真似してみよう。
450歳のシレンシズは遠い目をして彼女たちをみつめていた。こいつは3桁目をぼやかしても50歳だからな。実年齢はロアから聞いたんだが、不用意に俺の口からもらしてはならないだろう。
「さて、お前の呪いはシレンシズにも効かない、俺にも効かない。唯一呪いが効くヴェートラーナはあの通り貧弱すぎて使えない。大人だったらもうこの状況を受け入れて、無駄な抵抗はやめろ。監獄に戻るのはイヤなんだろ?」
「ううぅ……」
「いったい何を盗もうとしてたんだ」
「『清めの水』」
返答をためらうアイスキャットに代わって、ヴェートラーナは地面に仰向けに倒れたまま、言った。
「『赤土』、『ケダモノの唾液』は持っていても、それを洗い流す『清めの水』を持っていない。彼女が求めているのは、たぶんそれ。呪いを解くためのアイテムが欲しかったのよ」
魔力を読み取る緑色の目は、そう言い当てた。
「呪いを解くためのアイテムが欲しかったって……いったい誰の呪いを解くつもりだったんだ?」
ヴェートラーナはため息をついた。
「いるでしょ……ついさっきまで、呪いのせいでへんてこな奇行をしていた人が」
「誰の事だ」
「あんたよ、チメイズマン」
「……俺?」
そのとき、突然宝物庫の内部が隅々まで明るくなった。
まるで重機のような巨大な魔力灯のあかりがついたかと思うと、唯一の出入り口から武装した魔物たちが一斉になだれ込んできた。
「突撃ぃぃぃ!」
ばらばらばら、と、圧倒的な数の魔物たちが現れ、俺たちを全員取り囲んだ。
ただの魔物でないことは、その気配で分かった。
脳の反応速度を高める知力の兜に、体力を増強させる光の鎧、投擲すると手元に戻ってくる風神の槍。それ以外の装備もチート級の性能を誇る異世界アイテムだった。
異世界アイテムは『勇者ギルド』と魔王城内を除いて、この世界での所持を禁止されているもののはずだ。
ということは、そのアイテムを操るのも、異世界スキルを習得した手練れの近衛兵たちだろう。
「やれやれ、侵入者ですか。めんどうだねぇ」
さらには、赤い目と緑の目をあわせもった大魔導ドリスタンまでやってきた。
彼女が入ってくると、ごごごご、という凄まじい音を立てて宝物庫の外の防火壁が降りて行った。
防火壁が二重、三重に行く手を阻むと、宝物庫の扉も閉じられ、さらには決して壊れないミスリル製の錠が10個近く取り付けられ、厳重なロックがかけられた。
これはさしもの俺でも出られそうにはない。
「おや姫様、こんなところで一体なにをしておいでですか」
ぎろっと、ヴェートラーナをにらむドリスタン。
ヴェートラーナは仰向けにねそべったまま、肩をすくめてみせた。
「なんでもない、ちょっと火遊びしてただけ」
「この者たちは?」
「えーと……私の友達?」
苦しい言い訳だったが、いまはその言い訳に頼るしかないみたいだ。
ヴェートラーナの緑色の目はアイスキャットをとらえると、にやーっと酷薄な笑みをうかべた。
「約1名、危険な脱獄囚がいるわ。閉じ込めといてちょうだい」
あ、こいつ、根に持ってる。処女を奪われかけたことを根に持っている。
体長3メートルのドレッドヘアの巨人、ドレッドフル・オーガがヴェートラーナを拾い上げて、その肩にひょいっと乗せた。
これまでの卑屈な態度を一変させ、不遜な態度でこちらを見下ろすヴェートラーナ。
「ふっ、この中で私が一番弱いと思った? 残念でした。さあ、自分の無力さを味わいながら、絶望にその目を昏く閉ざしなさい……!」
形勢が逆転したとたん、鬼畜なセリフを吐くヴェートラーナ。
見上げる格好になったアイスキャットは、ふっと笑ったように見えた。
「愚かな、この私がなんの用意もせずに飛び込んできたと思ったか?」
ばつん。
宝物庫の明かりは、唐突に消えた。
突然の暗闇に包まれ、魔物たちの軍勢は悲鳴を上げた。
ぷぎぃぃ~! ふぐもぉぉ~!
「狼狽えるな、ブタども」
混乱する魔物たちの間から、ひと抱えほどもある光の球が天井に向かって上っていった。
目を焼くようなまばゆい球だ。天井にぶつかった球は火花を散らし、天井の魔力灯を再び明るく光らせた。
宝物庫の明かりはすぐに元に戻った。
大魔導ドリスタンが光の球を天井に向けて放ったのだ。
彼女の赤い目と緑の目は、宝物庫の内部の様子を険しく眺めていた。
俺も周りを見てみる。
エアリバドルとチェストヒューが床に倒れている。
ぶるぶる震えてドレッドフル・オーガにしがみついているヴェートラーナに、シレンシズさんは俺にしがみついている。ぴっとりとしがみついている。胸がやわらかい。
「暗闇が怖くて」
「それなんのジョーク?」
「もうちょっと気を使いなさいよ、バカね」
シレンシズさんの誘惑に俺は必死で耐えた。我慢しろ、俺。相手は人妻だ。
しかし、そこにアイスキャットの姿はなかった。
大魔導ドリスタンがこぼした。
「……なんという貪欲な」
消えたのは、アイスキャットだけではなかった。
そこにあった宝箱という宝箱の蓋が開け放たれ、その中身もごっそりと消え去っていた。
持ち去った。いったいどうやって持ち去ったというのか。
唯一の出入り口であった扉の鍵も10個残らずこじ開けられており、開け放たれた扉の向こうに、同じく開け放たれた防火壁が続いていた。
背中すらすでに見えない。
たった2秒の早業。
まさにアイスキャットは大怪盗の片鱗を見せたのだった。




