表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
43/67

獣の天子と千年勇者

「プレシヴェルル……お前が、アイスキャットだったのか?」


 プレシヴェルルは、いつものようににっこりと、柔和な笑みをたたえた。

 エアリバドルとチェストヒュー、いつもの獣人コンビにひっついていた、黒髪のショートカットがよく似合う、おっとりした獣耳の女の子だ。

 彼女の魔力でいつも騒々しく動いているクマは、今はぬいぐるみのように押し黙っている。どうやら死んでいるのかもしれない。逆に不気味だった。


「ますたー、気付くの遅すぎますよ?」


 彼女は、急にしわがれた老人のような声になった。

 少女の体を持ちながら、まるで中身は何千年も生きてきた精霊であるかのようだった。


「まあ、『体』を新調したから無理もないかのぅ。ひさしぶりにお主とあうのじゃ、気付かれなかったのは、ちょっとばかりショックじゃったがな」


 プレシヴェルルの純真な黒い瞳が、白く混濁してゆく。

 ショートヘアも、まつげも、霜が降りたように白く染まった。

 お尻からにょっきり生えた二股の尻尾の先端まで真っ白くなり、衣服はボンテージから真っ白な法衣に切り替わった。

 全身白づくめだ。雪のように白い。

 冬の朝のように、息も白く輝いている。


 強烈な水の魔力を内包する魔法使いの周囲に起こる怪奇現象、『細氷さいひょう』。

 微量なジャンク魔力が周囲の物質を自動で氷漬けにし、魔法の発動に有利な環境を生み出しているのだ。


 白濁した目は、目にした者の魔力をコントロールすることで、いつでも呪術をかけられる状態にする邪眼。

 チェストヒューのものを一度見たことがあるが、それとはまるで比べ物にならない。

 その姿は、俺の記憶にあるチート級獣人の特徴を彷彿とさせた。


 第二異世界、惑星『六央州』、大九竜神国出身、本名不詳、俗称、アイスキャット。それが俺の知っている彼女のすべてだ。


 クマのぬいぐるみをずるずると地面に引きずりながら、からん、と下駄を鳴らして、こちらに近づいてくる。

 不遜な態度でふんぞり返っていたヴェートラーナは、手を前にかざして素早く彼女を制した。

 俺は後ろにいるから丸わかりだが、足ががくがく震えているぞ。おそらく、アイスキャットの桁外れの魔力が視えているのだろう。


「そこで止まって。こんなところで暴れる気?」


「ふむ? 広さが足りんと申すか?」


「あなた、ここで暴れたらどうなるかわかってる?」


「ほう、どうなるのじゃ?」


「忘れたの? ここは魔王城の宝物庫よ。魔王殿下の側近がすぐそばに控えているわ。あなたはどこにも逃げ場はない」


 そのとき、にたり、とアイスキャットは笑った。

 彼女は権力のようなものに決して屈しない。ひるまない。皇帝のようにいつも漫然と構え、そしてわがままを通す。


「そちらこそ、逃げ場がないのは自分だという事を忘れておらんか? なあ、『ディップ』」


 本名で呼ばれたその瞬間、俺の背筋にぞくりと氷水を流し込まれたような悪寒が走った。


「『ディップ』、そやつを押さえつけろ」


 そう、本名を呼ばれた俺は、すでに彼女の術中にはまっていたんだ。

 体が自然と動いて、ヴェートラーナを後ろから羽交い絞めにした。


「ぐっ!? ち、めいず、まん……!?」


 ちっこいヴェートラーナは、それだけで地面に足がつかなくなった。白いストッキングに包まれた足をばたばたさせて、必死の抵抗を試みていた。


「離せ……! わ、私は、魔王殿下直属、四天王の1人、《大魔導メイジ》アリスフォン・ヴェートラーナの孫娘なるぞ……!」


 なんかそれ、すごく久しぶりに聞いたな。

 アイスキャットは法衣の腰に提げていた小袋に手を突っ込むと、中からさらさらの赤土を取り出した。

 手の平に広げたそれに、唾をぺっと吐いた。『赤土』と『ケダモノの唾液』、高位魔術素材であるそれらを、ぐっと手の中に握りしめる。


「や、やめ……やめぇぇぇ~~~~!!!」


 指先を揃えて伸ばすと、ヴェートラーナの額に素早く波線、(~~~~)を描いた。


『孫娘? 残念じゃが、お主はいまから『さざ波』じゃ。『さざ波』は沈黙せよ』


 びくん、と体を震わせたヴェートラーナは、何かしゃべろうと口をぱくぱく開くが、言葉がでない。

 額に書かれた象形文字が、アイスキャットの呪術の効力を増大させているのだ。


 獣人の文明は、3以上の数字を持たない。1、2、そして3とそれ以上をあらわすトカゲ。

 それらは、特定の呪術を相手にかけやすくするために、特別に形を進化させたものだった。


 だが、アイスキャットの呪術はさらに桁外れだった。

 彼女の手にかかれば、単なる図形を象形文字の代わりにして『命名』し、『絶対命令』をかけることさえ可能なのだ。


「もうよい、『ディップ』、そやつを離してやれ。『さざ波』はそこを動くな。『ディップ』、こちらへ近くよれ」


 複数の人を自在に操るアイスキャット。まさにこなれた仕事のように指示は的確だった。

 ヴェートラーナは床にぺたりと座り込んだまま、身動きが取れなくなっていた。あのおしゃべりなヴェートラーナが黙り込んでしまうと、なんかかわいそうだ。


「ディップ、あの約束を忘れておらんか? 約束をたがえれば針千本じゃぞ」


「約束? なんの約束だ?」


 俺は命令に従って、アイスキャットの方に近づいていった。

 腰に両手を当てて、アイスキャットは、むふー、と鼻息を荒くした。アイスクリームのようなほっぺたを紅潮させて、目をらんらんと輝かせ、口をvの字に釣り上げ、なんと、俺に抱きついてきた。


「でぃっぷぅ~! 私のクマさんになるのじゃぁ~!」


 俺はアイスキャットに押し倒された。ごろごろでれでれ甘えられた。

 ああ……忘れていた。『発情期』だったんだ、こいつ。


 ヴェートラーナは目を真ん丸く見開いていた。

 声が出ないみたいだが、何が言いたいかは口の動きを読めばわかる。

 ろ・り・こ・ん、腹パンするぞ。


「うふふぅ、なんだか体が熱いのぅ」


 好きなだけごろごろ甘えた後、俺に馬乗りになったアイスキャットは、誘うような怪しい秋波いろめをうかべ、法衣をしゅるり、とはだけた。

 その下には先ほどのピンク色の紐のようなボンテージを身に着けていた。上から法衣とはかまを身に着けただけだ。余計にエロい!


「私の大九竜神国では、高貴な獣人族は発情期をコントロールできるのじゃ。この体はこの星の獣人をモデルにして作ったからのぅ、発情期などはじめての体験で、ちょっと怖いのじゃ。ディップ、やさしく、やさしーく、するのじゃぞ?」


 などと言って、俺の胸をベッドの触り心地を確かめるように両手でもぞもぞ触ってくるアイスキャット。くすぐったい。

 俺はプレシヴェルルのクマさんになって、ただの大きなぬいぐるみらしく、ちょっと横を向いて横たわっていた。


 ヴェートラーナはごくりと唾をのんで、様子を見守っていた。お前はアニメでも見てろ、ここからは火サスの現場になる。


 そのとき。

 俺の視界をなにか白い物体が高速でよぎった。


 ドカッ


 俺は目だけを動かし、その白い物体の正体を確かめた。

 エルフがよく使うイチイの木から作った柄に、クリスタル製の矢じり、そして、矢じりの反対側に白い羽飾りがついたものだった。


 矢。

 エルフの矢だ。


 俺は首を動かせないが、確信する。

 ここは魔王城の地下。宝物庫だ。

 山から矢が飛んでくるはずがない。

 そこには、いるはずのない誰かがいる。

 その何者かは、何事にも興味を示していないようなあっさりとした声で、言った。


「人の夫に手を出さないでくれるかしら? アイスキャット」


 シ、シ、シ、シ、シ、シレンシズさぁ~~~~~~ん!


 ふっと、シレンシズさんが何もないところから姿を現した。

 平静な表情の中に、怒りと困惑を押し隠している。まさに女王の風格と威厳を兼ね備えていた。


 その左右の肩に、火の精霊と風の精霊を従えている。

 ……どうやら両精霊の加護により、透明化して魔王城に侵入したいたらしい。


 そう、アイスキャットにチート級異能が備わっているように、チート級エルフにもまたチート級異能が備わっている。

夜狩ランボー』に次ぐ彼女の異能のひとつ、『透明化プレデター』だ……!


「あんたがアイスキャットだってのは知ってた。精霊たちがチクってくれたから」


 そう、精霊と友達であるエルフに、隠し事は通用しない。周りにどんな精霊がいても頓着しない汎神主義アミニズムの獣人にとって、それは盲点でもあった。

 ぎりっと、シレンシズをにらみつけるアイスキャット。まるで仇敵にでもであったかのようであった。


「10年ぶりじゃな、『イリノア』……またいいところで邪魔してくれたのぅ……」


 そして、彼女の口からふたたび命令がこぼれた。


「『イリノア=ベルシャン』は、帰れ」


 そのとき、シレンシズの体を繭のような光の膜が包み込んだ。

 エルフは精霊の友達である。

 自称エルフの女王のシレンシズは、常に大量の精霊の加護をその身に受けている。

 エルフの村で村人たちが彼女に畏敬の念を送っていたのは、常人には見えない小精霊に常に保護されていたからだ。

 彼女に対する攻撃があれば、強烈な魔力シールドが彼女の意思に関係なくオートで展開され、見えない精霊たちがその身を守る。

 びしっ、と魔力シールドにひびが入り、強烈な魔力同士のせめぎあいが起こった。

 あまりに強烈な魔力はその余波で余分なエネルギーを生み出し、可視光を生み出すことで素人の目にも見えてしまう。

 シレンシズは首をかしげて、率直な質問を投げかけた。


「ねぇアイスキャット。どうやって私の名前を知ったの?」


「ふん、私をいったい誰だと思っておる? 大盗賊じゃぞ」


 そう誇らしげに言ったアイスキャットは、両手を広げて攻撃の手を休めた。

 純白の獣耳はぺたん、とお辞儀をするように垂れ、悲しそうな声音になった。


「10年前……オリュンポス山で目覚めた時、私は1人じゃった。

 ずっと一緒にいた第50勇者連隊の仲間の姿も見えずに、心細かった、怖かった。

 けれど、お主が先に目覚めていたから……森の中で私に手を差し伸べてくれたから、立ち直ることができたのじゃ」


 ぐすっと、アイスキャットは鼻をすすった。

 ヴェートラーナは目を見張って、今の言葉を心に刻み付けているみたいだった。


 ヴェートラーナの母親は、1000年の眠りから目覚めた勇者を1人ずつ殺害してゆき、そして何人目かの勇者の手によって返り討ちにされた。

それ以降の勇者が120名、手つかずのままこの世界で生き延びることとなった。

 アイスキャットの言葉に嘘がなければ、彼女が目覚めたのは、シレンシズ以降ということになる。ヴェートラーナの母親を殺した犯人ではありえない。


「一緒にこの世界を変えようって、私の方から誘ったのじゃ。ダルク帝国によって支配されているこの世界の弱い獣人が、私は許せなかったのじゃ。

 獣人はたとえ野良に堕しようとも強くなければならない、もっとも気高く高潔な種族、それが獣人でなければならないというのに……! けれど、お主は……この山に留まり、エルフたちと生きる道を選んだ!」


「仕方なかったのよ……あのとき、私のお腹の中に子供がいたの」


 平然と言い返すシレンシズの声に、いつもの刺々しさは含まれていなかった。

 それに昔の彼女なら、言い訳なんてぜったいにしなかっただろう。

 自分の弱みは仲間にはひた隠しにしていたし、何か彼女なりに理由があって周囲に迷惑がかかっても、「悪い?」と堂々と開き直る。

 出産と、子供を育てる10年という歳月が、氷の女性シレンシズを少しずつ変化させたのかもしれなかった。


「100パーセントの確率で、ディップの子よ。どう、うらやましいでしょ?」


 えへん、とふんぞり返って言った。

 ……あんまり変化してなかった。いつもの自慢しいの高慢ちきな自称エルフの王女、シレンシズだった。


 ヴェートラーナとアイスキャットの2人は、目を真ん丸にして俺とシレンシズを見比べていた。そんなの初耳だ、と言いたげだ。


 俺は「あちゃー」と心の中で簡単を漏らし、観念してまぶたを閉じた。

 ……ごめんな、2人とも。大人は子供の知らないところでいろんな事してるんだよ。


「『ディップ』! 立つのじゃ!」


 アイスキャットの張りつめた声が聞こえて、俺はげんなりしながらも仕方なく立ち上がった。

 アイスキャットはわなわな肩を震わせていた。

 高慢ちきなのは、すべてのものを思い通りにしてきた彼女も引けを取らない。

 その白濁した瞳が、こんどは欲望を表すように、みるみる朱に染まっていった。

 赤い瞳。俺もアイスキャットのこんな瞳の色は初めてみる。

 いったい、どんな異世界スキルが発動するのか?


「……私も、ディップの子供が、欲しいのじゃ」


「よせ……アイスキャット、やめろ。お茶の間に流せなくなる」


 まあ、俺も初っ端からゴブリンの肉食ったり、お茶の間に流せないことは散々してきたが。


 ここには彼女の暴走をいさめる第50勇者連隊の仲間はいない。

 アイスキャットは俺を指さし、「絶対命令」を発動した。

 命令する声までわなわな震えていた。


「『ディップ』、私の子供を作……」


「痛いわよ」


 その命令をインタラプトし、未然に防いだのはさすがのシレンシズさんだった。

 彼女はただ淡々と事実を告げるだけで、アイスキャットの暴挙を封じた。


「超痛いわよ。血が出るわよ。ディップは特にあれだから、下手をすると死ぬわ。こいつはクマさんなんてレベルじゃないわ、ヒグマよ」


 経験者はかく語る。俺は特にあれって、いったいどれなんだろう。俺は自分ではいたってノーマルなつもりなんだが。


 シレンシズの真剣な助言に、アイスキャットはすっかり青ざめ、がくがく震え始めた。


「そんなに? ……けど……私も子供が欲しいのじゃ……」


 どうやら怖いらしい。

 前の世界ではわがまま放題で育った彼女は、思考が12歳のまま停止しているのだ。

 しかも人間と違って発情期はコントロールできるからな。いままで興味ももたなかったに違いない。


 二股の尻尾をネギみたいにふるり、ふるり、と振りながら、ちらっとシレンシズの方をうかがっていた。


「『イリノア=ベルシャン』……ど、どんなのか、ちょっとだけ、手本をみせるのじゃ……」


「イヤよ」


 再び、獣人の最高呪術とエルフの精霊結界の激しいせめぎあいが火花を散らした。

 エルフの女王、シレンシズの体をオートで守る精霊たちも必死の表情だ。いいじゃん精霊たち、ここはアイスキャットのためにも手本を見せてやろうぜ? な?

 シレンシズは絶対命令を受けても、平然とそりかえって動こうとしなかった。けろりとした様子で言い放つ。


「それ以前に、私は処女じゃないから、あなたの参考にはならないかもしれないわよ?」


「処女? なにそれ、初めての人? じゃあ、じゃあ……」


 うー、とシレンシズを責めていた呪いの力を引っ込め、次なる標的を探すアイスキャット。

 瞬間、地面にへたり込んでいたヴェートラーナが、びくっと肩を震わせた。

 ヴェートラーナの体を上から下までじーっと観察するアイスキャット。だらだらと汗を流すヴェートラーナ。年齢としては、ヴェートラーナのほうがちょっと上ぐらいか。


「『さざ波』……! お主は処女なのか!?」


 ヴェートラーナは屈辱に顔をゆがめて、口をあうあうと開いた。


「………………ぇ…………す」


 絶対命令が発動して、言いそうになったのだ。だが、さきほどの呪いのせいで声が出ない。目にいっぱい涙がたまっていまにもこぼれそうだ。口の動きから察するに、これはたぶん処女だな。

 しかし、アイスキャットはそれに気づかないのか、それとも天然なのか、しつこく何度もヴェートラーナに告白させた。なんてひどい奴だ。


「聞こえなかったのか? 『さざ波』、お主は処女なのかと聞いておる!?」


「………………じょ…………です」


「えっ!? 聞こえないぞ、『さざ波』、お主ひょっとして処女なの!?」


「………………しょ……じょ…………れぇぇす」


「ん? ……あっ、そうか。『『さざ波』にかけられたすべての呪いは崩壊する』! 『さざ波』、お主は処女なのか!?」


「処女だって言ってるでしょ、もう何度も言わせるな―――――――ッ!」


 ヴェートラーナは叫ぶと同時に立たされた。さらに操られるがまま、俺の目の前までふらふらと歩かされてきた。

 ぐしぐし泣きながら運ばれてくるヴェートラーナ。俺も直立不動の姿勢で格ゲーみたいに彼女と向かい合う。ヴェートラーナの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっており、格ゲーのキャラにあるまじき、怯え切った表情を俺に向けていた。


「チ、チメイズマン……あの……いまのはちがくて……そうじゃ……なくて」


「……………………」


 俺にはなんとも答えようがなかった。

 この世の終わりのような、絶望的な表情を浮かべるヴェートラーナ。

 アイスキャットは、無情にもそんな彼女に死の宣告を言い渡すのだった。


「『さざ波』は……えーと、どうすればよいのじゃ? 私より先に子供作られるのはイヤなのじゃが」


 ここにきて、経験と知識の少なさがアイスキャットの行動を阻んだ。

 おいおい、こんな場面でシレンシズに助言を求めようとするな?


 獣人の神官が世界を席巻できなかったのは、世間に関する知識と経験の少なさによるものが大きかったからだろう。

 世界を席巻するために知識と経験を積み重ねていくよりも、ひっそり隠れて過ごした方がたしかに気が楽ではある。


 シレンシズは、肩をすくめて「とりあえずハグしとけば?」と無難なアイデアを出した。


「よし、『さざ波』と、『ディップ』は、ハグしろ!」


 嬉々として命令するアイスキャット。

 王様ゲームみてぇ。

 小さな体をがくがく震わせていたヴェートラーナが、ぎゅっと瞼を閉じ、両手を広げた。

 そして、叫んだ。


「う……ううぅ、チ、チメイズマン……! 正直、あんたに触れるのはオークに触れるよりかはまぁましな程度だったけど、わたしの初めてを奪うからっていい気にならないでよ! あんたなんかサブいぼが立つくらい大嫌いなんだから! うえあーおう16歳にもなって、私が処女だったってことは、み、みんなには内緒よ……! けど、今から卒業するんだから……い、言っても、無駄だよね……!」


 俺はふう、とため息をついた。

 オーク船で背中に忍ばせておいたハリセンを取り出し、すぱーん! とヴェートラーナの頭をカウンター気味にはたき、地面にノックアウトKOした。


「ふ、ふふふ、やっぱり女を叩いて興奮するんだ……最低ね」


 頭から突っ伏して倒れたヴェートラーナは放っておいて、次いで、驚愕に目を見開くアイスキャットの頭をすぱーん! とはたき、ついでにシレンシズもオートで立ち上がる精霊の防御を貫通してすぱーん! と頭をはたいた。


 じんじん傷むのか、頭を押さえて不服そうな顔を向ける3人に、俺は言い放った。


「あのな、とりあえず落ち着こうぜ」


 俺はハリセンをその場に投げ捨てた。


「1人だけわれ関せずみたいな顔してんじゃねぇよ? シレンシズ」


 シレンシズに毒づくと、彼女は頭をさすりながら、むっとした表情を俺に向けていた。


「2人目はさすがに今の夫がかわいそうかなと思ったの」


「確かに……いやいや、そうじゃないだろ。傍観してないでなんとかしろよって言ってるんだけど?」


「アイスキャットは今後、この星の獣人になるわけだから、発情期が来た時のために性教育も必要じゃないかしら。どう思う?」


「だからって、そんなのに俺を使うな。まあ、俺はいいとして、あいつもエルフの村を襲おうとしてた鬼畜だからいいとして」


 自分の子供にも「シレンシズさん」なんて呼ばせているような女だ。教育方針が間違っている。

 しかし、フェリスタンには俺の娘ロアの世話も見てもらっている。このうえ2人目も俺の子供が生まれた日には、目も当てられない。ハーフエルフと純血のエルフの違いはそれほど明らかだ。

 何が起こっても常に平静さを失わないでいられるのはさすがシレンシズだったが、アイスキャットは混乱しきりだった。


「どうして……お主は、どうして動けるのじゃ、ディップ……!」


「アイスキャット……俺はもう2度も3度も呪いにかかってるんだぜ? そりゃ、いい加減『慣れる』さ」


「な……なれ……?」


 アイスキャットは、口をあんぐりと◇に広げた。

 あれ? どうやら彼女の常識の範囲外だったようだな。

 まあ、人の常識を軽々と覆してしまうのは勇者だからしかたない。

 アイスキャットは、火を噴くように叫んだ。


「そんなはずない! 絶対命令は『名前』そのもの、生まれてから生涯かけられ続ける呪い、それに『慣れる』などということ、あるはずが……!」


「いいや、俺はこの呪いの形を見たときに、回避する方法もあるって事がわかったぜ」


 そう、魔力を可視化するヴェートラーナの魔術によって、呪いの形を視覚的に見た時。

 俺はその解決方法を見つけた。それをいまここで実践しているのだ。


「呪術の形は『波紋痕』だ……つまり、呪いの魔力は『波』の周期を持って発生し、脳の興奮を鎮め、思考を操っている。

 だったら簡単だ、魔力が効果を示す山のときはいったん脳の活動をシャットダウンすれば、間違った神経伝達が行われずにすむ。

 そして、魔力が来ない谷の時に脳の活動を集中させれば、それらは書き換えられないまま、正常な神経伝達が行われる」


 時間を1万倍に引き伸ばした世界で見たので、実際の山と谷の周期の差は、ほとんどないに等しいだろう。

 だが、コツさえつかめばどうってことない。波形はずっと変わらないので、連続回避が可能だ。

 しかし、不思議だ。どうしてこんな簡単なことに誰も気づかないのか。

 俺は勝ち誇って言ってやった。


「つまり……お前の呪いは、回避可能だ……物理的にな!」


 しーん、としてしまったアイスキャット。

 あれ? 俺、なんで化け物を見るような目で見られてる?


「呪いを……ぶ、物理的に……回避? ……一体、なにを、言っておるのじゃ……?」


 ヴェートラーナは、お腹を抱えて苦しそうに笑っていた。


「あんた……いつも言ってるでしょ、私の常識の範囲内で行動しなさいよ……けど、ぐっじょぶ」


 ぐっと親指を立てるヴェートラーナ。


 シレンシズは、「こいつならやるだろう」と思っていたのか、うんうんと頷きながら、平然とこの事態を受け止めていた


「諦めなさい、アイスキャット。神はこの世に二種類の男を生み出したの……ディップか、それ以外よ」


 そう、俺はチート級獣人でもない、チート級エルフでもない。

 ただのチートだったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ