宝物庫の王女と千年勇者
俺とヴェートラーナは暗闇の中で息をひそめていた。
ただでさえ棺桶のように狭くて居心地が悪いのに、ヴェートラーナは俺にぐりぐり背中を押し付けて、よけいに苦しかった。
ほの暗い地下室。クリスタルの明かりが、イベント会場に置き忘れたペンライトのようにちらほらと光っている。
まったくの無風。鼻息の音まで聞こえる静寂に包まれていた。
俺たちはいま、魔王城の宝物庫にいる。
魔王城は1000年前に軍の座学で写真を数枚見せられたが、古びた石造りの城だった。
ヨーロッパの石造りの建物は1000年ももつと言うが、じっさいに1000年の時を経てずっと立っているところを見ると、本当にただの石なのかと疑いたくもなる。
オークの漕ぐ船に備えてあった、人ひとり入れそうな宝箱のひとつに、俺が膝を曲げて横たわり、空いた隙間にヴェートラーナが丸まって収納される、といった感じで隠れると、そのままふたを閉められた。
えっほ、えっほとオークが担いで魔王城まで運び入れ、とちゅう、検閲らしきところで立ち止まると、「ふごふご、姫様の例の……ふごふご」「ああ、姫様の異世界召喚アイテム……ふごふご」という怪しげなやりとりだけで、中身は改められずにそのまま堂々と宝物庫まで運ばれていった。どうやらヴェートラーナの趣味に関しては、誰も深くは関わりたくないらしい。
ヴェートラーナは大人しく三角すわりして、鍵穴から外をのぞき、あんパンをもぐもぐやっている。まさに密着24時であった。
「こんないかにも怪しい宝箱に引っかかると思うか? あいては大盗賊の一味だぞ」
「木を隠すなら森の中よ。だいじょうぶ、似たような宝箱がいくつもあるから」
「というか、なんで俺とお前なんだ。せめてアスカロンも連れてきてやれよ」
「アスカロンだったら、もし見つかって身分がばれたら大事になりすぎるでしょ。『勇者ギルド』との戦争にまでなりかねないわ。けれど、私とあなただったらいくらでも言い訳はつくでしょう」
「いったいどう言い訳するつもりだ」
「私はここで生まれ育ったもん。小さいころよく宝物庫に忍び込んで遊んでたわ」
「お前はいいよ、俺は?」
「あー……もちろん私の友達?」
「なんで疑問形なんだ」
ヴェートラーナは鍵穴の向こうをじっとのぞき、軽く咳ばらいをした。
……なるほど、見つかったら終わりってことか。
しかし、彼女たちは宝物庫に現れるのだろうか。
アスカロンの推察が正しければ、あの3人の目的はこの城のどこかにとらわれた召喚師の奪還だ。
まあ、頭の固いあの軍師のことだから、あんまりあてにはならないが。
召喚師が生きている、という情報も、どこまで信用していいのかわからない。
……けれど、もし俺の召喚師が生きていたなら……。
「あ、なんか来た」
ヴェートラーナが宝物庫への侵入者を発見した。
俺は立ち上がり、ヴェートラーナを脇にどけやった。
「俺にも見せろ」
「いたいぃぃ」
「いててて! お前、脇蹴ったな!」
「髪の毛はさんだぁ! キズがついたら責任とってよね!」
「どう責任とるんだ! というかなんでこの宝箱のぞきあながひとつしかないんだ、潜伏に向いてないんじゃないかこれ!」
箱の中でしばらくポジション決めにあくせくしていると、大きな声が聞こえてきた。
「ここが宝物庫かぁー! ひっろぉー!」
聞こえてきたのはいやに楽しげな声で、俺は心底脱力した。
来てんじゃねぇよ、エアリバドル。
宝物庫にまっすぐやってくるとは。
やっぱり、召喚師の話うんぬんはデマかなんかだろうな。
エアリバドルがいるとなれば、やはりチェストヒューのいつも通り落ち着いた声も聞こえる。
「目当てのものはどこにあるの? さっさと盗んでいきましょう」
そのとき、いつもの2人組とはまったく別人の声が聞こえてきた。
「さがしなさい……きっとこの中にあるはず」
しわがれた老人のような、ぞっとする声音に、俺とヴェートラーナはすくみあがった。
ヴェートラーナは、鍵穴の外の様子に目を見張っていた。やがて、小さく喉をならして言った。
「わかったわ」
「わかったってなにが?」
「アイスキャットの正体よ……なによ、ひと目でわかるんじゃない」
ヴェートラーナは、ふっと笑みをこぼした。
そして、俺が驚くほど大きな声音で言った。
「そこまでよ! 大盗賊アイスキャットとその一味!」
「うにゃっ!?」
「だ、だれっ!?」
「この魔王城の宝物庫にまで忍び込もうとは、さすが大盗賊といわざるをえない……その手腕には、敬服の念を送らせてもらうわ!」
そうか? 俺達でもわりと簡単に入り込めた気がするんだが。
狼狽える一同に、さらにヴェートラーナは声高に、しかし宝箱に身を隠したままで言う。
「そう……あなたはかつて帝国から奴隷たちを盗み出し、盗賊ギルドを結成した大盗賊となった……あなたは奴隷たちひとりひとりに名前をつけ、自在に魂を操っていたのよ。そして特別な2人には自らの魔力を分け与えることで、魔導クラウドへのアクセス権限をあたえ、異世界スキルをも扱う能力をつけさせた。文字通り、自分の手足のように自在に使っていたのだわ」
「そこにゃっ!」
ずがんっ! と衝撃波が響き渡った。
エアリバドルが突進していったみたいだったが、どうやら明後日の方向だったようだ。
「なっ……! なにこのバッジ!」
「安心して、探偵バッジを置いてある」
などとひそひそ声で言って、俺にウィンクしてくるヴェートラーナ。こいういう時になると急に表情がいきいきしだして腹が立つ。
「……あなたは自分の名前を2つに分けて、側近の2人に書き記した。私の目には、その魔力を帯びた名前が見える。『エアリバドル』と『チェストヒュー』。ひと目でわかったわよ、自分の所有物に自分の名前を書くなんて、まるで子供みたいじゃない……」
「いったい誰よ! 姿を現せ!」
ヴェートラーナは、ここぞとばかりに立ち上がり、ばんっと宝箱のふたを開いた。
きりっと眉をつりあげて、侵入者に言い渡す。
「アリスフォン・ヴェートラーナ……《大魔導》だっ!」
「こ、子供……!?」
「こんな小さな子供が……!」
驚くエアリバドルとチェストヒュー。
そしてその視線は、俺に注がれた。
「子供と……なにやってるの、チメイズマン」
うむ、ここまでテンプレだ。
説明は後でさせてもらおう。
ヴェートラーナは、2人のその隙を逃さなかった。
「ふっ……あなたたちの探しているものは、これでしょう?」
時計型麻酔銃を構え、すばやく針を放った。
エアリバドルとチェストヒューは、急にとろんと眠たげに目を垂れ下げると、ふにゃっと脱力して倒れた。
麻酔がきいたのではない、呪いが解かれたのだ。
俺の目には見えないが、2人の額にはそれぞれの名前を記した魔力痕がやどっていたのだろう。
ヴェートラーナは、ぱちん、と時計型麻酔銃のふたを閉め、勝ち誇って言った。
「チメイズマンがタブレットで大魔法を使ったと聞いたとき、ぴんときたのよ。ひょっとして、ゾンビ化している間に、勇者の誰かに白光石を分けてもらったんじゃないかって。……あなたがチメイズマンに大きな白光石をあげたというのは、女狐が吐いたわ。」
そこには、クマのぬいぐるみを抱えた少女がいた。
ピンク色のボンテージを身につけ、背筋の凍るような四白眼でこちらを見ている。
背の高さではどっこいどっこいのヴェートラーナは、漫然と胸を張った。
「さて、年貢の納め時よ、プレシヴェルル……いえ、アイスキャット。10年前に起こったことを、洗いざらい白状しなさい」




