九尾の狐と千年勇者
「わからないわよ、私はちょっと男遊びが過ぎて、フツーにここの牢屋に入ってただけなんだよ。
ただ相手が国王とか政治家とかで、国がいくつか滅んだり? あるいは戦争や飢餓が起こったり? それでダーク・ヘイズ地下3000階入りよ。ぜんぜん私のせいじゃなくない?
風呂上がりにちょっと扇風機のまえでやるじゃん、あーって、宇宙人みたいな声出すの。それやってたら、勇者たちがなんかあわただしく出入りし始めてさ。きっと囚人の誰かがダンジョンに迷い込んで行方不明になったんだと思ってたんだ。ここじゃよくあることなんだ。
けれど、そこのアスカロンっていう勇者が私の事をいきなり捕まえてさ。行方不明になったアイスキャットってのだと思い込んじゃったみたいなんだ。人違いだって言ってもぜんぜん聞いてくれやしない。
それからずーっと地下の方に閉じ込められたし。数日間抵抗したけど、しかたないから後は話てきとーにあわせて、ごはんだけ貰ってた」
タブレットの映像に映っていた女囚を探すと、案外すぐに見つかった。
金髪ケモミミに9股の尻尾。男と見れば見境なく食らう、まさに女狐の風格を持っていた。
俺たちが女狐に会うや、いきなり非難されたアスカロンは、すっかり参った様子であった。
一度思い込むとテコでも動かない性格だからな、気苦労が絶えないだろう。
「やっぱり、アイスキャットはこの女囚を自分の身代わりにして、自分はその間に逃げたみたいね……どうしてわざわざ彼女を選んだのかしら?」
ヴェートラーナが疑問を呈すると、即座にアスカロンは答えた。
「それはおそらく、獣耳だからだろう」
「そんな理由で?」
「知らないかもしれないが、ダーク・ヘイズの女囚は種族がかなり多岐にわたっている。獣耳の犯罪者数は多いことは多いが、軽微な犯罪が多く、ダーク・ヘイズにまで収監される者は少ない」
「ああ……俺の見た範囲(風呂場)でさえ、魔女やケモミミやアラクネ(蜘蛛女)、ドリアード(樹人)に人魚にドラゴニュート、キラービーにサキュバスにインプにゴーストと、属性てんこ盛りだったからな。……同じケモミミがいたから、えらんだだけだろうな」
俺とアスカロンはうん、うん、とうなずきあった。
ヴェートラーナの視線が俺を軽蔑するようなものへ変貌していった。こっちみんな。
女狐は、俺を見てぽつりと言った。
「にーさん、あんた囚人の間じゃけっこう人気者だよ。男どもは寝たい男ナンバーワンに選んでるよ」
ヴェートラーナは、ぶふー、と噴き出したかと思うと、腹を抱えて身をよじり、ひーひー笑っていた。
「寝たい男ナンバーワンの破壊力……」
「お、俺じゃない、たぶんそいつは俺の弟だ。やんちゃで困っている」
「弟。そっくりだね、じゃあそういう事にしておこうか」
「話の途中だけど、わたしたち急いでるの」
ヴェートラーナは話の流れを無視して俺のタブレットを掲げ、映像を女狐に見せた。
「このビデオを撮影した時のことは覚えてる?」
「あーこれ、覚えてるっつーか、ついさっきだもん」
女狐はうんうん、とうなずき、9股の尻尾をわさわさと揺らした。
覚えていた。もし記憶を消されていたらどうしようかと思ったが、どうやらその心配は不要だったみたいだ。
「私が地下5000階に閉じ込められているときさー、いきなりこいつらが独居室に入ってきたんだよ。こいつ……の弟だったっけ。そいつが『俺にメッセージを残すから撮影しろ』とかわけわかんないこと言って、その板切れみたいなの持たされたんだ」
「その時の様子をもうちょっと正確に教えて。最初に入ってきたのは、この男よね?」
「と、このちんまいの」
女狐は、プレシヴェルルを指さした。
どうやらゾンビになった俺は、立てない呪いを彼女に解除してもらったあと、彼女を連れてここまで乗り込んできた、という感じか。
「……あとの2人はいつごろ、どうやって? なんかの魔法を使ったりしなかった?」
「知らないよ、私はアイスキャットじゃない人違いって言ったんだ。なんかあてが外れたみたいでさ、話し合ってたと思ったら、男の方がいきなり消えて、残りの2人を連れてきた。勇者さん、あれぜったい違法な魔法だよ、私なんかよりこいつ逮捕した方がいいって」
「その魔法を使ったとき、空に地球儀が現れたりしたか?」
「地球儀? 地球儀ってなに? ……緑色の丸い玉? ああ、あったねぇ、そんな感じ」
どうやら、ゾンビ状態の俺は空間転移を使って2人をここに連れてきたらしい。
どうしてここに連れてこようと思ったのか、消費MP7.5の大魔法をどうして使えたのかはいまだに謎だが。
これでアイスキャットを連れ出さなかった理由ははっきりとした。アイスキャットはもうすでにいなかったからだ。
「で、これを撮影したあと、どうなった?」
「なんかこの男がいきなり女装し始めた」
「いきなり女装し始めた」
ヴェートラーナがこっちを見た。こっち見んな、頼むから。
「自分が身代わりを引き受けるとか、わけわかんないこと言って私に変装しようとしてた。カツラとかつけ尻尾とか魔法で取り出して、念入りにメイクしてさ。勇者さん、私なんかよりこいつ捕まえた方がいいって。こいつ絶対やばいクスリとかやってるって」
「で、あなたは元の囚人室に無事に戻れたの?」
「ダンジョンで迷子になってたって言ったら無事に戻れた。特に刑罰はなかったよ。脱走者が1カ月くらい消えるのは珍しいことじゃないからね、ここ」
「あなたは元の囚人室に戻った、チメイズマンは女装して独居室に残った。じゃあ、他の3人はどこへいったの?」
「知らない……あ、けど、魔王城に忍び込むとかなんとか言ってたぜ。なんか話し方の雰囲気からして盗賊っぽかったな」
「魔王城に……忍び込む?」
ヴェートラーナは目を真ん丸に見開いていた。
魔王城に忍び込んで、いったいどうしようというのか?
そのとき、何か思い当たる節があったのか、アスカロンが突然叫びだした。
「まさか……! アイスキャットは魔王城に……!」
「落ち着け、まだ魔王軍に捕まったと決まったわけじゃない」
「もしそうだったら完全に行き違いだわ……」
と、魔王城からダーク・ヘイズまでやってきたヴェートラーナはこぼした。
果たして、アイスキャットはヴェートラーナの母を殺した真犯人なのだろうか。
いずれにせよ、こいつは真犯人が見つかるまで決してあきらめたりはしないだろう。
というか、アイスキャットや他の勇者も殺されようとしていたのだから明らかに正当防衛だろうが、肉親の仇討ちにそういう理屈は通用しない。
話し合いが行き過ぎないよう、ここは、俺もちょっと参加させてもらわないといけないだろう。同じ第50勇者連隊の仲間だし、あと、勇者だからな。いろいろと面倒ごとに首をつっこむのが勇者の仕事だ。
とにかく、次の目的地は決まった。
いざ、魔王城だ。
「ヴェートラーナ、魔王城に俺を案内してくれ」
「もちろん。船があるのよ、こっちに来て」
心強い味方を得た、と言わんばかりに力強くうなずくヴェートラーナ。
外に向かおうとする俺たちを、女狐は呼び止めた。
「あ、そうそう。お前の弟さん、ちんまいのにでっかい白光石をもらってたぜ」
「ちんまいの? プレシヴェルルから? 白光石を?」
「ああ、勇者ギルドに売れば数百シルバーはする超大物だったよ。私、宝石の類は見慣れてるんだ。なんでこんなちんまいのが持ってたのか不思議なくらいに豪華だったね。犯罪の匂いがプンプンする。お兄さん、こいつ絶対逮捕した方がいいと思うよ」
ふむ、プレシヴェルルが、白光石を俺に渡していた。
しかも数百シルバーはする超大物。
それを聞いた俺は、にやりと笑った。
なるほど? どうやら少しずつ近づいてきたみたいだな、この事件の真相に。
「ありがとう、助かった。弟に会ったらよく話を聞いてみる」
「なんか謝礼くれよ。山分けでもいいからさ」
「謝礼はでないが、代わりに俺のハーレムに入れてやろう」
女狐は、ははは、と笑った。
こんなに笑ったのは久しぶりだとでもいいそうだった。
たぶん、外の世界がどんな風に変わっているか、彼女はまだ知らないんだろう。
冗談だとしか思っていない口ぶりで言った。
「いいね、気に入ったよ、お前。お前こそ私のハーレムに入んな?」
あぶねぇ、俺がもうちょっと若かったら『はい』と即答していたところだったぜ。
ともかく、女狐の参入により、『狩人ギルド』は男の獣人も含めた超巨大ギルドへと発展していくのだったが、それはもうちょっと先の別の話だ。
俺たちは船に乗って、ダーク・ヘイズの島を後にした。
ヴェートラーナは一刻も早く陸地につきたいのだろう、船の舳先に陣取って、内海の終わりをじっと見つめていた。
「お母さん、まってて、必ず……私がアイスキャットを捕まえてみせる。ばっちゃんの名にかけて」
「なんて?」
「ううん、なんでもない。言ってみただけ」
必ずアイスキャットを捕まえる、と意気込むヴェートラーナと、その仲裁をもくろむ俺。
そして千年勇者たちの身を案じるアスカロンを乗せて、船は船底に敷き詰められた100匹のオークたちの漕ぐオールによって水際へと進出した。
「しかし、神輿に続いて手漕ぎ式の奴隷船とは……本当にオークを手足みたいに使っているんだな。スクリューとか帆船とかは使わないのか?」
「あら、だってそういう自分の手足同然の駒に敵が屈服させられたときの表情を見る方が何倍も興奮するんじゃない?」
「聞かなきゃよかった……」
やっぱりこいつは鬼畜だ。
妄念を振り払うため、海上に浮かぶ高さ50メートルの崖を振り返りながら、自分だったらどうやって侵入するか、頭の中でシミュレートしているとき。
「チメイズマン」
アスカロンは、ヴェートラーナに聞こえないよう、彼女のいない隙を見て小さな声で言った。
「アイスキャットを絶対に捕まえてくれ。あいつは魔王城に盗みに入るつもりだ。……そうなったらもう、我々『勇者ギルド』もあいつの味方でいられなくなる……。勇者ギルドと魔王の関係悪化は、絶対に避けなければならない」
「わかってるよ……というか、なにか、心当たりがあるみたいだな? あいつが魔王城に盗みに入るような、理由のあるものが」
俺が尋ねると、アスカロンはまっすぐなまなざしで俺を見返した。
「ああ――召喚師だ」
アスカロンのその一言は、俺の背筋を凍り付かせた。
「我々の調査によると……お前たちの召喚師はまだ生きている。アイスキャットは彼女を魔王城から救出するつもりだ」




