密室トリックと千年勇者
「魔力三原則。――魔力はこの世ならざる力である、ゆえに物質に干渉しない幽霊のような力である、ただし魔力は万物がもち互いに影響しあう力である……」
ヴェートラーナは、魔力を視ることのできる緑色の目をぎらりと光らせて言った。
「多くの魔法使いが犯罪を起こすときに見落としがちなんだけど、魔法とは魔力を使うものなの。知ってた? チメイズマン」
額を指でつつかれた。なんだか馬鹿にされたような気がする。
次に何か言ったら腹パンをする準備をしながら、俺は言った。
「ずいぶん当たり前のことだと思うが、見落としがちなのか?」
「もち。この世ならざる力だということは、一般の人にはほとんど見ることができないということ。多くの魔法使いは自分が痕跡を残していることすら気付かない。
もし気付いても、物質を簡単にすり抜けるからその痕跡が残らないよう工夫したり隠ぺい工作したりしづらい。魔法の痕跡を隠すために新たに魔法道具や魔法を使わなければならない。
ついでに魔力付与という性質があって、あらゆる物質は魔力に触れただけで魔力活性を起こす。だから周りにある大抵の物に痕跡がのこってしまうの」
ヴェートラーナは、ふたたび3本の指を立てた。
「さて、この独居室で密室トリックに使われた可能性のある痕跡は3つ見つかったわ。わかる? チメイズマン」
「3つも?」
「口で言うよりも、実際に見てもらった方がはやいでしょう。チメイズマン、あなたにも見てもらうわ。――私の『魔眼』が見ている世界を」
そのとき、ヴェートラーナの瞳が鈍く光った。
ごうっ、という嵐のような音とともに、周囲が緑一色に染め抜かれた。
至る所に緑色の魔力がうごめいている。
その光の世界の中で、緑色に染まったリンゴが食事を乗せた台から落ち、ゆっくりと地面に落下しているところだった。
いや、落ちない。時間の流れがゆっくりとなって、ぴたりと止まった。
殺風景だった独居室は、いっきに光の騒音に包まれた。
まるで川の中の微生物のように、多種多様な不思議な光が浮遊している。
緑色ののっぺりとした光のヘビが、ゆうゆうと俺たちの頭上を流れている。
おそらく、こいつが『竜脈』。視化された竜脈なんて初めて見るが、リュウグウノツカイみたいに幻想的だった。
微生物みたいな光は、おそらく精霊だろう。どの光も不規則に動いているように見えて、なんらかの規則性があるようにも見える。アリの行列のように、何もないところにとつぜん規則的な列を生み出しては、すぐに解散し、また不規則な動きをするのを繰り返している。
「いま、あなたに私の見ている世界を見せている。ちなみに、外の出来事は気にしなくていいわ。あなたの脳の神経伝達速度はいま、通常の1万倍になっているから」
「なるほど、で、どこ? どれがその痕跡だよ?」
「まあ落ち着いて、ひとつひとつ取り出してみましょう」
ヴェートラーナは、気が付くとドアの傍に立っていた。
どこから持ってきたのか、1枚の何の変哲もないドアだ。
「デモンストレーションよ。まず、実際の犯行現場で『解錠の魔法』が使われたとき、現場に残る魔力痕にはパターンに限りがある」
しゅるしゅる、とヴェートラーナの指先から緑色の蔓がのびてゆき、渦を巻きながらドアノブの隙間を透過していった。
そのむこうの「ツマミ」に絡みつき、ゆっくりと力をくわえてねじっていく。
ガチャン、と音がして施錠された。
「閉まった」
「カギにもいろいろあるのよ。例えば、一般的なドアの場合はすごくシンプルな方法で密室が作られる。
外側からは開きにくいけれど、内側に軽く力をくわえるだけで施錠や解錠ができる『ツマミ』がある場合、それを遠隔操作する魔法式を組み立てるだけで、立派な密室トリックができあがるわ。
けれど、初めて訪れる家じゃ内側がどうなってるかわからなかったりするから、よく力加減を間違えてカギを壊してしまったりする。
つまり、もし犯行現場にこの魔法の痕跡が残されていた場合、犯人は家の中から見たドアノブの構造をよく知っている人物である可能性が高い、と推察できるの。
ちなみに、こういう痕が現場に残る。『螺旋痕』と呼ぶわ」
さっきドアノブに絡みついた蔓の跡がくっきりと残っているのを、ヴェートラーナは指でしめした。
俺はそれを見て、ふむ、と納得した。
「カギの構造をよく知っている人なら、カギの内部に『螺旋痕』を生みだしたりするわ。これには繊細な技術を要するけどね」
「けど、見た感じ、あの鉄格子の鍵穴にはそういう痕跡はなさそうだな」
「それが分かれば十分よ。これが、魔法使いが実際によく使う密室トリックのベスト1。……ベスト2はこれ」
ヴェートラーナは、ふんっ、と力を入れて、ドアを持ち上げた。
べこっとドアが壁からはがれ、よたよた、と前に進む。
独居室の外に出た後で、ヴェートラーナは元通りにドアを戻した。
「魔法使いが実際によく使う密室トリックのベスト2、カギに触れずにドアを破壊して内部に侵入し、後でその痕跡が見えなくなるように魔法で修復を施す」
「力技だなー」
「けれど、これも解錠の魔法に数えられているわ。修復魔法をかける範囲が割と広いので痕跡がとても見つかりやすいのが特徴。素人にもたぶん見つけられる。
みなさい、あの鉄格子。真ん中あたりがぼんやりと青白く光っているでしょう。あれは私が見る限り、ねじ曲がった鉄の分子結合を破壊し、ふたたびまっすぐに成形する複合魔法によるものよ。しかも、つい最近できたものだわ。こんなことをする必要があるのは脱獄を狙っているアイスキャットぐらいだわ。つまりアイスキャットは――」
「ああ、それ俺が外出るときに壊したやつ。ちょっと風呂入りたくて」
「……だから私の常識の範囲内で行動しなさいよ?」
ヴェートラーナはぶつくさ言った。
こいつの常識の範囲が分からんので合わせようもないのだが、いちおう「以後、気を付ける」と口先だけで返事しておく。
俺はしばらく頭をぽりぽりかいて、うーん、と考えた。
「けれど、本当に魔法を使わなきゃ無理なのか? 確か……盗賊スキルには解錠スキルもあったはずだ。そいつを使った可能性はないのか?」
「そう、2つ目の痕跡はまさしくそれよ、チメイズマン」
ヴェートラーナは、どこからともなく鋭く尖った針金、そして先端がかぎのようになった解錠用の特殊な工具を取り出した。
「魔法使いが実際によく使う密室トリックのベスト3。カギを開ける工具を生み出して、物理的にピッキングする」
「それ魔法じゃないだろ?」
「魔法で生み出すのよ。あと、正確な合鍵を生み出すのもこの部類にはるわ。これは実際にあった魔法犯罪だけど、魔王歴122年、ラバウロ・ブーリエという名のシリアルキラーは、サイコメトリーの能力でドアノブ付近の過去の記憶を読み取って、見えた映像から鍵の正確な形を覚えておき、その合鍵を生み出していたというわ」
「怖え、そいつもちろんもう捕まってるんだろうな?」
「さあ、どうかしら」
ヴェートラーナはひょいっと食事の台車の上に身を乗り出した。
じーっと、食器の配置を観察する。
そこにも冶金スキルの水色の魔力痕がぼんやりと残っていた。
「ここに2つ目の痕跡が見受けられるのよ。おそらく、犯人はここにあったナイフかなにかを加工してアイスピック状のものを……」
「ああ、それオークどもの頭に突き刺さってるやつ」
「でしょう! やっぱりそうだと思ったわ!」
ふふん、と見下すような半笑いを浮かべるヴェートラーナ。どうやら勝ち誇っているらしい。
「部屋にはこれ以外に魔法の痕跡は認められない……つまり、残る3つ目の痕跡こそが、真の密室トリックなのよ!」
「いや、べつに魔法を使う必要はないだろ。外からやってきた3人の誰かが工具を持ってたとか?」
「そう思う? じゃ、実際にやってみましょう」
ヴェートラーナは、さっそく針金を取り出し、鉄格子の鍵穴に近づけた。
ばちっ!
どうやら鍵穴に魔法の結界がかけられていたらしい、針金は火花を散らして溶けさってしまった。
なるほど、魔法の結界を通過できる特殊な魔法がかけられた金属でなければ、鍵穴に近づけることもできないわけか。
ラバウロ・ブーリエの事件からつけられるようになった防犯システムだそうだ。
「まあ、この結界、解除コードが9パターンしかないから、9種類の合鍵を作ってぜんぶ試してみれば開いちゃうのよね。けれどそれも十分にしんどいし時間はかかかるから、犯罪率は激減したそうよ。9種類の工具を外から持ってくるというのはちょっと考えられない」
「じゃあ、3つ目の痕跡ってのは?」
「そう、この人よ」
壁がすうっと透けて、アスカロンの姿が浮かび上がった。
先ほど廊下に出て行ったアスカロン、中に入られるのを律儀に待っている様子だ。
その額には、『魔眼』でなければ見えなかった青白い輪っかが見える。
いや、彼の額に書かれている謎の文字が、一画ずつ波紋のように輪っかを広げ続けているのだ。
「それは獣人数字の『3』よ……あなたの額に書かれているのと同じ数字」
地球に同じ字はないが、さがせばちょうどロシア語のキリル文字「ж(ジェー)」を横倒しにしたような記号になっていた。
……お前も名前をつけられていたのか。
「青色は何の魔力?」
「水魔法……だな」
「ばっちゃんの資料を漁って正体が判明した。これも魔力痕のひとつ、魔力の波を生み出し続けるから『波源痕』と呼ぶわ」
すっと指をもちあげ、宙に一本の線をひくヴェートラーナ。空間に白い傷が生まれ、一定間隔で同様な波をはなつ『波源痕』が生まれた。
「絶対命令は獣人数字を額に書くことで発動する。『1』だと『波源痕』はまっすぐ縦の1本、小脳から脊髄の中枢神経を麻痺させるだけの単純なことしかできない。けれど、『2』は2本の波のタイミングをずらすことで、強弱と揺らぎを生み出すことができる。ちょうど振り子催眠のように相手を暗示にかけることができるのよ。
そして『3』、この文字は『波源痕』になると右脳と左脳に交点を結ぶ。これによって『幻覚』を生み出すことができるのよ」
俺は、1万分の1秒の世界で、固まったまま動けない彼をじっとみた。
「まさか、アスカロンが……ひょっとして、俺をここに連れてきたのも、こいつなのか?」
「それを断じるには情報が足りなさすぎるけれどねー」
すぅっと、緑色の世界は消えた。
「まずは、この呪いを解きましょう。すべてはそこからよ」




