オークの姫と千年勇者
ドリスタンの赤い目と緑の目、どちらも不審者を見るような2色のまなざしが俺を射抜いていた。
俺はその色違いの目を前に恐縮せざるを得ない。思わず正座をして床に座っていた。
緑が魔力視だというのはわかるが、赤の方の異能は俺にはよくわからない。
とにかくここはうかつな事を言わない方がよさそうだ。
アスカロンは、こんな場面でも常識的な対応をしてくれた。
その頭の固さが今は救いでさえある。
「彼女は……アイスキャットだ」
「へぇ、このおっさんが? 大盗賊アイスキャット?」
おっさんって。俺は(永遠の)17歳だぞ?
アスカロンは、おっさんという言葉が聞こえなかったかのように相槌をうった。
「ああ……魔法犯罪を取り締まる大魔導ならば聞いたことがあるだろう。アイスキャットは獣人の神官の奥義、『変身』が使える。彼女はこの能力であらゆる場所に潜入し、大盗賊として各地を荒らしまわっていたんだ」
それはもはや、『盗賊』というより『怪盗』と言った方が近いのかもしれない。アルセーヌ・ルパンだ。
日本でもタヌキやキツネが人に化けるというが、この世界ではそれが獣人の神官の奥義として知れ渡っているらしかった。
いや、この世界の獣人が『変身』を使えたとは限らない。1000年前の勇者の中でも、アイスキャットの活躍ぶりは飛びぬけていたからな。彼女の伝説が民間に広まっていただけかもしれない。
ドリスタンは、いまだに信じられない、といった様子だったが、ふん、と鼻を鳴らした。
「まあいい、姫がアイスキャットと直接面会したいと言っている。私はただのお付きで来ただけだから、詳しい話は姫にしてさしあげな」
「……オークをけしかけたのはお前じゃないのか?」
「だーかーらー、オークは私の部隊じゃない。姫の親衛部隊だって」
説明も面倒そうにいうドリスタン。
ふむ、オークを親衛部隊に持つ『姫』か……。
あいつら臭いし野蛮だし、ふつうはそんなのを親衛部隊にするなんて、嫌がるだろうのに。
世の中には変わった姫様もいたもんだな。そこまで考えて、俺はふと思い立った。
いや、まてよ……ひょっとして、その『姫』ってのは……。
そのとき。
鉄格子の向こうから、鈴を転がしたような美しい声が聞こえてきた。
「ふふ、さぁて、どうなっているかしら、魔王様にたてつく愚かなメス猫は……ブタどもに身も心も汚されて、泣きながら命乞いをしているところかしら?」
不愉快極まりない発言が、廊下の奥の暗闇から飛び出してきた。
それに続いて出てきたのは、あまりにも監獄という場所に似つかわしくない、美しい少女。漆黒のローブに身を包み、フードを目深にかぶった少女だった。
白魚のように穢れをしらない手に、巨大な死神の鎌をたずさえ、こちらに歩み寄ってくる。
監獄の床に浮いた錆を踏みしめるたびに、じゃりっ、じゃりっ、と、緑色の両目のなかをスパークが散るような黄色い光がほとばしっている。
おそらく、その目には『魔力』が視えているのだ。
アリスフォン・ヴェートラーナ(孫娘)だった。
大魔導ドリスタンは、ヴェートラーナの前にうやうやしく跪いた。
「姫様、こいつがお探しのアイスキャットです」
「ご苦労、ドリスタン……もう下がっていいわ」
「はっ」
むかつく半笑いを浮かべたヴェートラーナは、そのとき俺をじーっと見て。
まるで理解できないものを見せられた子供みたいに神妙な顔つきになっていた。
「ねぇ、ドリスタン……部屋の真ん中にブリトニー・スピアーズに女装し損ねた浜田雅功がいるんだけど……?」
「部屋の真ん中にブリトニー・スピアーズに女装し損ねた浜田雅功が?」
ドリスタンは首をかしげて、俺の方をちらっと見た。
たぶん、彼女の語彙にはブリトニー・スピアーズも浜田雅功もなかったのだろう、困惑するように眉をひそめ、ヴェートラーナに向き直った。
「姫、そういう発言をすると、魔王様に内緒で異世界のメディアを召喚して、夜な夜なお1人で楽しんでいらっしゃるのがばれてしまいますよ? 異世界召喚は、厳罰です」
「ううん、ちがうの、異世界召喚じゃない。このまえ、とある勇者のタブレットにこっそり触れる機会があって、どんな変態ビデオで興奮しているのか確かめようとハッキングをしかけてみたのよ。だからお父様にしかられるようなことは一切していないわ」
「さようで。しかし、ハッキングは違法ですよ、姫」
「いいのよ、あのインポ勇者、私が色仕掛けをしているのにぜんぜん気付かない鈍感なんだから。ハッキング仕掛けられたこともどうせ気付いていないんじゃない? というか……どう見てもあれ、アイスキャットじゃなくない? どうみてもブリトニー・スピアーズに女装し損ねた浜田雅功じゃない?」
俺は「ちょっと外に出ててくれ」とアスカロンに言った。
ドリスタンにも「すぐに終わる」と言って出て行ってもらった。
2人が退出して行った頃合いを見計らって、俺はオークがもっているハリセンをかすめ取り、すぱこーん! とヴェートラーナの頭をたたいた。
ヴェートラーナは頭を両手で押さえて、「?????」と疑問符をいっぱい浮かべている。
あのな。
オークが出てきた時点でうすうすお前だとは思ってたけどな。
「はっ、この魔力の波長……! あなた……ち、チメイズマン!? いったいどうしてこんなところに!」
「お前もどうせひと目見たときに気付いてただろ! そのムカつく半笑いをやめろ!」
「ぜ、ぜ、全然気づかなかったわ、その、び、び、美人過ぎて! ぷくく」
「無理やり褒めるな! 褒めてもらいたくもないわ! むしろ触れるな! というかやっぱお前、何が精鋭部隊だ、好き好んでオーク使ってるんじゃないか! エロ同人みたいな展開にするために!」
「なによ、あんただって女の子をぶつのが好きなんでしょ! あんたの大好きなエロ動画みたんだからね! ひょっとしてあなた、いままで私をぶつたびに興奮してたんでしょ!?」
「エロ動画じゃない! 断じてエロ動画じゃないぞそれは! というか人のタブレット勝手にのぞくな! まったく最低の女だな!」
「ほんと最低の男ね、チメイズマン。見下げはてたわこの女装変態鬼畜サド勇者!」
「こっちのセリフだ、この鬼畜家畜オーク姫!」
ういいい、あいいい、とお互いに真正面からほっぺたをつねり合って、奇声を上げる俺とヴェートラーナ。
ヴェートラーナは本気で怒り心頭なのか、いつもよりしつこく食い下がってきた。俺もほっぺたをつねられ、互角の勝負になった。
「だいたい、あんたがなんでこんなところにいるのよ! 『アイスキャットを調べる前に足を探さないとな』、とか言って勝手に1人帰っちゃったくせに! 投獄されて私の先回りするとか! いつも思うんだけどあんたたまには私の常識の範囲内で発想と行動力を発揮してよ!」
「うるせー! 好き好んで投獄されたんじゃない! エアリバドルとチェストヒューから追撃を受けたんだよ! あいつら新しい呪いで俺の魂を操って、アイスキャットを脱獄させる計画に俺を利用しやがったんだ! アイスキャットを逃がすために!」
「はぁ!? 呪いを解きに帰ったのにさらに呪いをかけられて、そのうえ肝心のアイスキャットまで逃がすとかあんた馬鹿じゃないの!?」
「お前こそ来るのが遅すぎるんだよ! 何もかも終わった後に現れるとか役立たずにもほどがあるわ! 名探偵なんていつもそんなもんだよな!」
「うるさいうるさいうるさい! アイスキャットが私の母さんを殺した犯人だったらどうすんのよあんた責任とんなさいよぉぉぉ!」
こうした激しい戦闘のさなかではあったが、無事にお互いの情報伝達はなされた。
どうやらヴェートラーナはヴェートラーナで、アイスキャットに関する情報を集めてまわっていたようだ。
いったん魔王城に引き返し、正式な手続きをふんで勇者ギルドにアポイントメントを取り、それから船(動力はオーク)でダーク・ヘイズにやってきたところだったという。
名探偵はいつも事件が発生してから登場するものというが、こいつはまさにその通りだった。
ヴェートラーナはモチみたいなほっぺたを真っ赤に膨らませて、ぜーはー肩で息をしながら、俺をきっとにらみつけていた。
「……で、目が覚めたらここにいたっていうのね?」
「ああ……こういう置手紙があった」
「おきてがみ?」
俺は、タブレットに残された置手紙、例のビデオを再生した。
ヴェートラーナはタブレットを覗き見た。こいつが持つとタブレットがやたらと大きく見える。
緑色の瞳は全体的に薄く黄色に染まって、ビデオカメラで撮影したテレビみたいに走行線がちらちら走っていた。
ヴェートラーナがじーっと目を落としていると、やがて画面から音が聞こえ始めた。
「くぅ……うふぅ……くや……しい」
「ひぁっ……らめぇ……」
あ、だめだだめだ。これあかんやつや。
ヴェートラーナは、またしても理解できないものを見せられた子供みたいに固まっていた。
うえあーおう16歳の彼女には、刺激が強すぎるかもしれない。
頭から煙を吹き始めた。
吹きながら、なんとか置手紙の内容を理解しようと、解析をつとめているみたいだった。
どうにか最後まで観きったヴェートラーナは、ふらふらと立ち上がった。
「じょーきょーはりかいしたわー」
「うむ」
ヴェートラーナは「うへへ」と笑った。めちゃくちゃにやけて、タブレットをそのまま自分のカバンに入れようとしていた。持っていくな、かえせ。
「名探偵として、あなたにちょっと聞きたいことが3つあるんだけど……」
「なんだ、自分の事を名探偵っていう奴はたいてい噛ませだぞ」
「あなたが先に名探偵って言ったんだけど」
びっと、3本の指を立てるヴェートラーナ。
「あなたはゾンビ化している間に、どうやってあの3人をここに連れ込んだの?」
それは俺も疑問に思った。
確かゾンビの俺は、『タブレットの魔法を使って仲間をここに集めた』と言っているが……。
「そんな便利な魔法はひとつしか思い当たらない。タブレットに空間転移の魔法式がインストールされているから、そいつを使って……」
できるのか? いや、それじゃダメだ。
白光石の残りMPは5しかない。
消費MP7.5の空間転移を発動することができない。
だが……可能性がないわけではない。
ロアから貰った石は、残り2つあったからだ。
もしそれらのMPが5とかではなく、十分にあったのなら、ゾンビの俺がそれを使った可能性も、当然ゼロではない。
「2つ目、ワープを使えたとして……どうしてあなたはそのときにアイスキャットを連れ出さずに、わざわざ他の3人をここに連れてきたの?」
「おいおい、ゾンビ化していた俺の心理状況なんて俺は知らないぞ? そこまで頭がまわらなかっただけかもしれないじゃないか」
けれど……たしかにそれでは筋が通らなかった。
ゾンビの俺は『アイスキャットを救出すること以外考えられない』状態にあった。
それでも知性までうしなったわけではない。
島の周辺をぐるぐる観察し、立てるようにならなければ侵入できないと結論を出し、プレシヴェルルに呪いを解いてもらうという解決方法を導き出し、実行した。
知識も想像力も行動力も、わりと普通に働いていたんじゃないか。
どうしてわざわざ3人を連れてこよう、なんて思ったんだ?
「3つ目。これはここに入った時からずっと違和感があったんだけど……」
そして、ヴェートラーナは独居室をきょろきょろと眺めわたした。
鏡と、鉄格子が一つあるだけの殺風景な部屋に、俺とちんまいヴェートラーナがいる。
「……アイスキャットと3人は、どうやってこの部屋からいなくなったの?」
「それはもちろん……」
すぐに反論を出そうとして、俺は殺風景な部屋を見渡した。
たしか俺は自力で鉄格子を捻じ曲げて隙間を広げ、外に出たはずだ。
わりと簡単に出られたから、言われてみるまで気付かなかったが、それまでここは密室だったんじゃないか?
鉄格子は冶金スキルを持ったアスカロンがなおしてくれたが、俺が捻じ曲げるまで、鉄格子はどこも変わったところはなかった。
第50勇者連隊に冶金スキル持ちはいなかったので、アイスキャットは冶金スキルをもっていない。いまの惑星アヴァロンで異世界召喚は禁止されているので、新しく異世界スキルをインストールすることは難しいはずだ。
あれ? じゃあ、あいつらはあの映像の後、どうやってここから消えたんだ?
「つまり……これは」
「そう、魔法都市の犯罪でもっとも多く使われるトリックのひとつ『密室トリック』……ふふ、愚かね、50万人の魔術師を束ねる大魔導の孫に、魔法犯罪で挑もうなんて……」
きゅぴーん、とヴェートラーナは目を光らせた。
「アイスキャットは、私が必ず捕まえる……真実は、いつもひとつ!」
……本当にどうでもいいが、いまさらながら、ヴェートラーナが死神の鎌を持っている理由がなんとなくわかった気がした俺だった。




