チート級獣人と千年勇者
かくして、俺はアイスキャットのふりをして監獄島ダーク・ヘイズで生活することを余儀なくされた。
だが、すぐに問題が発生した。それは地底世界の熱さだ。
アイスキャットの尻尾が9股に分かれていて毛皮みたいに暑苦しいのを差し引いても、地下5000階での生活なんて俺でさえ未知の世界だ。
地下の気温はだいたい涼しいはずなんだが、それはまだ太陽の影響が一番大きくなる地表近くの場合だ。
火山に近いところや、あんまり地下深くだと、逆に地熱のせいで蒸し暑くなる。
暑い。まさに地獄のような蒸し暑さだった。
俺は着ていた服を脱いで、ブラジャーとパンツだけの姿になって、モルタルの床に大の字に寝そべっていた。
暑いときは脱ぐ。食いたいときは食う。
アイスキャットの体になってしまったからといって、別に俺が普段のライフスタイルを改める必要は感じられなかった。
女の体になったぜ、ひゃっほー、と言って、世の男性諸君が夢想するような例のいかがわしい事をする気持ちは起こらなかった。アイスキャットのいまの肉体年齢は30歳だ。30歳だぞ。これが女子高生とかになったらそりゃあ他にすることはないだろうが30歳の女性になってしまったらどうしたらいいかわからない。
おまけに女優みたいに美人だし、下着姿のまま鏡の前に立ってみると、ブリトニー・スピアーズに似ている。ますますやりづらい。
仕方がないので、俺は鏡の前で「うぃーうぃる・うぃーうぃる・ろっきゅー♪」と歌ってみた。ますますそっくりで感動した。この感動を分かち合える人が他にいないのが残念だった。
暑さに耐えかねた俺は、独居室から出てダーク・ヘイズ内をぶらぶらしてまわることにした。
監獄島というぐらいだから、他にも囚人は何人かいるはずだ。
1000個近い牢屋がコロッセオのようにすり鉢状に並んでいる場所までやってくると、牢屋の中の連中が颯爽と廊下を歩く俺の登場に度肝を抜かれ、目をむいていた。
「なんだ、あいつ!」「どっから入ってきた!?」
などの声が金髪の獣耳に届く。いい気分だ。
9股に分かれた尻尾をゆらゆらと揺らし、「うぃーうぃる・うぃーうぃる・ろっきゅー♪」と歌いながら、俺は牢屋の前を通り過ぎていった。
「ふー、あついなー、ここはー」
といって胸元をパタパタあおいだ。
ひゅーひゅー、と他の囚人たちから口笛が飛んでくる。
胸の谷間を作ってウィンクを飛ばしてやると、20人死んだ。
投げキッスをしてやると、30人死んだ。
面白い、これは面白い。
しかし、なんの目的もなくこんなことをしているのではない。
俺は複雑に入り組んだダーク・ヘイズ内のマップを作りながら、ぶらぶらと歩き回っていた。
いざという時に、脱出経路を把握しておく必要がある。
魔王領の名だたる悪人どもがそこには収監されていた。かのダルク帝国を築いたダルク侯爵なんてのもいたし、俺自身1000年前に戦った記憶のある長命な魔族もいる。
しかし、俺はそんな連中の監獄を素通りしていった。
そして見つけた。
風呂場だ。
女囚寮の風呂場。そう、そこは女だらけの風呂場だった。
俺はごくり、と喉を鳴らした。9股の尻尾が扇みたいにわっさわっさと揺れた。
そう、こんなに暑くてやっていられるか。風呂にでも入って汗を流して、さっぱりするのだ。もうそれしかない。
颯爽としたイメージで突入すると、魔女やケモミミやアラクネ(蜘蛛女)、ドリアード(樹人)に人魚にドラゴニュート、キラービーにサキュバスにインプにゴースト、あらゆる女たちの楽園になっていた。
他の女囚たちが俺に気付くと、いっせいにこっちに視線を向けてくる。どうやら、女でさえアイスキャットの魅力に見とれているらしい。すばらしい、ブリトニーの魅力は万国共通だ。その視線を一身に浴びながら、堂々と風呂場に潜入を開始する。
何食わぬ顔でしゃわしゃわしゃわー、とシャワーを浴び、体をごしごし拭いて、女の子たちと一緒の湯船につかって「うぃーうぃる・うぃーうぃる・ろっきゅー♪」を歌って出てきた。風呂上りにバスタオル(消費MP0.09)とコーヒー牛乳を精製(消費MP0.14)し、ごきゅごきゅっと飲み干す。ぷはーっ、と息を吐いた。
「よし、風呂入ったし、寝るかー」
そして元のルートをたどって、堂々と独居室へと引き換えしたのだった。
通路の途中で気を失うように眠っている看守(記憶にないが、たぶん俺が呼吸をするように倒して通った)を起こし、独居室のゆがんだ鉄格子を元通りにはめなおし、タブレットを起動させて1000年前の地球のテレビ番組(バラエティ番組や野球中継が見たかったので、戦闘中に自動録画していた)をぼんやり眺め、気が向いたらブリトニーの歌とダンスの練習をし、そしてそのまま寝た。
しかし、なかなか寝付くことができなかった。俺は夜更けに何度も目を覚ました。
何をするでもなく鏡をじっと見て、アイスキャットになってしまった自分をぼんやりと眺めていた。
俺の記憶にあるのは生後6年、肉体年齢12歳のアイスキャットだけだ。
前の世界では獣人の高位神官だったらしく、他人は自分にかしずくのが当たり前、と考えていた高飛車な女の子だった。
物見遊山きぶんで異世界召喚に応じたらしくて、鎧なんか絶対いや、と文句を言って着てこなかった。
いつも純白の神官の法衣を身に着けていて、高高度飛空艇から飛び降りるときはシレンシズにひっついていた。
ちょうど娘のロア(10歳)と年齢も性格もよく似ていた気がする。
もしロアが同じ事件に巻き込まれたら……と考えると、俺はアイスキャットの事がかわいそうに思えてならなかった。
……元気にしてたか? アイスキャット。怖くはなかったか? 鏡に問いかけても返事がもどってくるわけではない。
そのとき、部屋の鉄格子がガチャガチャと音を立てて、外から誰かがやってきた。
銀色の、いかにも立派な鎧を身にまとった男だった。
台車に適当な食事を乗せているところをみると、ごはん係かなにかだろう。
アイスキャットだったら「そんな安っぽい食事を持ってくるな」と文句でも言っただろうか。
敵意は感じられなかったが、室内の俺を見るなり、しかめっつらをされた。
俺はしかめっつらで返してやった。
「そんな格好で外に出てまわったのか、アイスキャット。他の囚人から苦情が殺到しているぞ」
「苦情? アンコールとかじゃなくって?」
「馬鹿を言うな、もう二度とふざけた真似はやめろ」
そいつは独房室のねじ曲がった鉄格子を見とがめると、そっと手をかざした。
手のひらから放たれる魔法によって、ねじ曲がっていた金属がみるみるもとの形に戻ってゆく。
そして、あっという間に格子戸を復元した。
かつて勇者が使っていた異世界スキルの一つ、冶金スキルだった。
金属を自在に操り、加工する異能。使いこなせば武器や金属加工品を即席で作ることもできる。
第50勇者連隊にこの能力を持っていた奴はいない。
となると、こいつは千年勇者の生き残りではない。それ以外の千年勇者はヴェートラーナが全員殺したはずだ。
だったら……こいつは現代勇者ってところか。




