闇の監獄と千年勇者
チェストヒューに呪いをかけられたあと、俺は自分がどうなったのかわからない。
脳の働きを支配されたのだ、記憶がまったく残っていなくても不思議ではなかった。
じつに十数時間ぶりに、俺は冷たいコンクリートの床にうつぶせになって目を覚ました。
分かるのは、先ほどまでいた住宅街の温かみがある石畳の上ではなかったこと。
ここはどこだ、ときょろきょろ辺りを見回したが、コンクリートの四角い部屋は殺風景で、特徴らしい特徴はまったくなかった。
ゆいいつ、鉄格子でできた扉がひとつあった。隙間を押し広げればなんとか通れそうだったので、広げてそこから外に出て、自分がいた場所を振り返ってみる。
『5106』
とだけ書かれていた。
ホテルの部屋番号みたいだな。
いや、まてよ? この数字、どっかで……。
そんなまさか。ウソだろ……。冗談にもほどがある。
「そうだ、マップ機能があった……」
俺はタブレットを立ち上げた。
マップには1000年前の古いデータしか残っていなかったが、ローグシティの周辺ならだいたい探索しまわってマッピングをしておいたので、ここがどこかぐらいはわかるだろう。
そう思って地図を開くと、周囲を海に囲まれた南海の孤島が指し示された。
……マッピングした覚えのない周辺の地形もマッピングされていた。
俺は観念してマップを閉じた。
……マジで来てしまった。
そう、そこはダーク・ヘイズ。
23番館ダンジョンの地下5000階の5106号独居室に、俺はいた。
しかし、それにしては人がいない。アイスキャットの姿も見えない。
マップを閉じると、ふと、見慣れないショートカットがデスクトップに追加されているのに気付いた。
動画ファイルだ。ファイル名は「俺へ.EXEILE」とある。
恐る恐る開いてみると、タブレットの画面いっぱいに俺の姿が映し出された。
額に斜めのキスマークをつけられた俺が、魂をあやつられた虚ろな表情でこっちを見つめている。
なんだこの動画。まったく記憶にない。どうやら、あいつらに録画されたのか。
ゾンビ状態の俺は、よだれをたらしながらぼそぼそと言った。
「よう、俺。俺はチェストヒューの呪術によって操られている間のお前だ。……呪いが消えるとたぶんこの記憶も消えてしまうだろうから、いまのうちにタブレットにこの記録を残しておこうと思う」
俺のものとは思えない、妙に聞き取りづらい声だ。
ズームになっていたカメラが、徐々に背景を映しはじめる。
時間的には、2人に操られてからまだ3時間かそこらという頃だろう。
俺の左右にはチェストヒューとエアリバドルがそれぞれぴったりと背中をくっつけていた。
「くっ、こんな、奴に……!」
「あひぃ、もう、らめぇ、くらやみこわいぃ」
さらに俺は両腕を彼女たちの首にまわし、白髪のチェストヒューの胸をもみしだき、なおかつ暗闇状態のエアリバドルの金の獣耳を甘噛みし、2人を同時に屈服させていた。
俺は画面の中で俺がやっている行為をしばらくじーっと見つめて、いったい何が起こっているのかようやく理解した。
ええええええええええ!!!
屈服させてるううううううう!!!????
うそ、なんで、どうやったの、もうひとりの俺。
どうやってあのじゃじゃ馬娘ふたりを屈服させたの? ゾンビ状態だよねそれ?
記録に残すとかいいからどうやったのか具体的に教えろください。
やはり呪いで精神を操られているのだろう、タブレットの俺がどこかぼんやりとして上の空な口調でぼそぼそ何かを言い始めた。俺はいまだかつてないほど真剣にその話に耳を澄ました。
「ここまでの道のりを知りたくてさぞ胸を踊らせていることだろう。手に取るようにわかるぞ、俺」
「うるせぇよ俺」
「まあ、端的に言うと俺はアイスキャットの元への潜入に成功したってところだ」
ふつう理性や判断力がにぶってミスるところを、強引にクエストを成功させてしまうのはさすが俺としか言いようがなかった。
「そしてタブレットの魔法を使って、ここに脱獄計画に参加する仲間を集めた。メンバーのうちこの2人にはいま軽いお灸をすえてやっている、というところだ」
俺の説明する口調にあわせて、エアリバドルとチェストヒューはちいさく肩をすくめ、「くうっ」「んむぅ」と声を漏らした。
もう一度言う、さすが俺だ。理性が飛んだだけでこうも主人公然とした男前になるとは。
「2人をお仕置きしているのは、こいつらが俺の大事なアイスキャット救出計画を頓挫させかねない、とんでもない大ポカをやらかしたからだ」
「呪いのせいでアイスキャットを救うことが思考の中心になってるな……」
「俺に第二の呪いをかけたあと、エアリバドルとチェストヒューの2人は第一の呪いを解くのを忘れてそのまま去った。それが2人の最大のミスだった」
映像の中の俺は、まるでそのミスを咎めるように2人のおっぱいにぎゅーっと爪を立てた。2人とも「きゅーん、きゅーん」と泣いて痛そうな顔をしている。いいぞ、もっとやれ。
「俺の頭はアイスキャットを救出することしか考えられなくなったのに、体は立つことができないままだった」
俺は悔しげに歯噛みした。
「車椅子でダーク・ヘイズ周辺を観察し、綿密に計画を練ったが、海に面した崖は高さ50メートルはあった、どう考えてもアイスキャットを救出するにはまず歩ける状態にならなければならない」
「そりゃまあ、そうだろうなぁ」
「そこで俺はいったん狩人ギルド本部に帰還した。プレシヴェルルに俺の名前を教えて、彼女に第一の呪いの解呪をしてもらうことにしたんだ」
「ウソだろ……おいまて! そんな恐ろしいことしたらいったいどうなると……!」
「そうだ……俺はプレシヴェルルによって意のままに操られることとなった。……感謝するんだな、結果として、この島まで到達することができたんだ。いや、勇者どもがみずから俺をここに導いた、といった方が正しいのかな?」
なに、プレシヴェルルに操られたおかげで潜入に成功した?
カメラがぐるり、と背後の方を振り返る。
格子戸と冷たい廊下が見え、どうやら俺がいるのと同じ監獄の一室であることがうかがえた。
監獄。
逮捕されてるううううう!!!!!????
コンプライアンス守り切れなかったあああああ!!!!
俺は画面のなかと同じモルタルの床に両手をついた。
だからいっただろー! プレシヴェルルなんかに魂を操られたら、ろくなことにならないぞって、わかってただろー!
それでも、自分がいったいどうなっても、本当にアイスキャットを救出すること以外の何物も怖くなかったのだ。まさに理性がぶっとんでいる。
恐ろしい、これが絶対命令レベル2の強制力……! 我がことながら、ぞっとしないぜ……!
「くまますたー、あそんで、ください」
「おっと、すまないな、お前のことをすっかり放置してた。その装備は気に入ったか? マイ・スゥイート・エンジェル」
「はい、ぷれは、ますたーの、えんじぇるです」
ぐるっとカメラの視点が反転した。鏡にタブレットを持ったネコミミの女性がちらっとうつって見えたので、ギルドメンバーの誰かが撮っているんじゃないかとそのときの俺は思った。
そして……ピンク色のほとんど紐のようなボンテージを身に着けたプレシヴェルルがクマたん40号の背中にかくれるようにして、もじもじしながらこっちを見ていた。
アウトおおおおおおおおおおおお!
どっちの装備をプレゼントしたのかは俺にはわかりかねた(いちおうぬいぐるみはプレシヴェルルの武器だ)が……。
なんだ……なんだこのエロゲか一部サブカルでしか見られないような非常識きわまりない防具は……!
いったい、こんな格好で俺が逮捕されるような何が行われたというんだ……!
「プレシヴェルル、もうそろそろ例のあれをたのむ」
「はい、ますたー」
プレシヴェルルが俺の膝の上に立ち上がって、ぶちゅー、と俺の額にキスをしていた。
うおおお可愛い!
いいぞ俺もっとやれ!
「これからみんなでお楽しみタイム……と行きたいところだが、ざんねんながら俺はこれから、アイスキャットを脱出させる作戦の総仕上げに入らなければならない……映像はここでおしまいだ」
「ふっざけんなここで終わりかよ! 続きはどこクリックしたら見られるんだ!」
「勘違いするなよ、いまの俺はアイスキャットを助けるためだけに動くゾンビだ、アイスキャットを助けられるなら、他のなにも俺には必要ない」
「真面目な顔でいうな! 2人の女の子のおっぱいを同時に揉んでなおかつ膝の上に幼女を座らせながら真面目な顔で言うな!」
きりっとゾンビらしからぬ真面目な表情で言い放つ俺。
少なくとも、呪いによって行動を支配された俺にはそれが真実なのだろう。余計にたちがわるい。
「総仕上げとして、俺は獣人の神官の『奥義』を自らの身にうける……」
「奥義……?」
「俺自身がこいつらの盾となって勇者たちの攻撃を食い止め、アイスキャットの脱獄を成功に導いてやる。そういうわけだから、目が覚めた状況がどんなに不可解でも、ちゃんと自分の運命として受け止めろよ? じゃあな、達者に生きろよ、俺」
そうして、映像はぷつり、と途切れた。
ちくしょう、まるで他人事のように言いやがって……。
我がことながらじつに不愉快だった。
けれども。
獣人の神官の『奥義』……?
いったい何のことを言っているのかわからなかった。
俺自身が盾になった割には、負傷した様子もとくにないのだが。タブレットを見てもHPは全快である。
とりあえず、アイスキャットが脱獄したところで俺になにか不都合があるわけでもない。
あいつとは古い付き合いだ、最後に話しただろう記憶も記録も残っていないのは惜しいが、映像に自分の姿を残そうとしないところは、あいつらしかった。
俺はどうしよう。
録画した時刻はいまから2時間ほどまえ。今まさに他のメンバーたちが逃げている最中なら、無事に逃げ切れるようにここで祈るしかない。
独居室に戻ると、さきほど映像に映っていたのと同じ鏡があった。
何気なくその前を通り過ぎたとき、俺は激しい違和感を覚え、立ち止まった。
いや……ひょっとして、鏡じゃなかったんじゃないか、と思った。
なぜなら、タブレットを持った獣耳の女がいまでもそこに映り込んでいるのだ。
エアリバドルのような金髪にブルーの瞳、チェストヒューのような落ち着いた印象をうける顔だち。
年のころは30代ぐらいか。獣人は人間の倍の速度で成長するから、実年齢でいうと生後16年ぐらいだ。
その胸には、銀色に鈍く光るタグがさげられていた。
1枚のタグに書かれていた2行の文字を見て……俺はようやくすべてを理解した。
EARYBADRCAT
CHESTHEWARM
エアリバドル
チェストヒュー
無理やり読めば、そう読めないわけでもないが、それは2人分の名前が書かれているのではなかった。
これで一人ぶん。
EARY BARD CATCHES THE WARM
(早起きは三文の徳)
の、単なる書き損じだったのだ。
思い出した……第50勇者連隊、チート級獣人、アイスキャットのネームタグだ。
しかし年食ったな、そういえば10年前には生後6年か。
身体年齢は12歳ぐらいの少女だったからな。
アイスキャットは、耳をぴこぴこ、と振って、むーん? と鏡の方をにらみつけている。
その手に持っていたタブレットが、かしゃーん、と足元に落ちた。
落としたのは、俺と同時だった。
……あれ、これ、ひょっとして俺がうつってんのか?
俺は、鏡にぺたりと両手をつけた。
鏡に映っているアイスキャットは、絶句して俺をじっと見ている。
その額には、新たにプレシヴェルルのキスマークが追加されていた。
「……なんだ、これ」
俺の呟きは、声までアイスキャットになっていた。
どうやら、アイスキャットを逃がすために、俺はアイスキャットにされたらしい。
『絶対命令レベル3』が発動していたのだ。




