2つ目の絶対命令と千年勇者
「車いすって案外便利なんだぜ。タイヤはパンクしないし、ブレーキは急斜面にもぴたりと吸い付く高性能。二輪駆動でオフロードも平気で走るし、階段も10段くらいならいっきに飛び越えられる。とくに下り坂だと時速200キロオーバーまで出すことができる。そのままの勢いで巨大モブも一撃さ。崖から飛び降りても壊れない安心のステンレスフレームに各種サポートがついてお値段300カパー。こんな便利な乗り物だとは地球にいたころは夢にも思わなかったぜ」
「あんたの車いすの使い方ぜったい間違ってる」
俺の冗談にチェストヒューは真顔でかえした。
絶対命令によってかけられた移動系の呪いによって、今の俺はまったく動くことができない。
けれどもちっとも怖いとは思わなかった。なんてったって俺は勇者だからな。
「本当に信じられない、まさかあの状態で生きたまま山から降りられるなんてね」
「正直に言うと、あの山のエルフはだいたい俺の知り合いでな。あと魔王軍にも知り合いがいて助けてもらえたんだ。オークが神輿で俺を担いでくれてそのまま山を下った」
チェストヒューは、一瞬疑うようなまなざしを浮かべた。
それでも俺が嘘をついていないことが分かったのか、「うかつだったわ」とこぼしただけだった。
ふむ、やけに素直だな?
「ギルドにはいつ戻ってくるんだ?」
「二度と戻るつもりはないわ。私たち、これからアイスキャットを脱獄させるつもりなの」
「……『勇者ギルド』と喧嘩をするつもりか?」
「そのつもりで言ったのよ」
チェストヒューの声に揺らぎはなかった。どうやら嘘ではなさそうだ。
この世界で唯一、異世界スキルの利用を公式に認められている機関、『勇者ギルド』。
いまも魔王から依頼を受けて、異世界スキルを持つ怪物たちを討伐するという彼らに挑もうというのだ。
「やめとけ、お前たちじゃ勝てない。1000年前にはアイスキャットみたいな異世界勇者が150億人いたんだ。その生き残りと戦うんだぞ?」
「知ってる。おやじ臭い説教しないで」
彼女の脱獄計画は、ひとつの大きな賭けだ。
あるいは……愛ゆえの無謀なのか。
チェストヒューは、すこし心残りのようにうつむいた。
「他のみんなは、無事に帰ってこられた?」
「お前らが帰ってこないせいでまとまりがなくなってるが、奇跡的に全員もどってきたよ」
「気を付けなさい……いままで私たちがにらみを利かせていたから誰もあんたに手を出してこなかったみたいだけど、みんなあんたを狙ってるんだからね?」
「おいおい、俺がいつ命を狙われるようなことをした?」
「そうじゃなくて」
チェストヒューは、すこし顔を赤らめた。
「みんな、あんたのことが好きだって言ってるの。ようするにあれよ、性的な意味で狙われてるのよ」
冗談を冗談で返されてしまった。
チェストヒューにしては上等な冗談だ。俺は笑った。
「なに、それは本当か? だったら頼んでもいないのに勝手ににらみを利かせるな、俺はいつだって誰だってウェルカムだったぜ? 俺はな」
「それじゃエアリバドルがかわいそうじゃない」
チェストヒューの表情がくもった。子犬の尻尾は3倍の速度でプルプルと震えた。
「エアリバドルがどうしたんだ」
「あの子、たぶんあんたの事を本気で好きだったのよ」
「……ガチで? それも冗談なんだろ?」
「最初に喫茶店に誘われたときは、本当にデートだと思ってたらしいわよ。けれど、あんたはあの子の事を優秀な奴隷としてしか見てないし、そのうちどんどん奴隷を増やされて、あんたの本心がわからなくなってたのよ」
「そんなわけないだろ。あいつ、そんな素振りぜんぜん見せなかったぞ。俺が仲間を増やすのに反対なんかしたこともなかったし」
「それはあんたが鈍すぎるだけ。あんたが奴隷の誰に手を出しても、あんたが好きで選ぶのなら仕方ないって、エアリバドルはそう言ってたの。どんなにいいシチュエーションになっても、最後までけっきょく誰にも手を出さないんだから、欲深いんだか欲がないんだか……」
「言えよ! いつも周りでお前たちが聞き耳たててるからずーっと何もできなかったんだよ! そういう気配わかるんだよ俺は勇者なんだから! 早く言ってくれよ!」
「チメイズマン、じゃあ、あなたみんなから告白されたら、いったい奴隷の中の誰を選ぶの?」
そのものずばり、の質問をされた。
俺はむーん、と数秒思考をめぐらせて、その質問に即答した。
「ハーレム」
「は」
「むろん、ハーレムだ。お前たちは全員かわいい。誰が一番なんて決められるか。というか、俺が本気の恋愛なんかしたらエアリバドルが許してもオリュンポス山の女神さまが許さないからな。だったら全員選ぶに決まってんだろ?」
「……最低」
チェストヒューの言葉が正しければ、つまり、今日からハーレム解禁というわけだ。
にやける俺をチェストヒューの軽蔑のまなざしがとらえていた。
その瞳は、もはや軽蔑を通り越して哀れみさえ浮かべてみえた。
「やっぱり、『1』じゃ足りなかったわね……エアリバドル!」
不意に、背後から何者かに羽交い絞めにされた。
完璧に気配を消した接近に、俺はまったく反応できなかった。
俺の背中にまとわりついた彼女が、ぐるりと前に回り込み、金髪がふいに視界で揺れた。
細い首に、顎に、シャツから出た鎖骨。
俺から見えたのはそれだけだった。
ぶちゅっ。
額にキスされた。
払おうと思えばできたはずなのに、思わず受けてしまった。
エアリバドルは俺の車いすを足場にして、ぽーんと高く飛び上がり、街灯のポールに腰かけた。
「チェストヒュー……あんまり適当なウソをつかないでよ。あいつが本気にするでしょ?」
「ごめんねー、つい余計な事いっちゃったー」
なんだか白々しい返事をするチェストヒュー。
エアリバドルはまるで俺とチェストヒューを敵視するようににらみつけて、ぶらぶら尻尾を振っていた。
その手には、1本の口紅をもてあそんでいる。
エアリバドルの唇にもその紅がさしていた。
見覚えのある口紅だった。
……ああ、ちくしょう。
俺は額にキスされた意味を、この時になってようやく理解した。
『産みと苦しみの母、ハルテルの血をもって命名する。今からお前は『2』だ。』
チェストヒューが口を隠してぶつぶつと呪文をとなえ、ふたたび俺を命名した。
……だまされた。
どうやら山でつけられた口紅の『Ⅰ』の字に、さらにもう一画が追加されたらしい。
獣人数字の『2』は『V』と表記される。
もとは吉凶を占うために用いられたアイテム『レイヨウの頭骨』の象形。おもに獣人の神官が放つ『行動選択』に関する呪いの効果を増幅させ、前頭葉の判断力をにぶらせ、人を命令されたとおりに動くゾンビにかえてしまうという。
名づけるならば、絶対命令レベル2だ。
ヴェートラーナに事前に聞いていたのに、対処できなかった。まさかこんな手の込んだ方法でくるとは。
「……俺を操って、どうするつもりだ?」
「言ったでしょ。私たち、これからアイスキャットに会いにいくの」
「残念だが、俺はあいつの居場所をしらないぞ」
「居場所なら私たちが知ってるわ。《ダーク・ヘイズ》よ」
ダーク・ヘイズ。
1000年前にも聞いたことがある、たしか魔王軍が内海の孤島に保有していた、難攻不落の要塞都市だ。
もとは対岸の魔術師たちが東西南北の4つの派閥に分かれて奪い合いを繰り返していた土地で、封印や結界、罠が網の目のように張り巡らされ、上陸することすら困難。地上にはいくつもの邪悪な塔が立ち並び、地下には魔物が財宝を守る巨大なダンジョンを有する。迷い込んだ者は二度と出てこられないという。
そこが現在は『勇者ギルド』の刑務所に使われているのだ。
この世界のアルカトラズ刑務所みたいなものだろう。
エアリバドルが、ぴらっと1枚の紙きれを広げ、さらに付け加える。
「《ダーク・ヘイズ》のエル区、23番館ダンジョン、地下5000階の5106号独居室よ。ダンジョンの見取り図はほら、ここにある」
「ちょっ……」
「出所は言えないわ。言う必要もないでしょう。今からあんたにここに行ってもらう」
こ、こいつら……!
俺を利用してアイスキャットを脱獄させるつもりか!
なんてクレバーな奴らだ!
「だから、ちょっと私たちに協力してよ。チメイズマン」
チェストヒューは片目をつぶってウィンクしてみせた。その瞳が、ゆっくりと白く濁っていく。
黒髪が先端から色あせてゆき、どこからともなく吹いてきた不気味な風になびきながら、白髪にかわっていった。
神々しい獣耳の女神になったチェストヒューは、俺に向かって小さな声でつぶやいた。
『『2』よ、お前はアイスキャットを助け出す』




