ゴッドファーザーと千年勇者
「お前ら、アイスキャットって知ってるよな。あいつは今どこにいる?」
俺の質問に、チェストヒューは冷たい視線で返した。
まったく、この俺みたいな紳士的な男を捕まえて、いったいどうしてそんな残酷な目でにらみつける必要がある?
俺なんてただ自分の奴隷を地面に押し付けてお腹をなでなでしてやっているだけの善良なマスターじゃないか。
「どうしてアイスキャットの事を知ってるの」
「さて、どうだろうな」
俺はあいまいな返事をした。
チェストヒューは眉をしかめる。
エアリバドルはにゃうにゃう喚いている。
俺は肩をすくめて見せた。
「先に質問したのは俺だぞ。まずはそっちがアイスキャットについて知っている情報を教えてくれよ、それが筋ってもんだろ?」
「アイスキャットは変態に名前を知られている……そしてその変態はアイスキャットの暗闇最強を封じる力を持っている……なおかつ変態は獣耳趣味、あわせるのは危険」
「わかった、ようするにお前、俺から何が聞きたいんだ?」
「あんたがアイスキャットについて知ってることを、全部」
「おいおい、全部は高いぜ? 本人の許可もとってないのに喋れないことだってあるんだぞ」
「エアリバドルのおっぱいの方が高くつくわよ?」
「へー、じゃあお前のおっぱいとちょうど同じぐらいの値段ってこと?」
「呪い殺すわよ」
話し合いはかくのごとく平行線をたどった。このままではらちが明かない。
とにかくチェストヒューとエアリバドルは、千年勇者アイスキャットと同じ能力を持っていることだけは確かだ。
異世界の異能だ、惑星アヴァロンの現地人がそう簡単に習得できるようなものではない。
敵だろうか。味方だろうか。
この2人がアイスキャットとどのような関係にあるのかは、推し量るしかない。
味方である方にかけよう。
「まあなんだ、俺は……あいつの敵じゃない、むしろ境遇を同じくした仲間ってところだ」
「ふーん、そう? とても信じられないけど」
「一緒に戦ったこともある。実は俺、あいつと同じ勇者だったんだ。何か困ったことがあるなら味方になってやってもいいぜ?」
勇者、と聞いたとたん。
チェストヒューのまなざしが、本物の氷のように白く濁った。
「じゃあ、死んでよ、チメイズマン」
邪眼――!
俺は間一髪でチェストヒューの邪眼から目を背けた。
邪眼は、呪術をかける前にまず目から魔力を注ぎ込むことで、相手の身体の魔力を不安定にさせ、呪術にかかりやすくする技法だ。
エアリバドルがアイスキャットの盗賊スキルを叩き込まれたなら、チェストヒューはアイスキャットから呪術スキルを叩き込まれているはず。
そんなもん、まともに食らってやるわけにはいかない。
どうやら、本気で俺を呪い殺そうとしていたらしい。俺にまったく呪術の効果が表れていないのをみて、チェストヒューは舌打ちをした。
「ちっ……偽名っぽいわね! エアリバドル!」
地面にへばりついていたエアリバドルが、バネのように起き上がった。鼻をくんくんと鳴らすと、いまだ暗闇状態であるにも関わらず、足元に落ちている短剣をからんと踏みつけ、肩の高さまで蹴り上げた。
「ぜったい殺す! ぶつ切りにしてやる! 3センチ立方だ!」
目隠しの下では涙目になっていることだろう。どうやらご立腹の様子だ。
やれやれ、これも勇者の宿命というやつだな。
「怒るなよ、ただのラッキースケベというやつだ」
「お前のそれはラッキーではない! スケベでもない! もっと重篤な犯罪臭のする何かだ!」
吠え声をあげ、凄まじいダッシュで飛びかかってくる。同時に、短剣を尻尾で引き寄せ、左手、右手へと順に受け渡しながら突きが放たれる。
尻尾を使うことで、あたかもフレイルのように、腕のリーチをはるかに超えた遠心力を込めた一撃。「ふん!!」俺は刃を手で掴んで受け止めた。ばきっ、へし折れた。完。
「必殺……ふつうのパンチ!」
俺はふつうのパンチを放った。魔法を使わずに少々眠ってもらうには、こうするほかない。
至近距離から放たれたパンチだ。エアリバドルは完全に防御をあきらめている。
間近で見ると、目隠しの一画の向こうに、エアリバドルの俺を恐れるような瞳がうっすらと見えた。
暗闇効果が薄れ始めたな。たぶん俺のパンチも見えていないのだろう。
しかし、横合いからチェストヒューの援護が飛んできた。
予期はしていた。絶対にそう来るはずだと思っていた。
俺は氷や火の玉や岩山ぐらいなら、そのまま体で受け止めて耐えられる。そんなものは行動の妨げにすらならない。
だが、それは氷でも火の玉や岩山でもなかった。そのときチェストヒューが援護で放ってきたものは、地面をゆさぶるような咆哮をあげ、ボロボロになった翼をはためかせ、おまけにキバやツメや尻尾をしっちゃかめっちゃか振り回していた。
「ぐららららら!」
――火吹き竜だった。
もはや体はボロボロに朽ち果て、意識を失った死骸が、向かいの山から飛んできたのだ。
……まったく、チート級獣人の戦闘スタイルを彷彿とさせやがる!
……死体を呪術で動かしやがった!
燃え盛る火吹き竜ゾンビの体が、俺のいた場所にぐしゃっと頭からランディングした。
俺はツメやキバを避け、素早く前転して距離を保った。
そこへ間髪入れず、エアリバドルが頭上から飛びかかってきた。
「うにゃああああぁぁっ!」
いまの一瞬で暗闇状態に逆戻りしたらしい、すばやい連携だ。目隠しから一段と濃い煙を吹きあげて、燃え盛る火吹き竜の胴体を前宙しながら飛び越え、短剣を俺に振り下ろしてくる。
しかし、火吹き竜が燃えて明るくなっている場所では、威力も半減するようだ。興奮も半分程度で、バーサーカー状態にもなっていない。単にキレているだけのようだ。
「なんだ、またアイシャドー派手に失敗してるのか?」
「うるさい殺す! ぶつ切りにしてやる! 3センチ立方だ!」
エアリバドル、チェストヒュー、火吹き竜ゾンビとその他のゾンビがぐるぐるローテーションを組みながら俺を攻め立てた。
それを受けながら、俺は思った。
こいつら、こんな戦い方をしていたのか。
今まで一緒にダンジョンに潜っていなかった俺は、まったく知らなかった。
強いじゃないか。うれしいぜ。
このままではじり貧だが、かわいい2人相手に本気を出すことはできない。なぜって、相手がかわいい以上、正義は向こうにあるからだ。
ひとつひとつ敵を無力化していくしかない。
まずは、邪魔な火吹き竜ゾンビを完全に沈黙させる。(ほかにもゾンビはいたが無視した)
よし、と標的を定めた俺は、魔導クラウドから魔剣『左目』を呼び出し、白樺の鞘から剣を抜き放った。
「ふんっ!」
ちょうど俺に飛びかかってきた火吹き竜ゾンビは、光速の居合切りによって、その姿勢のまま一刀両断される。
ずばっとカニを割るように真っ二つに分かれた火吹き竜の体は、ごととんっ、という音を立てて俺の左右の地面に落ちる。
と、その体を飛び越えて、すかさずエアリバドルが飛びかかってきた。
「うにゃああああぁぁっ!」
先ほどと同じ攻撃のパターン。無駄な叫び声も同じだった。さすがに読めるぜ。エアリバドルの動きを予測していた俺は、折れた短剣を受け止め、ぶんっと地面に投げつけた。
「ぎゃんんっ!」
背中から地面に打ち付けられたエアリバドルは、地面でえびぞって悲鳴を上げた。
尻尾を踏んづけて動きを止めると、エアリバドルはにゃーにゃー言いながら暴れだした。
ちょっと動きを止めておかないと、またチェストヒューが大型モンスターのゾンビをぶっ飛ばしてきて、元のローテーションに戻される恐れがある。
案の定、森から巨大なヒグマが俺めがけて突進してきたところだった。
「ごがああああ!」
ヒグマは時速70キロで走る生ける怪物だ。かわいそうに、ヒフク竜狩りのついでに狩られたけど、いらないから捨てておかれたんだな。俺はせめてそいつが一瞬で息絶えるよう、ちょっと本気のパンチを見舞った。
ヒグマは粉みじんに吹き飛び、貴重な肉塊が周囲にまき散らされる。
そこへ間髪入れず、俺の頭上から飛びかかってきた影があった。
チェストヒューだった。
どうやらヒグマの背に乗って移動してきたらしい。呪術師とは思えない罠を使いやがる。
「でええええぇえぇぃっ!」
完璧に不意を突かれた俺は、そのままチェストヒューに体当たりをくらい、地面に押し倒された。
魔法使いタイプだと思って油断していたが、獣人の魔法使いと人間の魔法使いとでは、身体能力に歴然とした差がある。
ギリギリと凄まじい力で俺の腕を締め上げ、片膝に体重を乗せて、もう片方の腕を押さえ込んでいる。
軽い体のはずが、まるで持ち上げられない。絶妙な体重移動によって動こうとする俺の力をいなし、地面に押さえ込み続けている。
「チメイズマン。私にこの奥の手を使わせたのは、あんたがはじめてよ!」
チェストヒューは片手を腰に伸ばし、イルイド僧のハイセンスな生地で作ったウェストポーチから、スティック状の小道具を取り出した。
キャップを口で外すと、口紅。どうやら口紅のようだ。
だが、それはただの口紅ではなかった。
赤い口紅の先端が俺の額にぴとりと押し付けられた瞬間、ぞっとするような魔力を感じた。
俺はこの赤い染料の正体を知っていた。こいつは、本来ならこの世界に存在するアイテムじゃない。異世界の素材を加工して作ったアイテムだ。
チート級獣人の生まれた大地、大赤斑を覆う赤土から作った塗料である。
その正体は、まだその大地が湖の底だったころ、太古の昔に繁茂していた珪藻の化石だと言われている。
青い光を放つ水の魔力を吸収し、それ以外の光を反射するために、鮮烈な赤色に見えるという。
数億年にわたって水の魔力を吸収し続けた、すべての生命と同じ長さの歴史をもった『水の魔石』。それが赤土だ。
「私が1から10まで教えてあげる……そのうち、気持ちよくなってくるわよ……」
額に押し当てられた口紅がゆっくりと動き始め、俺の額に何かが書かれはじめる。
その前に、俺はとっさに鎧の力を全力で発動させた。
チェストヒューの重たい体をわずかに持ちあげ、わずかにできた隙間を利用して上体をひねった。押さえ込まれていた腕の関節を自由にし、身をよじりながら彼女を突き飛ばした。
突き飛ばされたチェストヒューはすばやく身をひるがえし、不愉快そうな視線をこちらに送る。
……だが、次の瞬間には、にやりと笑った。
どうやら術は完成していたようだ。そのまま、握りこぶしを口元へと持って行った。
ああ……やばい。おそらくこいつは、あの秘術もマスターしている。
手の中で、チェストヒューの呪文が鳴り響く。
『産みと苦しみの母、ハルテルの血をもってお前に『命名』する、お前の名前は今から『1』だ!』
命名……!
名前を付けられた……!
俺は額に口紅で書かれた『Ⅰ』の文字を消しながら、その場から全速力で逃げ出した。
タブレットを起動し、今からやってどのくらいの抑止力になるのかはわからないが、魔力シールドを展開させた。
だが、もう遅い。獣人に捕まったら、もうそこで終わりだ。
その俺の背中に狙いを定めるようにして、吹き矢のごとき言葉が放たれる。
『『1』は、立つな!』
どしゅぅぅぅッ!
次の瞬間、俺の全身から水蒸気が噴き出した。
タブレットの魔力が強烈な呪術を相殺しているのだ。
呪いをかける側と防御する側では、消費する魔力の量がぜんぜんちがう。
その間に、俺はひたすら逃げる。確かこの先に崖があったはずだ。
残りMPを確認すると、ぞっとするような速度で減少していく。
5……4……3……2……1……!
0になるまえに、俺は自ら魔力シールドを解除した。
瞬間、全身の血液が凍り付いたような気がした。
心臓に鉛を流し込まれたような苦しみが走り、口の中に苦みがこみあげ、足がみるみる動かなくなってゆく。
「ぐ……う……ッ!」
立てない。立っていることができない。俺はめまいを起こしたわけでもないのに、その場に跪いた。立つことを封印されてしまったのだ。
獣人の神官に名前を知られると魂を操られる。そして連中は赤土をつかった儀式で名前を付けることができる。
まさにチート級。まさに最強コンボだった。
こうなればもう、俺はチェストヒューの呪術のいい標的だ。
もはや抵抗することさえできないまま、次の命令が下されるのを待つしかない。
どうせならエッチな命令がいいが、その前に、エアリバドルに全身を切り刻まれる可能性もあった。3センチ立方に。
「油断したわ。あんた、勇者だったのね」
ぎりっと、歯を食いしばるチェストヒュー。
チェストヒューの瞳は、邪眼の力によって真っ白に濁っていた。
いや、瞳だけではない、いまその白は黒かった彼女の髪を白く染め、短く切られた獣耳や尻尾と同じ色へと変貌させていた。
いまや、全身から邪眼と同じ魔力を放っているのだ。目にしただけで呪いにかかる神聖な存在へと変貌していた。
白銀の、まさに神のごとき威容をもった少女だった。
「チメイズマン、あんたはいったい何者なの。これまでのことは何だったの、ぜんぶ『勇者ギルド』のクエストかなんかだったの?」
「そんなわけがあるかよ、チェストヒュー」
「勇者なんて、最低のクズよ……みんな呪い殺してしまえばいい」
恨みのこもった声音で、チェストヒューは言った。
俺はお前たちの思っているような『勇者』じゃない。
1000年前からやってきたただの迷子だ、『勇者ギルド』がどこにあるかすらわからない。
「チェストヒュー、アイスキャットにいったい何があった」
「言えない。知ればあんたは必ず私を裏切るわ」
「裏切るものか、俺は古い勇者だからな。俺をあいつに会わせてくれ、そうすれば全部わかる。俺が何者なのかも、今まで何があったかも」
「……それって、べつにあんたが死んでからでも構わないわね?」
「俺を殺せると思ってんのか? ああ……やっぱお前ら、フィールド戦闘に慣れてないな」
「なんですって?」
「いいか、戦闘前にちゃんと地形は確認しとくもんだぜ?」
俺は地面に跪くと、頭上で両手を握りしめ、両膝の間の地面を思い切り殴りつけた。
「……うおおおおぉぉぉっ!」
びきっと亀裂が入り、みるみるうちに地面が沈み、崩落した。
すぐそこに俺の目指していた崖があったのだ。足場は崖崩れを起こし、チェストヒューは飲み込まれる前に飛び退った。
「ちっ……! ほんと、最悪……!」
俺はそのまま前転して崖を目指した。立つことが封じられた俺は、転がるようにして空中に身を投げ出し、谷底の川へと飛び込んでいったのだった。




