獣人の奴隷と千年勇者
いまから900年も昔の事だ、勇者たちの生き残りは白光石を集めていた。
生き残るためにはとにかく白光石が必要となる。
世界中のダンジョンを探索して、白光石を集めていた。
勇者たちは、それ以外の彼らにとってとくに必要のない素材を売り払い、財源を確保した。
それは現地人たちにとって滅多に手に入らない貴重品が多かったが、勇者たちはタダ同然で売ってくれるため、彼らはこぞってダンジョン帰りの勇者たちに商売話をもちかけた。
やがて何の変哲もないダンジョンしかなかったここに、勇者たちを相手に物を売り買いする人々が集まり、勇者たちと同様にダンジョン探索に挑む探索者たちも続々と登場し、いつしか巨大な町へと膨れ上がっていった。
そしてここに『迷宮都市』が生まれた。
ダンジョンから無尽蔵にわいてくる資源をもとに、かつてない栄華を誇ったという。
しかし、あるとき勇者たちは忽然とこの町から姿を消したのだった。
後に残ったのはダンジョンと『迷宮都市』のみ。
勇者たちはめぼしい白光石をあらかた取り尽してしまって、次のダンジョンを探しに向かったのか。
あるいは、上手く子孫を残せずに滅びてしまったのか。
その真相を知る者は、いない。
そんなローグシティで出会った金髪獣耳美少女に連れられ、俺はスラム街のような場所を通過していった。
「エアリバドル、ここがお前の家って、ひょっとしてこれ、人が中に住めるの?」
「そうだよ」
「なんというか、隙間風がすごそうだな」
金髪獣耳の少女、エアリバドルに連れてこられたのは、朽ちかけた材木をより合わせて作っただけの、子供の秘密基地のような粗末な家だった。
獣人は物を作るのが苦手だというが、ここまで絶望的だとは思わなかった。
スラム街のような場所のど真ん中で、とても女の子が1人で住んでいるようには思えない。
「周りの家が仲間だから、何かあったら助けを呼ぶわ。同じ獣人どうしで固まってるの」
「なるほど」
入口っぽく垂れさがっているビニルシートをぺらっとめくると、アリバドルは金色の尻尾を振りながら、家の真ん中に胡坐をかいて座った。
「俺もそこに座るの?」
「外に立ったまま話すのかよ?」
「なんかすげぇ狭くない? 密着しそうなんだけど」
「いいよ、変な事をしたら叫ぶだけだから」
「十分変な事のような気もするけどな」
俺はエアリバドルの隣に座った。
隣も隣、数センチも離れていない距離だ。
同じようにあぐらをかけないので、膝立ちになって座った。
超至近距離でエアリバドルは俺をじっと見ていた。目がデカい。
やばいぞ、ひょっとしてこの家、1人用
じゃないか。
エアリバドルがうつむくと、ケモミミが俺の顎をはたいた。痛い。
くるっと背中を向けて、俺の膝の上に乗っかるような姿勢になった。
「もともとは『バニラ大回廊』っていう、地竜のダンジョンがあったんだ」
獣耳の少女は、あんこ入りの特性レンパスをかじりながら、床に木の枝で地図を書き始めた。
俺も地図を見たかったが、獣耳が邪魔すぎて見えない。
「地竜バニラ……どっかで聞いたような名前だな……それって金髪ドリルのお嬢様じゃなかった?」
「地竜は精霊だよ、精霊の顔なんて知るわけないじゃない?」
まあ、普通はそうだろうな。
俺が金髪ドリル精霊と知り合いなのは、たまたまエルフが精霊の友達だったからだ。
「勇者たちがここのダンジョンから撤退していった理由は分からないけど、何百年か前に白光石はまた採れるようになったの。
そこで私たち亜人種がここに住み着いて、探索家をはじめたのよ」
「採った白光石はどうしてるの?」
「探索家ギルドってところでまとめて売りさばいているけど、白光石は『勇者ギルド』に高値で売られているって事以外、あんましわからない。
ふつーのクリスタルならよく魔法道具に使われているけどね。普通の魔法道具にはあんまり使えないような石って話だし」
ふむ、つまりここの文明レベルは、古典魔法道具がある程度広まっているってところか。
エルフの村のような完全に古代の生活様式から一歩進んだところだ。
簡単に異世界改革はできそうにないな。
「けれど最近、表層近くの採りやすい白光石はあらかた取り尽したの。奥に行けばまだ残っているみたいだけど、魔物が強すぎて、ほとんど採れない。私たち探索家は危険な橋を渡らないようにしたんだ。それからローグシティは急速に廃れていったの」
「だから、盗みをするようになったのか?」
「……他の子みたいに奴隷になるような真似はしたくないもん」
エアリバドルは、ぼそっと言った。
奴隷。この世界には奴隷なんて制度があったのか。
一度異世界改革でなくなったと思ったけれど、復活してしまったんだろうか。
「だって、安いんだよ、獣人の奴隷は」
「やすい? ……ネコミミもふもふのオプションがついていて、抱き心地こんなに抜群で、安い? 逆じゃないか?」
「あんたが奴隷と聞いて何を想像しているのかはわからないけどさ。この辺りじゃ人に雇われてダンジョン探索をしている奴の事を奴隷って呼ぶんだ。昔は奴隷の仕事だったらしいから」
「ああ……そういうことか」
「出来高払いだし、賃金はほとんどゼロ。頑張っても何も手に入らないどころか命を落とす事すらある。だからその辺をぶらぶらして戻ってくるだけの子もいる。みんな想像で書いた地図を提出するから『潜る度に地形が変わるダンジョン』みたいにいわれているところもある」
「よくバレないな。……普通バレるだろ、それ」
「まあ、ダンジョンに潜っているだけましってのもあるからね。変なところから魔物が出てくることもあるから、雇い主にとっては防犯策みたいなもんかもしれない。実際に魔物と戦ってはいるし、もし帰ってこなかったら強い魔物がわいた可能性があるって感じで。あと、ダンジョン探索以外にもその他もろもろの雑務に使ったり、変な楽しみに使ったりもするみたいだし。要するに、飼われているんだ」
エアリバドルにため息をつかれた。至近距離でため息をつかれると、何食べたとかがすぐにわかる。
地球にも奴隷の形はいろいろある。特に危険と分かっている場所での仕事をさせたり、農奴という制度で土地に縛り付け、労働力として使役したりする。神への生贄にするといったこともなされていた。
この場合の彼女たちは、ダンジョンに巣くう魔物への生贄といったところが近いのかもしれない。
「もっとまともな仕事はないのか?」
「ないわよ。エルフは独自のテレパシーみたいなもんが使えるし、生まれつき精霊とのコネもある。ドワーフはひとたびモノづくりに携わると完成まで不眠不休で働き続ける。そう言った優良種族とは違って、私ら獣人の利点なんて、運動能力と回復力が高いぐらいだからね。肉体労働系の仕事に関してはまあ優遇されてるていどなのよ」
「それだったら仕事は多いんじゃないのか?」
「あくまで獣人全体の話だから。女より体力のある男の獣人ばっかり優先的に仕事が割り振られるの……思うように白光石が採れなくなって、ローグシティの経済も冷え込んでいるしさ、私たち女の獣人には、仕事なんてほとんど回ってこないんだよ。だからみんな奴隷になるの。獣人は独特の臭いもあるし、需要はそんなに多くないから、そのうち供給過多ってやつで、市場価格も安くなっちゃった」
なるほどなぁ……。
俺はエアリバドルのもふもふの耳をいじりながら思った。
愛好家もいるだろうのに、そんなに安いのか。
それはつまり、今なら大変お買い得ってことじゃないか。
「なあ、いくらぐらいで獣人全員を買い占められる?」
エアリバドルは、びっくりしたように俺を見上げた。
「あんた、何をするつもりなの?」
俺は小さく微笑んでやった。
なんとかすれば、獣耳の少女たちでハーレムを結成することも……いやいや、彼女たちを助けることも、不可能ではないかもしれない。
「ひさしぶりに、勇者のお仕事をやろうかと思ってんだよ」




