獣耳の少女と千年勇者
俺は、エルフの村で使っていた偽名を使った。
向こうで魔法使いの権力は絶対だったのだが、大人たちは、ただの通りすがりが出しゃばった真似をするな、とでも言いたげに顔をしかめていた。
「まあ、落ち着いて考えろよ。大勢の大人が1人の少女をよってたかって追い立てるなんてのは、傍から見てもいい気分じゃないぞ。まるで悪人どもの所業じゃないか。通りすがりの俺は思ったぜ、この少女が悲運に巻き込まれた可哀想なお姫様で、お前たちは誘拐を企む悪党の手先じゃないかってな」
「なっ……!」
男たちの顔がみるみる赤くなっていった。
少なくとも自分たちのしていることが正しい、という自覚はあったみたいだ。
ふむ、どうやら警察組織の社会監視システムが不完全で、犯罪の多くを住民の自警にたよっているとみていいだろう。
「お前ら、こいつを捕まえた後、どうしたいんだ? どう見たって街の警察とかじゃない、一般人だろ。だったら自分達の外聞を損ねるようなみっともない行為はやめろ。
もし、警察に頼れないのなら、俺みたいな無関係の中立者を間にたてて、自分たちの正当さを俺にアピールしてみろ。そうしたら、俺がお前たちの代わりにこいつに制裁を加えてやる。俺なら警察がやってくれないどんな非道な真似でもできるぜ。なんてったって、ただの通りすがりだからな」
俺は口の端をにやり、とつり上げた。
獣耳の少女は目をうるうるさせて、俺と大人たちを交互に見上げていた。いったいこれから自分はどうなるのか、と不安げな様子だ。
大人たちは怯んだ様子だが、それぞれの口から非難めいたうめき声をあげた。
「……そいつは、盗人だ」
「盗人。なにを盗んだ?」
「俺たちの店の商品だよ。宝石のついた指輪だ。このくらいの。こいつ、万引きの常習犯なんだよ、盗賊市で売りさばくつもりだ!」
「ほう? 指輪って、どれだ、こいつか?」
「にぎゃーっ!?」
俺は、獣耳の少女の胸の谷間に手を突っ込んで、宝石のついた指輪を取り出してみせた。
純度の低いクリスタルを使った安物だった。魔石は30パーセントもないだろう。なんだ、こんなもんで怒ってたのか。
「さ、触った……こいつ、触った……!」少女は胸のあたりを押さえて、ぶるぶると身を震わせていた。
俺は少女を無視した。
「あとは無いか!」
「さ……財布もだ! こいつ、遊ぶ金ほしさに夜の街を歩き回って、お、俺をだまして裏路地に誘い込んで、不意打ちで俺を眠らせて、そのうちに財布をとって行きやがった!」
「おっさん、それは自業自得じゃないのか? 財布。これか」
「んにゃあああっ!?」
「悪い、中身は守ってやれなかった」
俺は、少女のお尻のポケットに手を突っ込んで、財布を取り出して見せた。
魔物の素材でつくった高級品だ。スラックスによく似合う。魔力補正もあるみたいだった。
ステータスを確認するとラック上昇。ドロップ率や収益率を増加させるものらしい。
獣耳の少女は尻尾の毛をびんびんに逆立てて、毛先で俺の手を突き刺そうとしているかのようだった。
めちゃくちゃ俺を睨んでいる。息もふーふー荒くなっていた。お前さ、オヤジ狩りはいかんよ。
「あとは無いか!」
「あと、その服もうちの商品だ! 試着室から何時間も出てこないと思ったら、いつの間にか窓から出てやがるんだよ!」
「服。上の方か?」
「うぎゃあああっ!?」
「なに、両方? よしきた!」
「いにゃぁぁぁ!」
俺は、獣耳の少女が身にまとっていた服をばっ、ばっ、と剥いだ。
あられもない下着姿になった少女は、獣耳をぺたんと垂れ下げ、しくしく泣いていた。
「こいつ……ぜったい、殺す……殺す……殺してやる……」
心底懲りているみたいだけど、まあ、それで許すかどうかは俺の問題じゃない。
彼女を追っていた大人たちの数は多い。被害者はまだまだいそうだ。
「うちの店は、パンを盗まれた! 夕方に腹が減ったとかいってふらふら商店街を歩き回って、平気で人の店の品物を取っていくんだ!」
「なに、パンツ? これか」
「パンツちがう! お願い取っちゃヤダ、やめてぇぇぇ!」
俺の聞き間違いを耳ざとくキャッチしたのか、獣耳の少女は自分の下着を押さえて、にゃーにゃー泣きわめいていた。
俺は心を鬼にして少女に詰め寄った。
「お前、盗みをしたことを悪いと思ってるか? 本当に心から思っているか? だったら盗んだものは全部返すのが筋じゃないか。違うか?」
「だから、パンツは違う! これは自前なの!」
「おいおい、ここは俺に合わせとけよ。連中は殺気立っているだろ。盗品は全部かえさないと、もっとひどい目にあわされるぞ?」
「嘘じゃないってば! 私これでも下着にはこだわるの! 盗賊市で5枚45カパーの特売セールで買った! 第一だれもパンツ盗まれたなんて言ってないし!」
「はっはーん、墓穴を掘ったな、盗賊市で買ったってことは、もれなく盗品だってことだろ?」
「バカ! 盗賊市には正規の商品もまじってるわよバカ! 盗品ばっかりだと品ぞろえが悪くなりすぎて、商品をさばきにくいんだよ! それに憲兵が摘発しにきたときにダミーの商品がなかったら一発でしょっぴかれるじゃない! そういうの偏見っていうんだから!」
「そんなこと言って、本当は盗品なんだろ? 正直に言えば許してやるよ、盗品なんだろ?」
「うううぅぅ~!」
下唇を噛んで悔し気な獣耳の少女。
俺は彼女の尻尾を高々と持ち上げて、宣言した。
「おいみんな! この中にこの娘にパンツを盗まれた、という者はいないか! いたら即座にこの俺に報告しろ! ブラジャーでも可だ! 隠し立てをするつもりなら、容赦はしない、この場にいる全員、俺の刃の露に変えてしまうぞ!」
俺が目を血走らせて眺め渡したが、どうやら下着を盗まれたという者はいなかった。
そりゃそうだよな、おっさん連中の中にこんな下着を着用していた人がいたら大変だし、いたとしても、さすがに大声で言いにくい案件だろう。
パン屋の店主も、俺をなだめるように両手を差し伸べた。
「ぱ、パンツじゃない……パンだ」
「パン?」
「食べ物のパンだ」
「ああ、そうか! 気づかなかった!」
「ぜったいにわざとだ……!」
その後も俺は、少女の鞄からありったけの盗品をばら撒いていった。出るわ出るわ、四次元ポケットなんじゃないかって量の盗品だ。なかには数年前に行方不明になったという仏像なんかも出てきた。だが、どうやらパンツは盗品じゃなかったみたいだ。がっかりだ。
食べてしまったパンを返すことはできない。
俺は自分の荷物の袋から、葉っぱに包まれた焼き菓子を取り出した。
非常食としてエルフの村から持ってきたものだった。
「エルフの作ったレンパスだ。売り物にはならんだろうけど」
「レンパス……レンバスじゃない、レンパスなのか……?」
「パンなんて粉ものだし、一斤盗られたぐらいでそんなに大損するもんじゃないだろ。これで許してやってくれよ」
パン屋の店主は、「まあ、本当は一斤二斤じゃないんだが……」などとこぼしながら、レンパスをもしゃもしゃ食べていた。
俺は獣耳の少女の尻尾を掴んでぶら下げ、周囲を見渡していた。
みんな冷静になりはじめている。だんだんと見知らぬ通りすがりの男に裸にひんむかれて泣いている少女の方が可哀想になってきた様子だった。
俺が最初にお前たちを見た時に抱いたのはそういう気持ちだよ。そういう気持ちを忘れちゃいかんと思うぜ。
江戸時代の警察も盗みや万引きは3回まで見逃したという。貧しさが原因だってわかってるんだ。
それ以上、少女を追求する者は現れなかったので、手っ取り早く解散ということにした。
「じゃあ、この俺がただの通りすがりとして、中立的な判決を下すぜ。もうこの辺で勘弁してやったらどうなんだ。あんたたちも、本当はそこまで怒るような被害を受けたわけじゃないんだろ?」
数ある犯罪の中で、盗みというのは得てして被害が安い部類のものだ。
思わぬ災害で商品を失うことだってあるので、まともな商人ならみんなある程度の損害保険をかけている。
それなのに、この獣耳の少女が許せなくなるほどの怒りを買ってしまった、というのは、社会そのものが歪んでいるという証拠である。
こうして、俺は獣耳の少女の救出に成功した。
しかし、完全に無事……という訳にはいかない。
少女はボロボロに泣いていて、手を出すと指を噛まれた。痛い。
「なんで噛むんだ、助けてやったのに」
「助けてなんて言ってないでしょ」
「ほら、服着ろよ。いちおう作ってやったから(消費MP0.26)」
ナイロン製の服をかけてやると、むしり取られた。怒んなよ。
「お前、この辺に住んでるんだろ。顔覚えられてるし、悪名がついてまわってたら、ろくに歩き回ることもできなくなるだろ。上手く逃げ切ったら、その後どうするつもりだったんだ? 別の町にでも行くのか?」
「出ていくわよ、こんな町、大嫌い……」
こんな小さな事件を解決しても、問題の根本的な解決には程遠い。
盗みってのはだいたい、社会が病んでいるから起きるもんだ。
チート級勇者たちのように抜本的な異世界改革をすれば、たちまち問題は解決するんだろうけど、俺はそれをするつもりはない。
これからあの商人たちが頭を悩ませて、自分たちなりに考え、自分で道を切り開いていくものだ。
……と、思ってたんだけどな。だったら、そもそもこの子を助けてしまった意味もないわけで。
「なあ、お前はこれからどうしたらいいと思う? この町ってなんか問題抱えてない? たとえば、もっと仕事が欲しいだとか、社会に獣人に対する不平等や差別が横たわっている、だとか」
ついつい、悩みごとを聞いてしまう俺なのだった。
これはあれだ、勇者の本能みたいなものだからな。仕方ない。
獣耳の少女は、俺をぎろっと睨んでいた。
「……いくら要るの?」
「ん?」
「あんた、勇者なんでしょ」
「……なんで分かった」
「分かるわよ。いくら報酬を支払ったらいいの?」
「おいおい、勇者に依頼を頼むのにお金がいるのか?」
「要るわよ……あんた、ひょっとして正規の勇者じゃないの? ただの勇者気取り?」
「……へ?」
俺は首を傾げた。
1000年前に召喚師が異世界から召喚した人材の事を勇者と呼ぶ。俺もその1人だった。
基本的に、勇者はその報酬を自分の召喚師や、召喚師連盟からすでに受け取っている。
追加でクエスト成功報酬を受け取ることもあるけれど、召喚師連盟を間に介さなければ受け取れなかった。勇者が地元民から直接報酬のやり取りをするようなことは、まずない。
「正規の勇者ってなんだよ……そもそも、俺は今の勇者の仕組みがあんまりよく分かってないんだけど? というか、召喚師連盟がいないのにどうやって報酬のやりとりするの?」
「召喚師連盟? なにそれ、『勇者ギルド』に所属してないの?」
「『勇者ギルド』……なにそれ?」
「じゃあ、あんたモグリ? なんだ……お仲間か」
ほっと息をついた獣耳の少女。なんか誤解をされたみたいな気がするが、逆に安堵されたのはどういうことだ。
ひょっとして、いまの勇者って嫌われているのか?
「なあ、ヴェートラーナ。いまの勇者って、どうなってんの?」
俺が背後の暗闇に向かって声をかけると、やはりそいつはいた。
暗闇に紛れるようにして、路地の奥の方に座り込んで、クッキーをぽりぽり食べていた。
獣耳の少女がその存在に気付いてびくっと震えあがるほど、人間の気配を有していなかった。
「魔王領には『勇者ギルド』というのがあるわ」
「なにそれ」
「主に勇者たちにクエストなどの仕事を斡旋しているギルドよ」
「ちょっと待って、その勇者って……」
俺は、自分の思い違いをようやく理解した。
「ひょっとして千年勇者以外にも、勇者がいるっていうのか? この惑星アヴァロンに? 召喚師が追い出されてから、もう1000年も経ってるんだぞ?」
ヴェートラーナは、クッキーをぽりん、とかじりながらうなずいた。
「いるわ、召喚師連盟の追放によって、元の世界に戻られなくなった『異世界勇者の子孫たち』が。この世界で『勇者』というのは、得てして彼らのことを指す言葉よ」




