ダンジョン探索と千年勇者
強い武器や冒険の心構えよりも、ダンジョン探査をするものが最初に手に入れなければならないものがある。
それが、その土地の保有者の許可だ。
大抵の土地は誰かの領地とか所有物となっているので、無許可での採集や狩りが禁止されている場合があるのだ。
たとえどんな大冒険の末にどんな国宝級アイテムを採ってきたところで、無許可のため盗掘・密猟・不法侵入にあたります、あなたの武勇伝以外ぜんぶ没収します、みたいなことになりかねない。
迷宮都市のようにダンジョンから得られる素材が重要な資源となっている町では、特にその管理は厳しくなっているはずだ。誰でも好き放題とっていい訳じゃない。
エアリバドルによると、その辺に関してこの土地はゆるくなっているので心配ない、とのことだ。
探索家ギルドが探索許可証を発行しており、領主との面倒な手続きや資格審査などもすべて一括して代行してくれるという。
どうやらかつての町の栄華を取り戻すために、よそからやってきた探索家でも気軽に探索できるシステムを整えているらしい。
さっそく俺は探索家ギルドに向かった。
エアリバドルの貧しい住まいに反して、町の一等地にある巨大な木造建築がそれだった。
受付けには上品なエルフのお姉ちゃんが1人。エルフを受付にするなんて生半な企業ではできないことだ。彼女たちは仕事を選ぶ立場にある。財力があるだけではできない、数百年にわたって実績を積み重ね、エルフとの相当な信頼関係を結んだ大企業でなければ歯牙にもかけられないという。
さすがはかつて栄華を誇っていた大都市なだけはある。経済が傾いているとはいっても、こういったところには風格が残されていた。
「チメイズマンさんは、当ギルドのご利用はじめての方ですね? すでにローグシティ以外で探索家ギルドにご登録しておいでですか?」
「いや、はじめて」
「残念ながら、探検家Cクラス以上の方でないと『バニラ大回廊』の探索許可証は発行できません」
「えっ、そうなの?」
「はい、残念ながらDクラス以下の方をご案内することはいたしかねます」
洞窟内のモンスターのレベルが平均値よりだいぶん高いらしい。
つまり、ゴブリンのような低レベルモンスターなんか1匹も出てこないということだ。
あの金髪ドリル精霊の名前がついているだけの事はある。
無駄にゴージャスなのだ。
「探索家Dクラスってどうやったらなれるの?」
「たとえば……初心者の方にはフィールド探索というのをおすすめしています」
ふむ、フィールド探索とな。
受付エルフは、地図を貼り付けたボードを取り出して、丁寧に教えてくれた。
「この街の周辺には、数百年間人間が踏み入ったことのない未開の地がたくさんあります。その土地に赴いてカメラで風景を撮影したり、マップを作成したり、討伐対象となる魔物を倒したり、素材を採集したりするクエストをこなすことで、探索家クラスを上げてゆくことができます」
「へぇー。なんかすげぇ面白そう。カメラで撮影するんだ。そうか、テレビとかあったよな」
「腕に自信のある方でしたら、討伐クエストが一番速いですね。即死の牙使いクロックダイルの出現するガラハッド大河沿岸、無限回廊建築家ドルイド僧の出現する森の中のランスロット湖畔、あとこの地区でも最悪最強と言われる火吹き竜の住むオリュンポス山などがございます」
「へー、オリュンポス山にそんなのいたんだ。ぜんぜん気づかなかった。やっべー、倒してくりゃよかったかな……」
「と、とんでもない、出くわさなかっただけ運が良かったです! 討伐クエストでもそれ以外の弱いモンスターが主に対象となっています。これまで倒してきたモンスターの数から推定ランクをおつけすることもできますよ?」
「あ、そうなの? そっか、そりゃたすかる」
ラッキーだった。ゴブリンなら湯水のように狩ってきたからな。あとウェアシャドとかも。きっと初心者の中でも相当高いランクからスタートできるんじゃなかろうか。
さっそく俺はタブレットを起動させ、アプリの『アイテムストレージ』を確認してみる。
これは大量に手に入れてしまったアイテムを魔導クラウドに保存することができる、という優れものだ。
勇者のタブレットには必ずついている基本アプリで、異世界召喚ではないためそこまでMPを消費することはないが、1個のアイテムにつき消費MP0.05はかなりキツい。
しかし、保存して閲覧するだけならほとんどタダだ。ゴブリンのすい臓、ウェアシャドのキバ、に続いて、ゴブ肉の塩漬けが大量に保存されていた。
なんかもう倒した記憶すらないほど大量のゴブ肉が保存されていた。これ全部だしたら俺が死にそうな勢いだ。
その他にも、名前も知らなかったような魔物の素材がちらほらと出てきた。モンスター図鑑で名前を調べてみると、そういえばこんなのいたようないなかったような……。
呼吸するように魔物を狩ってたからな。何狩ってたかなんていちいち覚えてない。
その中に、俺は変な文字を見つけた。
『火吹き竜のキバ』
おや……?
『火吹き竜のウロコ』
『火吹き竜のツバサ』
あれ……?
なんで俺のアイテムの中にこんなものが……?
『火吹き竜のツメ』
『火吹き竜の骨』
…………。
えっ、なぜ肉がねぇし……。
火吹き竜の肉どこいったし……。
ひょっとして俺、食ってた……? やばい、全然記憶にない。
あれか、シレンシズに夜の狩りに連れ出されたときだろうか……。俺も真っ暗な中で狩りをしてたし、その後なに食ったかとか記憶にない……。
恐る恐る、火吹き竜の残骸を取り出してみると、受付エルフはぎょっとして眼鏡がずり落ちてしまった。
「ひ、火吹き竜の……!」
「いや、聞いてくれ。俺にはまったく記憶がないんだ」
「いったい何に対して言い訳をしているんです!? そんな、Aクラスの探索家が数名がかりでも倒すことの難しいとされる魔物の素材ですよ……!」
「いやいや、俺が狩ったなんて限らないだろ。ひょっとすると、俺のアイテムのなかにこいつが勝手に飛び込んできたのかもしれない」
「どういうことです!?」
受付エルフは、これがいかにすごい事かを懸命に説明しようとしていた。
単独で火吹き竜を倒したのは、1000年前に出現した異世界勇者たちのような所業であるという。
まあ勇者だしな。妥当な線だろう、俺は納得した。
******
アイテムストレージの素材はあんまりポイポイ出せないので、火吹き竜の骨だけを適当に換金し、市場に繰り出した。
まずダンジョン探索に必要なのは装備だ。鼻のような狭い場所での戦闘に不向きなロングソードは使えない。
しかし、市場に売ってある武器はどれも俺が全力で振るだけでへし折れるようなガラクタばかりだった。人間の作った武器では使い物にならない。ドワーフの村からなんか持って来ればよかった。
仕方なく、タブレットで装備品を変更。アイテムストレージから形を自在に変える日本刀、右目を選択し、切り替えておく。(消費MP0.05)
またダンジョン内は非常に冷えるため、防寒具も必須だ。綿入りのシャツ(40カパー)を身に着け、その上から機動力と防御力を兼ね備えた鎖帷子(15シルバー)、あとはいつもの鎧の順に装備を固めて行く。
次に食糧だ。傷みやすい肉や野菜が2日ぶん、パンや干し肉などの日持ちする食量が2日ぶん。(133カパー)ダンジョン内部では光合成をする植物が生えてくれないため、ビタミンの豊富な生肉や野菜などの食材は欠かせなかった。
ゴブリンがいればこの辺の問題は解決するのだが、あいにく彼らが出てくれるような低レベルなダンジョンではない。近いうちに新しい食材を探さなければなるまい。
前日のうちに用意したこれらを信玄袋につめ、口をぎゅっと引き締め、肩に背負う。
タブレットの残りMPは28だ。まだまだ十分にいけそうだった。
古地図でダンジョンの位置を確認していると、エアリバドルがあられもない姿で家から出てきた。
昨晩はずっとあの格好で俺と密着していたからな。なんか隣の獣人が聞き耳立ててる気配がするし、さすがの俺も悶え死ぬかと思ったわ。
「おはよう……もう出かけるの?」
「ああ。準備は昨日のうちにすませておいたからな。後していないのはお祈りだけだ」
「安心して、私が祈っといてあげるから。良い子でしょ?」
にまー、と笑うと、獣耳をぴこぴこ振って、祈るエアリバドル。
「チメイズマンが落とし穴にひっかかる時も片足だけで済みますように。あとトラばさみに引っかかるときも、一番根元に足の小指を挟むで済みますように」
「それ、地味に一番痛い奴じゃないか?」
呪いだか祈りだかよく分からない言葉をかけられながら、俺は家を旅立った。
Sクラス『探索無制限』の探索許可証をネームタグといっしょに首から提げて、いざダンジョンへと向かう。
町の中心部に向かうにつれて、建物は壁が分厚く、魔物が簡単には飛び越えられないぐらいの高さになっていった。
装飾が一切ほどこされていない無骨な作りの塔があって、かなり上の方に見張り番らしき男の姿があった。
軽く手をあげて合図すると、男はうなずいた。
扉に取り付けてある通信機らしきものから義務的な声が聞こえてきた。
『名前は』
「チメイズマンだ」
『探索許可証をカメラに向けてくれ』
俺がカメラに探索許可証を見せると、真っ赤なレーザーのようなものが放たれて、表面のバーコードを読み取っていた。
この世界に残された異世界勇者たちが、本当はもっとすごいの作りたいんだけど仕方なく作った出来あいのテクノロジーみたいだった。ピッと音が鳴った。
『チメイズマン、洞窟の中では男どもはみんな欲求不満になる。最後に女といいことしてきたか? お祈りは済ませてきたか?』
「女に祈ってもらってきたところだ」
『羨ましい奴だ、じゃあ気をつけて行ってこい』
ダンジョンの入り口を封鎖していたゲートが、重々しい音を響かせて横へとずれていく。
洞窟がため息をついたように水蒸気がこぼれ出て、足元を蛇のように張っていく。
ぽっかりと口を開けた天然の洞窟へ、俺は一歩足を踏み入れていった。
せめてゴブリンとの戦闘のような空気ではない、描写するに足るぐらいの、大冒険になってもらいたいものだ、と願いつつ。
ダンジョン内部は(中略)そしてあっという間に俺は50階層へと到達した。
そこは俺の想像を絶する世界となっていた。
強力なクリスタルがごろごろと転がり、巨大で獰猛な魔物たちがひしめき合う、魔物の巣窟と化していたのだ。
生命の進化は凄まじい。
異世界勇者たちが使っていた1000年前の魔導クラウドの情報を、進化の過程で魔力コードの無限の組み合わせを試すうちに、偶然にもハッキングに成功してしまった魔物たちが、自らの身に特殊ジョブのスキルをインストールしてしまっていたのだ。
剣士ジョブをハッキングしたウェアラブル・ウルフの上位種、マルウェア・ウルフ。
本来はジッパーが全身についた、丸っこいオオカミの着ぐるみで、なかにオオカミの生霊を封じ込めることで動き出す、ゾンビ系モンスターだ。
その全身についているジッパーから、今まで食ってきた冒険家たちの腕がにょきにょきとのぞいている。
それぞれの腕に武器を持ち、魔導クラウドからダウンロードした剣士スキルを駆使し、10本の腕が同時に剣をふるう、恐ろしい剣客モンスターへと変貌していた。
剣客タイプの《DOSアタッカー》に加え、腕の代わりに人ならぬ触手を伸ばした《ワーム》、さらに後頭部のチャックから魔術師の顔をのぞかせ、その口から魔法を唱えさせる《バックドア》。
さらに、それらの要素をすべて兼ね備えたような超巨大モブがいた。
5メートルちかい巨体のあちらこちらから剣士、魔術師、モンスターの生霊の上半身が飛び出し、まるで海賊船とそのクルーたちのように歌いながら悠然とこちらに向かってくる。
ウェアラブル・ウルフ、《トロイの木馬》。これまで数体しか目撃されていない、超激レアモンスターである。
さらに敵はウェアラブル・ウルフシリーズだけではなかった。
武闘神官ジョブをハッキングしたマイティ・オークの上位種、オールマイティ・オーク。
ブタの頭を持ったオーク族の中で、とてつもない怪力を持つオークの強化版、マイティ・オークがモンクの武功スキルをインストールし、神がかり的な戦闘能力を獲得してしまったものだ。
自身も神をイメージしているのか、けばけばしい純白の衣装に身を包み、いつもにかっと笑っていて、スティービー・ワンダーみたいなサングラスをかけ、『心眼』によって敵の動きを瞬時に見切る。「いずんしーらーぶりー♪」と唱えながら指をぱっちんと鳴らすだけで敵を壁際まで吹っ飛ばし、格ゲーを彷彿とさせる理不尽な空中コンボを叩きこむという恐るべき武闘派モンスターへと変貌していた。
その背後にはあたかもバックダンサーのように少林拳の演武をする大勢のマイティ・オークたちを引き連れている。こいつはオールマイティ・オーク《師範階梯》だ。自分の髪の毛をちぎって分身を生み出してしまうという孫悟空みたいな妖術を使う。その分身の規模は数百人にも及んだ。まさに多重影分身、寄ってたかって襲われた日には、骨も残らず食いつくされる。ブタだから死体でもなんでも食うんだ。そいつらは凄まじい怒声と熱気と地響きを響かせながら、すこしずつじりじりと俺に近づいてきた。
こんな色んな意味の化け物どもが群れで出てくるダンジョン。
もはや常識の範囲外だ。
対する俺はたった1人。
つま先から頭のてっぺんまで常識の範疇を出ないただの勇者であるところの俺が挑んでいた。
上等だ、ようやく戦闘シーンを描写するに値する敵が現れた、といったところだぜ。
ウェアラブル・ウルフは毛皮しかないが、オーク肉も試してみたいところだし、こいつらを倒して、本日の締めといこうか!
俺はタブレットを素早くスライド、主力武器の右目を魔導クラウドへと帰還させる。(消費MP0.05)
そして両手剣の鼻を取り出し、全力で戦うことにした。
「悪く思うなよ……!」
両手に巨大な魔剣が登場。洞窟内に満ちていた水蒸気が刀身にまとわりつき、水のヴェールをまとう。
俺が剣をふると、周囲の水脈がそれに反応し、洞窟全体をびりびりと震わせた。
「おりゃああああああ!」
会心の一撃。
波頭が砕け散るような音と共に周りの岩壁に亀裂が入り、いくつものジェットカッターがあらゆる方向から敵を細切れに粉砕。さらに洞窟の奥から激しい濁流が一気にどばっと流れてきて、数多のモンスターが流されていった。
まあ、ざっとこんなところか。
長いこと出番のなかった鼻の本気が発揮されたのだ。
さらに洞窟の崩壊は止まらず、周囲の壁に次々と亀裂が入り、大量の水がどばどばと勢いよく噴き出された。
「……あれ?」
やりすぎた。
どうやら周囲の水脈の水が、一気に俺のいるダンジョンへと集まってきているようだ。
外の平野が、たしか海抜20メートルしかなかった。地下50階なので、たぶん海水がどばどば流れ込んできてしまっている。
そうなると排水設備など整っていないダンジョンのことだ。
ダンジョンはあっという間に水浸しになり、湿度100パーセント、視界は湯気で曇り始めた。
ああ、これやばい。
遥か地底から地竜バニラの恨みに満ちた咆哮がとどろいてきた気がした。やばい、なんか怒らせた。
大量の魔物たちが水没してゆくのを尻目に、俺はダンジョンからの脱出を試みた。
無数のクリスタルが激しい水流に呑み込まれて明滅するのを無視し、ただひたすら外を目指して走った。
しかし、間に合わない。
どう頑張っても地下50階層からの脱出は難しい。
上の階層へと向かう通路は、大量の水を放出するウォータースライダーと化していた。
しかも周辺の壁が荒々しくえぐれており、ついさっき生まれたばかりの壁の亀裂とほとんど見分けがつかなくなっていた。
道が分からない……! ちくしょう、なんてこった……!
だが、立ち止まってはいられなかった。俺は自分の勇者としての勘を信じて激しい水流を蹴り、ただがむしゃらに上を目指して進んだ。
しかし、いくら俺が勇者だからといって、相手も伝説級の迷宮。地下五十階層からすんなりと俺を出してはくれなかった。
俺は間もなく行き止まりに追い込まれ、窮地に追い込まれる。
やがてダンジョン内を天井まで満たす水によって溺れ、そのまま激しい水流によって上下左右の認識さえできぬまま、流されてしまったのである。
くそっ、スサノオさえ、スサノオさえ振らなければ……と何度悔やんだか分からない。後悔先に立たずというやつだった。
しかし、俺は生きていた。
なんと海中なのに、ゆっくりとだが呼吸ができるのである。
召喚三大要素、勇者の生存に必要な重力、大気、気圧は、タブレットの召喚ラミネートが常に召喚し続けてくれている。それはどんな異世界の勇者が召喚されても、その世界での生存を保障するためのものだった。
それは水中という過酷な環境下でも力を発揮した。こいつが切れてしまえば、俺たち勇者は死んでしまう、まさに俺たちの生命線となるアイテムだったのだ。
ちなみに、いちいち異世界召喚で地球の環境を呼び寄せていると莫大なMPを食うので、あらかじめ魔導クラウドに保存されているそれらをブレンドして供給しているものらしい。アイテムストレージと同じ仕組みだそうだ。
水中でタブレットの煌々とした明かりを見つめる。残りMP28が表示されていた。ぜんぜん減っていない。……この状態でも、まだ28日は生きられる。
俺はタブレットを脇に挟むと、片手で水をかき、色とりどりのクリスタルが光を放つ海底洞窟を泳いでいった。
果てしない暗闇をどこまでも進んでゆく俺の眼に、やがて一筋の明かりが飛び込んできた。
出口だ! どうやら運よく海へと出たらしい。俺は歓喜に顔をほころばせ、ただひたすら海面に向かって泳ぎ続けていた。
******
ふと気がつくと、俺は金髪ドリル精霊の茶室にいた。
相変わらず金ぴかの茶室だった。
お互いにブロンドの座布団に正座して、向かい合わせに座っていた。
金髪ドリル精霊は、なぜか全身ずぶ濡れになっていて、金髪ドリルからぽたぽたと水滴を落とし、わなわなと肩を震わせていた。
あ、これやばい。俺は死を覚悟した。




