ダンジョン改革と千年勇者
茶室にかぽーん、と鹿威し(ししおどし)の音が響いた。
俺は庭の方を見た。南向き、けっこう風靡な庭である。秋にはイチョウが金色の葉を茂らせるのだろう。
隅っこで茶をたてていたでっかい雀が「粗茶ですが」と言って金髪ドリル精霊にお茶を渡す。
こいつも恐らく精霊の類なのだろうが、何の精霊なのかは知らない。ただ金髪ドリル精霊は『芭蕉』と呼んでいた。俳句でも詠むのだろうか。
金髪ドリル精霊は、お茶のお椀をわっしと掴んで、口元に持っていこうとした。
持っていこうとした。しかし、手がぶるぶる震えてなかなか口に近づかない。
口に入る前に、中身がばしゃばしゃとこぼれて、フリルがいっぱいついたドレスはさらにびしょ濡れになってしまっていた。
怒りで茶すらろくに飲めない状態らしい。
俺は死を覚悟して、庭の方に視線を向けた。
「まったく、私が丹精込めて作り上げた、最高のダンジョンでしたのに……」
「まったくですなぁ」
お椀が飛んできた。
国宝級のお椀が一部欠けて、さらにわびさびの付加価値がついた。
金髪ドリル精霊は無言でブロンドの座布団に座り直すと、ふるふる震えていた。
殺されると思っていた俺の意に反して、しくしくと泣き始めた。
「かつて大勢の勇者たちが挑戦した、全ての階層に美しいドラマと思い出のいっぱい詰まったダンジョンでしたのよ……。
いつか勇者たちが戻ってきてくれると信じて、超絶難易度のロジックをあちこちはりめぐらせて、クリスタルもたくさん生み出して、魔物たちもぐーんとレベルアップさせておいたのに……。
よりにもよって、最初に来た勇者があなただったとは……しかも来た初日に水攻めでクリアするとか、あなた豊臣秀吉の生まれ変わりですか?」
「お前に言われたくな……いや、わざとじゃなかったんだ。あんまり敵が強そうだったんで、つい……」
「わざととか、わざとじゃないとか、これは、そういう問題じゃありませんわよ!」
びしっと、俺を指さす金髪ドリル。
泣きはらしていたかと思うと、今度は怒りで顔をトマトみたいに真っ赤にしていた。
「なんですの、貴方! 私に何か恨みでもありますの!? とつぜん1000年前から現れたかともうと、私の友達のエルフたちをそそのかして悪魔の粉を流行らせた次は、まさか私のダンジョンを水没させるなんて! これが勇者のやることですか! こんなものが貴方のやりたかった異世界改革ですか!」
「俺は別に異世界改革をしているわけじゃないんだけど、結果的にお前の世界を壊してしまっているのは確かだろうな。すまん、謝る」
「もう、今後一切、ダンジョン探索は禁止にいたします! 禁止! チメイズマン禁止―!」
バリアー、といって見えない壁を手で描く金髪ドリル精霊。
……あれ、かわいいぞ、なにこれ。
まあ、別にダンジョン探索をすること自体が目的ではないからな。
立ち入り禁止にされたぐらいで許されるのなら、ここは甘んじなければならないだろう。
白光石は見つけられなかったが、この世界に勇者がいる限り、取引は確実にあるのだ、他に手に入れる方法もないわけではないだろう。
「わかった、わかった。お前のダンジョンにはもう立ち入らないからさ、その代わり、ひとつ頼まれてくれないか」
「なんでそっちが譲歩したようになっていますの!? いい、これは取引ではなく命令ですのよ! 私にあなたの頼み事を聞く義理なんて、一切ございませんわよ!」
「それでいいからさ、ダンジョンの難易度をちょっとさげてやってくれないか? どうやら現地人の探索家には難しすぎるみたいでさ」
「聞く気なし!? ふん、現地人がなんだというのです。あんな連中に義理立てする必要はございませんわ、放っておけばよいでしょう! このダンジョンは、勇者専用にカスタマイズされていますのよ!」
「勇者はもう来ないよ、金髪ドリル」
ぴたっと、呼吸を止めたように静かになる金髪ドリル。
不意に、今にも大雨が降りそうな、淀んだ顔になった。
そう、勇者たちはもうこない。
この世界に150億人いた異世界勇者たちは、何人かは子孫を残すことに成功しただろうが、そのほとんどが死滅したはずだ。
なぜなら白光石は一度、取り尽されて枯渇している。
どう考えたって150億人をそのまま維持することはできない。
白光石の需要は、あるにはあるが、実はもうほとんどなくなっているのだ。
おまけに、勇者たちは現地人よる『ダンジョン探索家』という職業を生み出していた。
必要なぶんの白光石は、現地人が探して勇者ギルドに売ってくれている。
白光石は、それで充分なほど有り余っていると考えていい。
それに、勇者が独自にダンジョン探索をして白光石を集めるという事は、現地人の仕事のひとつを奪うということになる。
勇者たちはそういう事はしない。勇者である彼らがすることは、勇者にしかできない高額のクエストを彼らから請け負って、白光石を高額で買い求めることだ。
たぶん、金髪ドリルも分かっていたことだろう。
かつてこのダンジョンを探索していた勇者たちは、もうこの世にはいないのだ。
「こんな状況の勇者専用ダンジョンなんて、いったい誰が潜るんだ? 探索家も難易度が高すぎてどんどんダンジョンから離れていっている。誰も幸せにはならない。……潜るのは俺しかない、だろ?」
「だから貴方はもう来ないでーッ! ゲラウト!」
「じゃあさ、物は相談なんだが、こういう風にしたらどうだ、金髪ドリル精霊」
そこで俺は、金髪ドリル精霊にとある提案をした。
信玄袋からさっき拾ってきたクリスタルを取り出し、金色の畳の上に置く。ガラス細工みたいな光が甍の網目に散らばった。
「こういった高純度のクリスタルを集めるモンスター、『回収屋』を作るんだ」
「『回収屋』? クリスタルを集めるモンスター? どうしてクリスタルを集めるんですの?」
「目的はそうだな、クリスタルの魔力を使って、子どもを産むためだ」
「子ども、それはつまり……繁殖機能の一部をクリスタルの魔力に依存している、ということですの?」
「いいや、こいつはもっと多くの事をクリスタルに依存しているんだ。生きるために必要な呼吸とか、消化とか、代謝とか。そんな基本的な機能をもった器官を、クリスタルの魔力で維持しているんだ。だからクリスタルを拾い集めて、体内に取り込みながら、ダンジョン内を隅から隅までせわしく移動している。想像できるか?」
「幻獣種かしら……想像は出来ない事も、ありませんけど」
「とにかく倒せば必ず魔石を落とす……さほど強くはないけれど、逃げ足が異様に速くて、他のモンスターたちから逃れることで生存している、そういうモンスターが欲しい」
俺の意図を理解したらしい、金髪ドリル精霊の眼の色が変わった。
そう、彼女はこの土地の魔力の流れを管理している地霊だ。
土地の植生を変えてサトウキビもどきを生み出してしまったことすらもある。
彼女なら、新しいモンスターを生み出すことなど造作もないはずだ。
「なるほど、そんなモンスターがいれば、現地人が魔石を集めやすくなって、ダンジョン探索が賑わう……ダンジョン探索が賑わえば、町の経済が活性化し、勇者たちを呼ぶための高額クエストの発注も可能となる……ひいては、勇者たちがダンジョンに再挑戦してくれる可能性もでてくる……そういう事ですわね!」
「いや、勇者たちがダンジョンに再挑戦してくれるかは……あの、聞いてる?」
金髪ドリル精霊は、はやくもウキウキそわそわしはじめていた。
1人笑いをこぼしながら、俺の話を聞いてくれていない。
こいつ、よっぽど友達に飢えているんだろうなぁ……。
「わかりました、不肖、竜の化身バニラ・アクセル。地霊であるこの私に、不可能はございませんわ……けれどあなた、どこでそんな魔物のアイデアを?」
「他の惑星でそういうのがいたんだよ。このダンジョンにはいなかったから気になってた」
そういった『回収屋』がいるダンジョンでは、地面にごろごろとクリスタルが落ちているようなことはなかった。
どこか一か所にクリスタルが集まっているようなダンジョンでは、その部屋にいる種族ばかりがどんどん一方的に強くなっていく。
結果として、モンスターは増加しにくい。エサとなる弱い種族が育ちにくいからだ。
『回収屋』がダンジョン全体にクリスタルを行き渡らせることで、様々な種族がバランスよく生態系を発展させていくことができるのだ。
ふむ、と金髪ドリル精霊は一計を案じた。
「……いいでしょう。作りましょう。その代わり! あなたは二度と! 私のダンジョンには立ち入らない事! いいですわね!」
びしり、と俺のこと指さす金髪ドリル精霊。
俺は、にやり、と口の端をつり上げた。
「ああ、俺は立ち入らないさ……俺はな」
こうして、俺のローグシティ改革計画は、ようやく始動したのだった。




