25.ウーラニアー村再び……⑤
ウーラニアー村に新たに作られた訓練場は、戦乙女軍団が整備した本格的な軍事施設だった。木製の人形が並び、武器庫には様々な訓練用装備が整然と並んでいる。
加えてこの施設は、村の中心部から少し離れた場所にあるため、どれだけ大声を出しても村人の生活に支障はない。
その訓練場では今、何処の者とも知れぬ冒険者がやって来て、戦乙女軍団にしごかれている。
その様子を、森風精族の娘『ラルフェリア・シルヴァーナ・ウル・サルドバルド・リィ・ユーミル』……愛称ララ……は、樹上の家の窓辺に腰掛けて、複雑な表情で見つめていた。
ウーラニアー村で生まれ育った彼女にとって、時々村を訪れる戦乙女軍団の存在は特別なものだった。特に、アイリーンという名で通っている美しい魔導士への憧れは深い。
森風精族である彼女の眼には、アイリーンの真の姿……風精族族の始祖たる風精神族……である『アイリス』の神々しい姿が見えている。
そして、今は王都にいる幼馴染の少女に思いを馳せる。
数年前に魔量の暴発事故を起こし、聖騎士であるユーリアに伴われ、この村を追われるように去って行った幼馴染……その名はシェリル。
彼女とは幼い頃から一緒に居た。口数も表情の変化も乏しいシェリルだったが、それでも彼女の持つ魔力は膨大で、が村を離れてもう数年になる。最初の頃は手紙のやり取りがあったが、最近は便りが途絶えがちで心配していた。
16歳になったばかりの美しい少女は、艶やかな白銀の髪を午後の陽光に輝かせている。瑠璃色の瞳には知性の光が宿り、時折その奥で小さな炎が揺らめいているのを、本人も周囲も気づいてはいない。
訓練所では人間族の冒険者達が、今日も戦乙女軍団にしごかれている。その様子を遠くに眺めてララは静かに口を開いた。
「あんなに厳しくしても……」
ラルフェリアは小さく呟いた。森風精族として生まれ育った彼女には魔術の才能があり、肉体的な鍛錬に頼る戦い方は非効率的に見えた。
――あんな事したって……第3等級の魔術で全滅じゃない……
魔術を操れない者が束になって来たとしても、魔術師一人で対抗できる。
それでもあのように訓練するのに何の意味がある?
時間と費用をかけて、大した戦力にもならない戦力を作り上げることの意味がラルフェリアには理解できない。
そう思った瞬間、胸の奥で何かが熱く脈動した。まるで彼女の内に眠る大いなる炎が、僅かに息づいたかのように。だが、ラルフェリアはそれを単なる感情の高ぶりだと解釈していた。
「そうとも限らぬ」
その時ドアが開かれて、水差しとコップをトレイに載せたアイリスが静かに入ってきた。雪のように白い肌と白金の長い髪そして、自分よりも長く尖った耳がラルフェリアの視界に入った。
「ア、アイリス様……!!」
ラルフェリアは、風精神族アイリスの姿を認めるや否や、まるでバネ仕掛けの人形のように飛び上がり、彼女の前に走り寄ってきて片膝を突いて跪いた。
どれだけ人間の姿を取っていても、始祖たる風精神族の真の姿は森風精族には見抜けてしまう。村の人間族達には単なる旅の魔導士にしか見えないが、風精族達には神のような存在として崇められている。それがアイリスという存在だった。
「良い。そんな仰々しい礼は止めよ」
アイリスは優雅にトレイをテーブルに置き、水をコップに注いだ。その仕草一つ一つに、長い年月を生きてきた者だけが持つ洗練された美しさがあった。
「ここでの妾は、冒険者アイリーンなるぞ。そんなに畏まる必要は無用じゃ」
「は、はい……」
どうしても敬語になってしまう。年若い森風精族であるラルフェリアにとっては、風精神族のアイリスは神も同然だ。
どうしても自分が委縮している事を自覚せずにはいられなかった。
「飲むが良い」と差し出されたコップを受け取ると、腕がガタガタ震えてしまう。止めようと意識しても体がその命令に従う事を拒否し続ける。
「水を飲んで気分を落ち着けよ。それでは其方と話ができぬ」
「始祖様が……私に……?」
ラルフェリアの頬が薄紅色に染まった。アイリスの言葉に、深い喜びを感じる。
「ありがとうございます」
勧められるがままラルフェリアは、コップの水を一口飲んだ。
その瞬間、ラルフェリアの全身を、今まで感じたことのない暖かな力が駆け抜けた。まるで身体の奥底に眠っているモノが、静かに目覚め始めたかのように。胸の奥で小さな炎がより鮮やかに脈動し、魔力の流れが格段に滑らかになる。
だが、ラルフェリア自身は、その変化を明確に自覚できなかった。ただ、なんとなく身体が軽やかになったような、頭がすっきりしたような感覚があるだけだった。
「美味しい……村の井戸の水とは、まるで……」
「うむ……これは妾が守護する『ユーミルの森』にある泉の水であるからの。美味くて当然じゃ」
「そんな貴重なお水を……ありがとうございます」
ラルフェリアは素直に微笑んだ。
しかし、アイリスはその変化を見逃さなかった。ラルフェリアの魔力が一気に活性化し、効率が飛躍的に向上したのを感じ取っていた。
――ララとか言ったか……やはり……この子は……
アイリスの内心で確信が深まった。この水は、特別な力を持つ者にのみ反応する。普通の風精族が飲んでも、ただの美味しい水にしか感じられない。そしてアイリスの目の前で、ラルフェリアには明確な効果を発揮したのだ。
「ララ」
アイリスは穏やかな声で話しかけた。
「あの訓練について、其方の存念を述べよ。咎め立てはせぬ」
「あまり意味があるようには……魔術があれば……」
「ふむ」
アイリスは軽く頷いた。
「戦いとは、必ずしも魔力の大きさだけで決まるものではないのじゃ」
「……と仰いますと?」
ラルフェリアは、不思議そうに首を傾げ、アイリスは穏やかな表情を向けた。




