26.ウーラニアー村再び……⑥
長い年月を風精神族として過ごしてきたせいもあるだろう。風精族の始祖たるアイリスには、尊大な口調がすっかり染みついている。
それでも彼女は年若い娘に対し、穏やかな口調で語りかけた。
「確かに強大な魔術は一瞬で戦況を変えることができよう。されど、戦場では予期せぬことが起こるものじゃ」
「魔術が使えない……そういう時の事を仰られて……
「左様じゃ。物分かりが良くて助かる」
珍しくアイリスの表情に変化が訪れた。相好を崩し、明らかに笑っている。その変化にラルフェリアは、驚いていた。
「魔力が枯渇した時、詠唱を妨害された時、至近距離で敵と対峙した時……そんな時に頼りになるのは、鍛え抜かれた肉体と状況に屈せぬ強き心じゃ。其方なら分かるであろう?」
「はい、アイリス様」
「アイリーン」
「申し訳ございません、アイリース様」
「アイリース……些かか間抜けな響きじゃが、まぁ良い……あの者達を見るが良い」
ラルフェリアは真剣な表情でアイリスの指し示す方向に視線を向けた。先ほど飲んだ水の効果で、思考もより鮮明になっているように感じられる。
「あの者等は、確かに今は弱いかもしれぬ。されど、その瞳には諦めない光がある。真の強さとは、技術や魔力だけではない。困難に立ち向かう勇気、仲間を守り抜く意志……それらがあって初めて、本当の力が生まれるのじゃ」
窓の向こうでは、マックス達が必死に走り続けていた。
汗と泥に塗れ、息も絶え絶えだが、誰一人として立ち止まろうとしない。
「はい……」
ラルフェリアは深く頷いた。アイリス様の言葉には、いつも深い知恵が込められている。アイリスは少し間を置いてから、重要そうに話し始めた。
「其方もあの者共のように、外の世界を知る時が来たのやもしれぬな」
「え?」
ラルフェリアは驚いて振り返った。
「ララよ。其方……王都へ参る気はないか?」
「……っ!?……」
ラルフェリアの瑠璃色の瞳が大きく見開かれた。
「私が……ですか?」
「うむ……其方は妾の出した水に反応を示した。それは妾の魔力を流し込んだ特別な水じゃが、例え風精族であっても、並の者では口にしても何も起こらぬ」
「………………」
アイリスの話に言葉失ってしまう。確かに水を飲んだ時、一気に頭の中がスッキリとした気分になったのは間違いなかった。
「其方には、並々ならぬ焔の力を感じておる……この力の源は何処より参っておるのか……妾にも分からぬ」
アイリスが腕を組んでラルフェリアを見つめる。どこか懐かしさすら感じる魔力の波を、この若い風精族から感じてしまう。
それは遥か遠い日の出来事。彼女と一緒に強大な敵と立ち向かった日の記憶の欠片。
――いささか感傷に過ぎてしまったようね……
アイリスは小さく首を振って再びラルフェリアに氷青色の瞳を向けた。
「そんな……私なんて……シェリルちゃんに比べたら……」
「そのシェリルのことじゃ」
アイリスは深く椅子に腰掛け、すらりと伸びた長い脚を組んだ。
「其方、ホーリ―ウェル魔導学院は存じておるか?」
「は、はい……この大陸で最も権威のある魔術学院だと……ですが、人間族族以外は入れないと……」
「そうじゃな……矮小な下等生物どもの巣窟でもある」
アイリスの端正な顔が不快そうに歪む。
「なれど、学院は今改革期にある……主様の介入で学院長は代わり、戦乙女軍団のメンバーも何人か現地に参っておる」
氷青色の瞳が静かにラルフェリアを見つめた。
「ララ……その中に其方も加わるが良い」
アイリスの提案に、ラルフェリアの心臓が跳ね上がった。
「で、でも……私なんかが……」
「先に申した筈じゃ……其方には見所がある。それも、並大抵ではない才じゃ」
アイリスは確信を込めて言った。口にした水への反応で、ラルフェリアについて抱いた推測がより確かなものになっていた。
「ホーリ―ウェル魔導学院には、あの者が居る」
「それって……?」
「そういうことじゃ」
アイリーンから肯定の言葉が紡ぎ出された瞬間、ラルフェリアの瞳が輝いた。
彼女の胸の奥で、炎がより強く脈動した。親友に再会できる……その期待が、彼女の心を熱く燃やしていた。
「でも……王都は遠いし、学費も……」
「心配無用じゃ」
アイリスは微笑んだ。
「学院長ハイパーソンに書状を認める故、問題は無かろう。それに、妾からも其方に頼みがあるのじゃ」
首を傾げるラルフェリアにアイリスは少し声を落とした。
「其方にはあの者の侍女になって欲しい」
「侍女……ですか?」
ラルフェリアは戸惑った。自分が誰に仕える事になるなど、考えたこともなかった。
その様子をアイリスの氷青色の瞳は静かに見つめていた。
――もし、ララに秘められた力があると言うのなら……
あの者にも何らかの影響を齎すやもしれぬ
アイリスは慎重に言葉を選んだ。
聖騎士ユーリアからの報告は、日に日に増大していくシェリルの魔力の様子が細かく綴られている。もちろんユーリアはシェリルにかなり入れ込んでおり、客観的な判断とは言い難い。少なくともアイリスは懐疑的だ。
しかし、学院長クランプ・ハイパーソンの指示で、そのきょうだい達が陰に日向に彼女の周りを固めている。そして、宰相を務めるヴァレンタイン侯爵もまた、独自の動きをしている。
――孺子どもは、どいつもこいつも、あの小娘にご執心って訳ね……
尊大な振る舞いを隠そうとしないアイリスだが、自らに与する人間族達を、悪し様に『下等生物』呼ばわりをすることはないが、自らがまだ認めていない存在を、周りが持ち上げている事に、屈託する思いは過る。
「強制はせぬ。されど、妾は其方に大きな可能性を感じておる。故に、それを開花させるためには、より広い世界を目にして見識を広めるのじゃ」
もちろん、その心境をおくびにも出さない老獪さがアイリスにはある。
十代の少女ラルフェリアと同年代のような優美な外見を持ちながら、その実、この世界で最も長命な人物の一人。それが風精神族のアイリスだ。
そんなアイリスに奨められたラルフェリアは、静かに窓の外を見つめた。マックス達が懸命に訓練に励んでいる姿が見える。彼等も、より強くなるために必死に努力している。
「……私も……強くなりたいです」
ラルフェリアは決意を込めてアイリスに応えた。
「よしなに……」
アイリスの発した言葉にラルフェリアは、大きく目を見開いた。彼女の立場なら、自分に命令できるのにそのようなことをせず、暗に「頼む」と言ってきている。
――シェリルちゃんと……アイリス様……いったいどんな関係なの?
ウーラニアー村の午後の陽光が、樹上の家の窓辺を優しく照らしていた。そこには、運命の歯車を静かに回し始めた風精神族と、まだ自分に課せられた本当の使命を知らない若き風精族の少女があるだけだった。
『あの戦い』から5千年。回転する事を拒むかのように滞っていた運命の歯車が、今まさに回り始めようとしていた。
――――――――――――第四章 了―――☆彡
第四章終わりました。
主人公シェリル自身は何も変わらないのに周囲がどんどん彼女に注目していく様子を描いてみました。第三章の勇者パーティーが一転してネタキャラ化してますが、これはご愛敬ということで……その辺りは後程回収します(多分)
第五章は舞台がホーリーウェル魔導学院に戻り、シェリル達の様子を描いていこうと思います。
また、第四章迄お付き合いいただいた方、深く御礼申しあげますm(_ _)m




