23.ウーラニアー村再び……③
「……よかろう」
その一言に、マックス達の心臓が跳ね上がった。まさか本当に受け入れてもらえるとは思っていなかった。
「妾とて鬼ではない。向上心のある若者を見捨てるほど、心が荒んではおらぬ」
アイリーンの氷青の瞳に、僅かながら温かみが宿った。しかし、その表情はすぐに元の厳格さを取り戻す。
「だが、甘えは許さん。金剛鈦の訓練は、死と隣り合わせだ」
その言葉の重みを理解し、マックス達の表情が引き締まった。
「ありがとうございます!」
マックスが深々と頭を下げると、仲間達もそれに続いた。ナディアは普段の超然とした態度を完全に捨て、心からの感謝を込めて頭を下げる。コンラート、ゲルハルト、ヨゼフィーネも、この機会への感謝を全身で表現していた。
「礼には及ばん。但し、条件がある」
アイリーンの声は依然として冷たかった。
「修行中に死んでも文句は言うな。この森では、木材ランクなど、魔物の餌と変わらん実力だ。それを妖精銀以上の者達が相手をしてやるのだ。感謝しろ」
その厳しい言葉に、マックス達は再び頭を垂れるしかなかった。だが、その心には恐怖よりも期待の方が大きかった。これは千載一遇の機会なのだ。『勇者』の称号とそれによって得られる補助効果に頼ることなく、一人の人間として実力を底上げできる……そんな機会はもう無いだろうと思っていた。
アイリーンは振り返り、戦乙女達に指示を下した。
「ミシェル、基礎訓練から始めよ。まずは、死なない程度にな」
「承知いたしました、アイリーン様」
ミシェルの『神獣鉻』が陽光を反射し、眩い光を放った。その表情は既に聖騎士長のそれに変わっていた。優しげだった先ほどの雰囲気は一変し、今や厳格な教官の顔つきになっている。
他のメンバー達も、それぞれに教官モードへと切り替わっていく。イヴォリーネは聖騎士としての威厳を、ミーティアは上級魔術師としての鋭さを、アナスタシアは魔術剣士としての冷静さを、ウィンディアは祭司としての神秘性を、それぞれ纏い始めた。
その時、戦乙女軍団の後方から、落ち着いた男性の声が響いた。
「アイリーン様、ミシェル」
振り返ると、そこには一人の男性が立っていた。
レイモンド・ドレッドノート。『黄金』ランクの医師で、戦乙女軍団と行動を共にする唯一の男性メンバーだった。
彼の整った顔立ちには知性が宿り、優しげな茶色の瞳が印象的だった。人間族らしい落ち着いた佇まいで、常に冷静沈着な判断力を持つ彼は、戦場においても治療の場においても絶対的な信頼を得ている。
そしてシェリルに魔術を指導し、彼女から『レイ先生』と呼ばれる存在だ。
「レイ」
ミシェルが親しみを込めてそう呼びかけた。二人は冒険者ギルドの同期で、長年の友人関係にある。ミシェルの厳格な表情が、僅かに和らいだ。
「提案があります」
レイモンドは穏やかな声で続けた。
「この者達の訓練の場所についてですが『ウーラニアー村』で行うのはいかがでしょうか」
アイリーンの氷青の瞳が、レイモンドに向けられ、その村の名前を聞いた瞬間、マックス達の心が躍った。それこそが、彼らが本来目指していた目的地だったのだ。しかし、表情に出す訳にはいかない。
「ウーラニアー村ですか?」
ミシェルが首を傾げた。
「ええ。我々の活動拠点となっている村です」
レイモンドは頷いた。
「私もあそこで診療所を開いておりますし、修行であればある程度の期間が必要でしょう。あの村なら設備も整っていますし、人目を気にすることなく、思う存分訓練に集中できます」
レイモンドの提案は理に適っていた。彼らがよく知る拠点での長期間の修行。確かに、木材ランクの冒険者達を鍛え上げるには最適な環境だった。
「やはり以前に比べてこの森の魔物の動きが活発になっています。いつものことですが、調査や討伐の手が不足している状況です。この若者達がこの場に訪れたのも偶然とはいえ、いい機会。彼等に手伝ってもらえば、実戦訓練にもなりますし、一石二鳥です」
ミシェルの表情が少し緩んだ。レイモンドの提案は合理的だった。慣れ親しんだウーラニアー村であれば、訓練環境も把握している。そして、村人たちとの協力体制も築きやすい。
ミシェルはアイリーンを見つめた。総帥の判断を仰ぐ。
「フン……」
アイリーンは静かにレイモンドを見つめ、その後マックス達に視線を向けた。彼らの表情に、微かな期待の光が宿っているのを見逃さなかった。
「随分、面白い偶然もあるものよのう……」
アイリーンの唇に、僅かな笑みが浮かび、マックスの背筋に戦慄が走る。
「まぁ良い、この孺子共が何を考えようが、妾に仇を為せる訳もなし」
その言葉には、絶対的な自信が込められていた。『金剛鈦』ランクの冒険者が持つ、圧倒的な実力への確信。たとえマックス達に何らかの思惑があったとしても、それが自分に害をなすことなど考えられない。
「相分かった……許可する」
マックス達の心に、安堵と興奮が同時に湧き上がった。ついに、目的地であるウーラニアー村に足を踏み入れることができるのだ。しかも、戦乙女軍団の指導の下で。
ナディアは内心の喜びを必死に抑えながら、冷静を装っていた。コンラートは目を輝かせ、ゲルハルトは拳を握り締めている。ヨゼフィーネは祈るように手を組み、感謝の気持ちでいっぱいだった。
「ありがとうございます」
マックスが再び深々と頭を下げた。
レイモンドが前に出て、優しい笑顔を浮かべた。
「ウーラニアー村の皆さんも、きっと喜んでくれるでしょう。いつもの顔ぶれに加えて、新しい方々が修行に励む姿を見れば、村にも活気が生まれます」
ミシェルは安心した表情を浮かべた。慣れ親しんだ拠点での訓練なら、様々な面で都合が良い。
「分かりました。それなら準備も整えやすいですね」
イヴォリーネが森風精族らしい鋭い感性で、マックス達の心の動揺を感じ取っていた。彼らがウーラニアー村という名前に特別な反応を示したことを、見逃してはいなかった。
ミーティアは猫人族特有の好奇心で、尻尾をゆらゆらと揺らしながら呟いた。
「面白くなりそうにゃ」
アナスタシアは犬人族らしい忠実さで、アイリーンの判断を全面的に支持していた。ウィンディアは祭司として、この出会いと行き先の決定が、運命の導きであることを感じ取っていた。
森の風が再び吹き抜け、木々の葉が舞い踊った。まるで新たな冒険の始まりを祝福するかのように。
レイモンドが医師らしい丁寧さで、マックス達に向かって言った。
「村までの道のりは少々険しいですが、皆さんなら大丈夫でしょう。何か体調に異変があれば、遠慮なく申し出てください」
「はい、ありがとうございます」
ヨゼフィーネが治癒師として、同じ治療を行う者への敬意を込めて答えた。
アイリーンが立ち上がり、全員を見渡した。
「では、出発の準備をせよ。ウーラニアー村での修行は、容易ではないぞ」
その声には、これから始まる過酷な訓練への予告が込められていた。
ミシェルが最後に、厳格な教官の表情でマックス達を見つめた。
「覚悟はいいか、雛っ子ども?」
その笑顔は、悪魔のように美しかった。マックス達は身震いしながらも、これから始まる地獄の特訓、そしてついに辿り着くウーラニアー村への期待に胸を躍らせるのだった。




