22.ウーラニアー村再び……②
戦乙女軍団の連携は圧巻だった。
アイリーンの魔術による指揮の下、ミシェルの的確な判断、イヴォリーネの聖なる守り、ミーティアの精密な魔術支援、アナスタシアの剣と魔術の融合技、ウィンディアの自然治癒——全てが歯車のように噛み合い、完璧な集団戦術を展開していた。
マクシミリアン・メッサーシュミット……通称マックスは、呆然とその光景を見つめていた。
ただの木材ランクの冒険者である自分達とは次元が違う。まるで別世界の戦士達を見ているような感覚だった。
だが同時に、彼の胸に熱が宿った。
これほどの連携、これほどの統制された集団戦術。もし自分達がそれを学び取れたなら、敵地であろうと生き残れる筈だ。仲間達を守り抜ける筈だ。
マックスの脳裏に、先ほどまでの絶望的な戦闘が蘇る。圧倒的な魔物の群れに囲まれ、為す術もなく追い詰められた恐怖。仲間達の悲鳴。そして、目の前で展開されたこの奇跡のような救出劇。それは、自分が勇者である事を忘れてしまうほどの鮮やかさであった。
「……アイリーン様」
マックスは顔を上げ、真っ直ぐにその白金の髪の総帥を見据えた。
アイリーン・シェフィールド。戦乙女軍団を率いる『金剛鈦』ランクの大魔導士。その氷青の瞳が、まるで全てを見透かすようにマックスを見下ろしている。その視線は厳しくも、どこか興味深そうな光を宿していた。
「我々は未熟です。だが、学びたい。どうか集団戦を学ぶ機会を与えていただけませんか!」
頭を下げるマックスに、仲間達は驚きの声を上げた。
「マックス……」
ナディア・シルワ・プリーシママーリスの精人魚族らしい美しい声が震えていた。プライドの高い仙術師である彼女にとって、頭を下げることの意味は重い。青みがかった銀髪が風に揺れ、海のような深い青い瞳に複雑な感情が渦巻いている。
「おい、マックス……」
コンラート・バルクホルンが慌てたように声をかける。この遊撃士の青年は、仲間思いの性格から、マックスの無謀とも思える申し出を案じていた。
しかし、マックスの決意は固かった。
「俺は……俺達は……弱い」
マックスの声に、偽りはなかった。勇者としての力を持ちながらも、それを明かすことはできない。今の彼らは、ただの駆け出し冒険者でしかないのだ。
「プレートの差もそうだが、何より経験が足りない。戦い方も、生き残り方も、仲間を守る術も……何もかもが足りないんだ」
ゲルハルト・シュタインベルガーとヨゼフィーネ・フォン・シャルンホルストも、マックスの言葉に深く頷いた。
体格の良い戦士であるゲルハルトは、先ほどの戦いで自分の無力さを痛感していた。優しい治癒師のヨゼフィーネも、仲間達を十分に守れなかった自分の技量不足に歯がゆさを感じている。
森で目撃した戦乙女軍団の戦いぶりは、彼等にとって衝撃だった。あれこそが真の冒険者の姿だ。それは彼の偽らざる本心だ。
勇者としての力を持ちながらも、それに頼らず、仲間達と共に成長したいという願い。そして何より、この美しくも危険な世界で、大切な人達を守り抜きたいという思い。
森を渡る風がざわめく。木々の葉が囁き合い、まるでこの場の緊張を和らげるように優しく舞い踊った。
一方、戦乙女軍団のメンバー達は、この突然の申し出に様々な反応を見せていた。
ミシェル・カレイジャスは、その『神獣鉻』のプレートを胸に輝かせながら、興味深そうにマックス達を見つめている。聖騎士長としての経験が、この若者達の真摯さを感じ取っていた。
イヴォリーネ・セレナ・ヴィ・イラストリアスは、森風精族らしい鋭い感性で、マックス達の持つ潜在能力を察知していた。『妖精銀』ランクの聖騎士として、彼らの成長可能性に期待を寄せている。
ミーティア・キティホークは、猫人族特有の好奇心で、尻尾をゆらゆらと揺らしながらマックス達を観察していた。上級魔術師の彼女には、特にナディアの魔術的素養が気になって仕方がない。
アナスタシア・アントリムは、犬人族らしい忠誠心から、アイリーンの判断を静かに待っていた。魔術剣士として、マックス達の戦闘スタイルに興味を抱いている。
ウィンディア・オーディシャスは、祭司として自然の声に耳を傾けながら、この出会いが運命的なものであることを感じ取っていた。
そして、彼女達を率いるアイリーンは、白金の髪を揺らしながら、静かにマックスを見下ろした。その氷青の瞳の奥に、微かに揺れる光があった。『金剛鈦』の冒険者が持つ、絶対的な実力への自信。そして同時に、この若い勇者の真摯な願いを値踏みする、古い魂の深い洞察。
アイリーンには見えていた。マックスの中に眠る、まだ覚醒していない巨大な力の片鱗を。しかし、それ以上に彼女の心を動かしたのは、その力に頼ることなく仲間と共に成長しようとする、この青年の純粋な意志だった。
「……面白い事を言うものよ……」
アイリーンの唇が、僅かに弧を描いた。
彼女の視線が、マックスの仲間達にも向けられた。それぞれが緊張に身を強張らせながらも、マックスの決断を支持する意志を瞳に宿していた。
ナディアの海のような深い瞳には、プライドを捨ててでも強くなりたいという決意が宿っている。コンラートは不安そうながらも、仲間への信頼を示すように頷いた。ゲルハルトは拳を握り締め、ヨゼフィーネは祈るように手を組んでいる。
「たかが木材ランクの分際で、金剛鈦に教えを請うとはの……妾も随分見下されたものよの」
その冷たい言葉に、マックス達は身を縮めた。アイリーンの威圧感は、まるで氷山のように圧倒的だった。
「命知らずな孺子どもが調子に乗って、この森に足を踏み入れた挙句、救われたからと言って図に乗るでない!」
アイリーンの声は厳しく、しかし教育的な響きを帯びていた。これは軽蔑ではなく、むしろ若者達の甘い考えを戒める、厳格な師の言葉だった。これまで数多の冒険者達を見てきた彼女の経験が、安易に成長を約束することの危険性を知っているのだ。彼女の気の遠くなるような時間の中で培われた知恵は、真の強さとは何かを理解している。
「じゃが……その真摯な態度だけは認めよう。死にたがりの蟷螂にしては、まだ見所があるようじゃ」
アイリーンの言葉には、僅かながら期待が込められていた。この若者達の中に何かを感じ取っているからこそ、厳しい言葉で試しているのだろう。人間族を『下等生物』呼ばわりしないのが、その証左だ。
マックス達は自分達が勇者パーティーだという事を明かす訳にもいかず、ただ俯いて耐えるしかなかった。この屈辱的な状況も、強くなるためには受け入れなければならない試練なのだ。
長い沈黙が森を支配した。マックス達は息を殺し、アイリーンの判断を待った。風が木々を揺らす音だけが、この緊張した場を満たしている。鳥のさえずりも止み、まるで森全体がこの瞬間の行方を見守っているかのようだった。
アイリーンの心の中では、慎重な思考が巡っていた。この若者達には確かに何かがある。特に、リーダー格であるマックスからは、ただの木材ランクとは思えない何かを感じる。
だが、それが何であれ、今の彼らは未熟すぎる。真の力を身につけるには、相応の覚悟と試練が必要なのだ。
やがて、アイリーンが深く溜息を吐いた。




