21.ウーラニアー村再び……①
森を制圧した後、沈黙を切り裂いたのは容赦のない怒声だった。
「愚か者ども! 命を何と心得るか!」
ミシェルの鋭い叱責が、森の残響のように響き渡る。
彼女の胸元で輝く『神獣鉻』のプレートが、陽光を反射して眩い光を放った。
聖騎士長として数多の戦場を駆け抜けてきた威厳が、その細身の体躯から溢れ出している。
ヨゼフィーネが小さく肩を震わせ、ナディアは唇を噛みしめる。
勇者パーティーは、何も言い返せずただ頭を垂れるしかなかった。彼等の胸元に下がる『木材』のプレートが、この場において如何に場違いかを物語っていた。
確かに今の彼等は意図的な偽装をしている。
マックスの魔道具『収納袋』には、神々しく輝く勇者の剣『聖剣ガラティーン』が眠っている。
今彼の腰に下がっているのは、武器屋で買った安物の鉄剣だ。
防具も防具屋で買い求めた安物の革鎧で、服装も冒険で着古したものばかり。仲間達も同様で、全員がどう見ても駆け出しの冒険者にしか見えない。
しかし、それこそが彼等の狙いだった。この任務の受注にあたり、勇者パーティーとしての正体を悟られる訳にはいかなかった。
「其方等は、身の程を弁えず死地に赴いた愚かな挑戦者なのか? それとも……世を儚んで自ら滅びを求めに参ったのか?」
氷のような声音で言葉を紡ぐのはアイリーンだった。
その姿はただ立っているだけで、全員を圧倒する。『風精神族のアイリス』の正体を隠し、人間族の冒険者アイリーンとして振舞ってはいるが、長年染みついた癖もあり対外的に話す口調だけはどうにもならない。
マックスはその圧に耐えながら、彼女の胸元に下がるプレートに視線を落とした。
それは『黒鉄』よりも硬く、『白銀』よりも輝かしく、この世界でただ一握りの者しか持つことを許されない最高位……『金剛鈦』の冒険者プレートだ。
「……っ!?」
無意識に息を呑む。
冒険者ランクの頂点に君臨する証。それは単なる金属の証明書ではなく、数え切れぬ死地を越え、伝説級の功績を重ねた者だけに与えられる栄誉の象徴だった。
まだ汚れてもいない白木の板に過ぎぬ自分達のプレートとの差は、あまりにも残酷だった。
さらに、背に大剣を持つ、聖騎士と思しき女性冒険者の提げるプレートは次位の『神獣鉻』であり、そして他の女達もまた、光り輝く妖精銀や白金のプレートを誇示していた。
――なんてこった!……こいつらがあの『戦乙女軍団』か……!?
まだナディアと二人で冒険を始めたばかりの頃、故国ジール王国の街角の酒場で耳にした男達の噂話が、今、脳裏に甦る。
「なあ、聞いたか? マーキュリーには、女だけで構成されてるパーティーがいるんだってよ」
「おお、あの白金級以上の女どものことか?」
「そうそう。全員がとんでもねぇ美女だらけでよ。口説こうと近づく奴等、みんなその女どもに伸されちまうんだとさ!」
「自分達に勝ったら、一緒に遊んであげるって言われ、全員叩きのめされているって話だ」
「はぁ!……おっかねぇな……だから戦乙女軍団か」
入国料を支払えば許可証が発行され、人の住む街や村にも自由に出入りできる。冒険者に国境はあれど、噂は瞬く間に広まる。その噂の主が、まさか今、自分の目の前に立っているとは。
イヴォリーネの森風精族らしい優雅な立ち姿の胸元で、『妖精銀』が神秘的な光を放つ。ミーティア、アナスタシア、ウィンディアの『白金』のプレートがそれぞれ猫耳の間で、犬族らしい胸元で、人間の首元で重厚な輝きを見せていた。
――これが本物の冒険者か……
マックスは息を飲んだ。
訓練と経験を重ね、数え切れぬ死地を越えてきた者たちの背に宿る「重み」だった。
「にゃあ? あの子達のプレート、木材にゃ……」
ミーティアが小さく呟く。猫人族らしい率直さで、しかし馬鹿にするような響きではなく、むしろ心配そうな口調だった。
「始めたばかりなのでしょうね……」
アナスタシアが犬人族らしく鼻をひくつかせながら言った。彼女の魔術剣士としての経験が、勇者パーティーの未熟さを如実に感じ取っていた。
「森で単独行動とは……自然の怖さを知らない証拠です」
ウィンディアが祭司として森の危険性を憂いた。
その言葉に、マックスは内心で苦笑を禁じ得なかった。
――自然の怖さを知らないだと?
彼は敵対する勢力の軍勢や魔物の群れを相手に、剣一つで戦い抜いたことがある。古竜を屠り、古代の邪神の封印を守り抜いた。そんな自分が森の魔物程度で遅れを取る筈がない。そう思っていた。
だが現実は違った。
想像を遥かに超える、今迄経験したこともない膨大な数の力の前に、勇者としての個人の力も限界があった。
いくら強力でも、四方八方から襲い来る魔物の群れをたった5人で相手にするには無理があった。
――もし彼女達の助けがなければ……
その事実が、マックスの誇りを深く傷つけていた。勇者として、仲間を守れなかった屈辱。ベテラン冒険者達に救われた現実。全てが彼の胸に重くのしかかった。
――俺達は……勇者パーティーだというのに……
心の奥底で、マックスは自嘲と屈辱を噛みしめた。
勇者として他とは隔絶した力を持ち、ついにフィルツブルク聖皇国では『聖なる勇者』の認定まで受けながら、それを隠さねばならない状況だ。
仲間達も同様に、本来の実力を封印している。コンラートは神速の矢を放てる神弓士だし、ゲルハルトは竜殺しの称号を持つ聖戦士だ。ナディアは深海の歌姫として伝説的な治癒術を操り、ヨゼフィーネは天使の加護を受けた大司祭なのだ。
だが、その力を使えない以上、彼等は誰もが最初に買い求める装備を身に着けた駆け出し冒険者でしかない。
その現実が、彼等に否が応でも突き付けられた。




