3.聖騎士の館……③
ステファニーの女中である「フロラ・トゥイル」のテキパキとした動きを思い出す。
何かにつけて絡んでくるステファニーとの関係は相変わらずだが、その後、静かに取り成してくれるフロラには好感を持っている。彼女とは歳も一緒で、同じ平民という事もあって、かなり仲良くなっていた。
貴族の言葉も使い熟せないばかりか、そもそも口下手な事もあって、学院では無口同然のシェリルではあったが、フロラ相手なら気負わずに話もできるし、口調も敬語は使っていない。今、学院の中で一番心許せる相手がフロラだ。
――わたしもフロラちゃんみたいなるかな?
屋敷の中には誰もおらず、手にした女中服だけが、存在感を示すが如く青白い光を放っている。
興味を惹かれたシェリルは、試しに袖を通してみることにした。サイズはシェリルにぴったりで、思った以上に身体に馴染んだ。まるで服自身に意志があるように感じてしまう。
目の前にある鏡の前に立つと、女中姿の自分がいた。水白群色の服と、桜色の髪が対照的で煌めいている。
――なんか、可愛い……わたしじゃないみたい
鏡の前でくるりと回ってみる。膝丈の裾がふわりと舞い上がり、こんな自分でも可愛らしく見える。すると、不意に背後から微かな気配を感じた。
「よく、似合っているじゃない!」
驚いて振り向くと、扉の近くで微笑むユーリアの姿があった。
「……っ!?」
シェリルは激しく動揺した。勝手にユーリアの衣装を着て、一人で悦に浸っていた所を見られていた。
後悔と羞恥の気持ちが一気に押し寄せてきた。しかし、今さら着替えたところでもう遅い。シェリルは精一杯の謝罪をした。
「ご……ごめんなさい……勝手に……」
「良いのよ、女の子なんだから、ドレスアップは憧れるわよね」
ユーリアが室内に入ると、いつも以上に綺麗になっている室内を見回した。
「あげるわよ、その服。家を綺麗にしてくれていたんでしょ? だから、そのお礼」
「えっ!?」
当惑するシェリルだが、ユーリアは話を続ける。
「その服には精霊魔術が施されていて、上位精霊が宿っているのよ。だから、着る人を選ぶの」
「そんな不思議な……」
「それだけじゃないわ。契約で結ばれたら、その人に合わせて寸法を変えるのよ。一番馴染む状態でね! 凄いでしょ?」
「だったら、余計に……」
受け取れないと言い掛けたシェリルの唇を、ユーリアの人差し指が抑え、女中服に手を添えた。
「この子が気を悪くするわよ。気難しい上位精霊に気に入られたんだから受け取りなさい。きっと役に立つから」
「でもこれはユーリアさんの服だから、契約はユーリアさんと……」
ユーリアが首を左右に振って微笑んだ。
「聖騎士になった時に、私との契約は解除してあるの。以来この子は次の主を待っていたのよ。だから……」
ひと際大きな存在感を持つ女中服が目覚めたのを気付いたのだろうか?
気紛れで我儘な精霊達が、いつもより大人しい。これがこの服に宿った上位精霊の意志なのだ。理解したユーリアは笑顔を向けた。
「名前を付けてあげて。それでシェリルとの契約は完了よ」
ユーリアが後押しするようにポンと背中を叩いた。
言葉を発する事はないから、シェリルがこの服の意志を読み取ることはできない。しかし、彼女の思いには反応するようだ。シェリルは、暫く考え込んだが、鏡に映る服が仄かに光っているのを見て呟いた。
「光……妖精の服……ルーミア……」
やがて呼び掛けに応じるように服は蒼く光り、室内を輝きで満たしていく。魔術円が幾重にも重なり、シェリルの全身を包んでいく。ユーリアにはそれが、新たな主を得て喜んでいるように思えた。
聖騎士になるためには、従属する全ての眷属と契約を解除しなければならない。それが聖騎士の掟だ。
ノイルフェール神に忠誠を誓い、一身を捧げる誓いを立てるためだ。
かつて『スヴェトラーナ』と名付けていたこの女中服は、ユーリアにとっては大事な相棒だった。主に従い、幾つもの戦いの場に臨んだ際も、彼女を護ってくれた。
「気に入ったようね。じゃあこの子は今から『ルーミア』よ!」
ユーリアは心に一抹の寂しさを感じながらも大きく頷いた。
――しっかりこの子を守るのよ。スヴェトラーナ……いえ、ルーミア……
ユーリアは目を細めた。
幼い頃故郷を失い、行く宛もなく森を彷徨っていたユーリアは、賢者シルヴィと風精神族のアイリスに保護された。以来、近習として……特にアイリスの……身の回りを忙しく走り回っていた事を思い出しながら。
◆◆◆◆
こうしてシェリルの所有物になった『精霊の服』は、何も持たないシェリルにとって、非常に便利なものだった。
また、3年経って気付いたこともあった。
布地の糸一つ一つに『自在変容』『物理干渉無効』『魔術完全抵抗』『自動魔力回復』の術式が施されていて、主となったシェリルの希望に応じて、自在に服装を変えることができる。これはユーリアから聞いた通りだった。
何より汚れたり解れたりしないのがありがたい。しかし、機能を維持するため、中に宿る精霊の魔力を消費してしまうので、概ね年に一回程度は、魔力回復のため休養させなければならない。
この事は、新しい発見だった。
そして今、シェリルはルーミアを女中服として身に纏い、ユーリアの前にいる。
「こんなに……持って行くの? いくら何でも多い……」
鼻歌交じりで大きな鞄を幾つも並べているユーリアを、シェリルが驚きながらも半ば呆れたように見ている。日頃から表情の変化に乏しい彼女にしては珍しい反応だが、それだけユーリアには心を許している証なのだろう。
「いったい……どれくらい空けるつもりなの?」
「大丈夫よ。精霊達には、私からよく言っておくから」
普段は結界を張り、風精族の独自能力である精霊達を召喚して留守を任せているが、シェリルがいる間は、館の管理をシェリルに任せていた。
普段は気難しく移り気であり、召喚主であるユーリアでさえ手を焼く精霊達だったが、シェリルには日を空けることなく懐いてしまった。
家精霊に至っては、初めから好意的で、風精族であるユーリア以上に懐いていて、学院の休みの時期を心待ちにするようになっている。
加えて、召喚して姿を見せる精霊も年々その数を増やしている。
最初は家精霊の他には、1体しかいなかった精霊は、二年目には2体となり、今回は4体だ。この調子で行けば、来年は8体、再来年には16体になるのだろう。
「うん、ユーリアっち、とっととでかけなよ~」
「あとはぼくたちにまかせて~」
精霊達は構わずにシェリルの周りを思い思いに飛び交っている。その様は、ユーリアも呆れるほどだ。
「あんた達、いい加減にしなさいよ。少しは召喚主に敬意を払いなさい」
「えー? やだよ~」
「だって、ユーリアっち、こわいもーん」
「らんぼうものだし、がさつだし~」
「シェリルちゃんのほうがおちつくもん~」
精霊達が光を放ちながら、ユーリアの周りを揶揄うように飛び回る。しかし、彼女が言いたいことは留守番の事ではないようで、大きく溜息を吐いた。
「そういう問題じゃ……ない……」
彼女は、ユーリアの背後に堆く積み上げられた荷物を指差した。これを飛竜に積もうというのかという抗議の眼差しと共に。
「『三日月』が可哀想……まるで罰ゲーム……」
「ああ、そっちね!」
ユーリアはペロッと舌を出し、自分の頭を軽く叩いた。
「テヘッ……じゃないと思う……過重労働、動物虐待」
シェリルの言葉が容赦なく降り注がれていくが、ユーリアに動じる気配はなく、ただ頭を掻くだけだった。




