2.聖騎士の館……②
美貌の持ち主であるユーリアが、愛想良く振る舞い、時には無邪気な質問を投げかければ、鼻の下を伸ばした者達は領地の内情や不正行為について思わず口を滑らせることがある。
人によっては「あざとい」「姑息」との誹りを受ける事もあるだろう。
しかし、それが聖騎士としての使命を果たす事になるのなら、ユーリアは迷わずその武器を使う。それが主たる賢者シルヴィへ立てた聖騎士の誓いなのだ。
「さて、旅支度しましょう!」
光り輝く長い銀髪を揺らして、彼女は準備を始めた。明日からはエルスワース辺境伯領への定期視察だ。
「とは言え、エルスワース辺境伯領は主上様肝煎りの地だから、私にとってはご褒美なのよね」
鼻歌交じりに、いそいそと準備を始める。
季節は冬。この王都バーニシアの気温は氷点下だが、南に約3,500kmも離れたエルスワース辺境伯領は、王都から見れば常夏の南国だ。
ましてエルスワース辺境伯領は特別な場所だ。自ずと気分も昂ってくる
――エルスワース辺境伯領……この世で最も神々しい場所……
この地の領主エルスワース辺境伯が何者なのか知っている者はごく僅かだ。
日頃の行政は、辺境伯の陪臣で管領であるエンデバー男爵のレキシントン家当主が行っており、歴代の辺境伯本人が姿を見せる事はないと言われている程の謎めいた人物だ。
巷では、国王による謁見の際に、珍しく王宮に姿を見せたが、その時は仮面をつけていたという実しやかな噂まで流れている。
彼の地を管掌する聖騎士として、ユーリアは、エルスワース辺境伯が誰なのかを知っている。
だからこそ、自身に与えられた任務と権限の重要性に身が引き締まってくる。ユーリアにとって、評価は『綺麗』や『可愛い』のような外見的なものではなく『信頼できる』や『役に立つか』という評価の方が重要だった。
「それに当代の管領、ヘンリー殿は信頼できる人間だしね」
ユーリアは荷物を纏め終わるとトランクの蓋を閉じて呟いた。
エルスワース辺境伯には、3年前から聖騎士長のミシェルが赴いている。彼女が指揮する戦乙女軍団第一部隊と、ユーリアの師である大魔導師のアイリスとともに。
「私は私の責務を果たす。『ユーミルの森』は、アイリス様にお任せして……」
直後、ドアがノックされ、桜色の長い髪を揺らした少女が中に入ってきた。
白と水白群色の女中服に身を包んで。
「あら、シェリル。いつもありがとう」
部屋の中に入ってきた少女……シェリル・ユーリアラス……を見て、ユーリアはにっこりと笑顔を浮かべた。
ユーリアの館に居る時、シェリルはレイモンドから貰った魔力認識阻害の眼鏡は掛けていない。掛けても事情を知っているユーリアには通じないから掛けるだけ無駄だし、掛けない方が視力も悪くないシェリルには楽だからだ。
「問題ない……タダで住まわせて頂いている恩は、働いて返す……勤労奉仕」
丁寧に畳んだユーリアの服を手にしてシェリルは応えた。
『食客』としてユーリアの館に迎えられ、家主のユーリアからは「ゆっくり寛いで」とは言われたものの、生真面目なシェリルは、それを良しとする性分ではなかったし、それ以外にもう一つ理由があった。
綺麗好きなシェリルにとって、室内の惨状は見るに堪えないものだったからだ。
「それにしても……この女中服、良く似合っているじゃない」
ユーリアは、女中服姿のシェリルを眺めて笑顔を見せた。
「これもユーリアさんの……お陰……色々な意味で……」
「何か引っ掛かるわね?」
ユーリアが眉根を寄せると、基本的に無表情なシェリルの頬が僅かに緩む。
シェリルが、自ら進んで申し出たのが、ユーリアの館の女中だった。
館を空けることが多く、使用人を雇っていないユーリアの館は、外見はともかく中はかなり散らかっていた。
――まるで盗賊が襲撃した後みたい……
初めて館に足を踏み入れた時、シェリルはそう思った。
風精族であるユーリアは、精霊を呼び出して館の管理を任せてはいたが、精霊は気まぐれだ。館全体を管理する『家精霊』の指示が無いと好き勝手に動き回る。恰も『元気なお子様』を保護者無しで解き放つようなものであり、当然のように室内は滅茶苦茶になる。
この惨状に絶句したシェリルは、制服から自前のワンピースに着替えると、大掃除を始めた。
孤児院で質素に暮らし、ウーラニアー村からも半ば追われるように村を出て来たシェリルは、服を殆ど持っていない。
学院内の寮に居る時は、制服や運動着を着用する事で過ごしていた彼女だったが、普段着る服は極めてシンプルな灰色のワンピースだった。
シェリル自身、慣れていたから気にも留めた事もなかったし、何より家事仕事をするなら、上質な生地にしっかり糊付けされた制服よりも、この草臥れた麻のワンピースの方が動きやすい。
――きっと家精霊さんも、恐れをなして逃げたのよ……
シェリルは黙々と掃除を続ける。すると彼女の存在に気付いた精霊達は、騒ぐのを止めてシェリルの一挙手一投足に関心を向け始めた。
元々ウーラニアー村の孤児院にいた時は、忙しい修道女エミリーに代わって、年少者の世話や家事全般を引き受けていたから、こういった労働は苦手ではない。それに屋敷の中で本ばかり読んでいては、頭が疲れてしまい集中力が続かなくなってしまう。
累々と重なる荷物やゴミの山の向こうから、クローゼットがようやく姿を見せる。中には華やかなドレスや格式ある騎士服が並んでいる。
豪華な服には一つ一つに防汚防触の魔術が施されていて、シェリルは一つ一つを手に取って溜息を吐いた。
――精霊召喚するくらいなら、自分で掃除したほうが早いのに……
聖騎士として凛々しく、時には見る者を魅了するほどの美しさをもつユーリアが、実は真正の『生活無能力者』である事に気づき、シェリルは驚くばかりか逆に感心してしまう。
その中で一着の女中服が目に留まった。
「はて……?」
シェリルは首を傾げた。水白群色の生地に装飾が施され、細やかな刺繍が入っている。
「こんな豪華な女中服もあるんだ……でも……」
女中服にしてはとても上品な仕立てであった。それは『客間女中』と呼ばれる上級職の衣装だった。
家主がゲストを招いた時に、給仕などを行う者が着る衣装なのだが、シェリルはそれを知らなかった。それ以前に、何故聖騎士であるユーリアが女中服を持っているのか理解できなかった。
――これだけの『生活無能力者』に女中なんて務まるの?
そう思った。
しかし、この女中服は、乱雑なクローゼットの中で、存在感を示すように煌めきを放っていた。




