表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノイルフェールの伝説~天空の聖女(セインテス)~  作者: 朝霧 巡
第5章 妖精の庭に降る凶兆 

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

115/116

27.消えゆく村……⑤

 翌々日の朝。

 最初に気づいたのは、朝一番に畑へ出た老人だった。

 作物が、荒らされていた。丁寧に育てた野菜が根こそぎ引き抜かれ、あちこちに散らばっている。土が掘り返され、小さな……しかし明らかに人間族(ヒューム)のものではない……足跡が残っていた。


小鬼(ゴブリン)だ……!」


 小鬼(ゴブリン)は普段、深い森の中にしか現れない。

 しかし今回は違った。村の外れに現れ、食料を漁り、物を壊し、家畜小屋を覗き込んでいた。追い払っても、しばらくするとまた戻ってくる。人の集落に迷い込んだ獣のように、好奇心と食欲の赴くままに動き回り、群れで行動するためにマックス達冒険者や村の男達が駆除するが、すぐ別の場所から現れた。


 こうした日々が続き、村の中が、じわじわと疲弊していく。見かねた村長は村人達を集め緊急の寄り合いを開いた。人間族(ヒューム)、森風精族(エルフ)……そして数少ない獣人族(ビースノイド)までもが一堂に会している。


 普段は人里に近寄らない魔物が、森の縁まで溢れ出してきたのだ。そこへ小鬼(ゴブリン)の村内出没が追い打ちをかけた。広場に村人達が集まり、口々に被害を訴える。


「こんなこと、今まで一度もなかった……」


 白髪交じりの髭を震わせながら、村長のモナハンは言った。

 その皺深い顔に、困惑と恐怖が入り混じっていた。広場のあちこちで、村人達が顔を見合わせていた。何かを言いかけて、口を閉じる者がいた。子供の手を引き寄せ、身を縮める母親がいた。

 誰もが薄々感じていた。この異変が、ただの魔物の気紛れではないと。しかし、それを口にする勇気を持つ者は、まだ誰もいなかった。


 しかし、その傍らで息子のジョアンの目には、怨嗟の光が宿っていた。

 広場の視線は、マックス達へ向かっていた。村長へ向かっていた。戦乙女軍団(ヴァルキリー)へ向かっていた。

 ところが誰一人、ジョアンを見ていない。


――俺は、村長の後継者として村から感謝されたいんだ。

  ただ、それだけだ!

  なのに……


 彼は、椅子を蹴って立ち上がった。


「お前達が来てから、この村はおかしくなったんだ!」


 考えるより先に、声が出ていた。

 それでも誰も応えようとはしない。困惑した視線を向けるだけだ。

 それがまた、堪えた。そしてジョアンはとうとう込み上げる感情を『余所者の排斥』という形に変えていた。


「だから責任もって一匹残らず殲滅しろ! 俺達がどれだけ苦労してると思ってんだ!」


 吐き捨てるような言葉に、広場の空気がわずかに軋んだ。


「毎晩眠れやしねぇ、畑も荒らされる。俺達がどれだけ我慢してると思ってんだ! この村を守ってきたのは俺達村人だぞ! 代々な! お前達みたいな流れ者とは、そもそも立場が違う!」


 誰かが小さく息を吐いた。老人の一人が、静かに目を伏せた。それでもジョアンは続けた。止まれなかった。老人達は視線を落とし、子供達の笑い声もいつの間にか消えている。広場の片隅で、幼い子が母の裾をぎゅっと握った。母はその手を握り返しながら、ただ俯いた。


 マックスは動かなかった。

 ゲルハルトの顎に力が入り、拳が膝の上でわずかに白くなった。ナディアの目が細くなる。それでも誰も口を開かない。

 ジョアンにはそれが、自分への賛同に見えたかもしれない。彼はさらに声を張り上げた。


「この村に住まわせてやってるんだ! 飯も食わせてやってる! それが当然だと思ってるなら大間違いだぞ! 少しは役に立って見せろ!」

「何だと……?」


 マックスの仲間であるゲルハルトが怒気を孕んで身を乗り出した。その威圧に押されながらもジョアンは言い放った。


「俺達の村に勝手に住んでいるんだろう? 働かない奴等に食わせる飯はねぇ!」

「今も魔物退治してるのは俺達だろ?」

「はぁ? テメーらが勝手にやってる事だろう! 誰も頼んでねぇし!」


 自分が数秒前に「殲滅しろ」と怒鳴ったことを、ジョアンはもう忘れていた。

 腹が立てば怒鳴り、怒鳴れば気が済む。それが当然だと思って育ってきた。村長の息子として何不自由なく育ったこの若者には、自分の言葉が誰かの胸に刺さるという想像が、そもそも備わっていなかった。


 しかし、その言葉が落ちた瞬間、マックスの目が初めてジョアンに向いた。

 何も言わなかった。怒鳴りもしなかった。ただ、静かに見ていた。

 その静けさが、怒号よりも重かった。


「貴様っ……」


 その時、いきり立つゲルハルトの前に腕が伸びた。

 マックスの腕だ。その腕は静かに仲間を制していた。

 彼は、何も言わなかった。


 確かに言い返すことは出来た。簡単だ。それにジョアン程度の男なら、力で屈服させることも出来ただろう。だが、それをした瞬間に、この村の均衡が崩れることを、直感的に理解していた。

 

 マックスの視線は、ジョアンではなく広場の村人達へ向いていた。

 怯えた顔、俯いた顔、それでも何かを訴えるような目。この村はまだ、壊れていない。壊してはならなかった。

 ナディアが一歩、マックスの隣に寄る。その仕草は小さいが、確かに彼を支えていた。

 やがて村長モナハンが、重い溜息と共に口を開く。


「やめんか。ここで言い争っても何も解決しない」

「だが、親父っ! ここでの立場ははっきりさせておいた方が良い! これは次期村長としての意見だ!」


 その時だった。

 広場の端から、一人の村人が若者の首根っこを抑えながら進み出た。

 引き摺られている若者は、ジョアンの取り巻きの一人だった男だ。

 しかし今、その顔には血の気がなく、膝が震えており、二人は広場の真ん中で、揃って地に膝をついた。


「村長!……申し訳ありません!」


 震える声で、若者を力ずくで平伏させ、男が声を上げた。手に持っていた小さな鏡板を、地面に置く。

 魔導具だった。映像を記録できる代物だ。沈黙が広場を覆った。


「何事だ?」


 モナハンが立ち上がり、鏡板を拾い上げた。老いた指が操作すると、映像が浮かび上がる。夜の北の外れ。青白く光る精霊石。そしてジョアンが拳を振り下ろし、石が割れ、仲間が歓声を上げる……その一部始終が、音付きで映し出された。

 広場の全員が、それを見ていた。

 誰も、声を出さなかった。


「ジョアン……これは何だ?」

「し、知らねぇ……知らねぇぞ、こんなもん!」

「……お前の仕業だったのか?」


 モナハンの声は、静かだった。静かすぎた。


「こんなの偽映像(フェイク)だ、こいつが勝手にでっち上げた……」


 次の瞬間、拳が飛んだ。

 ジョアンの顔面に、父の拳が叩き込まれた。乾いた音が響き、ジョアンはそのまま横へ崩れ、石畳に膝と手をついてようやく止まった。

 広場が、一瞬にして凍りついた。

 ジョアンはゆっくりと顔を上げた。口の端から血が滲んでいる。その目に、最初に浮かんだのは驚きだった。しかし次の瞬間、それは怒りに変わった。


「……親父、てめぇ!」


 立ち上がって突進し、モナハンの胸倉に手を伸ばすと、拳を振り上げた。

 だが、その腕は、宙で止まった。驚愕したジョアンの目に飛び込んできたのは、屈強な男の姿……ゲルハルトだ。

 ジョアンの伸ばした腕を掴み、一切の容赦なく投げた。受身も取れずに背中から地面に叩きつけられたジョアンは、今度はすぐには起き上がれなかった。石畳の上で咳き込み、膝をつく。


「……っ!」


 ゲルハルトは何も言わなかった。ただ、腕を組んで立っていた。

 モナハンが、ゆっくりと息を吐いた。長い沈黙の後……彼は口を開いた。

 父親ではなく村長として。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ