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ノイルフェールの伝説~天空の聖女(セインテス)~  作者: 朝霧 巡
第5章 妖精の庭に降る凶兆 

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28.消えゆく村……⑤

「ジョアン・ジェフリー・エクスムーア!」


 その声は、震えていた。しかし揺らがなかった。


「掟は掟だ。それは我が子と(いえど)も、免れることはできない!」

「ちょっ、待ってくれ! 俺は……」

「ジョアンよりエクスムーアの姓を剥奪! 七代に渡る勘当の上、追放する。精霊石の破壊に関わった者も同罪だ」


 広場が再び凍りついた。

 誰かが小さく息を呑んだ。老人が目を伏せた。若い娘が隣の腕をそっと掴んだ。風が吹いて、広場の砂埃を舐めるように通り過ぎた。それだけだった。

 誰も、声を上げなかった。上げられなかった。

 土下座していた二人の顔が蒼白になった。ジョアンは石畳に膝をついたまま、父を見上げていた。その目から、怒りが消えていた。代わりに浮かんでいたのは、初めて見せる剥き出しの動揺だった。


「お、おい待て……親父、本気か……?」


 モナハンは応えなかった。代わりに、視線を逸らした。それが全てだった。

 村の男達が、ジョアンやその仲間達の腕を一斉に抑える。

 動揺する顔、青褪める両親がモナハンに駆け寄ってきて「何卒お慈悲を」と懇願してくる。その眼に涙を浮かべた母親もいる。

 しかしモナハンは静かに首を振った。


「これは掟だ。村の安全が脅かされた以上、情状酌量の余地はない」


 一人息子だ。若くして妻に先立たれ、幼い頃から男手一つで育ててきた。多少粗暴な所はあるが、それでも精一杯育ててきた。それは父親である自分に言い聞かせる。村長としての言葉だ。


「……この者共等を摘まみ出せ……」


 その時、マックスが一歩前に出た。


「待ってください!」


 静かな、しかし通る声だった。

 全員の視線が集まった。マックスはモナハンを真っ直ぐに見た。


「精霊石の修復はできないのですか? 完全に失われたものなのか、それとも手段があるのか、まずそれを確かめてから判断しても遅くはない筈です!」


 広場に、風が吹いた。モナハンは長い間、マックスを見ていた。

 その時広場に風が吹いてきた。どこか冷え切ったその風に、微かに混じるものがあった。


 マックスは風上に向かって顔を向け、目を細めた。森の方角だ。

 獣の匂いではない。腐敗でもない。もっと、乾いた気配を感じ、マックスはわずかに顔を上げる。


 腐敗でもない。もっと、乾いた気配。

 ユーミルの森の縁から、何かが滲み出てきている。魔物の気配とも違う。もっと根の部分、この土地そのものが異を訴えているような、そういう感覚だった。


「……出てきてるな」


 隣に立っていたコンラートが、低く言った。

 遊撃士(レンジャー)としての勘が、同じものを捉えていたらしい。灰色の目が、さりげなく森の縁を見ている。


「ああ」


 マックスは短く応えた。そして、モナハンに向き直った。


「村長。精霊石の件は、戻ってから改めて話しましょう。今は、森の縁を確かめに行くのが先決です」


 モナハンは一瞬だけ、マックスを見た。老いた目に、何かが過ぎった。感謝か、安堵か、あるいはそれ以上の何かか。しかし彼はただ、静かに頷いた。


「……頼む」


 その一言だけだった。



               ◆◆◆◆



 村の外れ、森に続く獣道をマックス達五人が進んでいた。

 先頭はコンラートだ。遊撃士(レンジャー)として鍛えた足運びは音がなく、草を踏む気配すら殺している。その後ろにゲルハルト、マックス、ナディア、そして後衛のヨゼフィーネが続く。


 森の空気は重かった。

 春先のはずなのに、木々の間から吹いてくる風が妙に冷たい。葉の揺れ方も、どこかおかしい。風に逆らうように揺れ、また止まる。まるで森そのものが、息を潜めているようだった。


「多いな」


 コンラートが立ち止まり、前方に視線を向けたまま言った。

 視線の先、木々の合間に、影が動いていた。一つではない。十、二十……数えるほどに増えていく。


「種類は?」

「混じってる。緑鬼(オーク)が主体、後ろに山鬼(トロール)が数体。それから……」


 コンラートが眉根を寄せた。


蝙蝠猫(キャトルバット)の気配もある。上だ」


 全員が、反射的に空を仰いだ。

 木々の梢の上、黒い翼が旋回しているのが見えた。一体ではない。三体、いや四体。


「こんな組み合わせ、普通じゃないぞ」


 ゲルハルトが低く言いながら、大盾を構え直した。戦士ファイターとしての本能が、すでに戦闘態勢に入っている。


「まとめて追い払う。ヨゼフィーネ、後衛を頼む」

「分かったわ」


 ヨゼフィーネが治癒の術式を手元に展開した。淡い光が指先に宿り、いつでも発動できる状態を保つ。

 マックスは前を見据えた。

 先頭の緑鬼(オーク)が、こちらに気づいて咆哮を上げる。それが合図となったように、後ろに控えていた群れが一斉に動き出した。


「来るぞ!」


 ゲルハルトが盾を前に出した瞬間、先頭の一体が激突した。金属と金属がぶつかる重い音が、森に響く。ゲルハルトは地面を踏みしめ、衝撃を受け流しながら横にいなして、そのまま体重を乗せて押し返した。


「右だ!」


 コンラートの声と同時に、右側の茂みから二体が飛び出してきた。マックスはすでに動いていた。一歩踏み込み、右の一体の腕を掴んで地面に叩きつける。続けて左から来た一体の突進を体で受け、そのまま木の幹に押しつけて動きを封じた。


「マックス、上よ!」


 ナディアの声が上から飛んできた。

 唸り声と共に蝙蝠猫(キャトルバット)が急降下してくる。マックスは封じていた一体を盾にするように持ち上げ、そのまま飛んでくる蝙蝠猫(キャトルバット)の顎の下に押し込んだ。

 蝙蝠猫(キャトルバット)が体勢を崩した瞬間、ナディアの水の魔術が横から叩き込まれ、蝙蝠猫(キャトルバット)は回転しながら木々の奥へと消えた。


「一体抜けた! 左後方!」


 コンラートが叫ぶ。すでに弓を構え、放っていた。矢が風を切り、左後方に迂回しようとしていた一体の膝を射抜く。よろめいたところへゲルハルトが盾を叩きつけ、そのまま押し倒した。


 戦いは数分で終わった。

 残った群れは、仲間が次々と倒れていくのを見て、森の奥へと退いていった。


「ふう……」


 息を整えながら、マックスはもう一度森を見る。静かになっていた。しかし、さっきの気配は消えていない。薄くなっただけで、奥の奥に、まだ何かがいる。


「……終わってない……よな」

「ああ」


 コンラートが隣に並んだ。


「押し出されてきてる感じだ。森の奥で何かが起きてる。魔物が棲み処を追われて、縁まで溢れてきてる」

「原因は分かるか?」

「冗談。俺には無理だ。ただ……」


 コンラートは少し間を置いた。


「今まで感じたことがない。こんな密度で溢れ出てくるのは」


 マックスは黙って、森の暗がりを見つめた。まさに『魔の森』だ。そして、この森の根っこで、何かが動き始めている。


「村長に報告する。そして……アイリーンさんに話を通した方がいい」

「同感よ」


 ヨゼフィーネが、コンラートの傷の手当をしながら静かに言った。


「あの方が何かご存知の気がする。最近、ずっと森の方を見ておられたから」

「そうだな」


 マックスは頷くと、コンラートとゲルハルトは、真顔になって彼に向き直り、口を開いた。


「だが、話はマックスとナディアがしてくれ」

「綺麗だけど……おっかねぇからな……あの人」

「そんな事言うから、いつも冷たい目を向けられるのよ」


 ヨゼフィーネが呆れた表情を浮かべる。その様子はいつものパーティーそのものだったが、足元の草が、風もないのに揺れた。それが何を意味するのかを、この時のマックスにはまだ分からなかった。


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