表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノイルフェールの伝説~天空の聖女(セインテス)~  作者: 朝霧 巡
第5章 妖精の庭に降る凶兆 

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

114/116

26.消えゆく村……④


 その夜、ジョアンは仲間を集めて酒を飲んでいた。

 カレンのこと、マックスのこと、戦乙女軍団(ヴァルキリー)のこと——言葉にすれば陳腐になるそれらを、酒で押し流そうとしていた。しかし飲めば飲むほど、澱は底に溜まるばかりで消えなかった。


「ジョアン様、今日も冴えない顔してますね」


 仲間の一人が軽口を叩いた。


「うっせー!」

「あの余所者のせいですか?」

「……ああ」


 正直に答えていた。隠す気力も、もうなかった。


「ウィンディアとかいう戦乙女(ヴァルキリー)、あの女、俺達のことは見向きもしないくせに、余所者の娘にはえらく熱心に指図してましたね」

「見た」

「ありゃ、ムカつきますよねぇ」


 仲間達が口々に言い始める。今日の鬱憤を、酒の勢いに乗せて吐き出していく。話が進むにつれ、言葉は少しずつ大きくなっていった。


「そもそもあいつらが来てから、この村おかしくなりましたよね」

「森の魔物だって、最近やたら縁まで出てきてるし」

「絶対あいつらのせいですって」


 ジョアンは黙って杯を傾けていた。否定しなかった。


「なあ」


 ふと、口を開いた。


「精霊石って実際のところ、どれくらい効果があると思う?」


 仲間達が顔を見合わせた。それからニヤリとした者がいた。


「あれですか、北の外れにある光る石」

「迷信じゃね? どうせ。ただの岩っしょ」

「ジョアン様のパワーなら素手で割れるんじゃないですか?」

「そりゃヤバイですって、割ったら村長に怒られますよ〜」


 笑い声が上がった。ジョアンは立ち上がった。


「行くぞ、お前達」


 彼等が向かった先……ウーラニアー村の北の外れに、一抱えほどの石が鎮座している。

 表面には古い文字が刻まれており、常に薄っすらと青白い光を放っていた。村の長老達は『精霊ユーミルとの契約の証』と呼び、代々大切に扱ってきた。

 この石がある限り、森の魔物は一定の境界線を越えて村に入ってこない……そう言い伝えられてきた。

 精霊石の前に立ったジョアンは、腕を組んでそれを眺めた。


「……たかが石じゃねぇか」

「やっちゃいます?」

「これはアツい展開ッスね!」

「やっちまえ! ジョアン様!」


 仲間が囃し立てる。


――見てろよ


 ジョアンは拳を握り、精霊石へ振り下ろした。

 石は、思ったより脆かった。一撃で亀裂が入り、二撃目で大きく欠け、三撃目で真っ二つに割れた。青白い光がじわりと滲み、やがて消えた。

 仲間達が口笛を鳴らし歓声を上げた。背中を叩かれ、囃し立てられる。仲間の一人が魔導具の鏡板を取り出し、割れた石の前で拳を突き上げるジョアンを映し始めた。


「最高じゃないですか、ジョアン様!」

「これ広めましょうよ、村中に!」


 ジョアンは少しだけ、違和感を覚えた。しかし仲間達の熱気の中で、その感覚はすぐに押し流されていった。



                  ◆◆◆◆




 翌朝、アイドリアンは森の縁に立っていた。

 日課だった。夜明けの空気を吸いながら、森の声を聞く。

 鳥の鳴き声、葉擦れの音、獣の気配……森風精族(エルフ)として生まれた彼には、それが自然の挨拶のようなものだった。


 しかし今朝は、静かすぎた。

 鳥がいない。正確には、いないわけではない。しかし声が、いつもより遠い。森の奥の方へ、退いている。まるで何かを避けるように。

 アイドリアンは耳を澄ました。風は普通だ。雨の気配もない。季節のせいでもない。


――何かが、ずれている……


 言葉にはできなかった。論理でもなかった。ただ、長老達が『森の機嫌』と呼んでいたものが、今朝は明らかに違った。

 彼は村の方へ振り返った。まだ朝靄の中で眠っているような集落を眺め、それからもう一度、森を見た。

 何も起きていない。何も見えない。

 それでも、胸の奥に小さな棘が刺さったような感覚が、一日中抜けなかった。


 その夕方、レイモンドは往診の帰り道に足を止めた。

 エクスムーア家の裏手にある家畜小屋の前だった。特に用があったわけではない。ただ、犬の声が気になった。

 吠えているのではない。唸っている。低く、一定の方角に向かって。

 小屋の中を覗くと、牛が落ち着かない様子で体を揺らしていた。餌は残っている。水もある。病の兆候は見当たらない。


――では何だ?


 医師としての頭が、静かに答えを探す。感染症ではない。外傷もない。季節の変わり目でもある。しかし犬があの方角を向いている限り、原因は小屋の中にはない。

 犬の視線の先は、北だった。森の縁の方角だった。

 レイモンドは少しの間、そちらを眺めた。夕暮れの光の中で、木々の輪郭がゆっくりと暗くなっていく。何も見えない。何も聞こえない。

 しかし何かが、引っかかった。

 往診鞄を持ち直し、歩き出しながら、彼はその感覚を静かに胸の奥に仕舞った。今はまだ、『役割』として動くべき案件かどうか、測りかねていた。


 翌々日の朝。

 最初に気づいたのは、朝一番に畑へ出た老人だった。

 作物が、荒らされていた。丁寧に育てた野菜が根こそぎ引き抜かれ、あちこちに散らばっている。土が掘り返され、小さな——人のものではない足跡が残っていた。


小鬼(ゴブリン)だ……!」


 小鬼(ゴブリン)は普段、深い森の中にしか現れない。しかし今回は違った。村の外れに現れ、食料を漁り、物を壊し、家畜小屋を覗き込んでいた。追い払っても、しばらくするとまた戻ってくる。人の集落に迷い込んだ獣のように、好奇心と食欲の赴くままに動き回り、群れで行動するためにマックス達が駆除するが、すぐ別の場所から現れた。


 村の中が、じわじわと疲弊していった。

 緊急の寄り合いが開かれた。

 普段は人里に近寄らない魔物が、森の縁まで溢れ出してきたのだ。そこへ小鬼(ゴブリン)の村内出没が追い打ちをかけた。広場に村人達が集まり、口々に被害を訴える。


「こんなこと、今まで一度もなかった……」


 白髪交じりの髭を震わせながら、村長のモナハンは言った。その皺深い顔に、困惑と恐怖が入り混じっていた。

 しかし、その傍らで息子のジョアンの目には、怨嗟の光が宿っていた。

 広場の視線は、マックス達へ向かっていた。村長へ向かっていた。戦乙女軍団(ヴァルキリー)へ向かっていた。

 ところが誰一人、ジョアンを見ていない。


――俺は、村長の後継者として村から感謝されたいんだ。

  ただ、それだけだ!

  なのに……


 彼は、椅子を蹴って立ち上がった。


「お前達が来てから、この村はおかしくなったんだ!」


 考えるより先に、声が出ていた。

 憎しみを隠しもしない視線が、マックスを、広場に居並ぶ戦乙女軍団(ヴァルキリー)の面々を、順番に射貫いていく。

 それでも誰も応えようとはしない。困惑した視線を向けるだけだ。

 それがまた、堪えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ